調査季報178号 特集:ダブルケアとオープンイノベーション 横浜市政策局政策課 平成28年3月発行 《コラム》横浜における新しい生活サービス産業の芽生え~「シェアリングエコノミー」が横浜にもたらすインパクトとは~ <執筆者> NPO法人ETIC. 横浜ブランチ 田中 多恵 はじめに  近年、若い世代を中心にみんなが自分のものを持ちたいという所有から、必要なものを共有して利活用していこうという価値観へと大きく変化してきている。背景には若年層の所得の減少や雇用の不安定化などによる購買力の低下、単身世帯の増加等様々な指摘もあり、若者の車離れ等は顕著な現象として語られることが多い。  しかし考えてみると「共有(シェア)」の概念自体はさほど新しいものとも言えない。例えば、かつての日本においてご近所同志で当たり前にあった「醤油や味噌等の調味料の貸し借り」もシェアの1 つであろう。また、良く知られている 横浜子育てサポートシステム(ファミリーサポート)も、子育てのお手伝いをしたい人(提供会員)と子育ての手助けをして欲しい人(依頼会員)がつながりあう会員制度であり、シェアの仕組み化の先駆けともいえそうだ。  そんな中、昨今、「シェアリングエコノミー」という言葉が注目を集めている。それはSNS等のICTインフラの発展によって、モノ、お金、サービス等の共有の可能性が飛躍的に高まることで、人々の生活を一変させると指摘されているからだ。「シェアリングエコノミー」という言葉には、貸し借りが成立するために必要な信頼関係を、ソーシャルメディアの特性である情報交換に基づく緩やかなコミュニティ機能を活用することで担保するビジネスモデル、という意味合いが含まれている。  特に少子高齢化に向かう中で「一億総活躍社会」という言葉が標榜するように、画一的に「フルタイムのサラリーマン」だけが経済を支えるのではなく、1 人が「子育て」「介護」「働き手」等いくつもの顔を持ちながら暮らすというような、多様な社会参画が模索されている中にあっては、非常に大きな意味を持ってくる。  本稿では少子高齢化による地域社会の要請とICT技術の革新によって、特に「シェアリングエコノミー」がどのように地域社会に影響をもたらしていくのかについて、横浜で生まれている新たなビジネスの芽生えの実例を交えながら考察していく。 ソーシャルビジネスとシェアリングエコノミー、その萌芽  近年、社会的課題を「シェアリングエコノミー」を用いて解決しようと志す起業家が増えている。特にダブルケアとの関わりでいえば、保育や介護の担い手(地域で頼れる人)や移動手段の確保等に今後重要な役割を果たしていくことが期待される。シェアリングエコノミーの手法を用いたプラットフォームが浸透すれば、地域内での助け合いが自動的、かつ無数に広がっていく未来を展望することができるからである。  例えば家事代行の「タスカジ」(ブランニュウスタイル株式会社 本社:東京都港区)。家事のお仕事をしたい個人と、家事をお願いしたい個人とをつなぐ、web上のマッチングプラットフォームとして、サービスインから1年半でユーザー数は3500人に拡大し、共働き世帯の救世主として200人を超えるハウスキーパー(タスカジさん)が登録している。盗難や物の破損等のリスクをはらむ家事代行サービスにおいて、口コミによるサービス評価や保険制度等を整えつつ、個人間の契約を促している。平成26 年度は横浜市内のハウスキーパー人材の掘り起しを行うとともに共働き世帯の家事代行需要の高まりを背景に横浜市内の地域課題解決に貢献したいと、「Yokohama Changemaker’s CAMP(注1)」に参画中である。  また、2009 年創業の「AsMama」(株式会社AsMama 本社:横浜市中区 ※ 2010 年横浜社会起業塾参加(注2))は、「子育てシェア」という新しい概念を社会に発信し、同じ園や学校に通うママ・パパ友だちや顔見知りの友だちとつながって子どもの送迎や託児を頼り合う仕組みを構築している。必要な時に自宅等の登録地点から概ね半径2km の範囲の知り合いに1対多で「助けて」を発信。さらに長時間保育等近隣では預かってくれる人が見つかりにくい場合にも、半径5km、10km、20km と段階的に範囲を広げて発信ができるようになっている。助けてくれた人には1 時間500円~の謝礼を払う仕組みや、万が一のけがや事故が起こった場合に保険がきく制度をもうける等、子育て世帯と地域の顔見知りで子育てを手助けしたい人達にとってかゆいところに手が届くオンラインサービスとして、累計利用者数3 万人超等、全国にも広がりを見せている。 地域社会への3つの恩恵  これらの「シェアリングエコノミー」の萌芽が地域社会にもたらす恩恵は、3つの観点から注目される。  まず1点目は、「本来持っていたスキルや空き時間等が有効に活用でき、人に役立てる喜びを感じながら柔軟な働き方を選択することを促せる」こと。