《11》介護人材受入れの取組 執筆 深野 昭江 健康福祉局課長補佐(高齢健康福祉課人材確保等担当係長) 1 はじめに  本稿では、海外からの介護人材受入れについて、横浜市の取組を紹介します。そのような取組がなぜ必要なのか、その背景について、最初に触れておきたいと思います。  団塊の世代がすべて75歳以上となる2025年には、横浜市で8,500人の介護人材が不足すると見込まれています。高まる介護ニーズに対して、少子高齢化が進み、生産年齢人口が減少する中、全産業で労働力に対する需要が高まり、特に介護分野の有効求人倍率は4倍以上と、全産業の平均を大きく上回る大変厳しい状況になっています。  そこで、国内だけで人材不足を補っていくことに困難が予測されることから、横浜市は全国に先駆けて、海外からの人材受入れを積極的に進めることとしました。 2 在留資格について  次に、外国人介護職員を雇用するにはどのようにしたらよいか、雇用が可能となる制度について説明します。  外国人が日本で介護の仕事をするには、入管法(出入国管理及び難民認定法)で定められた在留資格を得る必要があります。その資格ごとに、現在4つ(横浜市ではこれにインターンシップを加えた5つ)の制度があります。 @EPA(経済連携協定)に基づく介護福祉士候補生の雇用(在留資格は「特定活動」) A在留資格「介護」をもつ外国人の雇用 B「技能実習」制度を活用した技能実習生の雇用 C在留資格「特定技能」をもつ外国人の雇用Dインターンの雇用(在留資格は「特定活動」) (詳しくは53ページの表を参照)  海外からの介護人材の受入れについて事業を考えていく上では、この受入れの仕組みを踏まえることが前提条件となります。 3 在留資格ごとの本市の事業展開について  横浜市の取組は、介護人材支援事業として行っています。在留資格との関わりを中心に、事業目的や内容について説明します。 (1) EPA(経済連携協定)による受入れ開始  経済連携協定とは、「物品やサービスの貿易のみならず、人の移動、知的財産の保護、投資、ビジネス環境の整備、競争政策など様々な協力や幅広い分野での連携を促進し、2国間又は多国間での親密な関係強化を目指す条約」を指します。  この条約に基づき、一定の要件(母国の看護師資格など)を満たす外国人が、日本の国家資格の取得を目的とすることを条件に介護施設において就労・研修することが特例的に認められています。  平成20年度に、EPAによって、まずインドネシアから介護福祉士の国家資格取得を目指す候補者の受入れが開始されました。翌21年度にはフィリピンから、さらに26年度にはベトナムからの受入れも開始され、この3か国からの受入れは現在も続いています。  この枠組みは、単に労働者の受入れというだけでなく、受入れ先となる介護施設等には、候補者に対して国家資格の取得を目標とした研修を実施することが義務づけられています。また、候補者の方も就労しながら、資格取得に向けて精励しなければなりません。  そこで、EPAに基づく受入れを支援することを目的に、関係団体と連携して、施設での円滑な就労・研修から、国家資格取得へとつながる体制整備を横浜市として行うこととしました。これが支援事業の始まりです。  事業開始当初は、候補者を受け入れている施設と候補者への支援ということで考えられ、内容は候補者や候補者に研修を行う職員を雇用するための人件費補助等を行うものでした。国際交流が主目的で、介護人材の確保という目的は含まれていませんでした。  しかし、介護人材の不足という課題が生ずるとともに、海外からの介護人材の受入れは、不足解消の切り札として目が向けられるようになり、新たな介護人材確保策の一環として取り組むようになっていきます。 (2) 在留資格「介護」の創設  在留資格「介護」は、平成28年の入管法改正により創設され、介護福祉士の国家資格を取得して介護業務に従事すれば、在留期間を更新する際の回数に制限がなく、問題がなければ介護業務に従事している限り日本に滞在することが可能になりました。  在留資格「介護」の創設により、平成29年9月から、日本で介護職員として働き続けたいと考える外国人は、「留学」の在留資格で入国し、日本語学校や介護福祉士養成施設に通い、国家資格を取得して「介護」の在留資格に変更するという流れが代表的なものとなりました。この流れをより促進するための国のスキームでは、受入れ環境の整備として、養成施設に就学する際にかかる費用等の貸付け制度が設けられています。留学生は就学にかかる費用を一旦借り入れ、資格取得を目指します。資格取得後、介護業務に従事することで日本での長期滞在が可能となります。5年間介護の仕事に従事すれば借り受けた資金の返済も免除されます。  