《3》多面性を見せる国際協力の取組〜Y-PORT事業〜 執筆 千葉 愁子 国際局課長補佐(国際協力課担当係長) 舟木 由以子 国際局国際協力課国際技術協力担当係長 はじめに  横浜市は、平成22年12月に策定した「横浜市中期4か年計画(2010〜2013)」において、成長戦略として新たに「海外ビジネス展開戦略」を位置づけ、「横浜の資源・技術を活用した公民連携による国際技術協力(Y-PORT事業)」を開始した。   事業の構想検討が共創推進事業本部(当時)内で始まったのは平成20年8月。当時シンガポールなどで水ビジネスの掛け声のもとインフラ輸出の取組が開始された頃で、我が国においても、日本のインフラシステムを海外に輸出し、展開するための支援施策が強化されつつあった。   検討当初は水ビジネス、廃棄物処理などを行政が事業化し海外に展開することに主軸を置く構想であったが、その後東京都市大学長岡教授を座長とする研究会の提言を受け、横浜のまちづくりの知見そのものを総合的に行政が提供し国際協力を進める中で、成長分野として企業の海外展開を後押しするという、現在の事業の形を持って中期4か年計画に位置付けられた。   公民連携、国際と経済、都市ブランドの確立、グローバルな人材育成など単一の局に収まらない目標を掲げ、平成23年1月、共創推進事業本部に国際技術協力担当が設置され、事業が正式に開始された。当時では例を見ない関係7局(現:9局1事業本部)の部長職への兼務辞令が発令され、市が一丸となった推進体制が構築された。   以来10年にわたり、都市連携から都市輸出へ、全国でも先駆的な政策を打ち出し、実績を積み重ねてきた。これまでに市内企業を中心に、国や独立行政法人国際協力機構(JICA)等の資金を活用した調査・実証事業67件が実施され、うち16件が事業化に至っている(令和3年2月末時点)。   近年では、ASEAN諸国の民間事業者が進めるスマートシティ開発事業への協力要請が寄せられるなど、カーボンニュートラルやポストコロナなど地球規模の課題解決が求められる中、その展開可能性はさらに広がることが予想される。本稿では、これまでY-PORT事業を通じて展開してきた国際協力の取組を紐解くことを中心に、これから目指す方向性についても併せて紹介したい。 Y-PORT事業の概要   急速な経済成長と人口増加による都市インフラや住宅等の整備の遅れ、生活・自然環境の悪化など様々な都市課題に直面する新興国諸都市にとって、市民、企業、行政が連携して都市課題を克服してきた横浜の取組には高い関心が寄せられてきた。   Y-PORT事業の柱は、(1)都市づくりに関するコンサルティングや解決策の提供、(2)市内企業の海外展開機会の創出、(3)横浜のブランド価値の向上・発信、(4)これらを通じた、国際貢献を担う人材の育成であるが、これらを個別に進めるのでなく、一体的に都市間連携というフレームのもと動かしているところに事業の特色がある。   新興国諸都市が抱える課題は総合的な対処が必要であり、技術的解決策としても横浜市内の一企業で対応できるケースは少ない。さらに、現地での法整備やインフラ整備に割ける財政基盤が十分でないといった課題も多い。そうした中、現地のニーズに応じ、横浜市の持つ行政としてのノウハウと市内企業の優れた技術・サービスを、国や開発援助機関の公的資金を活用して実行可能性調査等の実施を進めパッケージ化し、「横浜発都市ソリューション」として提供している。   海外都市と二都市間の技術協力に関する覚書を締結し、その連携関係を軸に、都市づくりの上流計画、マスタープランや個別のインフラセクターの整備アクションプランの策定に参画し、現地ニーズと市内企業のマッチングを丁寧に行いながら、都市ソリューションの共創、スペックイン、事業化まで一貫した支援を提供している。 Y-PORT事業の推進体制   平成27年5月、市内関連企業、公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)、シティネット横浜プロジェクトオフィスと共同で、海外インフラビジネス推進に向けたプラットフォーム「Y-PORTセンター」を始動。