《8》経済産業省の取り組むスマートシティ海外展開について 執筆 妹尾 亮 経済産業省貿易経済協力局通商金融課資金協力室係長(国際局担当係長) 1 海外のスマートシティの動向を受けた日本の動き  現在、世界の諸都市においてスマートシティの開発が行われており、国際会議の場でも、その重要性や各国政府の関与について議論され、各国の技術・ノウハウ共有・企業マッチング等様々な協力が行われている。  こうした中、日本においては、政府のインフラシステム輸出戦略でスマートシティについて言及しており、第44回経協インフラ会議では「都市開発(スマートシティ)」をテーマとして議論がなされた。一方、外交の場では、2019年のG20において、DFFT(Data Free Flow with Trust)の考えを各国に提示し、信頼の下に自由なデータ流通を行う必要性を提案した。さらに、2019年10月には「日ASEANスマートシティ・ネットワーク ハイレベル会合」において、日本が有する技術や経験を踏まえ、相手国との官民双方の関係構築を図るために、「日ASEANスマートシティ・ネットワーク官民協議会(JASCA)」を関係各省連携で設立した。さらに、2020年1月には、各省連携の「スマートシティ海外展開タスクフォース」が設立され、スマートシティにおけるモビリテ、エネルギー、ヘルスケア、セキュリティ等の各セクターを横断的にまとめていく体制が整いつつある。 2 経済産業省の問題意識とスマートシティ海外展開の取組  経産省貿易経済協力局では、主に民間企業のスマートシティ海外展開の支援を担っている。海外展開の一般的なアプローチとして、都市課題解決のためのソリューション・技術を導入し、住民のQoL(Quality of Life)を向上させながら、データ利活用等の副次的な効果も発現していくことを念頭に置いている。その際の問題意識として、新興国では都市化と中間層の増加によって、交通渋滞、電力供給等の社会課題が顕在化しており、それら社会課題にデータを利活用してソリューションを提供するスマートシティのニーズが拡大しているという認識がある。特にASEAN地域では、スタートアップ企業等のデジタル分野の担い手が、ハードウェア整備による従来型インフラの枠組を飛び越え、デジタル技術を用いたサービス展開を進めており、所謂リープフロッグの事例が多数形成されつつある。かかる状況下、日本としても、これまでのインフラ輸出の在り方を見直し、スマートシティ展開を新しい形のインフラ輸出展開と捉え、本邦企業の商機拡大に繋げていきたいという側面がある。  このような海外展開施策を支援していくための具体的なツールとして、経産省では主に「質の高いインフラの海外展開に向けた事業実施可能性調査事業」(以下、質高F/S)によるF/S調査予算ほか、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)による「エネルギー消費の効率化等に資する我が国技術の国際実証事業」(以下、NEDO実証)を用意している。  質高F/Sでは、今年度タイ、ベトナム、ラオス、インドネシアのスマートシティ開発案件4件を採択したほか、NEDO実証の実証要件適合性等調査でも、ベトナムのMaaSプラットフォーム形成を軸とした案件や、タイの大規模スマートシティ開発案件を採択した。いずれの案件においても、対象地でデータ利活用を行う要素が含まれており、先に述べた海外展開のアプローチに合致するものとなっている。  一方で、スマートシティ開発特有の案件形成の難しさも存在し、その一つにマネタイズの難しさが挙げられる。現在開発が進むASEAN地域のスマートシティは、現地財閥や現地デベロッパーなどが中心となって進められている案件が主となっている。彼らは、スマートシティで各種サービスの提供が行われることで、土地の付加価値向上による地価上昇で、その恩恵を直接に享受できるが、土地取得を伴わず、サービス展開を主とする形で本邦企業が参入する際は、各種サービス提供による利益創出が必要となる。その点、これまでハードを中心に売り切り型で利益を得ていた日本企業は、今後はハードのみならず、ハードの活用を含めた価値あるサービスを構築し、提供することが求められる。とりわけ、スマートシティに関する国際ルールの整備途上である中、利益が出るようなマネタイズの手法を考えていかなければならないとなると、より複雑な状況となる。  