調査季報178号 特集:ダブルケアとオープンイノベーション 横浜市政策局政策課 平成28年3月発行 《7》横浜のオープンイノベーションのこれから <執筆者> 長谷川 孝 政策局政策調整担当理事 1 オープンイノベーションについて改めて考える~定義と必要性~  本号では、「ダブルケアとオープンイノベーション」というテーマの下、「ダブルケア」という新たな社会的課題への対応をモデルとして、横浜市におけるこれまでのオープンイノベーションの歩みを紹介してきた。  本稿において横浜におけるオープンイノベーションの今後の展望について記す前に、改めて横浜における「オープンイノベーション」とは何か、ということについて整理しておきたい。 (1)定義  「オープンイノベーション」とは、一般的には、1990年代後半からアメリカを中心に拡大したものづくり手法の一つである。研究開発から事業化に至るプロセスにおいて、積極的に社外の技術を活用しながらスピーディーに事業化を進めることをいい、2003年にハーバード大学教授(当時)のヘンリー・チェスブロウ氏が出版した書籍のタイトルとして使用されたことから人口に膾炙していった。氏の言葉では、オープンイノベーションとは「企業内部と外部のアイデアを有機的に結合させ、価値を創造すること」と定義されている。  この定義の意味するところを横浜の状況に当てはめると、「横浜市中期4か年計画2014~2017」において、同計画の特徴として「『創造』~オール横浜の力を結集し、新たな価値を創造する」を掲げており、また、「横浜市まち・ひと・しごと創生総合戦略」においても「対話による創造~民間がより活躍できる横浜の未来を創る」と題して、今後より複雑化・多様化する地域や社会の課題に対処するため、民間と行政が連携を深め、それぞれが持つ知恵や力を結集させていくという意思を明確に示している。  このことからも理解できるように、横浜市役所内部のみならず、オール横浜、すなわち市民・企業・広域パートナーを含む全ての知恵や力を結集し、不可能を可能にすることが、横浜の未来を創造するために、まさに今求められていることである。換言すれば、横浜における「オープンイノベーション」とは、地域課題の解決や地域経済の活性化に向けて、データをはじめとする横浜市役所内部のリソースをより一層活用し、民間と行政との協働・共創によって新たな知恵や力を生み出すための「挑戦」と定義付けることができる。 (2)必要性  少子高齢化、生産年齢人口減少などの人口構成の変化、都市環境や産業構造の変化、ますます加速する技術革新などを背景として、社会や地域の課題が複雑化・多様化している…ということについては「横浜市中期4か年計画2014~2017」をはじめ多くの論考等で議論されているため割愛し、本稿では「クローズド」ではなく「オープン」な手法が求められる理由について述べる。  企業においてオープンイノベーションが急速に普及した理由の一つは、積極的に社外の技術を活用することで、事業開発をスピーディーに進める必要に迫られたことにある。特に、グローバル化の進展に併せてICT分野を筆頭として技術革新が激しい現代にあっては、マーケットにおける熾烈な競争に勝つためには、研究開発・事業化のサイクルを従来のスピードを超えてより早く回転させなければ__ならない。このような背景が企業をオープンイノベーションに駆り立てているといえる。  では横浜はどうか。様々な課題を抱えていることは確かだが、その解決に残された時間的猶予はどれほどあるのか。人口を例にとれば、2010年国勢調査結果に基づく推計によると、横浜の人口は2019年をピークとして減少に転じ、2025年には高齢者人口は約100万人に達すると見込まれる。2015年の国勢調査結果を踏まえた推計結果がどうなるか現時点では何とも言えないが、いずれにせよ、一つの政令市に相当する高齢者を擁しつつ総人口が減少し続けるという「未来予想図」が現実のものとなる日はそう遠いものではないということに変わりはないであろう。  異なる視点からは、2019年開催のラグビーワールドカップ日本大会、2020年開催の東京オリンピック・パラリンピック競技大会もまた一つの節目となる。インバウンドを中心とする観光・おもてなし、スポーツ、障害者を中心とするユニバーサルデザインなど、これらのグローバルなイベントに関連するテーマは数知れない。開催都市の先例を見ても、4年間という時間が十分な猶予と言えないことは論を俟たない。  時間的制約に加え、行政に特有の制約として、企業との比較において、内部から新たなアイデアやテクノロジーを創出することが不得手である、ということは認めざるを得ない。