《10》緑としての農地 執筆 朝倉 友佳 環境創造局課長補佐(農政推進課担当係長) 宮口 均 環境創造局農政推進課担当係長  戦前の横浜市は、郊外部に農村が広がり、近郊農業が盛んだった。しかし、戦後の急速な都市化により、営農環境は悪化し、農業経営の基盤である農地も減少していった。そのような中、横浜の農政は、都市と農業が相互に有機的に調和していくことを目指し、高度経済成長期から様々な施策に取り組んできた。ここでは、農地を都市環境の形成に欠かせない「緑」として捉え、都市農業の確立のため進めてきた農地施策を中心に述べたいと思う。 1 横浜の農業の特徴 【市街地と近接する農地】  横浜市は、人口374万人を擁する大都市でありながら、市内には約3,000haの農地があり、市域面積の約7%を占めている。高度経済成長期に急速に都市化が進む中、市街化調整区域と市街化区域が入り組んだ形で指定された。結果として、農地と市街地がモザイク状に共存することとなり、今も市民の身近な場所に農地と樹林地が一体となった緑として、横浜らしい美しい農景観を形成している。 【多様な農畜産物の生産】  市内で生産される農畜産物は、野菜・果樹・花き・植木・畜産など多岐にわたり、神奈川県内でも1、2位を争う農業生産額を誇る。キャベツ、コマツナなどの野菜類、ジャガイモなどのいも類のほか、「浜なし」のブランドで親しまれているナシ、ブドウなどの果物が栽培されている。花きでは、シクラメンなどの鉢物類、パンジーやマリーゴールドなどの花苗の生産が盛んである。畜産では、豚肉、牛肉、生乳、鶏卵、加工品等、良質な畜産物が生産されている。  これらの農畜産物は、市場出荷や直売所で販売されているほか、生協・小売店との直接取引や契約栽培なども行われており、流通形態も多様になっている。 2 農地に関する取組 【農業専用地区制度】  横浜市の農業は、昭和30 年〜40年代の急激な人口増大に伴い、農地のスプロール化が進み、営農環境や農業経営の仕組みを大きく変えることとなった。そこで、土地利用を明確化し、生産の向上を図り、都市と共存しうる「計画的都市農業」を展開するため、昭和44年に市独自の農業専用地区制度を設けた。農業専用地区では、生産基盤の整備など市の農業振興策を優先的かつ重点的に行っている。現在では、28地区の農業専用地区があり(図1)、都市農業の確立とともに都市と調和した良好な環境を創出している。 【横浜ふるさと村】  市民の農業に対する理解を深め、良好な田園景観を持つ農村地域で都市住民との交流を通じ農業振興・農地保全を図るため、昭和58年に横浜ふるさと村制度を創設した。現在、青葉区の「寺家ふるさと村」は開園30周年、戸塚区の「舞岡ふるさと村」は開園20周年を迎えた。ふるさと村には、市民と農業者を結ぶ交流拠点として、それぞれ総合案内所が設置されており、市民が自然・農業・農村文化などにふれあい、親しめる場となっている。  【市民農園制度】  昭和50年代、都市住民の増加に伴い、収穫体験など農とのふれあいを求める市民ニーズが高まり、市独自の市民菜園を開設した。その後、社会情勢の変化や市民の農に対する関わり方が多様化し、様々な種類の農園を開設した。農業者による指導のもと栽培できる「栽培収穫体験ファーム」、農園利用者が自由に作付できる「特区農園」、児童・生徒が農業者の指導を受けながら農体験できる「環境学習農園」などがある。市民農園制度は、遊休農地の発生を防ぐとともに、都市住民の暮らしを豊かにする存在で、都市と農地が共存する横浜ならではの特徴を生かした制度となっている。 3 市街地の中の農地 【生産緑地制度】  本市の農業は、郊外部のまとまりのある農地のほか、市民生活に身近な市街化区域内の農地でも盛んに農産物が生産されているのが特徴と言える。市街化区域内の農地は、市民に新鮮な農畜産物を提供するだけでなく、都市の緑としてヒートアイランドを抑制するほか、災害時の防災空間、農業体験や市民と生産者の交流の場、良好な景観形成、雨水貯留等のグリーンインフラなど多様な機能を持っている。  生産緑地は、市街化区域内の良好な農地を保全するための都市計画の制度で、本市では平成4年から指定を行っており、平成30年12月現在、市街化区域内の農地の約6割に当たる285haの農地を指定している。  平成5年と平成30年の農地面積を比較すると、市街化区域内の農地のうち生産緑地を除く農地が1,042haから212haへと、830haも大幅に減少したのに対し、生産緑地は平成5年の約287haと比較するとほぼ横ばい(図2)で、農地の減少に歯止めをかけ、生産緑地の指定が市街化区域内の貴重な農地の保全に効果を発揮しているのがわかる。 【今後の生産緑地の保全】  国において、平成27年に「都市農業振興基本法」、平成28年に「都市農業振興基本計画」が制定され、市街化区域にある農地の位置づけが「宅地化すべきもの」から「都市にあるべきもの」へと大きく転換された。  また、平成29年には生産緑地法が改正され、小規模な農地も指定可能となったほか、指定から30年経過する生産緑地を10年間延長する「特定生産緑地制度」が創設され、指定から30年経過すると、自己都合で買取申出が可能になる。2022年には全国で当初指定を受けた生産緑地の約8割が30年を迎え、生産緑地の宅地化が懸念されるいわゆる「2022年問題」が課題となっている。このため、30年経過後も税制特例措置の適用を受けながら引き続き生産緑地で農業を営んでいけるよう、市町村は所有者等の同意のもと10年ごとに特定生産緑地の指定を行っていくこととしている。  平成30年に実施した本市の調査では、生産緑地所有者の回答者のうち約7割が農地の維持を望んでおり、今後も生産緑地をしっかりと保全していくため、所有者の方々への制度周知に努め、特定生産緑地の円滑な指定に向け取り組んでいきたい。 4 活力ある都市農業を未来へ  これまで都市と調和した農業を目指し、緑としての農地の確保を図ってきた。今後も農地を維持し、その多様な機能を発揮させていくため、活力ある都市農業を未来へと引き継いでいくことが重要である。平成26年度に横浜の都市農業の目指すべき姿を見据えた新たな農業施策として「横浜都市農業推進プラン」を策定し、平成30年度には、二期目の計画となる「横浜都市農業推進プラン2019−2023」を策定した。  本プランでは、二つの取組の柱を設定している。取組の柱1「持続できる都市農業を推進する」では、農業経営を支援するための施策として、@農業経営の安定化・効率化に向けた農業振興、A横浜の農業を支える多様な担い手に対する支援、B農業生産の基盤となる農地の利用促進を行う。取組の柱2「市民が身近に農を感じる場をつくる」では、市民と農の関わりを深めるための施策として、@農に親しむ取組の推進、A地産地消の推進を行う。これは、横浜みどりアップ計画の柱2と同じ内容である。  また、横浜らしい農業全体(生産者、市民、企業などの農に関わる人々、農地・農景観、農業生産活動など)を一つの農場に見立てた「横浜農場」を展開し、より一層都市農業の推進を図っていく。  都市の中の農地=緑を維持していくことは、都市と農が調和した街の魅力のひとつになるであろうし、互いに基盤を支えあう活力あるまちづくりにつながると考える。農業を取り巻く環境は、更に厳しくなるだろうが、市民や企業、大学等多様な主体と連携しながら、都市農業を未来へつないでいきたい。