横浜市では、この国の制度に加えて、介護人材支援事業で、いくつか独自に環境整備のための支援策を行っています。 (3) 介護人材支援事業  介護人材支援事業では、実に様々な海外からの介護人材の確保に向けた事業に取り組んでいますが、それらは、在留資格「介護」のような外国人介護職員を雇用できる制度が創設されたことに伴って開始したものです。  介護福祉士養成施設の費用等については、貸付けだけでは不足する額に対して年間最大20万円まで助成する補助制度(令和元年度から)、養成施設に通う前に日本語学校に通う留学生には、その学費等を年間最大35万円まで助成する補助制度、さらに住居についても、住居借上げ支援事業として一人あたり月3万円を上限に助成を行っています。助成のほかにも、国家試験対策や介護現場で役立つ日本語の研修、日常生活相談といった教室や窓口の設置・運営を委託で実施して、外国人の勉強・仕事・生活全般を支援しています。  横浜市のスキームでは、助成事業は全て留学生がアルバイト等で就労する施設を対象に行っています。在留資格が「留学」の場合であっても、週28時間までの就労は可能となります。横浜市では、留学期間における介護施設でのアルバイト等による就労も貴重な人材資源として捉え、介護現場の就労につながるスキームとしています。受け入れる施設としては、学費等を一旦立て替えるという負担がかかりますが、在留資格の変更を経て長期滞在となったときに、継続して施設の職員として活躍してもらうことが期待できます。 (4) 「技能実習」制度の対象職種への介護の追加  「技能実習」制度とは、先進国の技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展に協力することを目的とするものですが、平成29年11月、対象職種に介護が追加されました。  現在、市内の施設にはEPA、留学生、技能実習生と、異なる在留資格で従事する外国人の方々がいます。支援策は全ての在留資格に対応する必要があります。そこで、横浜市では在留資格や国籍を問わずに使えるように事業を考えています。  このように、平成29年度に介護分野に外国人を受け入れる仕組みが2つ追加されたことが、横浜市の受入れ支援事業を大きく転換させたきっかけでもあります。さらに、平成31年4月に施行された入管法の改正では、「特定技能」という在留資格が、新たに創設されました。 (5) 「特定技能」への対応  「特定技能」は、深刻化する人手不足に対応するため、生産性向上や国内人材の確保のための取組を行ってもなお人材を確保することが困難な状況にある産業上の分野において、一定の専門性・技能を有し即戦力となる外国人を受け入れることを目的に創設されたものです。この国の動きに対応することが、海外からの介護人材確保の鍵となることから、令和元年度には新たな事業に着手しています。  「特定技能」の場合、介護分野の固有の要件として、コミュニケーション能力が求められることから、入国時には一定の日本語レベルの習得が必要となります。最低でも、日本語能力試験の「N4」に合格できなければなりません(「特定技能」は、特定技能の日本語試験に合格するか、あるいはN4以上で可)。逆に言えば、試験に合格さえすれば、入国時から即戦力としてフルタイムの就労が可能になります。  そこで、この日本語と、もう一つの特定技能試験である介護能力評価試験に合格する程度の介護知識を習得できるよう、入国前に現地において合格に向けた研修を実施する「訪日前日本語等研修」を令和元年7月に開始しました。  この事業の目的は、「特定技能」の創設により、海外における人材獲得が今後競争になることが予想されることから、横浜市内の施設で働く意思のある人々を集め、さらにその人たちに研修を受けてもらうことで優秀な人材を早期に確保することにあります。民間企業等では、既に行われていることかもしれませんが、自治体としてこのような事業に取り組むのは横浜市が初めてとなります。 (6) 高齢者保健福祉計画・介護保険事業計画に記載  介護人材支援事業は、第7期横浜市高齢者保健福祉計画・介護保険事業計画において、増大する介護ニーズに対し、質の高いサービスを安定的に供給するための重点的な取組として位置づけられました。  具体的には、@新たな介護人材の確保、A介護人材の定着支援、B専門性向上を3つの柱として取り組んでおり、事業規模も拡大しました。 4 覚書の締結  市の最も特徴的な取組に、海外の都市とその管轄にある学校との介護分野における覚書の締結があります。覚書の概要は、「@都市(学校)は、横浜市内で介護分野に就労する意欲のある人を送り出すことに協力する(推薦する)、A横浜市は、各都市(各学校)から来られた(推薦された)方が介護の技術を学び、市内で就労することができるよう支援する」という相互の連携を約束するものです。