《6》〈インタビュー〉横浜中華街のまちづくり 林 兼正 横浜中華街「街づくり」団体連合協議会会長 「萬珍樓」代表取締役 聞き手 編集部 [横浜中華街「街づくり」団体連合協議会]  1993年1月に発足した、横浜中華街に所在する24団体によって構成される協議会。横浜中華街の歴史と伝統を基礎とし、21世紀にふさわしい街づくりを目指すために、衆知を集めて協議することを目的としている。 ― 本日は、横浜中華街のまちづくりについてお話を伺いたいと思います。横浜中華街が多くの日本人が訪れる街として確固たる地位を築いていることはもちろんですが、出身地、言語、国籍等に違いがある中でまちづくりを進めてきたということがあると思いますので、外国人材の受入れのお考えなどについてもお話を伺えればと思っています。  早速ですが、横浜中華街で進めているまちづくりのポリシー、考え方について教えていただけますでしょうか。 【林】 二つあります。一つはビジネスとして何をしなければいけないのか。私は、ハーバード大学のマイケル・ポーター教授のいうクラスター理論を活用してまちづくりを進めてきましたが、クラスター とは何かというとブドウの房です。横浜中華街は中華というクラスター、ブドウの房で、中華料理屋さん、中華のお菓子屋さんなどたくさんの実の粒が集まって中華、中国の香りがする街、中国の伝統文化を感じることができる街が出来上がっています。そこが他の街と違うところです。 そして、もう一つは、この街に住んでいる人が、中国の伝統や文化を継承していくということです。伝統文化を守り、誇りを持って子孫に伝えていくということです。 ― クラスターのお話がありましたが、必ずしも全てが中華のお店ということでなくてもよいのでしょうか。 【林】 ダメということではありません。芯に何があるのかが重要です。例えば実際に商店に寿司屋があっても構わないです。でも、この街で行っている祭りは中国の祭り、イベントです。景観も中国で、 新しい華僑も生まれてきて、学校の部会ではお獅子とか中国武道、舞踊。祭りに出るので子どもの頃からみんなやっています。文化や伝統をきちんと引き継いでいます。 ― これだけは守らなければいけないといった、まちづくりのルールはあるのでしょうか。 【林】 みんなで中華街憲章(※1)を定めています。街の基本理念ですので、それは守りましょうということです。細かいことはどうでもよくて、ビジョンをしっかり決めておくことが重要です。 ― 外国人材の受入れが拡大され、今後、外国人人口は更に増加していくと思いますが、受入れに当たって何が求められるのでしょうか。 【林】 まず外国人に日本の伝統文化を理解してもらう必要があります。教えて守ってもらう。そのためには、彼らの伝統文化を理解し、支えをしてあげればよい。それでトラスト、信頼が生まれるわけで す。今の日本人は、関帝廟で街の人が中国式に参列してお線香をあげているのを見て、自分たちもそれに倣ってお辞儀をしてというふうに、深く理解はしていなくても黙ってお参りをしています。他の文化を認め合う心が始まって、はじめて「国際化」です。 ― お互いの文化を理解するということですね。 【林】 そのためには、一方通行でなく、コミュニケーションをとるということが大切となります。知っているはず、分かるだろうではダメです。きちんと伝えなくてはいけません。 ― 他にはいかがでしょう。 【林】 外国人にとって理解が難しい日本のルールもあります。例えば行政指導です。ここからは法律違反です、罰則ですよというのが法律ですが、行政指導というのがある。日本は和の国で、それは悪いことではありませんが、外国人はイエスかノーですので、日本人には分かっても、なかなか理解ができません。 ― 外国人材の受入れ拡大については何か影響は考えられるでしょうか。 【林】 受入れに当たってのルールができて、一定水準の日本語能力などがあれば入国できるとなると、相当日本のことを勉強していますから、その人たちが問題を起こすとはあまり考えられません。また、家族が一緒に来日した場合は、その家族のフォローを周りがちょっと手伝ってあげればいいと思います。その点、中華街は広東同郷会、台湾同郷会、福建同郷会といった各省の同郷会があって、そこに相談すれば手伝ってくれる体制がある。広東の隣は福建ですが福建語と広東語で言葉は通じません。ですので、 福建から来る人は福建同郷会で面倒見てくれよ、問題があったら助けてあげてという関係ができています。 ― 出身地別にコミュニ ティができているのですね。 【林】 そうです。困ったときにフォローします。別にいつも一緒にいて親切にする必要はない。