調査季報178号 特集:ダブルケアとオープンイノベーション 横浜市政策局政策課 平成28年3月発行 《4》地域社会の視点からダブルケアについて考える~ ダブルケアサポート横浜を中心に <執筆者> 東 恵子 ダブルケアサポート横浜事務局 NPO法人シャーロックホームズ理事長 1 共感の場づくりから始まった支援  私は横浜国立大学相馬直子准教授と英国ブリストル大学山下順子上級講師のダブルケアの調査研究に、研究者とダブルケア当事者を結びつける役割として協力し、ダブルケア当事者・経験者へ聞き取り調査をする機会にも何度か立ち会いました。  その際、多くの方が「他人に子育てと介護の状況を話したのはこれが初めてです」とおっしゃっていたのが印象的です。堰を切ったように言葉があふれだし、聞き取り調査が2時間、3時間にも及んだことも珍しくありませんでした。アンケート調査でも、「子育ての悩みについては、同じくらいの年齢の子どもを育てている〝ママ友〟に相談できるけれども、介護の話はママ友ではわからない。思いを共有できない孤独を抱えている方が多い」という結果が出ています。  そこで、ダブルケア当事者(以下、ダブルケアラー)が抱えている複雑な問題に対して、私たちがすぐに実践できる支援は何かを考え、まずは、ダブルケアで感じている負担や不満などを吐き出してもらう場をつくってみることにしました。それが2013年10月に行った「ダブルケア座談会」です。  当日はダブルケアラー6人ほどが集まりましたが、自分の状況を語りだすと、みんなが同調して話を聞いてくれる、それが安心感となるのでしょう、硬い表情だった人も最後には笑顔で話をされている姿が見られ、参加者全員から「このような場がほしかった!」との声が聞かれました。また、介護等に関する質問に備え、地域包括支援センター(藤棚地域ケアプラザ)に立ち会ってもらっていましたが、当時まだダブルケアという言葉自体が知られておらず、センター職員にもそのような視点はありませんでした。しかし、ダブルケアラーの話を聞いて、「今思い起こせば、ダブルケアにあてはまるケースがいくつかありました」とおっしゃっていました。このように、まずダブルケアラーと接点を持ち得る支援者が、ダブルケアのことを知り、ダブルケアの視点を持つことが必要不可欠だと感じました。  このような共感の場づくりが心の支えになるとの手ごたえを感じ、以後、いろいろな場所でダブルケア座談会を開催してきました。その一つ、2014年5月に芹が谷コミュニティてとてとで開催した「ダブルケアカフェ」は、今後の支援を具体化していく契機となったと言えます。  開催のきっかけは、港南区社会福祉協議会の窓口に芹が谷在住のダブルケアラーの母親が駆け込んできたことに始まります。認知症の母を同居で介護しながら小学校低学年の子どもを育てる彼女は、相談先を求めていろいろな場所に行ったそうですが、社協の窓口対応者がダブルケアのことをどこかで耳にしており、私のところに連絡が来ました。芹が谷といえば、てとてとが週に数回、誰でも気軽に参加できるカフェを商店街の空き店舗を活用して開催しており、また、てとてとの代表の植木美子さんもダブルケアの経験者でした。そこで、てとてとが開催しているカフェで「ダブルケアカフェ」をやってみないかと持ちかけました。そこにきっかけとなった母親にも来てもらい、5人ほどのダブルケアラーが集まりました。みなさんご近所の方で、子どもの幼稚園や小学校が同じだったりするも、「顔は知っていたけれども、ダブルケア中というのは知らなかった」という声も聞かれました。これ以降てとてとでは、月1回、ケアプラザの貸室などを利用して、自主的にダブルケアラーが集える場づくりを続けています。  このほかにも、神奈川区にある親と子のつどいの広場「ほしのひろば」では、広場に集まる未就学児を持つ親子を対象に、ダブルケアについて考えるイベントを開催し、ダブルケアラーの参加も促しています。また、同じ神奈川区にある片倉三枚地域ケアプラザでは、ダブルケアの課題をこれから迎えうる地域の課題としてとらえ、てとてとの植木さんにアドバイスをもらいながら、ダブルケアカフェを開催しています。