調査季報178号 特集:ダブルケアとオープンイノベーション 横浜市政策局政策課 平成28年3月発行 《5》座談会「ダブルケアと多様な働き方、テレワーク」 <参加者> 横澤昌典 向洋電機土木株式会社 広報部長 小安 美和 株式会社リクルートホールディングス 事業本部 iction!推進事務局 事務局長 湯田健一郎 株式会社パソナ営業総本部 シニアマネージャー リンクワークスタイル推進統括 田島定尚 日本マイクロソフト株式会社 官公庁事業本部 本部長代理 ○司会  これからの一億総活躍社会に向け、これまでのような働き方や産業就業構造から転換していくことが求められていると思います。今回はダブルケアという視点を中心に、困難を抱える女性の福祉対策等に止まらず、女性も男性も含めた多様な働き方、そしてこれからの働き方の一つとしてのテレワークについてお話を伺いたいと思います。  では自己紹介からお願いします。 【横澤】  向洋電機土木株式会社の横澤と申します。私自身、父親の介護をしながら6歳の娘の子育てをやっているダブルケア真っ最中の人間ですので、当事者として、また会社の管理者として働き方の課題に取り組んでいます。  他の参加者の方とはテレワークのアプローチの仕方が全く違うのではないかと思いますが、全国で登壇させていただいたり、会議に参加させていただいておりますので、いろいろな生の情報についてお話しできればと思います。 【小安】  リクルートホールディングスの小安と申します。私は今、リクルートホールディングスのiction!推進事務局というところで事務局長をやっております。iction!プロジェクトは「子育てしながら働きやすい世の中を、共に創る。」というゴールを目指すプロジェクトとして立ち上げて推進しております。  現在は「育児をしながら働きやすい」ということを掲げていますが、ここで得られる経験は「介護しながら働きやすい」ということにも応用可能であると思っています。また、リモートワークについては私自身も一従業員として実践中です。 【湯田】  パソナの湯田と申します。私は自分でもテレワークを実践しながら、推進もしています。弊社では「リンクワーク」と言っているのですが、いわゆる「テレ」、離れて働くということより、「リンク」、つながって働くという働き方をつくるのが「リンクワーク」のコンセプトです。  実際に何をやっているかといいますと、1つは企業に対する働き方変革についてのコンサルテーション、もう一つは政府への政策提言。そして、働く人たちへの啓蒙活動や自社のサービスである人材派遣でも派遣スタッフの方が在宅で働くことができるよう取組を進めています。  パソナグループは今、女性社員が57%、管理職に占める女性の割合も47%となっています。女性社員のうち未就学児がいる方の割合も今31%で、そういう意味では多様な働き方というのが必須です。介護に関しても、35歳以上の社員を対象とした社内調査を行い、多くの社員が近い将来介護対応の必要性を感じているというデータもあり両面から見ていかないといけない。実際、パソナグループでも介護や育児支援のサービスを展開し、健康経営の支援を行っています。  私は個人事業主の媒介サービスであるクラウドソーシングの業界団体であるクラウドソーシング協会の事務局長もさせていただいており、雇用型のテレワークだけではなく、非雇用型のテレワークも絡めて働き方を変えようと、政策の面、企業支援の面、働き手の面という三方面から活動しています。 【田島】  日本マイクロソフトの田島と申します。公共イノベーション推進室という部署で、公共分野でのビジネス開発的な仕事をしています。  私個人的には、そのダブルケアと言われるような経験はないのですけれども、ある時期には夜中の12時過ぎまで仕事をするなんていうことがほぼ毎日続くようなこともあったのですが、そういう状況でさらにケアといった状況を抱えていたとしたらとても成り立たなかっただろうなというような仕事のやり方をしていたわけです。  マイクロソフトの中でも、介護や育児などの事情のある社員に対して、テレワークという形で働く制度自体はかなり前からあったのだと思いますが、現在では、一般の社員の人たちもいろいろなところでどこでもいつでも働けるようなことを追求していこうという、フレキシブルワークという取組を行っています。  その目的は2 つありますが、一つは、社員のワーク・ライフ・バランスを良くすることによって満足度を上げ、優秀な人材に会社に定着していただく、ないしは採用する時にも、それが一つの競争力になるという面があります。もう一つは、業務効率性です。場所の制約によって時間のロスが発生するようでは、いたずらに長時間業務に拘束され、必ずしも生産性は上がらなくなってしまいます。