《寄稿》緑政学からみた環境先進都市・横浜 執筆 進士 五十八 福井県立大学 学長 1 『公園とみどり・横浜の150年』  2017年3月、右記の小冊子(A4版・30pages)を横浜市環境創造局が発行した。  第33回全国都市緑化よこはまフェア(Garden NecklaceYOKOHAMA 2017) は、ランドスケープ界の全国専門誌『LANDSCAPE DESIGN』(マルモ出版)にめずらしく113,116(2017年4月、10月)の2回も特集されたし、参加者数もフェア史上最多の600万人を超えて大成功をおさめた。名実共に緑政の実力日本一よこはまをアピールできたと言える。  よこはまフェア実行委員会の参与としての私が特に強調したのは次の2点であった。  @明治3年開園の山手公園と明治9年の彼我公園(現横浜公園)で象徴される近代洋式公園発祥地。震戦災復興成果、経済成長下の緑の都市への緑政局、水循環をも対象にした水と緑の基本計画、横浜みどり税とみどりアップ計画。一貫した市民参画等、長年にわたる横浜ならではの公園・緑行政史の成果の全国発信の機会とする。  Aフェアを単なる緑花技術のショウとするだけでなく、彼我公園精神、即ち彼(外国人)と我(日本人)の「国際交流の場意識」や、かつて平沼横浜市長が米国ポートランド市日本庭園に贈ったピース・ランタン(平和の灯篭)に象徴される国際都市横浜から「平和のメッセージ」を世界に発信する。  @のために150年史を作成配布し、Aの見える化に横浜公園内に「彼我庭園」と掲額した庭門とポートランド日本庭園ピース・ランタンのレプリカを設置修景整備した。あえてその意味を付言すると、@緑のまちづくりは高い思想に裏打ちされた計画理念と継続的努力が基本であり、A緑政は平和意識が根本にあってこそとの認識が不可欠ということである。当たり前のことだが横浜市のプライドにかけて一過性のイベントにはして欲しくないし緑政における「歴史性・社会性」の重要性を再確認して欲しかったのである。 2 緑政は基調(ベース)、環境創造が目標(ゴール)  2004年景観法によって、やっと国土の隅々にまで「ランドスケープ(= 景観= 風景=造園)」の視点と視野での行政がいきわたることになった。  造園学(landscape architecture)が専門の側からみて不満があったのは、本来トータル・システムであるべきランドスケープ、オープンスペース、エコロジーに対する施策や事業が、敷地を限った営造物の「公園」、空間構成の一要素としての「緑・水」や「農」がそれぞれバラバラでしか扱われて来なかったことだ。  欧米では既にグリーンベルトやパークシステムとして緑地系統の重要性は常識。わが国でもようやく「グリーン・インフラ」や「SDGs(= 環境福祉)」が言われ、緑のシステム性や総合性の重要性が認識されつつある。多様な自然的要素を有機的に関係づけることで緑の多面的機能が発揮される。にもかかわらず行政はタテ割に傾き易い。行政の総合化は意識的に目指されなくてはならない。  もうひとつ私が課題と感じてきたのは、政策研究の不足だ。農政学、林政学はあったが、公園建設系は技術学に比重がおかれハード中心であった。拙著『緑のまちづくり学』(1987)で「緑政学序説」を提唱したのもそのためであった。いま求められているのは激変する環境と社会と市民のニューライフスタイルに応えられるオープンスペース計画やパークマネージメント等政策力と運営体制の強化である。  この点、横浜市政はすばらしい見識と実行力を発揮してきた。そのマイルストーンが、飛鳥田市政による「緑政局」の誕生(1971)である。それまで土木局、建設局、計画局におかれた公園行政と、それまで産業部、経済局、農政局におかれた農業農地行政を統合再編して日本初の緑政局を誕生させたのである。  その背景には1964東京オリンピックに象徴されるわが国の高度経済成長と大都市圏への人口集中によるスプロール開発、都市問題や環境問題の深刻化があった。東京通勤のサラリーマンは交通至便の横浜市域の農林地を宅地化し自然破壊や清流をドブ川化した。  その一方で市民の緑農意識は高まり、まちづくりと緑農の保全活用方策を強力に推進すべく昭和46年に緑政局体制ができた。昭和48年には当時の市民意識の高まりを反映した「横浜市緑の環境をつくり育てる条例」が制定された。  平成6年段階でも建設省は「公園緑地課」で「緑の政策大綱」であったが、横浜市の緑政局にはじまる地方自治体では名古屋市緑政土木局、川崎市建設緑政局、その他千葉、広島、北九州、逗子、柏、京都の各市など全国で「緑政課」ができている。横浜市がW緑政W(=緑地政策・緑地行政)に先鞭をつけたのだ。  もちろんその前段に横浜市企画調整局とアーバンデザイングループの活躍があったのも、家・家並・町並へと建築単体の点から町づくりの面へと総合行政への潮流があったこととも無縁でない。