これらの場づくりの特徴は、ただ単にダブルケアラーを集めるのではなく、ダブルケアラーの状況を知ってもらい、その場で専門的な助言をもらえるよう介護や子育ての支援者を同席させていることです。ダブルケアについてまず知り、そして各支援者が現場に持ちかえることで、各支援現場にダブルケア視点が自ずと広がっていくことが期待されます。 2 寄り添い型地域支援の実践を目指して  ダブルケアラーの声をもっと発信し、ダブルケア問題を社会全体の問題として認知すること、そして具体的な支援策を考えていくことが必要だと考え、研究者や福祉関係者、そして調査で出会ったダブルケアラーの方々と一緒に、寄り添い型地域支援の実践を目指す任意団体「ダブルケアサポート横浜」を2015年5月に起ち上げました。  そして、地域課題解決型の地域ICTプラットフォームである「ローカルグッドヨコハマ」のクラウドファンディングを利用し、ダブルケアラー向けの冊子作成とダブルケア支援者養成の研修プログラム開発を進める企画を提案、約100人の賛同者から70万円強の寄付を集めることができました。これをきっかけに、ダブルケアを直近の社会問題であると考えてくださる方も増え、全国から勉強会や講演会の相談が来るようになりました。  作成する冊子は、突然やってくる介護への備えとして活用できるよう、ダブルケアラーの経験を基に、介護に直面した時の状況や場面に応じて受けられるサポートについて分かりやすく紹介する予定です。また研修プログラムは、現役の支援者がダブルケアの視点を持つことこそが直接的な支援につながるとの考えから、単にダブルケア支援を学ぶ場を設けるだけでなく、縦割りだった子育てと介護の連携や地域の福祉資源のネットワークづくりにつながる契機になるよう開発に取り組んでいます。いずれもまずは横浜版として準備を進めているところですが、行く行くは全国各地の地域状況に合わせたものに応用できればと考えています。 3 これからのダブルケア支援の発展  ダブルケアという言葉がマスメディアに取り上げられることが増えたこともあり、民間企業からもダブルケア支援に貢献したいというお申し出を頂くようになってきています。例えば、もともと親族の介護を想定したライフプランを実施しているソニー生命は、ダブルケアの視点を入れたライフプランを子育て世代向けに提供しはじめました。また、日本コンピューターは介護専門家のコミュニケーションサイト運営のノウハウを生かし、私たちと協議しながらダブルケアラーがネット上で集える場となるサイトを開発中です。匿名で投稿ができ、誰でも閲覧可能なオープンなものになる予定です。   このように、NPOや企業がお互いの持つノウハウを上手に生かしながらダブルケア支援を実現化していくことが少しずつ始まっています。 4 ダブルケア視点が包摂的ケアへ  私たちは、ダブルケアラーの声を聞きながら、具体的かつすぐに実践できる支援策を模索してきましたが、これはほんの一部の支援にすぎません。多様化するダブルケアラーのニーズに応えていくには、支援策も多様さと柔軟性が求められてきます。  ダブルケアの問題が社会化してきたことで、「子育ては子育て」「高齢者は高齢者」と分けて考えることに無理が生じてきています。そして、ダブルケアの問題を契機に、家族全体の支援を考える視点、つまり「ダブルケア視点」を持つことが必要不可欠になってきます。ダブルケア視点を持つことは何も難しいことではありません。ダブルケアの状況を「知る」ことから始まり、具体的なケースに遭遇した時に「これだ!」と気が付けばいいのです。そこからはじめて、各支援現場で何ができるかという具体的な動きにつながってくることでしょう。それらが積み重なって、支援のネットワークが広がり、行く行くは、地域における包摂的ケアの形が作られていくのではないでしょうか。  ダブルケアという言葉にピンと来ることがあったら、ぜひ私たちのことを思い出してください。私たちはこれからも地域にダブルケア視点が浸透するためのサポートを継続して行っていきたいと思います。