調査季報178号 特集:ダブルケアとオープンイノベーション 横浜市政策局政策課 平成28年3月発行 《6》地域金融機関と共に進めるダブルケア(介護・ 子育て)関連事業者支援プロジェクト <執筆者> 三善 直樹 日本ユニシス株式会社 エコシステム推進事業部 地方創生担当部長 1 はじめに  日本の将来を考えた時、少子高齢化と併せて人口減少が顕著に進むことが予測され、大きな社会問題として提起されている。石破茂地方創生担当大臣の言葉を借りると「人口減少は静かな有事である。わが国の存続は今が最後の機会である。」の言葉のとおり、問題は今後ますます深刻化する。  政府により地方創生が推進されているが、課題は地方のみではなく、大都市においても、まだらで急速な高齢化・人口減少やあらゆる世代で増加する単身世帯などの大都市ならではの課題を抱えており、新しい創生モデルの構築が求められている。  本稿で紹介するプロジェクトは、地域課題を解決する道筋を描くために、官産金がオープンデータ(注1)を利活用することで、持続可能な地域づくりを目指すものである。2014年より勉強会等を通して検討を開始し、2015年6月からは地域共創による公的課題解決と大都市の産業活性化実現に向けたケーススタディとして、ダブルケア産業の育成をテーマに活動を実施している。 2 地方創生と横浜市の課題  政府は地方創生を掲げ、東京の一極集中の是正と地方の「まち・ひと・しごと」の創生と好循環の確立を目指すとしている。地方の経済や地域活性化を実現するためには人・物・金の情報を共有することで、より生産効率を上げる必要があり、その手段のひとつとして期待されているのが「オープンデータ」である。  行政におけるオープンデータ化とは、中央省庁や地方公共団体等が所有する各種情報を基本的に無料かつ制約なく公開する施策であり、住民のサービス向上や企業の経営支援などに利活用する取組が始まっている。  わが国のオープンデータの利活用は、他のOECD諸国と比較して特に進んでいる状況とは言い難く、世界各国政府のオープンデータ化進捗具合を調査した「オープンデータ・インデックス」(注2)の2015年版で日本は122 ヶ国中31位であった。また、約1700ある日本の地方公共団体のうち、オープンデータ公開を積極的に進めている団体は未だ約1割程度である。  横浜市は「オープンイノベーション(注3)」政策を掲げ、オープンデータの積極的利活用を推進している地方公共団体のひとつである。人口370万人以上を抱える大都市横浜においては、少子高齢化と生産年齢人口の減少が急速かつ大規模で表面化し、深刻な課題となっている。超高齢化社会の到来により、医療と介護サービスのニーズが飛躍的に増大するなか、それを支えるサービス事業者と労働力を確保しうる社会基盤を維持できなければ、医療難民や介護難民があふれることになる。  こうした問題は、国内の島嶼部や山間地域といった地方では表面化している。横浜市では2030年には65歳以上の人口が100万人を突破すると予測されており、高齢者は当面増え続けるが若年層は少子化の影響により年々減少傾向にある。また、晩婚化・晩産化により、親世代の介護と子供の育児が同時進行している、所謂「ダブルケア」が社会問題としてクローズアップされている。横浜市はこれらの課題に対して、市のオープンデータを積極的に利活用してもらうことで地域の生活サービス産業を育成する取組を開始している。 3 総務省実証事業における地域金融機関と行政の協働の取組 (1)実証事業立ち上げまでの経緯  2013年12月、日本ユニシスでは内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室において立ち上げた「データカタログサイト試行版」の構築を行った。オープンデータ基盤構築技術の実績をもとに、その発展版として地方公共団体と地域金融機関が進めるオープンデータ利活用事業モデル(以下、本モデル)をまとめ、その実証場所を模索していた。本モデルを進めるにあたり、オープンデータを積極的に推進する地方公共団体と協働で進めることが第一条件であることは言うまでもなかった。  