《4》勤務地との関係性から見た住宅地需要予測 ~ 郊外部のまちづくり検討に向けて ~ 執筆 平野 清孝 港湾局⼭下ふ頭再開発調整課担当課⻑ 福⽥ 渉 都市整備局都市交通課担当係⻑ 池宮 秀平 建築局違反対策課 1 はじめに  本市では、1月1日時点の推計人口において、令和4年に戦後初の人口減少となり、高齢化率も年々上昇し、超高齢社会を迎えている。郊外部においては、こうした社会変化が商業施設の撤退やバス等の交通網の縮小を引き起こし、それが地域の利便性低下につながって、人口減少や高齢化に更なる拍車をかけ、最終的には地域コミュニティを崩壊させるという、負の連鎖シナリオまで危惧される。郊外部では、コミュニティ施策や空き家対策、地域交通の取組など、様々なまちづくりが進められているが、その必要性の背景には人口減少や高齢化といった社会変化があるといえる。  都市間競争が益々激しくなることが想定される中、今後の郊外部のまちづくりでは、「郊外部の住宅地を選ばれるまちにしていく」ことが重要な検討テーマの一つとなる。検討においては、住宅地における人口減少や高齢化を止める、あるいは、進行を緩やかにしていくことも重要な視点となるだろう。  こうした課題意識のもと、令和2・3年度の2か年に渡り、横浜市都市整備局の有志で郊外部のまちづくりについて検討プロジェクトを行った。本稿では、郊外部のまちづくり検討に向け、プロジェクトで整理した住宅地需要予測等の分析データを一部紹介する。 2 データから横浜市の郊外住宅地を読み解く  まず、本市の郊外住宅地の状況を既往調査から整理する。  なお、本稿では、本市の郊外部を大まかに環状2号線の外側エリアと捉えている。 (1)住宅地の人気度(地価)  地価は、まちの人気度を量る指標の一つと考えられる。そこで、公示地価データについて確認する。  県内各エリアにおける東京都心からの距離と地価の相関(図1)を見ると、住宅地の一㎡あたりの地価は東京都心からの距離と強い相関関係があり、東京都心に近いほど地価が高く、遠いほど低くなる傾向にある。ただし、東京都心からの距離が同程度でも、地区によって価格差が見られることから、東京都心との距離以外にも住宅地の人気の決定要因があると推測できる。  次に、本市郊外部の地価を比較してみる。昭和から令和にかけての本市郊外部の地価の推移(図2)を見ると、地価が高い区(港北・青葉)は直近で上昇してきている一方、地価の低い区(栄・瀬谷)は横ばいとなっている。市内でも地価の差が拡大し、傾向が異なることから、エリア毎に特性を捉えながらまちづくりを進める必要があることが窺える。 (2)駅からの距離と人口動態  駅からの距離に着目し、横浜市民の居住状況を確認する。  まず、郊外部における居住エリアについて、駅からの距離別に集計(図3)してみると、駅から1㎞以内の範囲に62%、1・5㎞以内の範囲に拡げると84%が居住している。一方、1・5㎞以上離れた場所に居住している割合は17%となる。  次に、平成17年から27年にかけての人口変動を主要駅別に駅からの距離500m毎に集計(図4)してみると、33駅中、「全ての距離で増加」が11駅、「距離によって増加・減少」が21駅、「全ての距離で減少」が1駅となった。駅からの距離と人口増減の関係は駅により様々な結果となった。 (3)若年層の人口分布  居住地は、進学や就職、結婚等のライフイベントを機会に決定することも多い。そこで若年層(20・30代)の居住状況について、市全域を対象に町丁目単位で分析を行った。  まず、若年層の人口数(図5左)を見ると、郊外部にも多くの若年層が居住していることがわかる。人口数だけでは町丁目の大きさにより優位性が出てしまうことを考慮し、若年層の人口割合(図5真ん中)についても整理してみると、相対的に横浜都心部に近接するエリアや駅周辺が高くなる傾向となり、郊外部では、北部方面(港北・都筑・青葉・緑)の方が高い傾向となった。  さらに、人口数と人口割合について、それぞれ標準偏差を尺度として相対化し、掛け合わせて評価(図5右)を行うと、人口数と人口割合が高い若年層に人気のエリアは駅周辺に分布する傾向があるものの、南部方面では駅周辺であっても評価が相対的に低いエリアが一部見られる結果となった。 3 居住地の選択行動  居住地がどのように選択されるか、整理を試みる。  居住地の選択要因は様々と思われる。