行政と企業の行動原理や文化の比較について優劣を論ずることはさほど意味のないことであり、ここでは詳述は避けるが、特に、最先端のビジネスやテクノロジーに関する知見について、行政が逐一フォローすることは現実問題として限界があるし、外部のリソースを活用することがむしろ望ましいケースも多いであろう。  仮に残された時間は少なく、手元のカードも限られるとすれば、オープンイノベーションはむしろ横浜市にとって必要不可欠な「切り札」であるといえるのではないか。 2 オープン・イノベーションのためのプラットフォームの形成  横浜においてオープンイノベーションを推進するために必要な基盤、すなわち「オープンイノベーション・プラットフォーム」については、調査季報176号採録の「政策局政策支援センターから始まるオープンイノベーション」においても触れたが、ここではその後の取組みや状況の変化なども踏まえ、改めて概略を説明する。 (1)2つのプラットフォーム  オライリー・メディアの創設者にしてWeb2.0の提唱者の一人でもあるティム・オライリーは2 0 0 9 年に「政府はプラットフォームになるべきだ」と題する講演を行った。これは、透明でオープンな政府を実現することによって、市民参加と公民連携を通じて社会課題を解決するという「オープンガバメント」の考え方に基づくものであり、オープンデータでいうところの「オープン・バイ・デフォルト」、すなわち行政がデータを開放することにより、シビック・テック(コード・フォー・ジャパンなどに代表されるテクノロジーを活用した市民の手による地域課題の解決に向けたムーブメント)をはじめとする市民や団体が自発的・能動的に様々なアプリケーションやサービスを創発するという世界観の現れといえる。すなわち、ここでオライリーがいう「プラットフォーム」とは政府そのものであり、政府の有するリソースを可能な限り「プラットフォーム」の名の下に開放せよ、と理解することができる。  では、横浜市は何をオープンなプラットフォームとして開放すればよいのか。その答えが「2つのプラットフォーム」、すなわち「データ・プラットフォーム」及び「アクション・プラットフォーム」である。 (2)データ・プラットフォーム  データ・プラットフォームは読んで字の如く「データ」のプラットフォームであり、その意義は、課題解決に向けた対話をより有意義なものとするため、様々な情報を市民・団体・企業と共有することにある。本号でオープンイノベーションのモデルとして取り上げたダブルケアに関する研究についても、人口構造の高齢化スライド、女性の就労状況(M字カーブ)の変化、世帯の変容、未婚率の上昇など、横浜市の有する様々なデータの共有がすべての始まりである。  このようなデータを調査し、分析し、利用するためには、最も源泉的な基盤として、横浜市の膨大なデータを検索し、コンピュータでも処理しやすい形で提供する「データカタログサイト」が必要となる。これは前項で述べた「オープン・バイ・デフォルト」に通じる営みであるが、そもそも我々がオープンイノベーションを必要としているのは、社会や地域の課題解決に向けて、行政のみならず、外部の知恵や力を幅広く、しかもスピード感をもって結集させ、展開していかなければならないからである。急を要する課題にフォーカスしていくためには、行政として現状や課題をどのように認識しているかについても共有していかなければならない。  そこで、データの陳列棚である「データカタログサイト」に加え、陳列されたデータで我々が今まさに何をすべきかを「見える化」するための、いわばレシピ集も提示すべく、ウェブ版の市民生活白書ともいうべきウェブサイト「地域力ポータルサイト」を構築していく。  横浜市のウェブサイトを基盤とする「データカタログサイト」と「地域力ポータルサイト」の2つが横浜市におけるデータ・プラットフォームの中心となることについては既に調査季報176号で述べたとおりであるが、その後、地域課題の解決にデータを活用するという動きは全国的に急拡大した。その最たるものが、政府のまち・ひと・しごと創生本部が地方公共団体による地方創生を情報面から支援するため供用している「地域経済分析システム」、すなわちRESASである。  RESASは2015年4月の共用開始以降徐々にデータの種類を増やしており、地方公共団体における地域版総合戦略の策定支援という当初の目的を超え、行政と市民との対話や、地域の若者による政策提言のツールとしても活用されるなど、政府のデータ・プラットフォームとしての地位を築きつつある。  では、RESASが唯一無二のデータ・プラットフォームとして君臨すれば事足りるのかといえば、決してそんなことはないし、そうなるべきでもない。