もう一つには、データの取扱いに関する個人情報保護の観点が挙げられる。大量のデータを取り扱うデータ利活用型のスマートシティでは、不要な個人情報や、住民の同意を得ていないデータ収集は避けるべきである。同意を伴わないデータ収集が行われた場合、データに関する信頼が著しく損なわれ、結果として住民の反発を招くこととなる。Googleの関連企業がカナダ・トロントで取り組むスマートシティ事業から撤退した事例は、収集したデータの取扱いについて、住民合意形成を実現できなかったことが撤退要因の一つと分析する見方もある。  このようなデータの取扱いの難しさについて、スマートシティ海外展開を進める際に、日本はどのように対応していくべきか。今後活用できるような日本独自の事例として、会津若松市が取り組むオプトイン型のデータの取扱いを伴う都市OSを活用した「スマートシティ会津若松」がある。住民がデータを提供する場合に、事前に同意を得る形式(オプトイン)を採用しているため、データ提供者の明確な同意の上に成り立つサービス提供となり、同意していない人のデータは利用しないため、本人が把握していないところでその人の情報が勝手に出回ることはないという利点がある。この他の事例として、加古川市が、個人データの取扱いに関して、条例制定を含む丁寧な住民合意形成を行い、見守りカメラを設置形成した例がある。加古川市では、犯罪抑止や高齢者の見守りサービスを提供するため、市内に見守りカメラの設置を検討する際、撮影データの取扱いに関してルール整備が必要となっていた。加古川市は、撮影データの取扱いを規定するため、パブリックコメントの募集、個人情報保護審査会への諮問、さらには議会で条例を制定した。また、現在では市民参加型合意形成プラットフォーム「加古川市版Decidim」を全国で初めて立ち上げ、市民と対話、議論しながら加古川市スマートシティ構想の策定に役立てている。このようなデータの取扱いに関する丁寧な住民合意形成は、海外展開の際にも有効に活用できるのではないか。各国において個人情報保護に関する意識の差はあるにせよ、どの国のスマートシティにもデータ生成の基となる住民が存在し、データ利活用への同意は、サービス提供の際に必要となる。その際、会津若松市や加古川市の取組は、諸外国にアプローチするにあたって、一つの視座になると考えられる。 3 今後のスマートシティ海外展開の展望  スマートシティの海外展開を進めるうえで、今後は、スマートシティのパッケージ化推進も必要となる。具体的な取組として、国内外で進むスマートシティ開発の事例を分析し、日本が持つソリューションやノウハウが活用された「日本型のスマートシティパッケージ」を複数組成することも検討できる。その際、自治体に蓄積されてきた都市インフラの提供・運営、住民合意形成のノウハウをパッケージに含めることで、各国にも日本の自治体のノウハウを適用できる余地が存在するのではないだろうか。これと並行して、国際標準化や外交の場において、日本政府が積極的に関与していくことで、デジュールのスマートシティ開発支援も進めていくべきと考える。そのようなスマートシティのパッケージ化と国際ルール形成を進めることで、日本型のスマートシティが海外で拡大し、そこで得られた成果も日本に還流できれば、好循環となる。  その際、これまで自治体に蓄積されてきた都市インフラの提供・運営、住民合意形成のノウハウは、どのように洗い出していくべきか。横浜市は、これまで先進自治体として、国内外のスマートシティ施策を牽引してきた実績がる。市内企業の海外展開をサポートするY-PORT事業や、YUSAの活動によって、自治体主導の海外展開が進んできたことは大きな強みとなる。そのような知見から、横浜市でも、過去蓄積してきた都市インフラの提供・運営ノウハウを分析し、スマートシティのO&Mといった形で還元することで、パッケージ化の推進に繋がるのではないか。また、ノウハウの分析にあたっては、セクター毎に所管局で取り組んできた国際協力の知見を結集させ、国の各省連携の取組のように、一層横断的に進めていくことが重要になると考える。  これら官民それぞれの取組の結果、今後、人口375万人の人口を擁する横浜市からも、住民合意形成を踏まえたデータ利活用型のスマートシティ事例が誕生することを期待したい。