例えば、通勤・通学や買い物などの利便性、商業施設や公園等の充実といった生活上の快適性、街並みや歴史・文化等の魅力、土地勘の有無、治安の良さや歩道の有無などの安全性、医療や保育、教育などの環境、さらには、価格や間取り、住宅供給のタイミングといった住宅そのものの条件などが選択要因として挙げられる。個人差はあれど、こうした要因が複合的に絡みながら、居住地が選択されていると思われる。  これら要因には優先度があるだろう。令和元年度青葉区区民意識調査によれば、「住む地域を選ぶ時に重視すること」の問への回答割合は、「交通の便(通勤・通学)の良いところ」がトップで76・7%、「保育所・公園等の子育て環境がよいところ」が19・2%となっている。  また、影響の仕方も異なるだろう。居住地選択は、一定の都市圏から具体的な住宅地の決定までいくつか段階があると思われるが、例えば、通勤・通学の利便性は、通勤時間が1時間以内の範囲など、一定の都市圏を決定するに際 して大きな影響を与えると思われ、買い物をする場所の近さや医療施設の充実などは、最寄駅を決定するに際して大きな影響を与えると思われる。具体的な住宅地を決定するに際しては、住宅の供給状況や駅へのアクセス、街並みなどが大きな影響を与える要因となるだろう。(参考にプロジェクトメンバーの意見交換結果を図6に示す)  選ばれるまちの実現に向けては、居住地の選択行動の全体像を把握し、各要因の持つ優先度や影響度を踏まえ、住宅地の特性にあわせてアプローチすべき要因を整理し、効率的・効果的に検討を進めることが重要であると思われる。  なお、私たちのプロジェクトでは、そもそも郊外部の住宅地が居住地の選択候補に挙がることが必要との視点から、居住地の選択要因として優先度や影響度が大きいと思われる通勤に着目し、郊外部のまちづくり検討に向けたデータ分析を行うこととした。 4 従業者の概況  通勤に関する基本情報として、市内勤務地の従業者の状況を既往調査から整理する。  市内の主要駅の周辺(駅から500mの範囲に含まれる町丁目)に勤務する従業者数(図7)について見ていくと、横浜、桜木町、新横浜といった都心部の従業者が多くなっている。都心部以外では、鴨居、鶴見、戸塚といった駅が続いている。これらの駅の共通点としては、工業系用途地域の指定エリアがある点が挙げられる。  次に、主要駅の周辺に勤務する従業者数の推移を図8に示す。この図は、横軸が平成13年から21年、縦軸が平成21年から28年にかけての従業者数の増減率を示している。  結果を見ると、平成21年までは増加、平成28年にかけて減少となった駅が最も多く、調査した57駅中34駅(約60%)であった。平成28年まで一貫して増加したのは16駅(約30%)であり、センター北やセンター南といった港北ニュータウンの駅で顕著な傾向が見られた。一貫して減少したのは7駅(約12%)であった。平成21年にかけて減少し、平成28年にかけて増加した駅はなかった。図には主要乗換駅を記載しているが、傾向は様々であった。 5 住宅地と勤務地の関係性  通勤は居住地選択に大きな影響を与えると考えられ、その実態を捉えることは選ばれるまちを実現する上で非常に有意義と考えられる。  そこで、実際に居住地となる住宅地と通勤先である勤務地の関係性について、パーソントリップ調査(以下、PT調査)を活用し、分析を行った。 (1)PT調査の活用(図9)  パーソントリップとは人(パーソン)の動き(トリップ)を意味する。PT調査は、「どのような人が」「いつ」「何の目的で」「どこから」「どこへ」「どのような移動手段で」動いたかを調査するもので、平日1日の全ての動きがデータ化されており、調査対象は、東京都市圏にお住いの方から無作為に選ばれた世帯の構成員(5歳以上)全員である。 なお、トリップの始終点はあらかじめエリア分けが定められている。プロジェクトでは、平成30年第6回東京都市圏PT調査を活用し、「自宅から勤務地へ行く」という膨大なトリップデータを集計し、分析を行った。 (2)市内の郊外住宅地から見た勤務地との関係性  市内の郊外住宅地に居住している人がどこに勤務しているかを北部、西部、南部の方面別に分析(図10)した。  北部方面については、青葉区美しが丘等を含むエリアでは、青葉区内や東京都心との相関が強く、横浜都心部との相関は弱かった。緑区台村町寺山町等を含むエリアでは、JR横浜線沿線での相関が強く、特に新横浜との相関が強かった。  西部方面については、旭区中沢等を含むエリアでは、横浜都心部や相鉄線沿線の二俣川、更には海老名方面との相関が強かった。戸塚区深谷町等を含むエリアでは、戸塚区内や藤沢方面との相関がみられた。  