国やJICAをはじめ、世界銀行やアジア開発銀行(ADB)などの国際開発金融機関、連携する海外都市など、多様な主体と協力体制を構築し、取組を推進している。   平成29年には、内閣府地方創生推進交付金を活用し、パシフィコ横浜に隣接する、横浜国際協力センター内に「Y-PORTセンター公民連携オフィス」を開設。インフラビジネスに関する高度な知見を有する外部専門人材による支援提供や国際協力課の専従職員が常駐するなど、市内企業等への支援体制を強化した。   また同年には、それまでY-PORT事業に参画していた市内企業等が中心になり、一般社団法人YOKOHAMA URBAN SOLUTION ALLIANCE(YUSA)が設立された。YUSAはY-PORTセンターに参加するとともに、公民連携オフィスに入居し、市内企業への視察受入や会員企業の技術をパッケージ化した都市ソリューションの提供、国際会議等を通じたシティ・プロモーションなどにおいて横浜市と連携している。 都市間連携による実績   ここで、横浜市と覚書を締結した海外都市との連携を軸に、現地の計画策定から事業実施に至るまで一貫して支援した事例を一つ紹介したい。   フィリピンのセブ市とは平成24年3月に覚書を締結した。都市開発やインフラ事業は構想から実施まで長期間を要するが、フィリピンでは自治体トップの交代による政策変更等が影響し、長期的な都市開発計画が定着しないという課題があった。本市は、平成23年度、地方自治体として初めてJICAと包括連携協定を締結し、JICAと連携のうえ、セブ市及び周辺の12の自治体から構成されるセブ都市圏を対象とした都市開発ビジョン「メガセブビジョン2050」の策定を支援した。   策定過程では、かつての横浜6大事業を含む、長期構想に沿った数十年にわたる都市づくりの経験をセブ関係者と数次にわたる協議等を通じて共有し、持続可能な都市づくりにおける複合的面開発、都市機能の転換、TOD(公共交通と一体となった都市開発)による拠点整備の重要性などが認識され、本市の都市開発モデルは同地で広く認知されるようになった。   その後、JICAが実施する同ビジョンを実現するためのインフラ整備のロードマップ策定調査も支援し、「都市開発フォーラム」(※1)をセブ、横浜において継続的に開催するなど、多くの市内企業の参画に道筋を開いた。   例えば、廃棄物リサイクルの分野では、Y-PORT事業による現地合同調査に参加した市内の産業廃棄物中間処理事業者が、JICAの資金による案件化調査・実証事業を横浜市と連携して進め、その後、自己資本に加え、環境省の補助金を活用して、現地に廃プラスチックリサイクル施設を開所した。この施設では、収集した廃プラスチックを燃料化して、現地のセメント会社等へ燃料として供給している。リサイクル燃料が現地で安定的に利用され、廃プラスチックのリサイクルが進むことで、廃棄物埋立量が削減し海洋汚染防止が進むなどの貢献が期待される。   本事例は、平成30年に横浜市がセブ都市圏開発調整委員会との共催により実施したビジネスマッチングを通じ、セブ都市圏に所在するマンダウエ市と当企業との事業提携に発展している。市営の最終処分場閉鎖により廃棄物管理施策の見直しを迫られていたマンダウエ市の要請に応える形で、当企業が新たに家庭ごみの取扱いを開始し、また資源循環局の協力により横浜市は家庭ごみの分別収集制度の仕組みを紹介した。本事例は、公民連携によるパッケージ型ソリューション提供の好事例として、国際機関からも注目を集めている。   またセブの下水道普及率は現在0%であり、汚水処理の解決策として腐敗槽汚泥の脱水処理を中心としたシステム構築を提案している。市内企業の実証事業を通じて確立した技術を核に、JICAによる「地方自治体と連携した無償資金協力」(※2)を活用した案件形成が進んでいる。 