そこでは本誌のような客観的な調査データを踏まえた科学的行政姿勢が明確に打ち出された。何度か執筆した私などにとっても『調査季報』は頼りになる政策学のバイブルであった。当時初代緑政局長であった大場助役、田村明企画調整局長らは、市街化区域と農業専用地区や市民の森など緑農地区とのバランスを重視していた。「神奈川都市緑化政策連合」を手伝ってくれと私に声を掛けられたのは田村さんだったほどである。  全国都市緑化フェアのモデルを私は「ドイツのガルテンシャウ(庭園博)」にみる。イベントの10、20年前に会場予定地とマスタープランを定め、世界からの参加国、また国内各都市や企業の参加を募り、イベント会場を整備、開催後は跡地がそのまま当該都市の公園緑地となる。その後も数次にわたって庭園博を展開すればついに緑園都市の骨格が概成する。このようにしてドイツではストットガルトやカールスルーエのようなヨーロッパ随一の「環境首都」を出現させている。市職員の自主研究の成果を『調査季報』に集約蓄積できれば、横浜から世界に向け先進的緑地政策・緑地計画研究が発信できよう。 3 都市環境創造と市民環境福祉/ハードとソフトでシナジー  イギリスの環境法制や環境政策の最終目標はAmenityの実現にある。日本では快適環境などと訳されて狭く解釈されるが、その語源がラテン語のamoenitas でさらにamare(愛)に遡るといえば、人間にとってもっと根源的な環境質を意味することがわかるだろう。  わが国の環境行政は、人命にさえかかわる公害問題を解消すべく、公害対策に始まり、水、大気、土壌、植生など自然環境の保全、やがて生物多様性の健全化、そしていま歴史的文化的景観の保存から場所性、地域性そして美・アートまでのすべてを含めたアメニティフルなQOLの達成へと進化しつつある。  横浜市においても公害対策局にはじまり、1971年の緑政局誕生に加えて環境保全局、下水道局を統合して2005年の環境創造局へと発展しており、私自身その環境審議会会長として以下の様々な施策を通覧し、その充実ぶりと局内スタッフの活躍を目の当りにしている。  「緑の基本計画」(1997)に、水循環の視点をも加味して「水と緑の基本計画」(2006)とし、「横浜みどり税」(2009)による財源確保と市民の理解を得て「横浜みどりアップ計画」(2009)を着実に推進してもいる。その内容はビル緑化や市街地緑化、農園付公園づくりによる農体験と子どもたちの環境学習体験、市民ボランティアの参加による里山保全活動、市民体験農園や水田保全営農支援による生物多様性増進など、市民の自然共生生活の具現化に向けた多彩な展開となっている。  ではこれからの環境行政は何を目指すべきか。横浜市は既に「環境先進都市」を標榜しているので、それへの道筋を考えよう。  既に私は「多様性からのランドスケープ論」(2010)を発表している。あらゆる環境は「多様性」をもたなければならない。生物学における「動的平衡」(Dynamic equilibrium)にならって、環境には安定性や、「恒常性」(homeostasis ホメオスタシス)が不可欠だからである。  例えば@自然的環境の持続性を担保するためのBiodiversity(生物多様性)、A社会的環境のためのLifestylediversity(生活多様性)、B経済的環境へのEconomydiversity(経済多様性)、C文化的環境へのLandscapediversity(景観多様性)等。横浜の例をあげれば、@は「よこはまbプラン」の充実。Aはアーバンライフのみならずグリーンエコライフ、ボランティア参加の環境市民のすすめ。Bは里山資本主義、地域通貨、浜っ子ファーマーズマーケット、企業のエコシフト、工場ビオトープの普及。Cは市民の森や谷戸田保全など原風景性重視の景観行政。  単的にいえば、@環境都市の計画的創造、A環境福祉の増進のハード・ソフトの相乗効果をめざすことであろう。  @は、374万の人口を養うにふさわしい水やエネルギー、新鮮な野菜生産、循環を支える農緑地のエコシステム、グリーンインフラの系統的保全など健全な環境基盤の維持に向けた全市域土地利用計画・都市計画の推進。以上はどちらかというと行政主体、ハード系、計画行政的取組である。  Aは、持続可能な環境質が担保された都市空間の下で、花や野菜を育てたり緑農の保全活用ボランティア仲間などとより豊かな人間関係を結び、より好ましい時間を過ごすことでハッピーになれるライフスタイルを持てるよう場づくりや意識啓発をすすめること。また環境教育、環境市民、エコビジネスが一般化するような支援策を講じること。以上は市民主体、ソフト系、運動論的取組である。これには企業人の働き方改革等も含むが、環境市民意識の啓発など運動論的展開にはW横浜花博Wなど「イベントオリエンテッド・ポリシー」が有効であろう。