企業の本来の目的である業績を上げていくための高い生産性を実現する手段として、このフレキシブルワークに取り組んでいます。  20年、マイクロソフトにいた中で、非常に拘束時間が長い時代から今のフレキシブルワークという時代の両方を経験して、会社としての仕事のやり方がドラマティックに変わったと肌で感じています。 1 企業の状況によって異なるテレワークの形 ○司会  マイクロソフトのような大企業の場合資本も人的余力もあるわけですが、向洋電機土木のような横浜の地元の建設業においてテレワークを導入するということは非常に画期的だったと思います。 【横澤】  もともと私は建設業ではなく商社にいたのですが、介護をする状況になり前の会社をやめてしまったのです。本当は介護浪人するつもりだったのですが、今の会社の社長のお知り合いの社長さんが「遊ばせておくのはもったいない」と言っていただいて、「条件つきでよければ」と紹介してもらったのです。ですから建設業のことは正直全くわかりませんでしたし、「役に立ちませんよ」と一応言ったのですが、「介護でいろいろ事情のある人が気持ちよく働ける会社になれば、その会社はいい会社になるだろう」と今の会長に言われたのです。  そうして働き始めたのですが、最初のころは父親が倒れたとか、電話がかかってきて1時間でとんぼ返りというような状態で、少しでも家で仕事ができればと思っていました。そこでいろいろ調べてみると、テレワークというものがあったのです。なるほど、日本でもそういうのをやればいいんだなと思ってやってみたのですが、当初はやはり費用やシステムなどいろいろと対応しなければいけないことがあって、そこまでやる必要はないんじゃないのか、という感じでした。その後、当事者である自分がどのような形で家で仕事するとしたらセキュリティーをどのレベルまで担保すればいいのか、などを考え自分たちにあったレベルからスタートしたのです。建設業の場合ですと、図面のやりとりや予算など、セキュリティーレベルが高い部分、間違っても流出してはいけない情報があります。ですからセキュリティーレベルを区分けするところから始めました。 ○司会  なるほど。まさにご自身の事情を会社の仕組みにしたということですね。 【横澤】  テレワークについては、テレビ電話でないとテレワークじゃないと言う人もいて、概念がバラバラな状況です。極論で言えば、例えば外でパソコンでメールをやりとりする、それも広義の意味でテレワークになると思うのです。  私はあえてパソコンをなるべく外に持ち出さないようにしているのですが、パソコンを盗み見られたりとか、無線LANの怖さをすごくわかっているからなのですが、一方で実際はパソコンを使わないと仕事にならないのです。ですから、自分の業務で何がテレワークが可能で何ができないかをきちんと峻別することを、まず始めにやるべきですね。それは会社によってみんな違うのです。例えば飲食業だったら、棚卸しとか日報の集計とかは可能ですが、料理を作ることはテレワークではできません。自分の会社の中で業務を区分けするのです。 ○司会   そういう意味では、何かシステムを導入する前に、自分たちの行っている仕事を全部棚卸しして、どれがテレワークが可能でどれができないかを考えることが、テレワークの導入で最初に大事だということですね。 【小安】  お話を聞いていて対照的な事例なのかなと思ったのですが、ある意味、ボトムアップでテレワークが進んだ案件ですよね。  リクルートグループは、いわゆるモノを売っている会社ではありませんので、モノを通じて世の中を変えていくことは出来ません。しかし、我々が提供しているサービスを使って下さるお客様がいらっしゃることを強みとして、お客様と一緒に働き方といったものにイノベーションを起こすことが出来ますし、それこそが我々の使命だと思っています。 ○司会   企業のミッションとして自らイノベーションを起こしていこうということですね。 【小安】  はい。イノベーションを起こすには、従業員一人ひとりが持つ多様な価値観や経験の融合が重要だと考えており、仕事の効率を高めながらさらなる成長機会や新たな経験を獲得できるよう、リモートワークという制度を導入しています。  昨年の6月から一部の部署で実証実験を進めていたのですが、この1 月からはリクルートホールディングスとリクルートアドミニストレーションで雇用形態に関わらず全従業員が、場所を問わず仕事ができるような正式な制度になりました。これは従業員がライフステージやその時々の仕事の状況に応じて家で働いても、近所のカフェやコワーキングスペースなどで働いても良いというものです。その時の自分に合った働き方を「柔軟に選べる」ということがポイントです。  他の事業会社にもリモートワークを導入しているところもありますが、それぞれの事業会社が自社にあった制度づくりから考えています。 