この検討の中で、横浜は実証場所として最適な環境であった。情報の提供元である行政機関として、横浜市はオープンデータ先進自治体の中でもトップランナーであった。またそのカウンターパートナーとして、横浜信用金庫は地域事業者との「リレーションシップバンキング(注4)」の推進及び強化を2000年代以降進めていたことから、データ活用の担い手としての条件が整っていた。2014年3月頃から横浜市と横浜信用金庫に対して本モデルを提案し、最終的に検証実施にご理解をいただいたものである。その後、本モデルを三者で精査し、同年8月には三者間で「オープンデータ活用のための研究プロジェクトに関する連携協定書」を締結し、更なる具体化に向けて実証を進めることとなった。同年度は計3回の市の職員と信用金庫の職員によるワークショップを開催し、横浜市の政策局、経済局、区や地域ケアプラザ担当者、横浜信用金庫の総合企画部、業務推進部、融資部等から多数ご参加いただき、オープンデータ利活用における課題抽出とその解決方法等について議論を重ねてきた。2015年6月、総務省の「地方創生に資するデータ活用プラン」の公募があり、共同提案した結果、同年8月末に採択を受けたものである。(図1) (2)プロジェクトの特徴と目的   総務省により採択された実証事業(以下、本実証)は、行政から提供されるオープンデータを地域の企業経済活動面において利活用していただくために、地域の金融機関(横浜信用金庫)がその両者の間に入ることで、情報活用の担い手として機能する国内初のモデルである。  地域の中小事業者は、新規創業や多店舗展開等を計画する場合、情報入手にかけられる手間・コストが大企業と比較して圧倒的に少ない傾向にあり、データに基づく仮説を立てることが難しい状況にある。大企業では、必要な情報をデータ提供会社から購入することが可能であるとともに、分析する人材も確保しやすい。一方、地域の中小企業は情報にそれだけのコストをかけられない場合が多い。地方創生の中で地域活性化を実現するには、地域の経済を担う中小事業者が、より活発な経済活動を実現することが求められる。そこで本実証では、地域の中小事業者に対して、行政から入手したオープンデータにより、エリアマーケティングに有効な情報を地図上にいくつもマッシュアップ(注5)することで、全体を可視化することを可能とした。これにより、単なる数字の羅列やばらばらであった情報を地域の中小事業者にとってより身近な活きた情報へと変化させた。このようにオープンデータを加工し、有益なデータとして情報提供することにより、利活用を促進し、地域経済活動の一層の底上げを図ることを目的としている。  また、近い将来の目的として、オープンデータの利活用により、生活サービス産業を創業や事業拡大のシーンで支え、健全な発展のサポートをすることで今回のテーマである「ダブルケア」の負担で困っている世帯に対して、充実したサービスが一般化し、行き届くことが現実となることを想定している。 (3)プロジェクトの取組状況  行政から入手したオープンデータを地域の事業者が利活用して経済活動の活性化に至った事例はまだ少ない。そこで本実証では、実際に創業を目指している個人や事業を拡大したい事業者等を対象に、2015年11月末より個別に対話を開始し、エリアマーケティングの際に必要となるデータを提供してきた。その後、2016年1月にはワークショップ形式の集団事業検討会を実施し、今後事業者の要望に応じて、引き続き経営相談を実施する予定である。このプロセスを経て確認された「オープンデータがより身近となり、ビジネスで使える実感を得られた」等のアンケート結果については、別途、総務省への報告書にまとめているところである。  なお本実証では、ダブルケア対象者をサポートする関連事業をテーマとし、想定した利用シーンは、新規創業や事業拡大等の相談で来られた相談者に対して情報を提供するものである。これまで横浜信用金庫がサポートしてきた事業者への経営相談などの機能に加えて、地図上に周辺環境や需要予測等をタブレット上のポータルで可視化し( 図2)、提供することを想定している。