調査研究レポート 「共感を軸にした三方よし」で、持続可能な地域コミュニティを推進 ?自らの地域活動19年と行政での経験から得た気づきから? 大木 節裕 南区長 1 はじめに〜現場・地域目線の経験を、地方行政の仕事にどう活かせるか  私は、区役所で地域支援の仕事に5回11年間携わって来たが、29年前の戸塚区在勤時、地域運営で有名な「ドリームハイツ」の活動に出会い、身近な課題に地域の人達が横につながり自主的に活動しているのに感動し、「共感」のもつ力を体感した(注1)。  この体感が原動力となり、地元泉区の地域住民として、市立いずみ野小学校のPTA会長やおやじの会の立ち上げから関わり、青少年指導員も務めるなど地域活動に19年間携わって来ている。  いずみ野小では、農体験や食育の授業のため、農家も地域も、リタイア層から若い世代まで学校を応援する活動が、40年前から世代を繋ぎ続いている(注2)。この中で、我が子の成長とともに関わって来たおやじの会(いずみ野サポーターズ(注3))では、保護者が子どもと一緒に農家や教職員との楽しい共通体験を通じ、地域活動の担い手・後継者を輩出している。近年、いずみ野小の食農教育は地産地消を進める企業も呼び寄せ協働するなど、横浜市と相鉄グループが進める「環境未来都市相鉄いずみ野線沿線プロジェクト」の中でも注目される取組となっている。  高度成長期に大都市となった本市は、少子高齢化の進展に加え、今後は人口減少が見込まれており、団塊の世代が75歳を超える2025年問題も間近に迫りつつある。また、住宅地も老朽化し防災防犯も問題となるなど地域課題の複合化・深刻化が予想される中で、地域の共助の担い手として地域コミュニティの重要性が叫ばれて久しい(注4)。一方、地域コミュニティ自体は、担い手後継者不足や若い層の地域への関心低下など、活動の継続についての課題が深刻化している。  この中で、長年の地域活動の実践者としての立場と、南区長として福祉保健センター担当部長時代も含めた5年間の関わりを踏まえ、経験から得られた気づきを集大成として報告したい。 2 経験を踏まえての私の基本的考え (1) 共感の土台づくりによる「持続可能な地域コミュニティの形成」  日々の実践を通じ、活動する人達が意欲を高めながら活動を上手に継続するには、共通の知恵や工夫などの経験知があることに気づいた。  地域活動は、地域の魅力や資源と課題を共有できるよう、人と人がゆるやかに横につながりながら対話を重ね、共同で小さなことから実践し振り返る中で、共感と信頼を積み重ねながらの好循環を持続できることが大事である。  地域活動を持続できるための動機付けの要因の元には「共感」がある(図1)。共感が生まれるに際して、その土台には「個人の楽しみややりがい」や「地域のつながり」がある。これらは、個々人が自然発生的に取り組むことができるが、一方「地域貢献」は、課題の共有や使命感といったもので、行政が意図して縦割りに働きかける側面が強く、負担感ややらされ感に繋がりやすい。土台がしっかりしていないと、行政がどんなに働きかけても継続しにくい。地域の実情に寄り添った働きかけが重要である。  個人のやりがいの尊重と顔の見える関係のつながりを土台とし、立場の異なる住民の相互理解や地域に関心を持ち既存の活動の良さに共感し合い、活動間のつながりを広げつつ次世代後継者を育成する等、「地域の共感の基となるやりがいやつながりの土台(≒社会関係資本)を基盤に、地域の意欲を、近江商人の『三方よし』のように、複数関係者・目的にとって相乗効果を持ち好循環できるよう高める、持続可能な地域コミュニティに向けた支援」が重要と考えた(注5)。 (2) 「共感を軸にした三方よし」好循環のための要点  地域の共助を行政が当たり前のように当てにする形で、行政組織の縦割りの課題に応じて単一目的・成果を追い、ほぼ画一的な制度で事業費投入し短期的に成果を求める既存の手法の課題が深刻化している。  今後は、既にある地域の良い知恵や工夫など経験知に学び、地域の意欲と持続性を高める支援が求められる。