2 新たな働き方による変化と効果 ○司会   企業によっていろいろな試みがなされているわけですが、具体的に仕事の仕方や働き方で変わってきたことはありますか。 【小安】  自分自身も一従業員として大きなメリットだなと思っていることは、自分の家などで時間を決めて働くということで、労働時間が短くなり、生産性が上がっていると感じることです。例えば1時間テレビ電話を使って打合せするとします。テレビ電話で会議をするとなると事前に資料の共有をしておく必要があるので、きちんと当日の議題の整理をして論点を絞り込んで会議を進めようという気持ちが強くなるので、とても生産性が上がっていると感じています。 【湯田】  パソナで「リンクワーク」というコンセプトで活動展開しはじめたのは、2014年になりますが、派遣事業を始めた1 9 7 6 年から、多様なシーンで才能を活かして働くための支援を行っています。当社の企業理念は「社会の問題点を解決する」であり、「人を活かす」ためにどのような社会の仕組みをつくっていくべきかということを考えています。特にダイバーシティ経営を行うための一つの手段として、テレワークというのは昔からあったと思うのです。  テレワークを狭義の自宅で働くことと捉えると実践が難しいと考えられがちですが、オフィス外でも会社のメールを確認できるようなモバイルワークも含めた定義でとらえれば、多くの企業で既に実践しているのではないでしょうか。今はICTをうまく使って、オフィスにいるのと変わらないような高いパフォーマンスで仕事をすることができるようになってきています。ICTを効果的に活用し情報管理や労働時間管理を工夫して行うことで、多様な働き方を実践することは容易になっているのです。 ○司会   いつでもどこでも仕事ができるような環境をどうつくっていくのかという点で、リンクワークを導入してから具体的な変化はありましたか。 【湯田】  モデルチームとして、キャリアママチームという未就学児がいる女性だけの営業チームを形成しました。  リンクワークをする中で、どのようにつながるのが良いのか。それは、コミュニケーションの仕方であったり、上司の評価の仕組みであったり、いろいろな面を一体的にやらないといけないのですが、まず働き方を変え、時短であっても仕事ができるようなチーム編成にしました。具体的には、1つの仕事を2人でシェアしてできるようにして、社外でも自宅からでも会社の仕組みにアクセスできるようにしたり、コミュニケーションもメールだけでなくショートメッセージやチャットを利用したり。時間管理にはテレワークの労務管理のツールを入れました。結果的にそのチームは、営業成績が1・5倍になったのです。これはとても強いロールモデルです。  これまでは、復職時に、本当はお客様と接する営業が希望だけど、子どものお迎えに行かなければならない時に、お客様とコミュニケーションする機会が減ってしまうから、事務職としての復帰を考える社員が多くいました。そのため、その人のそれまでのキャリアを活かし切れなかった状況もあったのですが、今は当社における育児休業からの復帰率は100%、男性の育児休暇取得率も57%です。何かあったらリンクして仕事できるということで選択肢がぐっと増えていくと思います。 ○司会   きめ細かいリンクワークの仕組みをつくることで、育児休暇後に復職する事例が生まれてきているということですね。 【湯田】  働き方変革への活動は常々やっているのですが、2011年くらいからICTの活用によって、より仕事の仕方が変わったと感じています。そこから働き方の推進として、2013年くらいにはマイクロソフトさんと一緒にフレキシブルワークの推進もしてきました。今、「つながる」ということこそが重要であり、「場所」が問題ではないという感覚に至っています。ビルの上と下の階で離れていてもコミュニケーション係数は大きく違っていて、むしろ自宅にいたとしてもコミュニケーションが豊かになるということもありえるのです。 【田島】  フレキシブルワークの有効性が実証されたのが、実は2011年の東日本大震災のときなのです。  弊社は、もともとテレワークができる環境、特にIT環境が整備されていて、すべての社員がある程度テレワークをできるような環境が整っていました。しかし、震災時には、まず交通機関が麻痺してしまい出社しようにもできない、電話もつながらないというような状態になってしまいました。そのような状況下であっても、我々の製品をお使いいただいているお客様は非常にたくさんいらっしゃいますので、例えば何か問題があった場合のサポート部門はサービスを継続しなければいけない、営業部門も同じように何かお困りのときには連絡がとれる状態にしてサービスを継続しなければいけない。