デジタルなデータは空間を飛び越え、幾重にもシェアすることが可能な「限界費用ゼロ」の最たる存在である。したがって、各所に散在するデータを一つのプラットフォームに集積する必要はなく、様々なデータ・プラットフォーム的存在は、自らが持たないデータは他のデータ・プラットフォーム的存在から持って来ればよい。もちろん、類似のシステムを重複して開発するような無駄は避けなければならないが、ことデータについていえばそもそもデータを産み出す主体が無数にある以上、できるだけ相互をリンクさせることにより、全体として一つのデータ・プラットフォームが存在するがごとく振る舞う仕組みを構築することが適当である。オープンデータについては、既に「CityData」や「LinkData.org」などのデータポータルが各所のデータをリンクしているし、横浜においても市民主導で運営されている地域課題解決の「見える化」(だけではないが) のためのプラットフォーム「ローカルグッド・ヨコハマ」もある。RESASも加え、より多くの人々にデータを共有するためのプラットフォームづくりは、まだ始まったばかりである。 (3)アクション・プラットフォーム  課題解決に向けた具体的なアクションを促進するためには、データ・プラットフォームを活用しつつ、別の仕掛けが必要になる。オライリー的な世界観によれば政府をオープンにすることで必要にして十分かも知れないが、日本の、そして横浜の現状を見る限りにおいては、「オープン・バイ・デフォルト」という思想に加え、特に、市民の安心や安全、そして幸せを支える公共サービスを幅広く支えるという重要な役割を担う基礎自治体においては、市民の課題解決に役立つイノベーションに焦点を当て、スピーディーに取り組んでいく必要がある。政府が昨年決定した「新たなオープンデータの展開に向けて」(2015年6月30日高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部決定)において「今後はニーズオリエンテッドな『課題解決型のオープンデータの推進』に発想を転換」すると宣言したことも、このような認識に基づくものであるといえる。  横浜ではこれまでもこのような発想の下、2004年以降の「政策の創造と協働のための横浜会議」、すなわちNPOや企業、大学研究機関と共に横浜市の政策研究・形成を協働で行う仕組みをフルに活用して「フューチャーセッション」を開催し、様々なテーマで様々なデータを提示しながら多くの人々と対話を営んできた。別稿でまとめた横浜ダブルケア研究会からの提言も、その成果の一つである。  実は、企業においても、多様な主体とのオープンイノベーションに向けたプラットフォームの構築を模索する動きがある。フューチャーセッション自体、みなとみらいに立地する様々な企業の研究・開発部門の先駆的な取組に呼応したものであるが、地域の課題解決により具体的にコミットしていくというのが昨今の傾向といえる。  例えば、みなとみらいにもオフィスを構えるアクセンチュア株式会社は、これまでも若者の自立・就業支援や「ローカルグッド・ヨコハマ」の構築など、横浜の地域課題の解決に関する様々な活動に携わってきたが、2015年12月には、複雑な社会課題を解決するために様々な企業や団体、個人による業界や業種の垣根を越えた連携を促し、新たなソーシャル・イノベーションを創出する取組を強化していくという方針を打ち出した。具体的には、日本におけるオープンイノベーションの中核を目指す組織として、オープンイノベーションを生み出す幅広い活動を集約させた新組織「アクセンチュア・オープンイノベーション・イニシアチブ」を設立し、その一環として、自治体や住民とつながりながら社会課題を解決するエコシステムの構築を支援する「ソーシャル・シフト・ユニット」を立ち上げている。  同社は、超高齢化と少子化の進行に伴い多くの課題が生まれている課題先進国・日本においてサステイナブルなビジネスモデルを構築し、世界に向けて発信することを目指しており、その第一歩として、横浜市と、オープンデータをはじめとするICTの活用による様々な地域課題の解決及び新規事業の創出を図ることを目的とする「オープンイノベーションの取組に関する包括連携協定」を締結している。この協定に基づき、既に、ロボット技術やプログラミングに関する実習を通じて、社会的・政策的な課題の設定やその解決に向けた具体的な活用方法を考える授業を市内小学校で展開しており、今後も介護や若者就労支援などの分野で市内事業者と協働でプロジェクトを立ち上げることとしている。  