また、地域の視点に立てば、地域の生活課題は多面的・重複的で施策を横繋ぎすることが求められる。小さなことから始め次世代後継者育成まで視野に、社会問題の予防的な側面を重視し、様々な相乗効果の好循環を生む方策が必要である。  要点を次の4点に整理した。 @地域の意欲と主体性を軸に、相互のやりがいやつながりの深まり広がり等地域の共感・信頼の風土の土台(≒社会関係資本)の共感満足度を取組の基軸に据える。 A地域の弱み(課題)だけでなく、既にある地域の強み(魅力・資源・人材・活動・良い知恵や工夫等)を活かし、解決手法は地域毎のオーダーメイドで柔軟に立案する。 B地域の次世代後継者の育成まで視野に、地域活性化・教育・産業・福祉等多面性・重複性のある複数関係者・目的にとって「三方よし」の相乗効果があるように取り組む。 Cお互いの出会いと相互理解、共感・満足感から始まる小さな共同の実践を尊重して好循環を積み重ね、地域活動の共感・満足度のPDCAを回す協働社会実験型で取り組む。 3 南区の歴史や風土の中でいかに進めるか  南区は、下町情緒溢れ人情味が豊かな古くからの町で、災害や福祉などいざという時に大切な「日頃からの顔の見える関係」、まさに「地域の共感・信頼の土台」が風土として、自治会町内会を始め地域の方々の不断の努力で積み重ねられている素晴らしい町である。  一方で、少子高齢化・人口減少の進展、老朽化が進む住宅密集地の防災対策や、様々な困難に直面する方々も多いなどの課題がある。こうした中、担い手・後継者の確保や、若い層の地域への関心の向上、取組意欲の継続など、地域の活動を持続できることが大変重要である。  南区役所は、地域の活動を進める方々に寄り添い地域の良さを生かしながら課題に取り組めるよう、各課の「横のつながり」を深め地域との「共感と信頼」を育みながら、地域の応援を積み重ねていくことを平成28年度から区政運営方針に掲げた。取組の核に「地域の力」を位置付け区役所全体で応援を心がけてきた試行錯誤の中で、特徴的な取組を以下に記載する。 (1) ちょっとした助け合いから始める好循環づくりの運動 @横のつながり活動の呼びかけと、地域の力応援事業の新設  区役所全体で、地区や個人の支援業務か窓口業務かを問わず各課が助け合い共同する組織風土の醸成のため「横のつながり活動」を進めた。これと併せて、「地域の力応援事業」を平成29年度に新設し、「区役所全職員への地域支援研修」をはじめ、「地域の好事例を紹介する冊子(キラリ)等の情報発信」「人口動態や資源など地域別データ集の地域への情報提供」「コーディネーター派遣事業(30年度〜)」を、地域の共助を応援する土台の取組と位置付けた。  現場・地域目線での連携の事例や地域の情報の共有などを通じて、職員の意識醸成を図りつつ職場横断的な連携の組織文化を育てることは時間がかかるが大切だと考えた。 A地域の工夫をソーシャルマガジン「キラリ」で発信、区役所も学ぶ  地域で活動意欲を高める好事例は、既に地域で様々あり地区懇談会などで多数確認されたことから、創刊した冊子「キラリ」や広報区版一面で他の地区の参考に情報発信した。  例えば、子どもが楽しく参加できるよう工夫しその影響で親も参加して盛り上がる防災訓練や、子ども会と連携し高齢者の見守りにもなるハロウィンイベント、小学校おやじの会が学校や連合町内会と連携しての防災体験キャンプなどがある。子どもや食などを媒介に多面性・重複性をもつ共同作業を通じて、担い手の確保や若い層の地域への関心の向上にも役立ち、互いに負担感少なく楽しい活動として継続している。これらを通じ、区の職員自身も共感し、自らの仕事への学びになることもねらいとした。 B「地域の力を応援する事業の工夫」の設定  地域の良い取組に学ぶ中、平成30年度予算から、各課の本来業務で地域の力を応援できるちょっとした工夫を進める「地域の力を応援する視点での事業の工夫」を設定した。  