実証で活用したポータル試行版の代表的なコンテンツは以下のとおりである。 ○人口統計情報  横浜市の統計情報から過去5年に遡り、町丁目別の年齢別人口の推移を地図上にヒートマップで表示する。区ごとに選択して表示することが可能である。  年齢別人口は、人口総数、5歳以下の未就学児、6~11歳の小学生の人口、12~17歳の中高生の人口、25~39歳の子育て世代の人口、65~74歳の前期高齢者人口、75歳以上の後期高齢者人口で構成されている。  町丁目をクリックすることで、当該エリアの年齢別人口推移の折れ線グラフを表示する。 ○世帯数  世帯総数、6歳未満の世帯員のいる一般世帯数、65歳以上の単独世帯数、65歳以上の夫婦のみの世帯数、65歳以上の人がいるその他の世帯数を町・丁目別に地図上にヒートマップで表示する。  町丁目をクリックすることで、当該エリアの世帯数の実数を表示する。 ○要介護認定者  要支援1から要介護5までの計7段階のケア対象者を地域ケアプラザ管轄単位で地図上にヒートマップで表示する。  地域ケアプラザをクリックすることで、当該エリアのケア対象者の実数を表示する。 ○事業者  地域でサービスを提供している以下の事業者を地図上にプロット表示する。 ・居宅介護支援事業所・介護事業者(施設系、通所系等計15分類) ・保育事業者(認可、認定こども園、横浜保育室、小規模保育) ・家事サービス事業者  プロットされた事業所をクリックすると、施設の所在地等の詳細な属性情報を表示する。 ○需給マップ  地域ケアプラザ管轄単位に要介護認定者数と介護事業者(施設系、通所系等計15分類)の定員数の需給バランスを地図上に色別で表示する。  要介護認定者数に対し、介護事業所の定員が足りていない地域、過剰な地域が一目で把握できる。  地域ケアプラザをクリックすることで、当該エリアの需給状況ランキングを表示する。 ○高齢者の状況を把握するものとして、高齢者実態調査、横浜市民意識調査、運営協議会資料への外部リンクを設置している。 ○施設の物件探索時の不動産相場や地域の状況を把握する参考として、「REINS MarketInformation 土地総合情報システム」への外部リンクを設置している。 4 今後の展開について  本実証では「ダブルケア」をテーマにして、介護や保育を中心とした事業者の支援を行ってきたが、今後は1億総活躍社会に向けた生活サービス産業の育成や支援が必要と考える。  経団連(一般社団法人 日本経済団体連合会)が2015年9月15日に発表した「生活サービス産業が2025年の社会を変える」の中で、生活サービス産業への変化とその対応が必要と提案されており、「生活サービス産業」は以下のとおり定義されている。 (1)生活者を対象に「快適・便利・安心・安全・楽しい」を創る。 (2)従来、自身または家族が行ってきた生活行為を変わりに行う。 (3)結婚・出産・進学・住宅購入などライフイベントを充実させる。  この中で、「生活サービス産業」はこれまで女性の仕事として定着してきた「家事」をサービスとして産業化することを含んでいる。生活者の誰もが関わる家事を産業化し、サービスを受ける側・する側の需要と供給を柔軟にマッチさせることがポイントとなりうるだろう。また、政府が進める「一億総活躍社会」は、女性や高齢者等の社会進出を目指すものであり、社会的包摂の機能として、あらゆる人材に雇用機会を提供することを目指している。これまでビジネス化が困難であった家事について、労働の場を斡旋するサービスと共働き世帯の家事労働時間をシェアリングエコノミー(注6)の観点でマッチングできるサイトが構築できれば、両者のWIN―WINの関係が築けるかもしれない。 5 実証によりわかってきたこと (1)オープンデータの特徴とその有用性を再認識  有償で入手したデータと異なり、オープンデータは誰もが再利用することが可能であり、その透過性により、情報の流通及び拡大が経済活動を進める上で産業の底上げに寄与することが期待できる。 (2)提供側である市の公開基準や標準化の整備が課題  これから新規創業を希望する事業者にとって、生活者レベルで地域に密着した公開情報が有用であることは言うまでもない。ダブルケアに関連する地域の施設や人口、位置情報等の情報を利用するにあたり、データの取り方が各区や部署によって異なり標準化されていないため、統一されたレベルで各地域の情報を示すことができず、利用を断念した例もあった。今後、地域の経済活性化及び発展を推進するためには、自治体が公開基準と標準化整備を地域事業者とともに検討を進める必要がある。 (3)地域の多様な主体をつなぐ行政のコーディネート力   地域には住民・事業者・NPO法人・行政など様々な主体がいるが、一企業だけで事業を立ち上げ対話を試みるのは困難な場合がある。行政からの働きかけによって初めて参加者の心理的ハードルを下げ、多くのステークホルダが参加しやすい環境ができたと想定される。地方創生、地域活性化で何か事業を実現するためには、行政がコーディネート力を発揮していくことが不可欠となると思われる。 6 おわりに  今回ダブルケアをテーマに、オープンデータの利活用の可能性を実証してきたが、既に公開済みのデータも含め、分散している情報を一つのプラットフォーム上で重ねることにより、有益な可視化されたデータへと進化させることができたと思われる。限られたデータでも価値はあるが、より多くの人へわかりやすい情報として活用いただくためには様々な種類のデータを一つのプラットフォームへ集約し、さまざまな切り口により重ね合わせて見られることで、より有益で活用できるものと考える。そのためには、まず分散している情報の集約が必要であり、次にその収集した情報の鮮度を保つことが必要である。今後は、行政側が提供するオープンデータ項目を増やしていくだけではなく、地域の課題に対してそれを解決する仮説をセットで提示することで議論の深化につなげ、必要とされるデータをあぶり出し、データの提供につなげていくことが、より一層の活用につながると考えられる。真のデータ利活用には、どのような役割・機能が必要で、どのように提供すれば実現可能か、情報を提供する行政にとっても利活用する事業者にとっても最も重要であると考える。  最後に、「オープンデータ」という単語が当たり前のように浸透し、オープンデータを元にした情報が日常生活の中で当然のように活用された時に、初めてオープンデータがわが国の地方創生における役割を真の意味で全うし始めたと言えるであろう。 注1 オープンデータ 特定のデータが一切の著作権、特許などの制御メカニズムの制限なしで、全ての人が望むように利用・再掲載できるような形で入手できるべきであるというアイデアである。本稿では、地方自治体が提供するオープンガバメントデータのことを指す。 注2 「オープンデータ・インデックス」 世界的にオープンデータ活用を進めているオープン・ナレッジ(Open Knowledge:本部・英国)が実施している、世界各国政府のオープンデータ進捗具合の調査結果。 注3 オープンイノベーション 自社だけでなく他社や大学、社会起業家などが持つ技術やアイデア、サービスなどを組み合わせ、革新的なビジネスモデルや革新的な研究成果、製品開発、サービス開発につなげるイノベーションの方法論を指す。 注4 リレーションシップバンキング 一般的には、金融機関が顧客との間で親密な関係を長く維持することにより、顧客に関する情報を蓄積し、この情報をもとに、貸出等の金融サービスの提供を行うことで展開するビジネスモデルを指す。 注5 マッシュアップ ウェブ上の複数の情報やサービスを組み合わせることで新たな活用やサービスを創出すること。 注6 シェアリングエコノミー 欧米を中心に拡がりつつある新しい概念で、物、お金、サービス等の交換・共有により成り立つ経済の仕組みのこと。 (参考文献) 「地方消滅」増田寛也著 中公新書 「東京消滅」増田寛也著 中公新書 「地方創生から地域経営へ」 寺谷篤志、平塚神治著 仕事と暮らしの選書 「毎日フォーラム 日本の選択」2015年12月号 「生活産業が2025年の社会を変える」2015年9月15日 一般社団法人日本経済団体連合会