《3》人口動態における地域特性と居住地選択意識の分析 執筆 林 正貴 政策局政策課担当係長 松永 了 金沢区区政推進課企画調整係長 宮本 知樹 金沢区区政推進課  横浜市においても令和3年5月をピークに人口が減少傾向となり、人口減少の兆しがみられ始めているが、地域別にみれば、その状況には違いみられる。そこで、現状を把握し、人口減少への対応策を検討するため、18区の中でも人口減少が著しい区の1つである金沢区をモデル区とした調査研究を、同区に所在する横浜市立大学との共同研究(注1)として令和3~4年度にかけて実施した。  本稿は、共同研究初年度にあたる令和3年度の調査報告書を基に、その一部を抜粋してまとめたもので、図表は報告書掲載内容から本稿用に執筆者が加工作成した。 1マクロな動向からみた横浜市の人口動態と要因 (1)行政区別の人口動態の特徴  住民基本台帳における異動のデータを用いて、行政区別の人口動態(社会動態と自然動態)の関係からタイプ別に類型化することにより、行政区を単位とした地域別の特徴を分析、把握した。  具体的には、2005~2020年の16年間について、行政区別に、転出入による社会増加数、出生数・死亡数の差である自然増加数、それらを合わせた人口増加数の時系列的な傾向を基に、それぞれクラスター分析を行った。  これらの3要素のクラスターの組合せを基に、人口動態の特徴が同じような傾向を持つ区をグループ化し、将来の人口推移について考察した結果、表1に示す10種のタイプに分類された。  タイプ1は、転入数が転出数を上回る「社会増」が概ね続いているが、近年になって死亡数が出生数を上回る「自然減」の傾向にある。人口総数は増加しつつも将来的には人口維持が難しくなる可能性も考えられる区で、鶴見区、神奈川区、西区、戸塚区が該当する。  タイプ2(中区)、タイプ4(緑区)、タイプ7(青葉区)も、「自然減」がみられ始めた時期や社会増減の動きに違いなどがあるが、長期的には概ね人口総数は増加傾向を示している。  タイプ3(港北区)は「社会増」、「自然増」が続いており、今後も人口の維持が期待される区である。  これらのタイプは、いずれも分析対象期間中に人口が増加していた。  一方、既に人口減少の傾向がみられるのが、次に挙げるタイプである。  まず、タイプ5(南区、保土ケ谷区)、タイプ6(磯子区)は、「社会増」と「社会減」を繰り返して不安定であるとともに、「自然減」の傾向が続いており、人口増加を目指すには課題のある区と考えられる。  タイプ8(旭区)も、「社会増」の傾向にあるものの、早い時期から「自然減」が続いている。  最も多くの区が分類されたタイプ9は、港南区、金沢区、栄区、泉区、瀬谷区が該当している。2010~2013年ごろに「自然増」から「自然減」に転じており、分析期間を通して概ね人口減少の傾向を示している。ただし、社会増加数は徐々に増加する傾向がみられることから、今後の動態のバランスによっては人口増加の可能性も見込めるとも考えられる。  なお、タイプ10(都筑区)は、依然「自然増」ではあるものの、社会移動については、2017年前後に急激な「社会減」となった後「社会増」に転じていることから、一時的な特殊要因の影響による変動と考えられる。  この結果を地図上に表したものが図1である。人口が増加しているタイプ1~4、7は主に市北部に位置している。市南西部にはタイプ9が多く位置している。このタイプは、これまでは人口減少傾向がみられるが今後増加する可能性も見込める区であり、行政の取組の効果もより期待できる区がまとまっているともいえるだろう。  そして、人口の増加を目指すには課題のある区とされたタイプ5、6、8に属する4区が、「人口増加地域」と「人口増加期待地域」に挟まれるようにして分布する結果となった。  なお、この結果は、あくまでも分析対象期間における人口動態の傾向を基に考察したものであり、その要因等を具体的に検討している訳ではない点に注意されたい。 2 人口増加と地域施設等との相関分析 (1)社会増加と地域特性との相関  居住地の選択に当たっては、交通利便性や保育所等の施設の立地、生活環境などの要素が少なからず関連し、地域ごとの転出入の動きに違いが生じていると考えられる。そこで、生活に関連する施設や地域特性などの要素と社会増減とがどのように関連しているかについて相関分析を行った。  分析は、地域ごとの特性をより反映させるため、およそ1㎞四方の格子状のエリア単位(3次メッシュ)とし、より広域的な視点で特性を把握するため、神奈川県全体を対象としている。  まず、2015年国勢調査と、市区町村別の年齢5歳階級別生残率を乗じて算出した封鎖人口(転出入がなく出生・死亡のみで人口が増減すると仮定した人口の推計値)から年齢別の社会増加数を推計した。