《7》〈インタビュー〉「みどりアップ計画」の策定を振り返る 橋本 健 環境創造局みどりアップ推進担当理事 聞き手 佐藤 智也 環境創造局課長補佐(政策課担当係長) ― 今日は、「横浜みどりアップ計画」の策定当時のお話を中心に伺いながら、その上で今後の展望などについてもお話をいただきたいと思います。よろしくお願いします。 1 みどりアップ計画との当時の関わり ― それでは、約10年前、「みどりアップ計画」策定当時の担当業務から教えていただけますか。 【橋本】私は平成18、19、20年の3年間、環境創造局の総合企画部環境政策課担当課長をやりました。局の再編で環境創造局が新たにできたのが平成17年でしたが、平成18年は、「水と緑の基本計画」をつくることに携わりました。そして、平成19年には、みどり政策の重点取組ということで、「水と緑の基本計画」を実現するためにどのような施策に重点を置いてやったほうがいいのか、環境創造審議会から調査報告をいただきました。緑という市民共有の財産を守るためには安定的な財源が必要だということで、横浜みどり税の話もこの頃ちょうど出ていて、それもにらみながら具体的な施策の内容を検討したというのが平成19年です。そして、平成20年度が「みどりアップ計画」の策定年度で、併せてその財源の核となる「横浜みどり税」の条例、これは財政局の主税部の方で主に担当していましたが、二人三脚でやっていたという感じです。以上のような一連の流れを一通り担当業務としてやってきました。 ― 「みどりアップ計画」をつくることは、今のお話にあった「水と緑の基本計画」の策定当初からやはり念頭にあったものなのですか? 【橋本】「水と緑の基本計画」には、リーディングプロジェクトとして「みどりアップ計画」が示されています。しかし、計画を実現させる施策として不十分な面もあり、より具体的で実効性の高い施策が必要でした。 ― 当時、「みどりアップ計画」に対しては、ご自身はどんな考えをお持ちでしたか? 【橋本】それまでは、樹林地を守るため、公園整備事業で土地を取得して対応してきました。それもバブル崩壊後、段々と厳しい財政状況になり、十分な対応ができなくなって、公園整備事業では民有地の緑をもう守れないというような時期だったと思います。それで、どうしたらその民有地の緑を守れるのか考えたときに、大きな発想の転換がありました。具体的に言うと、買って守るというだけではもう限界なので、できる限り民有地のまま持ち続けてもらう、そういった施策の大転換というか、発想をがらっと変えて必要な施策を考えました。 2 発想を転換して ― 公園整備事業で緑を買って守るというふうにやってきた横浜市が、できるだけ民有地は市民の方に持ち続けてもらうんだという発想の転換があったということですが、そこに至った背景はどのようなものだったのでしょうか? 【橋本】例えば駅近くの大きな山がマンションになってしまったり、区が一生懸命に緑を保全しようと動いても資金がなくて、樹林地が目の前で開発されるというのが頻繁にあって、このままでは緑の減少に歯どめがきかない、何とかしなければいけないと、そういう状況がありました。 ― その当時、緑が減っていくことに対しての行政としての切迫感、緊迫感があったということですね。 【橋本】それは市民の方々もそうだったと思います。市民の方からの緑を残してほしいという声がある中で、それがなかなか叶わないという話もあって。大きな樹林地が開発されるごとに、保全の話とかいろいろな声が上がって、ただ、民有地の緑を法令に基づいて開発したり活用するのは地主の方々の意志に基づくものであって制約はできません。制約をかけると買わなければいけない。ではどうしたら買わないで残せるのか。土地所有者の方へのアンケートの結果を見ると、相続や固定資産税の負担や維持管理の負担、そういうものがあって、代がかわって開発をしたいという後継者の方もいらっしゃいましたが、本当は先祖伝来の森なので残したいという意向を持っている方も結構いらっしゃいました。それで残すことで生じる負担の部分を何とか解消できないかと考えました。施策の中身が「支援」という形に変わっていったということだと思います。 3 当初計画策定で意識したこと、力を入れたこと ― そういう背景がある中で、「みどりアップ計画」が策定されていったということですが、策定に当たって特に意識した部分、力を入れた部分というのはどういったところでしょうか? 