日本における児童虐待防止・予防のための支援 かながわ子ども虐待予防研究会 会長 大場 エミ  親による子どもへの体罰、育児放棄(ネグレクト)、性的虐待などが頻発している。日本では虐待に気がつかなかった時代が長く続いたが、2000年に児童虐待防止法が成立しその取組が進められた。当初は虐待する親から子どもを離す対応が中心であったが、親が変わらないまま自宅に戻っても再び虐待が繰り返されるなど何も解決しないこと、虐待している親も過去に被虐待児であったりDV被害者であることが多いという背景が見えてきた。 このことから子どもの保護と同時に、親支援の必要性が重要とされている。しかし、一部の専門家だけの支援では虐待の防止や予防は不可能で、地域の人々が虐待を理解し、地域の中で親子を温かく見守ることが必要となってきている。虐待が心配される場合は児童相談所や市町村に通告、相談する体制が整えられており、令和元年度の横浜市の対応件数は10,998件と年々増加してきている。 ■児童虐待発生要因と防止・予防のための支援 アメリカの小児科医ヘンリー・ケンプによると、虐待する要因として、子ども時代に愛されて育たなかったことが大きく、そこに経済苦、DV、社会心理的孤立、育てにくい子どもなどが重なったときに虐待は起こるとされている。虐待を防止・予防するためには親へ共感性を持って支援し孤立を防ぎ、目の前の生活上の困難をともに解決していくことが必要であり、決して叱責はしてはならないとされる。 虐待する親を支援している児童福祉司、保健師等は、虐待を防止・予防するためには、虐待しない親に、子育てがうまくできる親に変えなければと支援してきたが、親を変えることは困難であることを実感するようになった。まず親に共感的に接し孤立を解消し、目の前の生活上の課題を解決していくことが虐待の防止・予防につながるとのケンプ理論は、支援する上での大きな示唆となるのではないか。 ■胎生期〜生後2〜3歳までの愛着ある子育てが重要 世界の乳幼児精神保健の最新研究として、日本乳幼児精神保健学会長の渡辺久子氏(小児精神科医師)は、「子どもの脳は胎生期から生後2〜3年の間に成長する速度が最も速く、その脳の発達成長には愛着ある子育てが大きく影響するとしている。この発育が損なわれると、人を信用できず攻撃的で、感情の表出がうまくできず良好な人間関係を築けない大人になり、親になった場合に虐待を行う可能性が高くなる。この大切な時期に親が愛着ある育児ができない場合は、親に代わる人や保育園などが子育てを行うことは極めて重要になってくる。この人格を形成する大切な時期に、子育て支援の充実を図ることが最も必要である。」と述べている。 また、WHOのマーガレット・チャン元事務局長は「乳幼児への投資は、モラルの上でも経済的・社会的観点からも肝要で必須の投資です。今日生きる子どの利益にとどまらず、世界の国々が将来にわたり、安定的に成長しうるか否かを左右する」と述べ、ユニセフも「この時期の子どもに適切なケアと栄養を与え、子どもの健康を守りたい」をスローガンに動きだしている。 ■横浜市の取組に望むこと 2016年に母子保健法の改正が行われ、「母性並びに乳児及び幼児の健康保持及び増進に関する施策は、乳児及び幼児に対する虐待の予防および早期発見に資する」とされ、市町村にその取組の強化が求められた。そして、その支援拠点として子育て世代包括支援センターの設置が市町村の努力義務とされた。 横浜市においては、区福祉保健センターにおける母子保健や福祉の一体的支援と子育て支援拠点を中心とした地域の子育てに関わるネットワークの中で「妊娠期から子育て期にわたる切れ目のない支援」が行われており、横浜市版子育て世代包括支援センターとして位置づけられている。 具体的には、区福祉保健センターにおいて母子健康手帳交付時の全数面接を実施し、必要な妊婦は妊娠中から訪問を行っている。出産後も訪問、産後ケア、ヘルパー派遣などの支援とともに、母親が精神疾患などで福祉的要件が高く支援が必要な場合には保育園入園など妊娠期から乳幼児期の充実した取組が進められている。 地域においては、地域子育て支援拠点等が親子が集い交流し、悩みを相談するなど身近で通いやすい場となっている。また出生後早期に赤ちゃんの誕生を祝い、親子への温かいメッセージとともに訪問する「こんにちは赤ちゃん訪問員」の活動も、親子にとって地域社会の一員となったことを実感する瞬間ではなかろうか。 横浜市では妊娠中から乳幼児における施策は充実してきているが、高齢出産や産後うつの増加などから利用希望の多い産後ケアなどの支援の更なる充実が求められている。 子育てが楽しいと思い、子どもが健やかに成長することを目指した様々な施策、そして子育て不安が強かったり、子どもを愛せない親への専門的な支援の充実を図るためには、コロナ禍の時代の変化のように移り変わる社会情勢を的確に把握し、タイムリーな施策を迅速に推進することが必要である。そして、地域社会においては「子どもは地域の宝」であり、地域の中で温かく見守り、育てるとの意識の醸成が何よりも重要である。そして、そのことが児童虐待の防止・予防にもつながるものと考えている。