《7》横浜の特色ある政策・まちづくりの海外への発信 執筆 名取 史記 温暖化対策統括本部プロジェクト推進課担当係長 小野寺 智香 温暖化対策統括本部SDGs未来都市推進課担当係長 杉浦 綾音 資源循環局政策調整課 池宮 秀平 都市整備局地域まちづくり課  横浜市では、これまで様々な都市課題等に対して、本市の特徴等を踏まえた独自の政策を打ち出し、課題解決に取り組んできた。これらの政策は国内外で注目され、数多くの視察受入れ等を行っている。本稿では、海外都市に知見の提供等を行う本市の特色ある政策の一部を紹介する。 1 横浜スマートシティプロジェクト【温暖化対策統括本部】 (1)はじめに  パリ協定及びSDGsの採択等を受け、世界的に都市への期待が高まる中、本市は2050年までの温室効果ガス実質排出ゼロ(脱炭素化)の実現(Zero Carbon Yokohama)を温暖化対策の目指す姿として掲げるとともに、2018年には日本政府から「SDGs未来都市」に選定され、国内外とのグローバルパートナーシップを築き、環境・経済・社会的課題の統合的解決を図る新たな取組を進めている。 (2)横浜スマートシティプロジェクト(YSCP)の概要  2010年に経済産業省から「次世代エネルギー・社会システム実証地域」に選定され、横浜スマートシティプロジェクト(以下「YSCP」)実証事業を推進してきた。家庭や業務ビルをはじめ、既成市街地でのエネルギー需給バランスの最適化に向けたシステムの導入などを、日本を代表するエネルギー関連事業者や電気メーカー、建設会社等34社と本市が連携して取り組んだ(図1)。YSCPでは、HEMS(※1)や太陽光パネル、電気自動車の導入目標を掲げ、2013年度までに達成した(※2)。電気自動車は目標の2000台を上回る2300台を導入し、また、CO2の削減率は、25%という目標を上回り、29%を達成した。  その後、2014年度までのYSCP実証事業を踏まえて、2015年度からは、YSCPで培った技術やノウハウを生かし、「実証から実装」へと展開するため、YSCP実証参画企業を中心に新たな公民連携組織である横浜スマートビジネス協議会(YSBA)を設立し、防災性・環境性・経済性に優れたエネルギー循環都市を目指している(図2)。 (3)2都市間連携  独立行政法人国際協力機構(JICA)と連携し「ブラジル国クリチバ市における都市区画整理事業実施能力強化プロジェクト」、「バンコク都気候変動マスタープラン2013-2023」策定支援のため、現地への職員派遣や訪日研修受入れ等を実施し、YSCPで連携する企業の協力を得て、事例の説明や現地視察等を通じ、知見を提供してきた。このうち、特にバンコクについては、2013年に、バンコクにおける環境に配慮した持続可能な都市づくりを目指し相互に協力するための覚書を締結し、マスタープランには本市の知見が盛り込まれた。現在も、同マスタープランの実施能力を向上させるプロジェクトを、JICA、タイ政府、民間企業などと連携して進めているところである。  また、EU(欧州連合)が実施する、欧州と世界各国の都市がペアを組んで共通の課題解決に向け連携し、対応策を共有することを通じて、持続可能な都市開発を進めていくことを目指す国際都市間協力(International Urban Cooperation-IUC)プロジェクトにおいて、2017年に本市とパートナー都市であるドイツ・フランクフルトのペアが採択され、エネルギーマネジメント、水素等のYSCPの知見を提供してきた。この他、2013年にはスペイン・バルセロナともスマートシティに関する覚書を締結し、YSCPに関連する意見交換を行うなど、本市は緊密な二都市間連携を通じ、YSCPの知見を提供してきた。  もちろん各都市が直面する課題は大きく異なり、本市が提供した知見がそのまま他都市で適応されることは容易ではないが、様々な役割を担う多くの企業と連携し、取り組んできたYSCPの知見はこれらの都市からも高い評価を得ており、この評判が共有されてか、YSCPの視察依頼を複数年にわたり世界各都市から数多く受けることとなった。 (4)国際的な評価  YSCPは、 2011年にワールドスマートシティアワード(バルセロナスマートシティエキスポでの受賞)、2015年にAPEC「ESCIベスト・プラクティス・アワード」、2017年にC40(世界大都市気候先導グループ)シティーズアワードを受賞してきた。これらは一般的に知られている賞ではないが、スマートシティの分野で高く評価されていることを示す指標となる。受賞にあたっては、エネルギーマネジメントの先進性のみならず、市民、民間企業、市が緊密に連携した点や、既存の市街地を市民にとって快適かつ低炭素型の都市に変革することを目指した点が高く評価された。 (5)今後の展開  パリ協定に掲げられたいわゆる「1.5℃目標(※3)」の達成に向けて、都市の役割への期待がますます高まっている。