例えば、東京2020オリンピック・パラリンピックに向けたおもてなしの美化活動で地域・学校・事業者の輪を広げる「つながり清掃ウォーク」(地域振興課×資源循環局南事務所×南土木事務所×福祉保健課×こども家庭支援課)、介護予防ボランティアと公園愛護会等の連携による脳トレウォーキングの推進(高齢・障害支援課×南土木事務所等)など、清掃や愛護といった地域に既にある取組や関係性など資源を活かし取組意欲を向上できる工夫をした。  なお、平成28年度の地区懇談会の「住民満足度アンケート」実施(後述)など、参加住民や担い手の満足度及び職員自体の満足度も併せて振り返り次に活かす工夫を進めた。 C地域と学校や市民利用施設との連携の推進  学校は地域の拠点であり、日頃からの清掃や花壇の整備等美化活動や運動会・祭りなど、子どもたちを軸にして既に地域と学校が互いに支え合う取組の積み重ねがある。これらを区役所内で情報共有し、平成30 年度から「地域と学校の連携促進事業(地域の力を応援する事業の工夫)」を設け、学校と地域の双方に相乗効果があるような取組を支援している。  また、コミュニティハウスや地区センターなどの施設も、住民が地域に関心を持ち気軽に参加でき、つながりや担い手に繋げる地域資源として重要である。施設間連携事業(まるごとみなみ)では、コミュニティハウスなどにも地域の活動支援を働きかけ、新設のコーディネーター派遣事業の派遣先とした。また、蒔田コミュニティハウスでは、平成30年4月の指定管理者更新を契機に地域活動支援の自主事業に取り組みだしている。 D地域の取組に寄り添うための区役所各課や関係機関の連携促進  地区懇談会等で関心の高い防災や福祉の取組にあたり地域へ寄り添った連携を心掛けた。  自治会町内会毎の災害時要援護者名簿の取組支援は、206自治会町内会中140自治会町内会で情報共有方式での協定締結に繋げたが、高齢・障害支援課、総務課、福祉保健課の3課が連携し、出前講座等での丁寧な対応や名簿活用方法の事例紹介が好評を得たことが貢献した。また、地域包括ケアシステムの行動指針策定にあたり、区社会福祉協議会や地域ケアプラザとの連携により、全16 地区毎に専門家や地域活動者が一緒になって考える場を丁寧に持った。  各地区では、例えば、永田みなみ台地区における、地域がESD(持続可能な開発のための教育)に取り組む永田台小学校等と連携して進める団地内空き店舗を活用した多世代交流拠点づくりでは、地域の10年近い地域福祉保健計画を通じた活動の蓄積に区役所関係課で、また、寿東部地区では、多文化共生のまちづくりの取組を国際交流ラウンジや南吉田小学校と区役所関係課で、丁寧に連携し支援した。 (2) 地域の力を応援する土台となる仕組みの充実(「地区懇談会等の場」、「地域福祉保健計画地区別計画」と「地区担当制など地域支援体制」)  運動の継続に向けて、次の三つの取組の相乗効果を図るべく試行錯誤を積み重ねている。  南区の「地区懇談会」は、連合自治会を始めとする地域と区役所が膝を交えて対話する場として50年継続し、区も連携しながら地区の自主性を尊重して開催している。平成28年度から区からの働きかけで地域の共通課題を議論する場に改めて位置付けた中で、地域が進めている取組の工夫・力を入れている活動の発表や、PTAなど若い世代の参加、グループ討議の導入などが進むとともに、参加者住民満足度アンケートでも、満足・やや満足が67%(28年度)→79%(30年度)と高まっている。終了後には、地域力推進担当が地区連合町内会長等と率直な振り返りを行い次に繋がるよう工夫を重ねている。  担い手後継者の確保や若い層の地域への関心の向上、多世代の居場所づくり、防災と災害時要援護者支援などのテーマが多く選ばれる中、自主的な取組に繋げる地区も増えている。「地域の力応援事業(前述)」や「ちからアップ等補助金」、「(地区単位で取り組む)南区版地域づくり大学校」、「施設間連携事業」等を活かし支援を図っている。  また、地域福祉保健計画地区別計画は、地区社会福祉協議会を中心に振り返りの会で進捗共有を図りつつ推進している。近年、地区懇談会でよく話題に出るような多面性・重複性のある生活課題が増える中、連合自治会、学校、施設、事業者、さらに介護予防・生活支援サービスや子どもの居場所づくりの団体等とのつながりも進みつつある。