時間的制約により働くことをあきらめていた子育て中の主婦や、定年退職後のアクティブシニア層等が、無理なく等身大で新たな一歩を踏み出す活躍の場となる可能性がある。  例えば前述の「タスカジ」においては、料理や整理収納等のスキルを持つ主婦や、家事スキルが高く高収入での働き口を求めている外国人が、多数活躍している。また、口コミによるレビューやタスカジ同志がスキルを学び合うコミュニティ研修会も開催されており、個人事業主として自立して働きながらも学び合いスキルアップしていける仕組みが構築されている点も興味深い。  2点目は、潜在顧客の需要掘り起こしによる地域経済の活性化が見込めることである。文化的背景もあって日本社会においてはどうしても子育てや家事代行等を他者に頼ることに抵抗があると感じる人が多かった。また、代行業者を介すことで価格的に割高になり、利用者が気軽にベビーシッターや、ハウスキーパーを利用しにくいという課題があった。しかし利用者・提供者同志の顔が見える安心感を担保しつつも個人間の契約を促すことで、安価で気軽に依頼し合えるサービスの認知度が上がれば、地域に眠る潜在的な需要を掘り起こしていくことができる。  シェアリングエコノミーがもたらす地域への経済効果については一つの試算がある。米国のAirbnb 社(注3)の研究によると、ホテルのないところに物件があることで、一般の旅行者が訪れない地域企業などにお金が落ちる効果が創出されるそうだ。具体的には、サンフランシスコで年間約56 億円、シドニーで年間約214億円の地域経済効果が見込まれているそうだ。(「平成27 年版 情報通信白書」第4章 第2節より)  第3の点は、地元の人達の支え合いを誘発していける点である。SNS等を介して助けたい人と助けてほしい人が出会う仕組みがさらに浸透していけば、近所に暮らしながらも知り合っていなかった人達同志が出会い、「恩送り」の発想で、サービス利用者だった人がサービス供給者側に回る等、善意の循環が地域を結び付けていく可能性をもっている。  前述のAsMamaでは移動範囲がさほど大きくない、子育て中のママ達をターゲットとしていることもあり、AsMamaへの登録やイベント参加をきっかけに地域に頼れる友人を見つけたり、利用者がサービス提供者側に回ることで、「この町で子育てをしていてよかった、今度は私の出番。」というような地元意識を高めることにも貢献していると言える。  結びに~シェアリングエコノミー浸透に向けての課題と展望  ここまで、シェアリングエコノミーの恩恵を中心に考察してきたが、日本社会に浸透し真に地域課題を解決していくインフラになるには、まだまだ課題もある。前述の総務省の調査によれば、日本国内ではシェアリングエコノミーの本質的な特徴やメリットが十分に理解されておらず、事故やトラブルへの懸念を理由にサービス利用に慎重になっている消費者の姿が浮かび上がる。個人間の契約を促すプラットフォームである以上、口コミによる評価や保険対応・本人確認の実施等により、利用者・サービス提供者双方の透明性の確保や事故トラブル発生時のリスク対応策の整備が前提となる他、既存の法規制との折り合いをつけていく必要性のある分野のサービスもある。  しかし、それらの課題をクリアして新たなサービスが社会に浸透していけば、実は「地域社会」のご近所づきあいの関係性の結び直しに、大きく寄与する可能性があると言えるだろう。シェアリングエコノミーが、未曾有の少子高齢社会に生きる私達の生活インフラとして発展を遂げていくことに大いに期待したい。 注1 Yokohama Changemaker's CAMP 2011年度より横浜市経済局の受託事業としてNPO法人ETIC.が運営する地域密着型社会起業家支援プログラム。経営者や行政職員、社会課題を抱える最前線で働く方々など多様な専門性やスキルを有した横浜市民の方々と共に、約6か月間のプログラムを通じ、地域の課題解決や、地域資源の有効活用に繋がる社会起業家を育てる。2015年度で5期目を迎え、これまでに38名のソーシャルビジネスを立ち上げる起業家を輩出。 注2 横浜社会起業塾 2010年度から2013年度まで横浜市経済局の受託事業としてNPO法人ETIC.が運営していた社会起業支援プログラム。社会起業家が、企業や行政と連携・協働することで、社会課題の解決を加速させることを目指し、日本電気株式会社、花王株式会社、横浜市のオフィシャル・パートナーに加え、プログラム・パートナーとして株式会社電通を迎え、4社で「社会起業塾イニシアティブ」を設立。各企業及び行政の理念や事業テーマに沿った起業家をそれぞれ選抜し、年間8~9名の起業家を半年間支援する。 注3 Airbnb社 正式なホテルなどの宿泊施設ではなく、世界各国の現地の人たちが、自宅などを宿泊施設として提供するインターネット上のサービスを提供する米国企業。世界190超の国・地域で150万以上の物件を紹介しており、日本法人も設立されている。