【橋本】一つ目は、正に民有地の緑ですので、これを守るためには土地所有者の方のご理解をいただかなければいけないということがまずあります。そして、土地所有者の方の理解を得るためには、相続が発生したときなど、いざというときにちゃんと市は買取りなどの対応をしてくれるという安心感や負担軽減が必要になります。買取りのための安定した財源も必要となります。そういった、長く持ち続けてもらえるような施策を重点的に考えました。  二つ目は、直接的、民有地の地主の方に支援をする、税金を投入するわけですから、市民の理解が得ることが必要となります。そこで「みどりアップ計画」には、まず市民のメリットとして楽しみ、そして市民協働で参画するメニューをセットに考えました。それが特徴の一つでもあります。樹林地の保全で地主の方にアプローチする施策とともに、その樹林地を維持管理して多くの方に森の良さを感じてもらって、そして愛護会の活動に参画してもらうなど、市民にどう還元できるのかというのはすごく意識して考えました。  また、例として、民有地の緑化の助成をするとともに、市民の皆さんが自ら考えて行える地域緑のまちづくりのような施策を展開する。農地では農家が業として農業を行っていますが、それとともに、市民菜園とか農園付き公園など、市民が農業と触れ合えるような施策をセットで打ち出す。そのように、市民の方たちに緑を還元し、理解を深めていただけるようなつくりとしています。そこが一番考えたところです。 ― それぞれの施策を考えていく中で、困難だったことなどはありましたか? 【橋本】今までにない事業を組み立てるわけですので、私は担当の課長でしたが、施策をつくったり、その施策を考える上でのデータをそろえたりと、関係各課が集まって大変大きなプロジェクトでやっていましたので、本当に多くの人の協力で「みどりアップ計画」ができたというのはすごくありがたかったなと今でも思っています。全てが難しいことばかりでしたが、本当に多くの人にご協力をいただきましたし、とりわけ財政の部分、新たな「横浜みどり税」の導入という部分では、財政局主税部の皆さんが税の研究会を開くなど、超過課税という市民に新たな負担を求めるような試みに対して一緒になって取り組んでくれたというのは本当にありがたかったです。 ― 税金の面から見た「みどりアップ計画」というところでは、税制調査会からの意見は当初どのようなものだったのでしょうか? 【橋本】まず当初はみどり税が超過課税という観点から普段いただいている税金で賄えない事業なのかどうかという視点からの議論がありました。緑がたくさんある自治体であれば、緑というのは空気みたいなものでタダですが、横浜でそれを求めるには多大な費用がかかる。だから、横浜でその緑を市民の方々が求めるということであれば、やはり普通の税金の割合では賄えないプラスアルファの部分、超過の部分が必要だということをご説明して、そこは高い開発圧力に対抗して緑を守るためにはそういう手段が必要だということを税制の先生方にもご理解をいただきました。それで、横浜みどり税の導入へとつながったと思っています。 4 関係部署との協力の下で ― 先ほど当初の「みどりアップ計画」を策定するときに、多くの関係課と協力をしたというお話があり、当時、橋本理事はその中心にいらっしゃったと思うのですが、何か気をつけたことなどはありますか? 【橋本】やはり取組の目的や理由を共有することを意識していたと思います。仕事の目的が共有できると、皆さん自発的に次々にいろいろなことを考えていく。短時間でこれだけの新しい事業をつくり上げたというのは、普段から問題意識に加え、そういう動きがあってできたことだと思っています。 ― 他に大変だったことはありましたか? 【橋本】そうですね。計画をつくるときには、事前の調査とか、特にアンケート調査であるとか、基本的な数字のデータというのをしっかり押さえておかないと、やはり施策の妥当性を示すためには本当に苦しいと思います。今は技術力もアップしていますので、例えば緑被率のデータと様々なデータを重ね合わせてということができますが、当時はなかなかそれが難しくて苦労しました。データやアンケート調査等の準備をしっかりやる大切さはすごく当時感じましたね。