新たな都市輸出の試み   前述の事例は、いわゆる自治体間の都市連携の枠組みに端を発したものだが、新興国では民間事業者が大型の面的都市開発を主導するケースも多く、これら海外の民間企業と市内企業が本市の支援のもと直接ビジネスを行う案件の実績も生まれてきている。   YUSAは、平成30年、タイの大手工業団地開発事業者から、横浜をモデルに既存の工業団地をスマートシティに転換するコンサルティング業務を受注した。現在、対象エリアは256haまで拡大し、同時に、同事業者がベトナム、ラオス、ミャンマーで進めるスマートシティ開発事業への助言を求められるまでに至っている。   これは、平成28年に初めてみなとみらい21地区を訪れた当事業者CEOの「第二の横浜を作りたい」という強い意向をベースにしている。横浜市の都市づくりにおいては、個々のインフラ整備をしっかりと進めながらも、6大事業に代表されるように、複合的な面的開発を同時並行的に進め、都市構造の転換を図り、質の高い都市空間を創出してきた。こうした総合的なまちづくりの手法や都市経営のノウハウが、横浜の強みとして、今ASEANを中心に求められている。   海外の民間事業者が主導する開発事業では、横浜市が培ってきた行政ノウハウや日本の民間企業が有するスマート技術への高いニーズがあり、公民連携による都市輸出は今後インフラ輸出のトレンドとなることが期待される。また、こうした取組を先進的に実施することにより、国際社会における横浜の都市ブランドへの注目は着実に向上している。  実際、平成30年10月北京において開催された「日中第三国市場協力フォーラム」において、YUSAの取組は、当時の安倍首相及び世耕経済産業大臣から紹介され、その後のインフラシステム海外展開戦略などにおいても先駆的代表事例とされるに至っている。 アジア・スマートシティ会議の進化する役割とデジタル化   Y-PORT事業では、平成24年から、国際会議「アジア・スマートシティ会議(ASCC)」を毎年度開催している。アジアの新興国諸都市や日本政府・国際機関、企業等の代表者が集まり、経済成長と都市環境が両立する持続可能な都市づくりの実現に向け、都市課題や成長へのビジョン、世界の様々な成功事例が共有されている。本会議は今年度で9回目を迎えたが、その規模は年々拡大し、横浜市の認知度向上からビジネス機会の創出へと、果たす役割も大きく進化してきた。   開始当初は、横浜には都市課題の解決につながる成功事例が多数あることを、新興国都市に認知してもらうため、都市ブランドのPRに重点を置いていた。第1回で11都市だった参加都市は、回を重ねるごとに増え、第4回では参加都市・機関等を「アジア・スマートシティ・アライアンス(ASCA)」としてネットワーク化し、ネットワークを通じた「成功事例の学び合いの場」へと新たな機能が追加された。そして第5回からは、世界銀行やADBが共催イベントやセッション運営に本格的に関与し、「国際開発金融機関と都市課題を抱え資金不足に直面する新興国都市をつなぐ場」へと機能を広げた。   第7回からは、新たに「ビジネス創出の場」となることを目指し、市内企業等のソリューション情報の発表や展示等の充実により商談機会を増やすことに注力している。第7回のマッチングを契機に、市内中小企業が、モンゴルのホテルの水道管赤錆対策を受注するなど、着実に実を結び始めている。   そして第8回では、国土交通省が主催する「日ASEANスマートシティ・ネットワークハイレベル会合(ASCN)」、内閣府及び世界経済フォーラム第4次産業革命日本センターが主催する、G20の「グローバル・スマートシティ・アライアンス設立会合(GSCA)」と連携開催した。これらの国際会議との連携により、開催期間を通じて、20か国57都市、約850人の参加者を得ることができ、「海外の都市開発に関する最新情報やキープレーヤーと出会える、マーケットプレイスとしての横浜」の力強い発信につながった。   今年度の第9回は、新型コロナウイルス感染拡大により、デジタルプラットフォームを活用したオンライン開催とした。これまで遠方で参加が難しかったオーディエンスの裾野を広げ、1300名近い参加をいただき、100件のビジネスマッチングが生まれた。