そんな状況での事業継続に対してテレワークというのが非常に有効だったのです。サポート部門の人は出社できなくても、IPフォンなどを使えば自宅で会社にかかってきた電話に対応できますし、社員間の連絡もオンラインでコミュニケーションすることができました。  こういった経験から得たことを定着させていこうということで、翌年からテレワークデーを設け、当初は自分の会社だけで、全社員がその日一日は出社せずに事業が継続できるかどうかやってみましょうということをやりました。現在は外部の賛同企業様も含めてテレワーク週間を実施してノウハウを共有しています。 ○司会   結果として震災によって効果の検証がなされた面があるということですが、その後本格的に始めてから効果が見えてきた点はありますか。 【田島】  冒頭にワーク・ライフ・バランスの向上と事業生産性というのが2つの大きな目標ですと申し上げましたが、例えばワーク・ライフ・バランスの満足度は、社員調査で40%ぐらいアップしていますし、事業生産性、1人当たりの売上も26%増加しています。他にも残業時間が5%減、旅費交通費が20%減、女性離職率が40%減などの効果がありました。 3 テレワークを進めていく上での課題 ○司会   一方で実際に導入されて、課題に感じられていることもあるのではないでしょうか?みなさん業種も規模も異なりますし、社員の方の意識もまた違うかと思いますので、それぞれに課題があると思います。 【横澤】  そういった意味では、社員の働き方や働くことに対する意識や考え方にどのように対応していくかということがあります。  義務と権利を勘違いして過剰に要求する人もいるかもしれません。そういう社員に対してどう対応するかというのは、本当の意味で普及していく上で課題かもしれませんね。 ○司会   横浜の会社の99%は中小企業であるわけですから、それが横浜におけるテレワークの現状かもしれませんね。それを踏まえた上で、リクルートさん、パソナさん、マイクロソフトさんにおいてもそれぞれ課題や問題点があるのではないかと思うのですが。 【小安】  私にはまだ見えていない部分がたくさんあるのかもしれませんが、働く側・管理する側から見てもデメリットがないのではないかと思っているのです。弊社は、比較的早い段階から成果主義の会社で、評価が時間で決まらないので、柔軟な働き方を自由に選択できるリモートワークの考え方を受け入れやすかったのかも知れないと思います。 ○司会   成果を上げるためになるべく効率的に、家とかフレキシブルな場所で働けば良いという意識が浸透しているのですね。 【小安】  そうなのです。  弊社には、「ウィルキャンマストシート」(Will-Can-Must) というのがあるのですが、自分のやりたいウィル、できることのキャン、マストというのはミッションなのですけれども、それを半期に1回、精緻に上司と確認するのです。スタッフ部門であってもほぼ定量化した目標というものを細かく設定しますので、そのことができているかできていないか、それでシビアに評価し報酬が決まっていきます。  リモートワークを導入する前には、弊社のやり切る文化が悪い方向に行って、家でも働き続けてしまう従業員が出るのではないかということを個人的には懸念はしていたのです。しかし、実際にリモートワークを始めてみると、行き帰りの通勤時間が短縮されることで時間に余白ができ、そしてその余白がいかに大切かということに気づいたんです。長時間働くのではなく、仕事以外の時間を増やし、会社以外の場所で経験を積み、それをどのようにして、よりよい仕事でのアウトプットにつなげるのかということを意識するようになりました。そういったこともあり、個人的には今のところ余り課題が見当たらないと思っています。 【湯田】  時流としてはテレワークが拡がっていくと思うので、うちの会社だったらどういうモードが一番合うかということを考えていく。例えば、新人教育だったり、転職者との人間関係をつくるのは、やはり対面のほうが強みがある。そういう時期をどのように設計するかというのは、高度な経営、組織マネジメントだと思うのです。ですから、その部門に合わせて、意図的にどのようにコミュニケーションの場をつくっていくのかが、テレワークを浸透させていく上での一つのポイントになると思います。  また、仕事に対する評価という点でも、リクルートさんの場合は成果にフォーカスされていますが、特に中小企業の場合、成果で計るのは慣れていないことも多いかと思います。  アメリカのヤフーではテレワークを一回禁止したのですが、それは、自由にやり過ぎてしまったからなんです。そういう意味では、コミュニケーションの仕方や何を目的にして成果にするという、その評価の仕方が大切で、リクルートさんに「ウィルキャンマストシート」という仕組みがあるように、それぞれが自社版の仕組みが必要だと思います。  