今回の第3期の「みどりアップ計画」の策定作業の中では、かなり精度の高い数字も出て、当時のデータを照らし合わせた結果、当時のデータが外れていなかったということが分かりほっとしました。 5 外から見た「みどりアップ計画」 ― 計画を策定し、その後異動もあって、環境創造局から少し距離を置いて「横浜みどりアップ計画」を見ていた期間もあったと思いますが、視点が変わって、何かそれまでに気がつかなかったこととか、感じたことなどはありましたか? 【橋本】それはあまりありませんでした。逆に10年経ってみて、当初の計画をあまり変えないでやって来られたというのは、当初の計画のつくり方の視点は外れていなかったのだと思いますし、個々の事業でもかなり成果を上げていると思います。横浜みどり税も有効に使わせていただいていますし、その辺りは今回第3期目に入るときに、税制調査会の先生方から、計画の内容や横浜みどり税が適正に使われていることについて良い評価をいただいたことは、私は本当に良かったと思っています。また、当時は山がなくなるので何とかしてほしいというような陳情ですとか、みんなが残念がるような結果というものがいくつかありましたが、市民の皆さんが望む取組ができているのではないかなと感じています。 6 この10年を振り返っての所感 ― 「みどりアップ計画」が当初の策定から10年ということで、これから新たなステージに入っていくと思いますが、10周年を迎えたときにまた理事としていらっしゃるわけですが、どのような感想をお持ちでしょうか? 【橋本】一昨年行われた全国都市緑化フェアでは、「みどりアップ計画」の取組で担保した緑を背景に花の演出を行ったという形でしたが、本当に多くの皆さんに楽しんでいただいて、緑や花に対する関心も非常に高まり、大成功に終わったと思っています。また同時に、暑さ対策や、豪雨の話、地産地消の話など、緑が持ついろいろな機能が改めて求められてきていることも感じています。特に暑さ対策ですが、夏の異常な暑さの中で、市民の皆様が木陰をたどって歩いていました。多分、科学技術で都市や室内を冷やす対策はあるかもしれませんが、街全体の環境を良くするとなると、最後は緑しかないのではないかと私は思っています。やはり都市を過ごしやすい、生活しやすい街にするため、緑の可能性というのはまだまだありますので、今一度緑の機能を感じ、考えていく必要があると強く思っています。 ― 今お話にあったような緑の多様な機能については、環境創造局としてもグリーンインフラを活用していこうということで、昨年度あたりから動きも出ていますが、そういったところと「みどりアップ計画」との関係はどのように考えていますか? 【橋本】もともと「水と緑の基本計画」には、緑の多面的な機能とか、水をゆっくり流すということは計画の中に織り込み済みです。しかし、やはりいろいろな事業を連携してやるというのはなかなか難しいものです。計画の中に謳ってあってもなかなか実行ができない。ただ、グリーンインフラが注目を浴びると、関連する事業が連携しやすくなるということはあると思います。横浜では、これからまだまだ伸ばすことができる取組ではないかと思っています。 7 今後の展望 ― 「みどりアップ計画」のこれから先の展望についてどのようにお考えですか? 【橋本】市民の皆様がこれまで10 年やってきて、実績も上がり、いろんな成果も出てきていますし、また、多くの市民の方が緑の大切さを感じていただく機会も増えてきているような気がしています。子どもたちにも、市民の森の新緑の林の中や水田などでの素晴らしい実体験を持ってもらいたいと思います。横浜には、市民に身近なところに森や農地があります。この特徴を生かした、横浜らしい取組はまだまだ発展するのではないかと思っています。 ― 他都市の方と話をすると、「みどりアップ計画」の取組というのはかなり進んでいて、もはや次元が違うところで緑施策を行っているような感もあったりします。日本全国から横浜が注目されるというような状況が今後もずっと続いていくと思いますが、そのような中で、横浜市の緑施策が足を止めないで前に進んでいくためには、どのような姿勢というかマインドが必要でしょうか? 【橋本】先ほど公園整備事業で民有地を買い取って緑を保全するという以前の話をしましたが、いわゆる公共事業で全てやろうとすると限界があります。「みどりアップ計画」は、民有地の緑を地主の皆さんのご協力を得ながら相互に理解し合って進めていくものです。