また、ASCAの活性化などにより、会議の開催期間だけに限定しない、年間を通じたデジタルを活用したネットワーキングを実現させた。 スマートシティ開発のナレッジハブを目指して   Y-PORT事業は、事業開始から10年目を迎える今年度、内閣府地方創生推進交付金を活用しながら、事業の多角化・高度化を進めている。横浜国際協力センター6階に情報発信拠点を整備し、VR等の最新技術も取り入れて、横浜の都市づくりの取組をオンラインを通じ立体的に紹介する。また、市内企業、学術機関や国際機関等にスペースを広く開放し、来訪者間のオープンイノベーションを促進するとともに、国内外の都市開発に関する最新情報を集積し、スマートシティ開発のナレッジハブとして、シンガポールや韓国、中国等この分野で活発に活動している各国の取組と伍するための場の構築を目指している。   体制面では、企業間連携の強化や、海外都市に加え海外民間事業者とのパートナーシップ拡大に力を入れている。その上で、横浜が行政として有するノウハウを再整理し価値を高め、発信方法を見直すなど都市のブランディングにも注力している。自治体が果たす、インフラ基盤づくりや管理運営を通じた社会システム構築などの役割は、海外の地方自治体に代わり都市開発を主導する海外民間事業者にとって高い価値を有している。   Y-PORT事業では、これまで新興国の既成市街地を対象に都市課題の解決支援を進めてきたが、今後は、未整備エリアの無秩序な乱開発を抑止し、課題発生を未然に予防するまちづくりにも先行的に本市のノウハウを活かすことができれば、SDGsの達成や脱炭素の実現など地球規模の課題解決に大きく貢献することへつながる。 おわりに   Y-PORT事業は、先例のない事業として、庁内外の様々な機会をその都度捉え、多様な連携パートナーとの対話、共創を中心に成長してきた。ちょうどJICAに民間連携室(現:民間連携事業部)が立ち上がり、国においても「経協インフラ戦略会議」(※3)が設置された時期で、政府開発援助(ODA)供与から民間連携への流れの中、従来の技術協力や新たなインフラ展開の制度を都市間連携事業の新機軸として打ち出してきた。また、国家制度要望を通じて施策の打ち込みを積極的に展開し、JICAの地方自治体と連携した無償資金協力や中小企業案件立ち上げの道筋を開き、我が国のインフラ海外展開戦略推進の一翼を担っている。   開始当初は事業執行上の予算も小さく、本市以外の多様な組織と強力に連携し事業進展を図ることは必然であった。ASCCは、世界銀行などの国際開発金融機関との共同運営により、その役割を拡大してきた。また、50周年の総会が横浜において開催されたADBとも、自治体としては世界で唯一の連携協定を結び、海外連携都市、市内企業と共にそれら都市に最適な施策、技術の提供につながるプロジェクトを創り出してきた。   今後は、スマートシティのナレッジハブとしての横浜のブランドを国際的に強化し、同時にそこで得られた新たな知見やノウハウを横浜市内、日本国内に還流することが一層求められるだろう。一方が支援するだけでなく、相互に学びあい、ともに新しい技術を創りあげる、新たな国際協力の形がますます必要とされている。本事業の成長の過程で貫かれた、外部のパートナーを獲得し、新たな解決策を共に創り出していくというモデルは、今後の本市の全ての事業に必要な姿勢であると信じたい。 ※1 都市開発フォーラム 相手都市の政策立案支援や、現地ニーズと市内企業の技術・製品・サービス等とのビジネスマッチング促進を目的に、連携都市及び横浜において開催している。 ※2 地方自治体と連携した無償資金協力 平成27年度から、JICAが実施する協力準備調査等において、日本の自治体がアドバイザーとして参画し、無償資金協力事業の発掘・形成を行うことが可能になった。 ※3 経協インフラ戦略会議 平成25年3月13日より開始。官房長官を議長に財務、総務、外務、経済産業、国土交通、経済再生担当各大臣により構成されている。