もう一つ弊社で言うと、派遣事業がありますが、これはしっかりと労働時間を管理し時間給積算をするというものですので、労働時間をいかに管理するかということが課題になるわけです。そこで可視化するためのツールの導入支援もしています。ポイントとしては一気に実施するよりも、小さいトライを重ねていくことが大切と思っています。例えばパソコンを個人のものの利用を許可するか否か、電話をかけた後のコールバックをどうするのかなど、実践して出てくる課題を一つひとつつぶしていくということの積み重ねを行っています。 【田島】  ちょっと逆説的かもしれませんが、対面コミュニケーションをどう確保するかというところが一つの課題です。人と人とのコミュニケーションは対面に勝るものはないと我々は認識していて、テレワークが普及してくると必ずしも対面でなくなる、ICTツールである程度はカバーできるわけですけれども、例えばビデオ会議をすれば向こうの顔色ぐらいはわかるとか、あるいはドキュメントも電子化すればお互い共有しながら編集できるとか、そういうツール面でカバーできる部分はありますが、やはり人と人とのコミュニケーションというのはそれではカバーできない部分があって、業務を遂行していく上では非常に重要な要素なのです。では、それをどうカバーしていくかという点では、オフィス環境というのが一つあります。個人の占有面積はそんなにたくさん要らない、例えば個人の固定した机があったり、その人の固定したキャビネットがあったりといったところには、むしろ余りこだわらずにもっと縮小してもよい。でも、会議室など人がコミュニケーションするスペース、囲われていなくてもちょっとコミュニケーションできるようなスペースであるとか、お茶でも飲みながらリラックスしてコミュニケーションできるスペースだとか、そういうところをなるべくたくさん配置して、社員のコミュニケーションが促進されるような環境をつくっていく。  他には例えば、マイクロソフトでは年に1回カンパニーミーティングというのがありまして、社員約2000名が入るホールを貸し切って、ほぼ丸一日缶詰になって行うミーティングがあるのです。それはオンラインでは入れないので、基本的には社員全員が参加ということになっています。そのようなミーティングなどいろいろな方法で社員の対面のコミュニケーションが確保できるよう心を砕いています。  それから、テレワークができるようになるとかえって労働時間が長くなるのではないかという点ですが、休日でも家でも仕事ができますという環境が整ってくると、例えば土曜日の朝起きたら上司からメールが来ていたとしたら、これは今すぐやらなければいけないと土日頑張って働いてしまう人がいるかもしれないのです。実際にやらなければいけない場合もあると思いますけれども、基本的には土曜日とか日曜日に発信されたメールに対して、レスポンスは必ずしも休日にやらなくてもいいというようなルールづくりが必要な部分はあると思います。また、弊社の場合、海外の社員とのオンラインミーティングというのも度々あるわけですが、世界中にいる担当者が集まらなければいけないようなものは、例えばアメリカの主催の場合は、ヨーロッパとアメリカのタイムゾーンでできる時間と、アメリカとアジアのタイムゾーンでできる時間で同じミーティングを2つやる、ということが義務づけられています。そうしないと、どこかのタイムゾーンの担当者は真夜中にミーティングに参加しなければならなくなってしまうからです。 ○司会   社内ではルールをつくれば良いと思うのですが、対外的にはどうでしょうか。 【小安】  非常に難しいのですが、休日や時間外については、基本的にはお客様に「弊社は対応できません」と言うべきだと思っています。営業部門が一番難しいと思うのですけれども。営業によってお客様への説明力に差がありますので、それをどこまで会社としてやり切れるかというところがテーマだと思います。私自身、昨年働き方を変えるということを決めて、自身の改革から取り組んだのですが、じわじわと組織が変わっていくのを実感しました。それでもすべての従業員にその働き方改革が行き渡るまでには相当時間がかかると思っています。  一方で、例えば時短の女性がクリエイティブな仕事についている場合に、どうしても時間外のおつき合いとか、ネットワーク構築のようなものが制限されることによってやりがいのなさというのを感じる問題というのがあります。そこをどう乗り越えるかというのも課題だと思います。 4 自治体に求められること~支援と実践 ○司会   リモートワークやフレキシブルワークを進めていくときに、国や自治体に対して求めることは何かありますか。 【横澤】  たとえば、マイクロソフトさんの「テレワーク」は中小企業のほとんどは多分「できない」となるわけですし、逆もそうです。