困ったときにいつでも手を差し伸べるシステムです。そういう意味では、行政、役所はちょっとやり過ぎるところがあると思います。これもあれもやろうとしますが、大事な就職のバックアップとか、子どもの学校のこと、病気をしたときの手助けなどがあれば大丈夫です。特定の人にきめ細かくというよりも、 入口で困りごとを聞き取ってつなぐ、さばくということをしたほうが多くの人に対応できると思います。今の横浜市の職員数で全ての外国人の要望にきめ細かく対応するのは無理です。民間にも任せないと。例えば「会社で給料がもらえなくて困っている」という困りごとなら「労基署へ行きなさい」と、対応を案内できればよいと思います。 ― 行政のスタンスとして大事なことを教えていただいたと思います。 【林】 外国人にアンケートをとって、「あなたは何に一番困っているか」、「横浜市に何をしてもらいたいか」、答えを集めれば簡単かもしれません。背中を掻いてくれみたいな細かいことは絶対言わないと思います。  また、私は「まず日本に来た外国人には日本人と同等の扱いをしなさい」と言います。それで「困った部分だけ対応しなさい」と。だから私は、外国人のお客様がお店に入って来ると、「いらっしゃいませ」と日本語で言います。そして「何名様ですか」と言って、相手の方が指で人数を答えたら、英語は使わないです。ここは日本です。外国人のお客様に最初に日本語で話をして、分からないと思ったときは英語で話すことにしています。これが大事です。日本人と同じように接して、分からないところはヘルプ、全部ヘルプする必要はありません。  私は何十年も韓国人や中国人を雇っていますが、最初はしっかりとフォローします。初めて日本に来たときに、ただ「ここが寮です」と伝えるだけでは無理ですよね。一緒にホームセンターに行って布団を買ったりと、そういうフォローは必要です。あとは会社のオリエンテーションで、「困ったときには上司と相談」、「上司と相談ができないときは人事課の課長のところに直接行きなさい」と、相談する場所を言っておく。外国人だからやさしくしなくてはいけないというのは必要ないです。日本人と同じでいいんです。 ― 以前、著書を拝見して、日本では長崎や神戸の中華街も有名ですが、中華街と日本人との関わりでいうと、横浜は親しさの度合いとしては低いとありましたが。 【林】 それは歴史の問題です。長崎は元禄時代に確か3万人くらいの人口で、そのうち9千人が中国人だったと思います。そうして3百年が経っています。神戸は開港してからですから160年。日本人との結婚も増え、同化していっています。横浜は開港時からという点は神戸と同じですが、関東大震災でゼロになってしまった。3百人しか残らなくて、中国に戻ってしまったり。そして少しずつカバーしてきたら、太平洋戦争でまた焼け野原です。だから、横浜では中国人と日本人の関係はまだ百年しか経っていません。やっと今は日本人との結婚も増えてきていますし、親しさの度合いは増していくと思います。 ― まちづくりの話に戻りますが、ご自分の商売、ビジネスをしながら、まちづくりの活動にも大変尽力されていると思いますが。 【林】 まちづくりは、会社を一つやるよりも大変です。でも、おもてなしとか、揉め事を解決するとか、まちづくりも会社と同じです。大変ですが、伝統文化を子孫に継承していくために覚悟を持って取 り組んでいます。 ― 新華僑の方が増え、世代による意識の違いなどもあると思いますが、今後のまちづくりについて教えていただけますか。 【林】 世代による意識の違いはもちろんあると思います。私たちも前の世代から引き継いだわけですが、次の世代に引き継いでいくことになります。しかし、第4次産業革命が始まっていて、次の時代は 新しいものへの挑戦ですから、そういう意味では私たちが次の世代に今教えるものはないです。ただ昔からの伝統で、なぜここにお客さんが来ているのか、そこはクラスター理論の中華ということと、もう一つは非日常的なことをやることによって、ここはレジャータウンであるということを伝えていきたいと思います。日本の良さを取り入れながら、新しい進化した中華街をつくることが大事です。そして、伝統文化は残さないといけない。この街を繁栄させるか、衰退させるかは、彼ら次第です。今のうちに一緒にやって、受け継いできた今までの考え方を伝えようと思います。 ― 本日はありがとうございました。 ※1 中華街憲章  横浜中華街発展会協同組合と横浜中華街「街づくり」団体連合協議会が1995年に制定した。街の基本理念を定めたもので、「礼節待人の中華街」など7つから構成される。