協働型公共事業と当初は言っていたこともありますが、相互の理解と協力、支援を通じてその輪が広がることが「みどりアップ」の神髄だと思います。横浜には意識の高い市民の方が多いですし、実際に活動していただいている方も本当に多くいらっしゃいますので、このムーブメントが更に広がっていけば、まだまだ横浜らしい施策が出てくると思っています。 ― 職員についてはどのような姿勢が求められるでしょうか? 【橋本】何か課題があって、緑なら何ができるだろうと常に考えることだと思います。公園事業にしても「みどりアップ計画」の取組にしても、さまざまな社会的な要請や、新しい暑さ対策、グリーンインフラの整備、生物多様性の対応、SGDs、先進技術を取り入れた新しいタイプの農業のような話もあるかもしれませんが、そうした社会的な要請がある中で、緑、公園、農地には課題の解決につながるような可能性、ポテンシャルがあると思います。果敢にチャレンジすれば必ず解決策はあると思いますし、社会の要請にも応えられる仕事にもなると思います。  緑なら何ができるのか。例えば、「防犯」と「公園」、「防災」と「公園」など、いろいろと組み合わせて考えることもできると思います。花壇は花を植えるところですが、野菜を植えてW防災花壇Wとし、収穫した野菜を防災の炊き出し訓練に使うことで、地域のネットワークをよりしっかりしたものにすることに貢献するかもしれません。基準は必要ですが、社会の変化と乖離している可能性があります。基準に照らしただけで判断するのではなく、職員には一つひとつ考えることも必要であると思います。また、先ほど目的と理由の共有という話をしましたが、例えば子どものためにであるとか、大人の責務としての視点も大切にしてほしいと思います。  今年もガーデンネックレスを行いますが、職員一人ひとりが考えながら主体となって実施し、これを6年続けることでスタッフもかなり育ってくると思います。誘致を進めている国際園芸博覧会も、率先して動ける、自分で考える人間をどれだけ横浜市はそろえられるか、これが多分その成功の鍵になるのではないかと考えています。 8 最後に ― 今後の取組などについて、最後に何かあればお願いします。 【橋本】「みどりアップ計画」は、基本はきちんと緑を残すというのがすごく大事ですが、より多くの人たちに興味を持っていただき、理解をしていただくという中では、緑の保全や生物多様性だけでなく、花の取組は必要だと思います。  「みどりアップ計画」の基本的な緑を守るという観点とは異なりますが、都市のブランド力を上げるとか、観光MICEを推進するなど、そういった部分では、注目度のある花の取組も不可欠だと今思っています。  私はここ数年、桜を見に毎年新宿御苑に行ってるんですが、あそこは八重桜がきれいなんですね。ソメイヨシノは満開になると3日で終わってしまうのですが、何十種類も桜があって2週間ぐらいは楽しめます。広大な芝生に桜がたくさんあって、本当に幸せな気分になります。訪れる外国人もものすごい勢いで伸びていて、シーズンに行くと行列して入らないといけない状態です。アジアの方を中心に訪日外国人が半分以上を占めるイメージでしょうか。でも、その新宿御苑が5月になるとぱたっと人が減るんです、桜がなくなると。  そこで私はバラを考えています。お聞き及びかもしれませんが、平成31 年度から新たな取組としてローズウィークを行います。山下公園のバラ園とか、港の見える丘公園のバラ園というのはクオリティとしては日本一だと思います。横浜イングリッシュガーデンのように民間の素晴らしいバラ園もあります。そのバラを巡り歩けるようなイベントというのは多分全国で横浜が唯一であると思います。アジアの熱帯と亜熱帯というのはバラが育ちにくいので、アジアで唯一のバラのイベントになるのではないかと思います。ものすごい数の訪日外国人が東京の桜を見に来ている。バラを見たいとなれば、同じぐらいの人を横浜に呼び込むことができるような気もしていて頑張れると思っています。今度はバラですよ。今すごく力を入れています。 ― 横浜ローズウィークは今年の5月ですね。 【橋本】5月3日から開港記念月間のスタートと合わせて開催します。多くの方々を、ガーデンベアとともにお迎えします。本当に皆さんに楽しんでいただきたいと思います。私自身も楽しみにしています。 ― 本日はありがとうございました。