さらに因子分析により分類した5つの世代ごとに人口増加に関連する要因を分析し、「その要因の値が増えると人口が増加する」という正の相関がみられる要因を世代別に把握した。表2は、世代ごとに相関が強い主な要因を10個ずつを示しているが、特に転出入が多い40代以下の世代に特徴がみられた。  2015年時点で15~24歳である「若者世代」では、診療所、全産業事業所などの施設が多く立地し、平均地価、市街化区域面積割合などが高いことから、比較的市街化が進んだ街中の地域であるほど、この世代の人口が増加する傾向があるといえる。  「青年世代」も、全産業事業所、診療所などの施設が多い地域で人口が増加する傾向がみられる。さらに、平均地価や人口集中地区面積割合、バス停留所数が多い地域で人口が増加しており、交通利便性が高く、居住者が多くて賑やかな地域が選択されていることがうかがえる。また、相関係数が全般的に高く、これら要因と人口増との関連がより強いであると考えられる。  「子育て世代」は、診療所や保育所に加え、都市公園数が上位の要因となっている。各要因の相関係数が他に比べてあまり高くないが、これは年齢層の幅が大きいこと、また、様々なライフスタイルや価値観に合わせて居住地を選択していることなどが推定される。  なお、表には記載がないが、人口増に対するマイナスの要因として、「若者世代」、「青年世代」、「中高年世代」では駅からの距離が上位に挙げられているが、「子育て世代」、「高齢者世代」では登場せず、代わりに平均傾斜角度が上位にあることが特徴的であった。これは、急坂など傾斜がある地域ほど、この世代に選ばれない傾向があることを示していると考えられる。 (2)人口増加の著しいホットスポット  さらにメッシュごとの人口増加数を基に空間的自己相関分析(Local Moran's I)を行った。これは人口増加数が近しいメッシュが集積しているかを分析したもので、前項における世代区分別に、人口増加が著しいメッシュが集積している「ホットスポット」と、人口増加しているがホットスポットほどではない「コールドスポット」を抽出した。その結果、世代ごとにホットスポットの空間的な特徴がみられたが、ここでは例として「青年世代」と「子育て世代」をみることとする。(図2)  「青年世代」では、ホットスポットは川崎市や横浜市北部、主に鶴見区、港北区などに多いことがわかる。コールドスポットは、県央や三浦半島、横浜市内では泉区、旭区などに発生している。  「子育て世代」は、やはり川崎市や横浜市北部、主に鶴見区、中区、港北区、青葉区、都筑区などにホットスポットが生じているが、「青年世代」と比べ、集積具合は弱く分散している。また、緑区、南区、保土ケ谷区などにもホットスポットが広がり、県内では、藤沢市、茅ケ崎市、鎌倉市などにも集積がみられるようになっている。またコールドスポットは県西部や三浦半島に位置している。  さらに、ホットスポット・コールドスポット内の施設数、駅からの距離などの平均値を比較すると、「青年世代」ではバスの停留所数がコールドスポットでは4・2であるのに対しホットスポットでは7・9となっており、交通アクセス・利便性がこの世代の集積と関連していることが窺える。同様に、「子育て世代」では、都市公園数がコールドスポットで1・3、ホットスポット6・4であることからも、子育てに関連した要素と集積状況との相関が考えられる結果となった。 3 金沢区転入者アンケート~地域の特色  これまでは、俯瞰的に横浜市並びに神奈川県での人口動態を見てきたが、次に金沢区で実施した転入者アンケートの結果から、地域の特色を見てみる。  金沢区は横浜市南端に位置し、東は東京湾に面し、南は横須賀市・逗子市・鎌倉市に、西は栄区、北は磯子区と接する人口195,892人(18区中11位・令和5年1月1日現在)の郊外区である。金沢区では、いち早く平成19年から人口減少が始まっている。自然減に加え、20~30代の子育て世代の転出(社会減)が大きいという特徴があり、この層をいかに増やすかが課題となっている。 (1)金沢区への転入者へのアンケート調査  金沢区を居住地として選択した人は、どのような属性が何を重視して居住地を選択したのか実態を調査するため、アンケートを実施した。区役所戸籍課窓口に来庁した転入者に調査票を配布、WEB又は区役所に設置した回収ポストに投入する方法で、調査期間は令和3年3月中旬から令和4年2月末までの11か月半、配布数2,181通に対し、回答は1,286通(約59・0%)であった。(注2) ◇回答者の属性  ・絶対数は少ないものの、転入世帯主の年代割合は20、30、40、50代の順で多かった。 金沢区には総合大学が2校あり、1000社を超える産業団地が臨海部にあることから、大学や新社会人などの転入があるためこの割合になったものと考えられる。 ◇前居住地 ・東京・神奈川県以外の道府県からの転入者の割合(24・3%)が最も多く、それ以外では「横浜市内の他区」(16・2%)、「横須賀市・三浦市」(15・3%)、「東京23区」(13・0%)の順で多い。 ◇転居のきっかけ・動機 ・年齢別では、50代以下のほぼ全ての年代で「就職・転勤・転職」が最も多く、「持ち家に住むため」が2番目の理由になっているのは、1000社を超える産業団地が臨海部にある金沢区の特性が影響していると考えられる。 ・未成年の子がいる子育て世帯では、「持ち家に住むため」(26・7%)「子どもの成長などで広い家に住むため」(25・9%)の割合が高く、夫婦のみ、単身(20代以下)、単身(30~40代)とは異なる傾向にある。 ◇通勤・通学先 ・「金沢区内」(30・9%)が最も多く、次いで「三浦半島横須賀以南(逗子葉山含む)」(21・1%)、「京急線横浜都心~品川」(12・4%)、「京急線磯子以北~横浜市都心部」(12・3%)が多い。 ◇住まいの選択時に考慮した事項 ・夫婦のみ世帯や単身世帯では「住まいの価格・賃料」や「通勤・通学のしやすさ」など、交通利便性が重視されているが、子育て世帯だけは「住まいの大きさ・間取り」が一番重視されている。 ◇結果のまとめ ・世帯属性別で傾向は異なるが、まず利便性を重視する傾向は前提としてある。一方で夫婦のみや子育て世帯など世帯人員が複数いる世帯では、住環境を重視し転入してきているという姿も浮き彫りとなった。 ・産業団地が臨海部にある金沢区の特性が反映した箇所もあった。区や地域の特性を理解することが、人口減少への対応策を検討するために必要な要素となる。 4 まとめ  当調査研究では、転入者の受け皿となる不動産の流通状況も重要な要因となることから、不動産関連事業者へのインタビュー(注3)も実施した。  その中で、・戸建て、集合住宅を問わず、駅近(徒歩15分以内)であることが重要。 ・一部、コロナ禍で郊外戸建て住宅を求める動きが出ている。 ・同じ鉄道沿線で比較する傾向が強い。沿線ごとの特徴や動向が大きく不動産価格にも影響している。 との見解をいただいた。 また、 ・新規の住宅供給が転入者を引き寄せる。新規物件の供給や大規模な販売プロモーションが影響する。 ・賃貸物件に住んでから同じ区内の物件を購入するという流れもある。 ・金沢区は、大規模商業施設、文化施設がない(と思われている)  との示唆も示されている。  これら見解や分析結果から、住まい選びにおいて利便性が重視される傾向は世代を問わず共通しているが、家族構成などを含め、価値観やライフスタイルの変化、多様化が進んでいることに留意が必要であることが改めて確認された。単独世帯が増加してい るとはいえ、特に20~40代の層などのうち、夫婦のみ世帯や子がいる世帯では住環境も重視される側面があり、転入促進策の検討には考慮が必要となろう。  また、駅などの施設やマンションの新規供給等の影響は、その施設等の近辺、さらに隣接エリアも呼応して、人口集積が広がることも考えられ、より細かなエリア単位での特性分析と、プロモーション等の対策を適宜組み合わせていくことが望まれるだろう。 注1 調査名称は「EBPMを踏まえた人口減少対応策の検討モデル事業」。  横浜市立大学研究・産学連携推進センターの共同研究制度を利用し、令和3年度、令和4年度の2か年に実施した政策局及び金沢区による区局連携促進事業。  共同研究に携わった横浜市立大学教員は次のとおり。 コアメンバー(3名) 田栗正隆(データサイエンス学部教授) 中西正彦(国際教養学部都市学系教授) 大西暁生(データサイエンス学部教授) ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ 齊藤広子(国際教養学部都市学系教授) 鈴木伸治(国際教養学部都市学系教授) 三輪律江(国際教養学部都市学系教授) (敬称略、所属は令和3年度当時のもの) なお、本稿の1及び2は大西暁生教授、3及び4は中西正彦教授によって令和3年度報告書にまとめられた内容に基づいている。 注2 転入者アンケート調査 対象:金沢区への転入手続きのために来庁した転入者(区内での転居を含む) 期間:令和3年3月中旬~令和4年2月末日 調査項目:転入の理由・きっかけ、住まいの選択にあたって考慮した点、現物件及び前物件の住居様式・立地・所有形態、転居前の金沢区とのかかわり、情報の入手方法等 調査方法:金沢区役所戸籍課窓口において、転入手続きに来庁した方にアンケート票を配布。繁忙期(年度末~ゴールデンウィーク)は転入者に配布するお知らせ資料を入れた封筒に封入、繁忙期以外は調査票を窓口で手渡しの上、現地に設置したポ ストで回収。ウェブフォームでの回答も可能としている。 注3 不動産関連事業者インタビュー 調査は、次の事業者に協力いただいた。 京浜急行電鉄株式会社及び京急不動 産株式会社、株式会社リクルート、 株式会社三春情報センター