世界人口の約半数が都市に居住し、CO2排出量の4分の3が都市から排出されていると言われている今、我々大都市が果たすべき役割は大きい。そのような背景からも、横浜市の脱炭素化を目指すことに加えて、世界の大都市と手を携えて気候変動対策に取り組むことは重要だと考える。そのため、これまで述べたような、本市の財産であるYSCPで培った技術・ノウハウを引き続き国外に展開していく必要がある。また、国際局と連携し、二国間クレジット制度(Joint Crediting Mechanism) を活用した市内企業との連携による海外展開等を通じ、世界の脱炭素化に引き続き貢献していきたい。 2 横浜G30プラン・ヨコハマ3R夢(スリム)プラン【資源循環局】 (1)横浜G30プランの概要  かつて横浜市では、人口の伸びを上回ってごみの量が増加し、環境への負荷も増大していたことから、焼却処理、埋立処分を中心とする廃棄物対策からの転換が求められるようになった。  そこで、ごみの発生を抑制するとともに、分別・リサイクルを推進することで、限りある資源・エネルギー消費の節減と循環的な利用促進を目指し、2002年度に横浜市一般廃棄物処理基本計画「横浜G30プラン」を策定した。  目標を「2010年度におけるごみ排出量を、2001年度実績に対し、30%削減する」こととし、その達成には、市民・事業者からの協力が必要不可欠なことから、2年間で1万1千回の説明会を実施するなど、啓発に取り組み、施策を推進した。結果、削減目標を5年前倒しで達成し、2010年度には、2001年度実績に対し、ごみ排出量を43%削減することができた。  これにより、2か所の焼却工場が廃止され、将来必要となる建替え費用や、年間運営費などの節減が図れたほか、ごみの量が減少したことで、最終処分場の延命化につながった。 (2)ヨコハマ3R夢(スリム)プランの概要  「ヨコハマ3R夢プラン」は、横浜G30プランに続く横浜市一般廃棄物処理基本計画として、2010年度に策定し、2010年度から2025年度を計画期間としている。  3R夢プランでは、3R(リデュース・リユース・リサイクル)のうち、最も環境に負荷のかからないリデュースの推進を目指している。  @総排出量(ごみと資源の総量)を2025年度までに10%以上削減(2009年度比)Aごみ処理に伴い排出される温室効果ガスを2025年度までに50%以上削減(2009年度比)Bごみ処理の安心と安全・安定を追求の3つを目標とし、各施策に取り組んでいる。 (3)ベトナム国・ダナン市での国際協力事業  現在、G30プラン・3R夢プランを推進する中で培った経験をもとに、海外諸都市の課題解決に向けた協力を行っている。そのうちの一つが、ベトナム国・ダナン市への協力である。  近年、ベトナムは経済発展が著しく、それに伴って発生するごみの量が増加し続けている。そのため、ダナン市においても、市内唯一の最終処分場がひっ迫しており、処分場への搬入量を減らし、延命化を図ることが求められている。  そこで、主に地域での分別・リサイクルの実施を促進することで最終処分場に搬入されるごみの量を削減するため、2017年3月から2020年3月までの3年間、JICAの草の根技術協力事業として、ダナン市における分別事業の支援を行った。  具体的な活動としては、ダナン市が2行政地区をモデル地区に選定し、各地域での地域コミュニティ会議や3Rコミュニティイベントでの啓発活動(写真1)を行うなど、地域で推進役を決め、住民への周知やリサイクル意識の醸成を進めた。また、ダナン市において、既に存在していた資源回収の取組を活用し、地域コミュニティにより、定期的に資源物が回収される仕組みづくりを行った(写真2)。  横浜市としては、ダナン市に専門家を派遣し、現地の職員や地域コミュニティに向けて、啓発などのノウハウを紹介したほか、ダナン市や関係団体の職員を横浜市へ招聘し、現在の横浜市の取組を伝える研修を実施した(写真3)。  モデル事業は、市民の分別に対する意識向上のきっかけとなり、町内会等による積極的な資源回収につながった。ダナン市は、この成果により、計画していた分別の全市展開を、積極的に推進することを決定した。  ダナン市への協力については、事業を実施する中で明らかになった課題の解決に向けた後続事業が採択されている。今後は、データ収集・管理の手法などについて引き続き支援を実施する。 (4)今後の課題と展望  横浜市が経験した、増加を続けるごみへの対応は、近年多くの国が直面している都市課題である。そのため、横浜市はこれまでの経験を活かし、知見の提供を中心に、課題解決に向けた役割を果たしてきた。  一方、プラスチック問題や新型コロナウイルス感染症対策など、相互に協力して取り組む必要がある世界的な課題も新たに出てきている。  今後は、互いの知見を共有し合い、ともに発展していく関係性の構築を目指す。 3 港北ニュータウン【都市整備局】 (1)はじめに  港北ニュータウン(以下「NT」)は、横浜市の中心部から12q、東京都心から25qに位置し、都筑区の総面積の約半分を占める。