また、一般社団法人・日本経済団体連合会においては、2015年9月に「生活サービス産業が2025年の社会を変える」を取りまとめ、人口構造が変化する中、あらゆる世代の生活者が快適な生活を送るための生活サービスを「成長産業」として捉え、それらを提供する企業を社会のイノベーションの担い手として位置付けるとともに、その実現に向けて、横浜市をはじめとして課題認識を共有する地方公共団体との連携を模索し始めている。  翻って国の動きを見ると、「経済財政運営と改革の基本方針2015」、すなわち骨太の方針において、国、地方、民間が一体となった「公共サービスのイノベーション」を提唱しており、今後、企業と連携して業務改革を行う地方公共団体の取組みのモデル化や横展開を進めることとされている。  このように、社会課題の解決に企業が参加する流れが今後ますます強まっていくことが予想される中、これらの活動を結びつけ、地域の課題と企業のニーズをマッチングしつつ、市民や関連する団体との関係をコーディネートしながら、より多くの課題解決に結びつけるための仕組み作り、すなわちアクション・プラットフォームの充実強化は喫緊の課題であるといえる。  このような潮流に対応するため、新たに生み出された手法として「リビングラボ」がある。リビングラボについては、別稿で原田博一氏が解説しているが、端的に言えば市民の生活空間を「実験室」とするものであり、企業の視点から説明すれば、ユーザーの潜在的なニーズを掘り起こす手法の一つとして、サービス開発プロセスの初期段階からユーザーを巻き込み、一連の流れを共創的に行うモデルであるということができる。他方、特に欧州ではEUの政策と結びつき、市民と企業、大学等教育・研究機関、各種団体等との共創により新たな価値を創造することを通じて、社会課題の解決や新しいビジネスの創造につなげることに主眼が置かれることもあり、多様な展開を見せている。この背景には、行政や企業に求められるオープンイノベーションの質的変化、すなわちイノベーションの対象が従来の技術革新から、社会や顧客からの価値の発見・洞察、価値提供のためのデザイン活動に発展しているという事実がある。我が国でも、高齢社会の諸課題の解決に向けた研究に取り組む東京大学高齢社会総合研究機構が関連企業・団体と連携してリビングラボの稼働に向けたプロジェクトを立ち上げるなど、具体的な兆しが見られつつあり、今後急速に拡大していくと予想される。  付言すると、データ・プラットフォームと同様、アクション・プラットフォームについても、唯一無二のものを独力で整備する必要はなく、むしろ市民、企業などの自発的な活動を俯瞰し、有機的につなげていくことで、全体として一つのプラットフォームとして機能していくことが理想であるといえる。 3 横浜市の政策体系におけるオープン・イノベーションの位置付けと今後の展開  ここまで、横浜市におけるオープンイノベーションとは何か、そのために必要なプラットフォームは何か、ということについて論じてきたが、要すれば情報や知恵、そして課題解決に向けた「意思」をこの横浜の隅々まで行きわたらせ、この地で活動する様々な主体と共有し、連動させるための仕組みづくりが急務であり、時流の求めるところでもある。誤解を恐れず述べると、横浜市政においていまだ燦然と輝く「六大事業」が戦後の人口急増に伴う横浜の都市としての骨格を形作るものであったとすれば、オープンイノベーションの取組は、この巨大都市を時代に適応させるための、いわば神経網を構築していく営みということができる。  2016年度の市政運営の基本方針について、林文子市長は「多様性こそが真に豊かな社会を実現していくうえでの『イノベーション』を引き起こします。…今後も人材や企業を惹きつけ、イノベーションを促す舞台として進化していきます。」と本会議場において演説した。これまでも常に時代の最先端の課題に果敢にチャレンジしてきた横浜市が、全国に先駆けた新たなチャレンジとして、様々なオープンイノベーションの花が咲く舞台を、志を同じくする市民、団体、企業とともに作り上げるために、今後どんな手を打っていくのかが、今まさに問われている。  ここで、オープンイノベーションの更なる推進に向けて今後必要となると考えられる視点を概観し、本稿を結ぶこととしたい。 (1)相互連携によるデータ・プラットフォームの拡大  前述のとおり、様々なデータ・プラットフォーム的存在をネットワーク化することで、より多くのデータの共有を可能にする必要がある。例えば、政府統計の総合窓口ウェブサイトe -Statをはじめ、提供しているデータ等を機械判読可能な形式で取得できるAPI機能を有するウェブサイトが増えており、このような機能を活用すれば相互にデータを流通しあうことは技術的には可能である。