覚書の締結は、横浜市が海外からの介護人材向けの様々な支援を実施する上で必須となるものではありませんが、自治体間で連携をすることで、本人や家族、学校や施設の信頼が高まり、安定した人材の確保につながります。  この覚書は、現在ベトナムの3都市と6学校、中国の3都市と5学校と締結されていますが、その2国の都市等と締結するに至った理由はそれぞれで少し異なっています。ベトナムについては、先に触れたEPAでこれまでも介護福祉士候補生の受入れを行っていた実績があり、勤勉な方が多く施設からの評判が大変良いこと。中国については、同じ漢字圏ということで日本語の習得が優位であること、また、人口が多く人材の確保がしやすい等の理由が挙げられます。 (1) ベトナム  ベトナムとの覚書締結は、昨年(平成30年)の7月に行われました。  きっかけとなったのは平成29年9月に市長がAPEC女性と経済のフォーラムでベトナムを訪問した際、介護人材の受入れに関する本市の要望を提案したことでした。そのときに面会した都市の一つであるダナン市から「話を進めたい」との意向が示され、その後、担当者が同年12月と平成30年5月、現地に赴いて協議を進めました。ダナン市と本市は、すでに都市づくりに関する覚書を締結している関係にあったこともあり、また、ダナン市にあるドンア大学が学生の送り出しに積極的であったことも合意に至る要因となりました。このダナン市に加え、ホーチミン市、フエ省とも合意に至り、ドンア大学をはじめ各都市から紹介していただいた学校とも合意を得ることができました。  ベトナムからは、この覚書に基づき、現在ドンア大学の学生がインターンとして来日し、12名が介護施設で実習を行っています。インターンは、横浜市独自の受入れの仕組みです。覚書を締結した大学が、横浜の施設における学生の就労期間を実習として卒業に必要な単位に認めてくれることが条件となりますが、学生は日本に来ている間も卒業に必要な要件をクリアでき、施設では留学生と違って週40時間のフルタイムで働いてもらうことができます。 (2) 中国  中国との覚書締結は、今年8月に行われました。  先に触れたように、中国については人口が多い等の理由から人材確保の可能性について調査を行ってきました。また、民間団体を通じた人事交流が既に行われており、技能実習生や留学生の受入れがすでにある程度行われていました。そこで、ベトナムと同じような覚書を締結することができるか、担当者が現地に赴いて協議を進めました。その結果、今後の高齢化に向けて課題意識の高い山東省、山東省にある臨沂市、遼寧省にある瀋陽市と合意を得ることができました。特に臨沂市では、3つの学校と覚書を締結することができ、この臨沂市からも10月にインターン6名を受け入れました。 5 取組を進めてみての課題  海外への取組は、初めてのことが多く、手探りで進めてきた感じです。特定技能にしても、法律は施行されましたが、実際の受入れは、この原稿を書いている令和元年10月現在まだ行われていません。また、訪日前日本語等研修のような事業は、受講生が実際に来日するまでに1年くらいの期間を要するものです。未来に向けた投資とも言える事業であるため、その成果が十分に見える形にはなっていません。  しかし、今後確実に受入れは進んでいきます。将来の人材不足を考えれば、年間100人単位で確保していかなければなりません。それだけ多くの外国人を受け入れるに当たり、就労先となる施設とのマッチングが非常に重要になります。マッチング支援も、令和元年度に新規に実施していますが、外国人の受入れを希望する施設はまだそれほど数は多くありません。ここまで人材を確保するためのルートの開拓に注力してきましたが、これからは受入側である施設の意向を踏まえた、需要と供給のバランスを考えていく必要があります。 6 今後の方向性  課題で触れましたが、今後は、確保できた人材を、必要とする施設に供給していくことが重要になると考えています。現在、施設に対してアンケート調査を行っていますが、海外からの介護人材を受け入れることに、まだ不安等を感じている施設も少なくありません。この不安を解消できるような新たな支援も検討していきたいと考えています。  目指しているのは、外国人を受け入れる施設も、日本に来て働く外国人も、どちらも幸せになれるような仕組みが横浜市に確立されることです。そのことによって、利用者にとっては質のよいサービス提供につながり、利用者の生活も豊かなものにすることができます。  そして、来る2025年には、しっかりとその成果が現れるように、事業運営を確実に推進していくことが目標となります。 参考文献  2020年度受入れ版EPAに基づく外国人看護師・介護福祉士候補者受入れパンフレット(公益社団法人国際厚生事業団発行)