《9》JICAから見た横浜市の国際協力 A横浜市の国際協力の特色と今後の期待 執筆 熊谷 晃子 独立行政法人国際協力機構横浜センター(JICA横浜)所長 1 はじめに  横浜市中区に位置する、独立行政法人国際協力機構(以下、JICA)横浜センター(以下、JICA横浜)は、JICAが持つ国内拠点の1つである。みなとみらい21地区開発に際し横浜市の誘致を受け、それまで横須賀市にあった「神奈川国際水産研修センター」、横浜市根岸にあった「海外移住センター」を統廃合し、2002年4月に現在の地に開設された。以来横浜市とは、様々な形で国際協力事業を進めている。本稿では、JICA横浜から見た、国際協力事業推進における横浜市の特色をいくつか挙げ、合わせて横浜市との協働における今後の期待を述べることとしたい。 2 国際協力事業推進における横浜市の特色@ (1)推進体制の特徴  横浜市の国際協力事業推進における最大の特色は、何と言ってもその組織体制の充実ぶりである。市の組織の中に、国際関係事業を一元的に取りまとめ、推進している「国際局」が設置され、その中にさらに国際関係の部、課、係が配置されている。地域別の所掌部署もあり、アジア大洋州担当、欧州米州担当だけでなく、アフリカ中東担当の係まで設置されているA。局レベルで単独に国際関係を司る部署が建てられ、国際担当関係の部課、さらに各係がこのように多彩に設けられている例を他自治体で筆者は未だ見たことがないB。また横浜市の場合、国際局以外の各原局で国際協力事業に関与する事業を持つ部局の多数の担当部長を、国際局国際協力部担当部長に兼務発令することにより、国際局と各専門部局が連携して国際協力事業を推進する体制を構築している。  さらにいえば、横浜市では、水道局のように基本的には内政を扱う部局の中に「国際事業課」を設け、国際協力事業に取り組んでいる。なお同市経済局にも「国際ビジネス課」があり、このように国際事業も大きな本業として実施する部局内に国際関係課・係等を置く例は、他自治体でも枚挙にいとまがないが、内政が基本の部局にそうしたものを置く例は多くはないC。  また横浜市議会においても、「日本アフリカ友好横浜市会議員連盟」「米州友好横浜市会議員連盟」が設立されている。こうして市議会がアフリカ、中南米との関係強化も行っていることも注目すべき点であるD。 (2)事業への取り組みから見る特徴  横浜市が関係を強化してきた、あるいはしようとしている海外の諸都市や機関に目を向けると、他自治体とは異なる同市の戦略を見て取ることが出来る。  特筆すべき点は、横浜市がアフリカを重視してきたことである。国内の多くの自治体が、海外の都市と姉妹・友好都市関係を提携し、また「パートナー都市」等と称しビジネスその他の推進のための関係を結び、その他にも様々な提携を結んでいる。これらで一般的にいえることは、提携相手は圧倒的に、北米、中国、韓国、豪州・ニュージーランド、欧州各国(ロシア含む)、ブラジルE、が多く、他は、フィリピン、タイ、ベトナム、インド、モンゴル等アジアの国が主ということであるF。これらは地理や歴史・文化、経済的関係等から容易に理解できる。また具体的な事業展開先を見ても、欧米諸国やアジア各国が主流である。その中で、横浜市が「アフリカに一番近い都市・横浜」と明言し、アフリカとの関係を特に強化していることは大変ユニークなところといえる。3度にわたるTICADの誘致でも明らかであるが、他にも共同声明都市としてアフリカの2都市と提携しているだけでなく、様々な交流、協力を行っているG。JICAとの関係でいえば、横浜市よりマラウィの水道分野協力事業に専門家、海外協力隊を派遣して頂いてきた他、「アフリカのきれいな街プラットフォーム」関連の各種事業にご協力頂く等している。アフリカとの関係をこのように重視し組織化・具体化している自治体は実際のところ稀有であるH。  前記に加え、横浜市のさらに大きな特徴といえるのは、TICADやADB総会等の大規模な国際会議を開催していることに加え、かねてより国際機関を誘致してきたことである。