現在再構築中の横浜市ウェブサイト及びデータカタログサイトを中核として、外部との連携によりデータ・プラットフォームの拡大を推進することも考えられる。 (2)データ・プラットフォームとアクション・プラットフォームをつなぐ「地域力ポータルサイト」の整備  データを「見える化」し、対話のツールとして活用するための「地域力ポータルサイト」の必要性については前述のとおりである。その構築に当たっては、対話の相手となる市民、企業等にとって価値があり、また、使いやすいものとする必要がある。加えて、政府においても「公共サービスのイノベーション」の掛け声の下、業務改革に向けた先進的な地方公共団体の取組の横展開を進める動きがあることを勘案すると、「地域力ポータルサイト」の機能的・技術的水準や、その活用に関するノウハウについては、他の地方公共団体に横展開するに相応しいものでなければならない。そのため、先進的な企業のICT等に関する知見も取り入れながら開発を進めていく必要がある。 (3)オープンイノベーションを志向する産・学・民のネットワーク構築  横浜におけるオープンイノベーションをより広範に推進するためには、横浜市の政策課題・都市問題について、より多くの教育研究機関、企業、市民団体等の関心を集め、パートナーとしての関係を築いていく必要がある。  前述の「横浜会議」におけるフューチャーセッションなどの取組をブラッシュ・アップし、横浜市の課題解決に関心がある教育研究機関、企業、市民団体等のネットワークを形成するとともに、相互の連携を深めることで、外部との対話の機会をこれまで以上に設け、併せて、課題解決につながるアイデアや実現手法の創出に向けたマッチングやコーディネートを行っていくことも有意義と考えられる。 (4)シビック・テックを支えるエコシステムの構築  課題が様々であるのと同様、課題解決に取り組む地域の単位の大小もまた様々である。我が国においても、最先端の技術を活用し、様々な連携を通じて地域の課題を市民が解決するシビック・テックの潮流が全国的に広がりつつあることは前述したとおりであるが、地域のそれぞれのレベルにおいて市民主導によるオープンイノベーションを進めるためには、シビック・テックの担い手となる人材を継続的に育てていかなければならない。  横浜市では、高校生、専門学校生、大学生など若者を対象として、横浜の課題を若者のアイデアや発想と情報技術・デザイン力を使って解決するためのプログラム「YOK O H A M A Y O U T HUPs!」を2014年度から開催している。その狙いとしては、もちろんオープンデータなどの活用による新たなアプリの開発や、多くの教育機関や企業との共創の推進ということも挙げられるが、最も重要視しているのは、地域の課題に向き合い、その解決のため、職業体験等を通じて身に着けた自らの専門的なスキルを自発的に発揮する市民層を構築していくことにある。YOKOHAMA YOUTH UPs!を今後も継続的に開催し、若者を対象とする他の政策系コンテスト等とも連携しつつ、更に多くの教育機関や企業の主体的な参画を得つつ、裾野を広げていきたい。また、前述した市内小学校における課題解決型ロボットプログラミング教育についても拡大が望まれている。  また、既に活動がみられる地域も含め、市内の様々なシビック・テックの取組みをネットワーク化し、「ローカルグッド・ヨコハマ」などを通じてプロジェクトとして具体化を図るとともに、各種イベント等を通じて活動内容を内外にアピールしていくことも、活動の持続可能性を確保する上で重要である。 (5)それぞれの地域における「アクション・プラットフォーム」としてのリビングラボの展開  企業においても消費者である市民との直接のつながりを求め始めた今、行政としては、企業の動きを市民の課題解決に結びつけるようコーディネートしていく手綱さばきが求められる。リビングラボは単に企業が研究開発のために一方的に市民を利用するというものではなく、対話を通じて市民の声を企業活動に反映させていくという意味において、市民・企業・行政をつなぎ合わせる、まさにオープンイノベーションのためのアクション・プラットフォームとしての性格を有するものであるといえる。  リビングラボと呼ばれるものは全世界で500ほどあるが、いまだ特定のイメージに固まってはおらず、我が国における実践もこれからである。我々としても横浜の各地におけるリビングラボの詳細な青写真を描き切れているわけではないが、一つ言えることは、リビングラボに携わる市民や企業によって、また、それぞれの地域の様々な課題によって、リビングラボは様々な形態を示すであろう、ということである。