なにが必要か、何がメリットといったときに共通言語がないのです。ぼんやりとしたテレワークという言葉を間に挟んで話をしていても、到達地点、目標地点が恐らくみんな違うのですよね。やはり段階別とか職業別とか規模別などである程度の指標のようなものが必要で、この企業にはこのようにやっていこうという段階的な政策をつくらないと、なかなか難しいですよね。  ある大企業の単体としての成果をそのまま国や自治体に転嫁されてトップダウンみたいな形でやっても、絶対に成果は上がらないと思うし、そんなのうちにはできないといって門前払いになってしまう。 ○司会   自治体が柔軟な仕組みをつくらなければいけないし、自治体が自らテレワークを進めていくような体制をつくらないと、なかなか中小企業の方にもお伝えできませんよね。 【小安】  今、お話を聞いていて、やはり日本はテレワークの前に働き方改革だなと実感しました。  お客様に女性活躍の話を聞きたいと言われて行くのですけれども、大体が女性活躍の前の働き方を変えてくださいという話に帰着するのです。特にサービス業は、夜や土日のシフトがあり、また店舗の場合、営業時間が長ければその分売上が上がるという構造になっています。また、業績が順調に伸びている中小企業であれば、労働時間が長くなるようなお話も伺いました。売上が上がり、店舗を拡大して、でも人は確保できないので1人分以上に働いている。それを経営トップが課題だと捉えられるかどうか。テレワークはツールでしかないと思いますので、そもそもの働き方を変えることが重要であると考えました。時間と場所がキーワードですが、まずは「働く時間」の見直しが前提だと思っています。また、国や自治体も自ら変えていくことだと思います。 ○司会   横澤さんからもお話があったように、自治体が中小企業や大企業などに相手に応じて伝えていく、また、政策をつくる側である自治体も働き方をどう変えていくかというのが大事ですね。 【湯田】  推進特区をつくって、いろいろと試してみるといいと思います。具体的に事例を作って発信する、導入支援をしていけるような体制づくり、加えて、地域において在宅ワークを行う人が利用できるテレワークセンターの設置を行う、などがあげられます。どこで働いてもいいからこそ、集える場所をつくるということが実は大切だと思っているのです。 ○司会   テレワークの象徴的な場所ということですね。 【湯田】  そうです。特に中小企業の方々の場合、従業員の離職や採用というのが、テレワーク導入の非常に大きなトリガーです。介護で離職するという人がこれから出てくる時に、すぐさま導入できるような仕組み、ライトパッケージを作っておくべきだと思うのです。また、定年退職されたけど優秀な方だから少し仕事をお願いしたいという時に、雇用するのではなく関係性のある人に業務委託する方が、両方にとって良い場合などもあります。そういうことができることを知らない方も多いと思うのです。 ○司会   自治体がそういうプロモーションを丁寧にしていくことは大事ですよね。特区で事例を作り、それを発信していく。みんなそういう風にやっているんだ、と。 【横澤】  私も時間がキーワードであるということは大いにあると思っていて、労働者の労働時間管理、健康管理は企業がきちんとやらないといけないという風にルールを変えていくべきと思います。 【湯田】  オランダでは、労働者が自分の労働時間を増やしてくださいと、言える権利があるのです。労働者の人たちが自分でドライブできるような仕組みを、影響力のある横浜市のような自治体で実践していくと良い。例えば、朝5時から夜10時までの中で8時間働いてくださいということを中小企業が多くやり出したら、恐らく大きな変化が出てくると思うのです。このような考え方を含めて事例作りと、同時に導入支援も重要です。東京都にはワーク・ライフ・バランス助成金という使いやすい制度がありました。  横浜市には大企業に就業している方も多くいると思うのですが、大企業がこれからテレワークを推進していく際、働き手は育児や介護で途中抜けが多くなってしまい集中できないということもありえます。家に近いところにサテライトオフィスのようなものがいっぱいあれば、そこに行って仕事をして、帰宅すればそこから就業時間外ですと区分けが容易にできるようになります。人口規模が大きい横浜市だからこそ、そのようなサテライトオフィス活用の試みもできると思います。 ○司会   いわゆるテレワークセンターのようなもの、例えばリビングラボのような形でコワーキングスペースと一緒に整備したり、既存施設や空き家の活用など方法は様々あると思いますが、そのような拠点を一つの事例として発信していくということですね。 【湯田】  そうですね。