駐日国際機関のほとんどが東京にベースを置く中、横浜市内には3機関が居を構えているI。二都市間外交と共に、多角的・多面的な国際関係の構築と推進をしてきたことの証左である。  また重要な点として、横浜市は国際潮流への反応が早い。例えば、SDGsが2015年に国連で採択された直後に、横浜市ではその国際戦略にSDGsを取り込んでいる。また最初にSDGs未来都市の一つに選定されたのはある意味当然のこととしても、各SDGsのゴール・ターゲットに合わせ、市として取り組むべきことを、非常に具体的に素早く策定し実施している。今でこそ、社会では広範にSDGsが意識されるようになって、同様のことが国内のあちこちでなされているが、どの自治体でも同様のスピードで進んだかといえば決してそうではない。  前記の他、横浜市が官民一体となった国際事業を、掛け声だけでなくまさに能動的に行っていることも、横浜市の特徴として上げておくべき点である。民間企業の海外展開を官が支援する様々なツールは近年さらに充実し、JICAもその一端を担わせて頂くようになったが、横浜市でもY-PORT事業の仕組みを作り、早くから市内企業と一体となってインフラビジネス推進を手掛けている。市内企業の進出先国での要所への橋渡しも、市が主体となって進め、企業のバックアップを行ってきた。一般にJICAが海外展開支援を提供する際に企業から重宝がられるのが、開発途上国内でJICAが持つ、要所との信頼関係に基づく繋がりであるが、そうした点も横浜市の場合、Y-PORTの仕組みをもって、しっかりと企業のサポートを行っている。その意味でJICAは、横浜市との協働においては、同市が描く戦略の具現化につながる具体的事業として何ができるのか、ということをより意識して取り組む必要がある。 3 最後に―横浜市との協力事業への期待  前記のことは、横浜市の方々からすれば、「何をいまさら」という感じかもしれない。が、国際協力事業において、横浜市の「目の付け所」やその展開の仕方は、地方自治体の中でもやはり別格といえるであろう。  JICAが各自治体と事業をさせて頂く際、開発途上地域でのノウハウやネットワークを期待されることが多い。ところが、横浜市と仕事をさせて頂く場合は、かなり勝手が違うと筆者は考えている。JICAは国際協力事業にそれなりの歴史を重ねているものの、横浜市が、「国際」関係に向き合ってきた歴史ははるかに古く、まさに開港160年の歴史があり、JICAなどよりもはるかに先を歩いて来た。JICAは様々な自治体と協定を締結しているが、初めて包括的連携協定を結んだ自治体が横浜市であったことは、そうした横浜市の豊富な蓄積があってのことといえる。  JICAの取り組みの中に、日本が自国の開発の歴史の中で経験して来たこと、特に各地域においてその特色あるものを、様々な国の方と共有していこうというものがある。横浜市には、様々な「日本初」があり、都市開発の歴史がある。今までもJICA事業において、近代水道の発展の歴史を始め上下水道、廃棄物処理の分野等で、官民合わせ横浜市の知見を頂いて来たが、今後も、横浜市ならではの様々なリソース、ノウハウを各国との協力にご提供頂き、日本の辿ってきた開発の歴史を深く知り理解する各国の将来のリーダー層の育成のため、ぜひお力を貸して頂きたい。  またここ横浜の港は、日本人移住者が海外に旅立っていった地であり、JICA横浜には、日本人の中南米への海外移住の歴史を伝える「海外移住資料館」がある。その歴史は日本近現代史の中の重要な一部であるが、日本人移住者が移住先国で果たした役割、また翻って出身国日本に対しての貢献が一般に広く知られているとは言い難い。日本では2019年春に新入管法が施行され、多くの外国人材を呼び込もうとする中、多文化共生がますます重要となっている。こうした状況下、海外移住資料館が横浜市と共に、人の移動が社会にもたらす意義を広く伝えていくことも大変重要であると考えている。  2020年初めから猖獗を極めているコロナウイルスが終息後、「新常態」の中でどういった国際協力を進めていくべきか、我々JICAも知恵を絞っているところである。