平成31年度からの次期計画策定で、緩やかなつながりが地域の実情に応じさらに広がる工夫の積み重ねが大切である。  さらに、南区は、平成28年度から地区担当と地域福祉保健チーム(含む、区社協・地域ケアプラザ)を基に地域支援体制を位置付け、翌年度に災害時要援護者支援の推進に地域防災拠点参与を含めた。地区毎の情報共有から始めどう課題解決に繋げるか、次期地域福祉保健計画の策定推進に備えた体制の充実を進めている。地区担当の担える役割や、事務局課の連携、業務所管課の連携、各課の地域の力を応援する視点での事業の工夫が重要である。 4 現場・地域目線での好循環への期待と横浜市中期4か年計画  地域の経験知に学ぶ運動を南区で足掛け5年間進めた中、職員がちょっとした工夫を既にまたは新たに様々な場面で進めていることを、地域の方々の感謝や評判の声から聞き頼もしく感じている。と同時に、さらなる好循環には、地域の知恵や工夫など経験知に職員自身が自ら気づき納得して行動できる、時間をかけた積み重ねが必要と再認識した。  その上で、日本最大の基礎自治体において、区職員の現場での努力を実りあるものにし、区役所をさらに「地域協働の総合支援拠点」として充実させるためには、区局を挙げて、地域の知恵や工夫など経験知を学び合うことが大切だと痛切に感じる。それは、区局長の率先垂範による、一人一人の意識と小さな連携の積み重ねから始まると思う。  そうした中で、新たに策定された横浜市中期4か年計画2018─2021では、基本姿勢に、「地域コミュニティの視点に立った課題解決」として「区局が連携し、地域において様々な取組を進める方々に寄り添いながら、地域コミュニティを支える取組を進めていきます。」と記載された。その上で、行政運営5「市民の視点に立った行政サービスの提供と地域との協働」で、目標に「持続可能な地域コミュニティの実現」が、また、政策33「参加と協働による地域自治の支援」の主な施策に「地域のつながりづくりのためのコーディネート機能の充実」が掲載された。  基本姿勢や取組について、私もその一端に関わった庁内の議論や調整に感謝するとともに、今後の地域支援の考え方や施策の具体化と庁内連携の仕組みの充実を期待したい。  最後に一言。私にとって、地域活動の実践は、地方公務員として働く時に地域で活動する方々の生の感性に触れる体験として貴重であった。また、日本最大の基礎自治体として、地域の方々の経験知に学んで施策を進めることの重要さに気づく大きな財産となった。地元で、我が子をきっかけにおやじの会に参加したことが自然な入り口だったことが感慨深い。地方公務員は各人ができるやり方で良いので地域活動を経験することを大切にしたい。 注1 自主研究レポート(庁内連携による福祉のまちづくり研究グループ) 協働による(福祉の)まちづくり〜条例制定の中で見えてきたこと〜 ・横浜市調査季報Vol.133 横浜市企画局 平成10年3月発行 注2 ビタミンブック〜横浜産 希望のビタミン(市民活動の実践事例と考察)〜食農教育40年が結ぶ、学校を核とする地域創生〜いずみ野小学校・農家・地域の、共感を軸とする三方よしの次世代後継者育成〜 ・横浜パトナの会 平成30年2月発行 注3 地域から築く「新しい公共」〈5〉「大都市における地域自治」地域における「共」の内発性を基盤とする「公」の創造 ・横浜市調査季報Vol.158 横浜市都市経営局 平成18年3月発行 注4「横浜市市民生活白書2009」を読み解く〈4〉人口動態から見る横浜 座談会 人口動態から今後の横浜のまちづくりを考える ・横浜市調査季報Vol.165 横浜市都市経営局 平成21年11月発行 注5 調査研究レポート(トップマネジメント研修の研修成果 Bグループ)2025年を展望した「持続可能な地域コミュニティ」の形成施策〜「共感」が生み出す「地域活動の好循環サイクル」を推進力に〜 ・横浜市調査季報Vol.166 横浜市都市経営局 平成22年3月発行