若者や高齢者の支援とか、男女共同参画と同じぐらいのボリュームでテレワーク支援というのが出てきてもおかしくない時代だと思うのです。 【田島】  働き方改革とかテレワークということに対して、最も抵抗を感じるのは経営者ではないかと思います。従業員はメリットの方が多いのですけれども、経営者からしてみると、例えば在宅勤務を認めるとか、外で働くことを認めるということは、むしろリスクや負担といった負の側面がまず最初に頭の中に浮かぶ。現場の管理職なども同じで、今までは一定時間、自分の目の届く範囲の中で部下の人たちが働いていましたが、それが一気にいなくなってしまうことがあり得るわけですから、管理する方にとっては不安要素になりますし、いろいろなリスクへの対処も必要になる。そういう人たちが、企業収益に貢献するとか人材確保に貢献するといったプラスのメリットをきちっと理解してもらうことが非常に重要なことで一つのキーになるのではないかと思っています。  そういう点で政府や自治体が支援するための助成金などもあわせて行うと進めやすいと思いますし、国や自治体においても少しずつでも取り組んで、社会全体の流れにしていくというのも重要だと思います。 5 テレワークによる働き方の変化とビジネスとしての可能性 ○司会   最後に、テレワーク自体をビジネスとしていく可能性もあると思うのです。ビジネスになることでテレワークが広がって行くという側面もあると思うのですが、いかがですか? 【横澤】  今は、それぞれの企業に自分の持っているテレワーク像というのがあって、他社の事例が自分たちに合わないからテレワークを導入しないという状態だと思います。競争化している各企業も、それぞれ自分たちのパッケージングされたものがあると思うのですが、共通している点もあれば違う点もあると思います。可能な部分はパッケージとして標準化すれば普及するし、それはビジネスになると思う。例えばある会社のパッケージは何かに特化しているで、別の会社のものは別のタイプが得意だとか、市場が形成された上で住み分けしてビジネスにしていくというのはあると思う。 【小安】  違う発想で私が考えていたのは、テレワークをある意味イノベーティブな企業が導入しているとしたときに、標準化というよりは異質でもよいので、各社がサテライトオフィスを共有して、自社だけではなく複数の会社がそこの場を持ち合うことによってイノベーションが生まれる。リフレーミングされてイノベーションが生まれるみたいな場づくり自体が何かビジネスになるのではないかということです。 ○司会   まさに湯田さんが先ほどおっしゃられたテレワークセンターと近い話だと思いますが。 【湯田】  そうですね。企業ごとに持っている必要のないもの多くなると思います。例えば、オフィスも以前はビルを作って所有していたのが今は賃貸であったり、サーバーもクラウド利用になっているように、恐らく働く場所のシェアというのも、もっともっと広がっていくと思います。 【横澤】  うちはリフォームも請け負っていますが、1人用カラオケのリノベーションで、テレワークセンターにしませんかと提案したことがあります。最初から個室になっていて、電源もネット環境もあるので、一からサテライトオフィスを作るより格安にできるのです。そのような目的とか目標が全く違うものが、テレワークの拠点的なビジネスになる可能性もあるわけです。 【湯田】  そうですね。企業同士がコラボレーションをし始めてテレワークでビジネスをするというよりも、働き方や生活の仕方が変わることに対して、総合的にビジネスを生み出していくというアプローチもあると思っています。 【田島】  我々もI C T ツールを提供する企業ですから、テレワークである意味商売をしているということなのですけれども、もっと市場が広がっていくとビジネス面ではプラスの効果が大きいだろうと思っています。ツールのビジネス以外にも、もちろんいろいろなビジネスがそこから発生してくることは考えられて、例えば社外で働く人が増えるということは、その働くスペースとして、それこそ喫茶店とかカラオケボックスとか、公共施設や空き家みたいなものも応用できるかもしれません。そこにWi―Fi環境や電源が確保されて、そこでウェブ会議ができる個室の環境が提供されるとか。そういうことにビジネスの可能性があるのではないでしょうか。実際、地方でテレワークを地域の活性化につなげようとする取組が多く見られますが、新しいサービスが生み出される可能性が非常に大きいと思っています。 ○司会   お話を聞いていると、テレワークというのは今非常に狭い固定概念でとらえられているような話ではなくて、幅広く地方創生や新たなビジネスの創出、働き方そのものが変わっていくという、大きな新しい社会をつくっていくキーになるのだと思いました。  今日は、どうもありがとうございました。