南部方面については、金沢区釜利谷等を含むエリアでは、金沢区内や横須賀方面との相関が強く、栄区庄戸等を含むエリアでは居住地周辺との相関が強く、勤務圏域が狭いことが特徴となった。  総じて、居住地の最寄り駅やその沿線での勤務者が多いことが窺える結果となった。 (3)市内主要駅周辺の勤務地から見た住宅地との関係性  市内主要駅周辺に勤務する人がどこの住宅地から通勤しているか、郊外主要駅と都心駅で分析(図11)した。  郊外部の主要駅周辺について見ると、あざみ野・たまプラーザ駅周辺(青葉区)では、青葉・都筑区等の本市北部方面と相関が強い結果となった。二俣川駅周辺(旭区)では、相鉄線沿線や相鉄線から乗り換え可能な小田急江ノ島線沿線との相関が強い結果となった。金沢文庫・金沢八景駅周辺(金沢区)では、金沢区や横須賀方面と相関が強い結果となった。  横浜駅と新横浜駅の都心部について見ると、広範囲にわたるエリアと相関がある結果となった。これは、ターミナル駅で複数路線が乗り入れ、企業集積が進んでいることが要因と考えられる。  なお、横浜駅では乗り入れる沿線別の傾向にあまり差がない一方、新横浜駅では横浜線沿線やブルーライン沿線との相関が強くなっている点で傾向が異なることが特徴となっている。 6 将来の住宅地需要予測シミュレーション  住宅地の存するエリアが通勤等の観点から居住地の選択候補にどれ程なり得るかにより、選ばれる住宅地を実現するためのまちづくりは異なると思われる。選択候補となるエリアなら住宅地自体の魅力を高めて競争力をあげることが有効となるし、選択候補となりにくいエリアなら、通勤圏内での働く場の整備や通勤地への交通アクセスの改善等を考え、そうしたことが難しければ通勤面のデメリットを上回るようなまちづくりを考える必要性も高まるだろう。  そこで、郊外部の各住宅地が通勤面からどの程度、居住地の選択候補となり得ているかを知るため、先述の従業者数の推移やPT調査から整理された住宅地と勤務地の関係性を用い、各住宅地の将来需要の予測を試みた。 (1)シミュレーション方法  シミュレーション方法等は、次のとおりである。 ① 対象は郊外住宅地の位置する31エリア(PT調査のエリア分けから選定) ② 勤務地の従業者数の増減傾向は平成21年から28年までの傾向と同様と仮定する ③ 平成30年PT調査から整理した勤務地と住宅地の関係性は将来にわたり同じとする ④ 勤務地の従業者数の増減にあわせて、その勤務地に通勤する住宅地の居住者の増減(=住宅地需要の増減と捉える)を算出する(図12)  なお、このシミュレーションは、郊外部のまつづくり検討に際しての一参考資料を得ることを目的として、限定的かつ仮定的な条件で行ったものであり、将来需要の正確な予測を目的としていないことに留意いただきたい。 (2)シミュレーション結果  シミュレーションにより、住宅地需要の増減を計算してみると、需要増の結果となったのは、青葉区のあざみ野・たまプラーザ付近エリアのみであり、それ以外の30エリアは需要減の結果となった。  計算結果を正規分布により5段階評価(図13)してみると、栄区や金沢区など、南部方面が厳しい評価となり、青葉区や都筑区など北部方面の方が相対的に需要が大きい結果となった。また、旭区や泉区など西部方面はその中間とまとめられるが、エリアによって評価が混在する結果となった。 (3)住宅地需要予測分析シート  各エリアのまちづくりを検討するにあたり、住宅地需要予測分析シート(図14)を整理した。これは、エリアごとに、居住者の勤務地や需要予測への影響が大きかった勤務地ランキングをまとめたものである。  これを見ると、各エリアの特性を把握することができる。例えば、北部方面は東京都心や港北ニュータウンの勤務地拡大が住宅地の需要増につながり、南部方面は横浜都心部の勤務地拡大の恩恵を受けつつも近隣の勤務地の縮小 が大きく、住宅地の需要減につながっている、などといったことが分析できる。 7郊外部の住宅地を選ばれるまちとしていくために   先述のシミュレーション結果はあくまでも仮定であり、社会状況の変化等により当然、実態は乖離することとなる。しかし、こうした示唆に富むデータがあることで、まちづくりの検討に向けた課題をより具体的に捉えることが可能となり、効果的な取組も着想しやすくなる。  郊外部の住宅地といっても各々でその様相は異なる。選ばれる住宅地に向けては、こうしたベンチマークとなるデータを作成しながら、各々の住宅地にあったまちづくり戦略を練っていく必要があるだろう。