今後、都市の在り方も変化すると考えられる中にあって、進取の精神を持つ横浜市と、新たな国際協力・経済社会開発の在り方をご一緒に考えていければ幸いである。 i 本稿執筆時点(2020年9月)。 ii TICAD7が開催された2019年度には、アフリカ担当に加え、TICAD担当セクションまでもが別途設けられていた。 iii 他自治体では企画や観光・文化、経済・産業関係部局に、国際(あるいは国際交流)課・係が設置されているのが通常である。別格と考えてよい東京都でも、政策企画局の中に外務部を置き都市外交を司っており、神奈川県でも国際文化観光局が国際業務を担う体制となっている。 iv 筆者が知る例として、水・環境関係で長く国際協力の歴史がある北九州市では、環境局に環境国際部環境国際戦略課があり、上下水道局に海外事業部海外事業課がある。ただし国際関係総合部局としては企画調整局の下に国際部が設置されている形となっている。 v 他自治体の例では、日本・ルワンダ友好神戸市会議員連盟がある。 vi 日系社会との関係から提携に至る例が多い。 vii 一般財団法人自治体国際化協会HP「姉妹(友好)提携情報」http://www.clair.or.jp/j/exchange/shimai/countries/、外務省 「協定・覚書(姉妹・友好都市以外の提携リスト)」https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000500921.xlsx(いずれも2020年9月15日確認)。これらでアフリカとの提携が見られるのは、ウガンダ―泉佐野市、カメルーン―日田市(旧中津江村)、チュニジア―瀬戸市(以上姉妹提携)、エリトリア―神奈川県、モロッコ―岐阜県(以上その他の提携)。なお、その他主要政令指定都市による姉妹・友好都市関係以外の都市間提携情報からは、アフリカとの提携事例は見当たらなかった。 viii 首相官邸HP「ホストタウンの推進について」https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tokyo2020_suishin_honbu/hosttown_suisin/(2020年9月15日確認)。例えば、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会のホストタウンについてみれば、欧米、オセアニア、アジア向けがすぐに各自治体により登録されていく一方 、アフリカ向けがなかなか登録されなかった中で、横浜市はアフリカ6か国のホストタウンとなっている。なお、2020年9月11日時点のホストタウン登録状況は、アフリカ大陸地域74%、アメリカ大陸地域90%、アジア大陸地域73%、ヨーロッパ大陸地域94%、オセアニア大陸地域100%。未決定の国数は今もアフリカ大陸地域が一番多い。また「アジア大陸地域」で未だ登録がされていないのは主に中近東諸国。なお、TICAD7開催直前までアフリカ向け登録は遅々としており、2019年4月時点でアフリカの未登録国は34か国、6月時点で32か国であったが、TICAD7後に一気に増え、同年8月末に23か国に減少、10月に20か国、という状況であった。TICAD7を契機にアフリカ向けの各自治体登録が一気に進んだといえる。 ix 特定国との協力でよく知られる例では、神戸市とルワンダのICT分野における協力がある。他に過去、JICAと海外協力隊派遣に関する連携合意書を結びマラウィに海外協力隊を継続的に派遣した例として宮城県がある(短期派遣のみであれば埼玉県と南アの事例あり)。 x 外務省HP駐日国際機関https://www.mofa.go.jp/mofaj/link/kokusai/address.html#01 (2020年9月15日確認)。国際熱帯木材機関(ITTO)、国連世界食糧計画(WFP)、国連食糧農業機関(FAO)の3機関。他に3つも機関を持っている自治体は神戸市のみ。大阪市、名古屋市でも1機関である。