昭和30年代までは山林と田畑で9割を占めていたが、昭和40年代の無秩序な住宅開発の拡大を未然に防ぐとともに、計画的に人口を誘導し、併せて都市と農業とが調和した新しいまちを実現するために六大事業(※4)の一環として開発された街である。  日本住宅公団(現都市再生機構)が土地区画整理事業により都市基盤施設と宅地の整備を進め、1996(平成8)年の事業完了から20余年が経過した。区画整理地区の人口は約16万人(2020年10月末現在)を超え、商業施設や住宅の建設、企業の研究所や大学の立地が進み、まちは成熟している。 (2)まちづくりの基本理念と方針  NT建設事業は、事業の推進にあたり次の基本理念を掲げた。@乱開発の防止、A都市農業の確立、B市民参加である。その後の社会経済状況の変化する中で、C多機能複合都市を加えた。  また土地区画整理事業の推進にあたり、@緑の環境を最大限に保存するまちづくり、Aふるさとをしのばせるまちづくり、B安全なまちづくり、C高い水準のサービスが得られるまちづくりの4つの方針を定め計画の具体化を図った。  区画整理事業完了後は、これら理念と基本方針を継承した横浜市街づくり協議要綱に基づく「街づくり協議」により良好な建築物の誘導を行い、魅力ある街づくりの維持・誘導を継続している。 (3)港北ニュータウンの特色  次にNT計画の特色について紹介する。 @市民参加のまちづくり 一つ目は基本理念にもある「市民参加」によるまちづくりの実行である。地元、公団、横浜市によるまちづくり協議組織において、具体的な計画を示し協議しながら事業が推進された。協議内容は計画に反映され、その成果の一つとして区画整理区域における「申し出換地」の採用が挙げられる。この手法により地権者の土地活用の希望に応じる換地設計が行われ、地権者の土地活用の希望と市側の計画的なまちづくりを誘導するという目的が実現された。また計画的な土地利用をより効果的・理想的なものとするため、地権者自らがまちづくりについて勉強会を重ね自主的なまちのルールづくりの検討が行われた。これらはNT各地区での建築協定の締結や駅周辺の街づくり協定の策定につながっている。 A緑道を中心としたまちづくり  二つ目は緑豊かな自然環境を保存した緑道を中心としたまちづくり計画である。「緑の環境を最大限に保存するまちづくり」の基本方針のもとに、地区内の緑道を主骨格に、集合住宅、学校、企業用地などの大街区の斜面樹林や屋敷林など民有の緑を、公園などの公共の緑と束ねて連続させたグリーンマトリックスシステムを導入し、貴重な緑の資源とかつての里山景観を保存している。軸となる緑道は地区全体に5本あり総延長約14.5q、幅員10〜40mで斜面緑地を含めると幅100m以上の緑のベルトが形成される区域もある。現在、緑道や公園は地域住民のコミュニティや活動の場として親しまれている。  近年では緑道を魅力ある形で次世代に継承するため、整備当初の理念や考え方、再整備の手法等について公園利用者等と意見交換を行い「都筑区緑道再整備ガイドライン」としてまとめられている。ここでも市民参加が実現されている。 B多機能複合的なまちづくり 三つ目は住宅地との調和を図る業務施設や研究所等の核的施設の立地・集積を積極的に推進し、職住近接のまちづくりを行った点である。NTの優れた自然環境と立地条件に吸引され、国内企業の研究所や研修所が多数立地したほか、外国人学校や外資系企業も立地している。閑静な職住近接の環境の良さや東京へのアクセスの良さが企業から選ばれる理由となっているようだ。 (4)港北ニュータウンにおける国際協力の取組  横浜市の六大事業は、日本のみならず海外からの評価も高い。NTに関しては、新興国にまちづくりの事例として注目され、アジア諸国やアフリカの都市開発に携わる行政職員の視察の受入れを行っている。視察では、@大規模かつ多数の地権者相手にどう合意形成したか、Aグリーンマトリックスをどのように計画したかがよく問われ、海外においても地元地権者との合意や住環境の整備に対する関心が大きいことがうかがえる。  開発から20余年が経過したことでNTの街にも変化が見られるようになったが、依然としてNTに込められた技術や思想は価値あるものである。今後も、視察の受入れ会議等の機会を通じて、NTのまちづくりの取組を海外等にも発信していきたい。 ※1 HEMS Home Energy Management System:家庭におけるエネルギーマネジメントシステム ※2 導入実績(導入目標) HEMS:4200件(4000件)、太陽光パネル:37MW(27MW)、電気自動車:2300台(2000台) ※3 「1.5℃目標」 世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求すること ※4 六大事業 昭和41年に発表された次の事業。@都心部強化A港北ニュータウン建設B金沢地先埋立C高速鉄道(地下鉄)建設D高速道路網建設E横浜港ベイブリッジ建設