リビングラボの在り方については、今後も企業等との対話を進めつつ、研究を進めていくこととしたい。 (6)横浜市におけるオープンイノベーション推進の拠点形成  オープンイノベーションを効果的に進めるためには、多様なプレイヤーの存在に加え、それらの相互の連携を促すような「場づくり」も必要である。  企業やNPOが様々な関係者を幅広く集め、対話を通じて新たなアイデアや問題の解決手段を見つけ出し、相互協力の下で実践するための場として「フューチャーセンター」と呼ばれる施設を整備する動きが継続しており、シェアオフィスの普及やスタートアップ支援の充実などと相俟って、横浜においてもみなとみらいに立地する企業等を中心に広がりを見せている。  地方公共団体においても、第176号で紹介した「大阪イノベーションハブ」のような取組みが生まれている。梅田貨物駅跡地の再開発エリア「うめきた」という大阪市内の一等地に建設された「グランフロント大阪」にオフィスを構え、ビジネスのスケールアップにつながるプログラムを展開し、多様な人や企業、アイデアの交流を通して、コミュニティの形成やビジネスプランの事業化をサポートすることで、世界市場に挑戦する起業家や技術者を集め、新たなビジネスの創出を支援する拠点として機能している。 世界に目を転じると、横浜市と姉妹都市提携をしているフランス・リヨン市においては、行政のデータと企業のデータを集積し、市民やベンチャー、中小企業、大企業、研究機関等の交流を通じて、協働・共創により社会課題の解決や地域経済の活性化を促進するための調査・研究・実証の拠点として「チューバ」というオフィスを2014年に開設している。  オープンイノベーションの裾野を広げるためには、前項で述べた各地域でのリビングラボの動きや、企業単位でのフューチャーセンターの取組みをヴァーチャルに連携させることも大事であるが、現実の課題解決につながるプロジェクトを遂行するためには、フェイス・トゥ・フェイスによるリアルな連携が不可欠である。また、よりクリエイティブなアイデアを創発するためには、クリエイティブな人材のみならず、クリエイティブな空間が重要であることは、先端的な企業では既に常識となりつつある。もちろん、新たなビジネスの創造という視点にたてば、企業間、特に地元企業やベンチャー企業と大企業とをマッチングするコーディネーターや、有望なスタートアップの事業化を支援するアクセラレーターの存在も重要となる。  横浜における様々なオープンイノベーションにつながる場を結節する拠点としてどのようなものが必要か、今後も考察を深めていきたい。 (7)最先端の学術研究の成果や技術を政策につなげる庁内体制の構築  最先端のビジネスやテクノロジーを行政がフォローすることは自ずから限界があることは前述したが、オープンイノベーションに向けて外部とコミュニケーションを図るためには、ある程度の技術的な知見を組織として保有し、蓄積していく必要がある。2015年度からスタートした職員向けのデータサイエンス研修を継続的に開催することで組織としてのデータリテラシーの向上を見込んでいるが、それだけでは十分とは言えない。  まず、企業等との協働・共創を効果的に進めていくためには、それらが有する専門知識、技術、製品、サービス等を幅広く把握し、その特徴等について深く理解するとともに、適切なコラボレーションの組み合わせ等を提案できる人材が必要となる。その際、技術革新や新製品・新サービスの開発スパンが加速している現代においては、その時々の状況に応じて必要なスキルをもった外部人材を活用することは最も効果的・合理的であろう。別稿のとおり、横浜市でも2015年度下半期においてコード・フォー・ジャパンの提供するプログラム「コーポレート・フェローシップ」により、企業から2名の人材を受け入れ、技術的なサポートを受けたところであるが、専門分野におけるこのような外部人材の活用を引き続き模索していく。  この方向性を更に推し進めると、地方公共団体においても先端的な技術をより戦略的に活用するため、トップマネジメントレベルで技術を評価することにつながっていく。我が国の場合、CIOという役割がようやく定着してきた状況であり、地方公共団体におけるCTO(ChiefTechnology Officer) の設置について議論するのは時尚早尚かも知れないが、外部のリソースを活用しつつ、全庁的に技術の活用をマネジメントするという意識を高めていくことが必要である。まずは、先端的な技術の活用を進めていくための庁内の意識や情報を共有する仕組みづくりが第一歩となる。