《19》インタビュー/子育て支援で求められる視点 大日向 雅美 恵泉女学園大学 学長 NPO法人あい・ぽーとステーション 代表理事 横浜市子ども・子育て会議 委員長 聞き手 田口 香苗 こども青少年局子育て支援課長 ─ 先生は、大学で教鞭をとられるとともに、NPO法人の代表理事として地域の子育て・家庭支援活動をなさっていますが、本日は、子ども・子育て支援新制度(※1)についての所感や地域の子育て支援に期待されていること、新型コロナウイルス感染症の影響や今後への期待などについて、いろいろとお話が伺えればと思っています。よろしくお願いします。 ■子ども・子育て支援新制度の開始から5年を経過して ─ まずはじめに、幼児期の学校教育や保育、地域の子育て支援の量の拡充や質の向上を目的とした、「子ども・子育て支援新制度」(以下「新制度」という。)が平成27年4月に始まり5年が経過しましたが、所感をお聞かせいただけますでしょうか。 【大日向】新制度がスタートして5年、ちょうど折り返し地点を迎え、いろんな意味で精査する時を迎えましたが、気になることとして、1.57ショック(※2)からずっと取り組んできたことが果たしてどうだったのだろうか、出生率は一向に上がらないではないか、何かこれまでと全く違う刺激的なことをすべきではないかといった声がありました。第4次少子化社会対策大綱の検討の際にも、そうした声が外から聞かれましたが、25年の蓄積を経てできた新制度が目指してきた、地域の子育て支援や働き方改革、男女共同参画推進の必要性は、揺るぎのないものだと考えています。  私は、1990年からずっと子育て支援の分野に関わってきて、新制度の打ち出したすべての子どものより良い発達を社会のみんなで応援する。親の子育ても応援すること。そのためには基礎自治体の市区町村の役割と権限・責任を明確化する≠ニいうビジョンは秀逸なものと考えております。それが今、じわじわと効果を発揮していることは、NPO法人の地域活動を通して子育て支援の現場に立っているとすごくよく分かります。地域の人たちが、本当の意味で地道に子育て家庭を応援しようと思ってくれています。「ここがあったから安心して子どもを産めた」とか「二人目を産めた」とか、そういう声を17年余りずっと聞いていますし、そうした活動は今、全国各地に広がってきていることを実感しています。  それからもう一つ思っているのは、やはり基本は男女共同参画ということです。女性だけが子育てをするのではなく、パートナーと共にです。横浜市でシンポジウムをやらせていただいたことがありましたが、ある若い女性の発言が忘れられません。「子どもはほしい。子育てには夢がある。でも、結婚には夢がない」と。今の若い人たち、特に女性は、一生懸命に学んでそれを社会に生かそうという希望を持っています。そのことと子育てや家庭生活がなぜ拮抗してしまうのか。特に男性が仕事に専心する生き方を変えない限り、結婚して二人が希望して子どもに恵まれても、その後の子育てなどが全部女性にかかってくるのが現状です。先ほどの若い女性の声は、そうした現状の問題点を指摘したものでしょう。ですから、男女共同参画と働き方の改革・地域の子育て支援、これは若い世代が自分らしく幸せに生きるための三種の神器です。新型コロナウイルス感染の世界的拡大をきっかけに、これからは更に不安定な時代に突入すると言われています。そうしたニューノーマル時代を乗り越えるためにも、子育て支援新制度が打ち出した三種の神器が今こそ必要だと考えます。 ■新型コロナウイルス感染症の影響から ─ 新型コロナウイルス感染症による子育て支援への影響については、どのようにお考えでしょうか。 【大日向】新型コロナウイルス感染症が広がった途端、日本社会がこれまで言ってきた「子育て支援」とは何だったのかと思いました。ステイホーム・三密を避ける・在宅勤務等々、感染拡大予防上の必要性は分かります。でも、小さい子どものいる家庭の親がどこまでテレワークができるでしょうか。家庭の中は三密だらけ。公園に行けば「何で子どもを遊ばせているんだ」と冷たい視線を向けられる。しかも、保育園は一斉休園、登園自粛でした。子育てに頑張っている親と暮らしの何を日本社会は見てきたのか、本当に疑問でした。社会は子どもと親を守ろうとする気概を持っていたのか。これから各自治体が問われるのは、そこです。  どの自治体も一斉に休園や登園自粛の措置をとりましたが、地域によっては同じ市内でも、ここの園、地域は、もう少し規模を縮小すれば預かることができるかもしれないとか、そういう調査や分析を行うといったきめ細やかな方法もあったのではないかと思っています。新制度が打ち出した基礎自治体の権限の拡大と責務は、こういうところでこそ発揮していただきたかったと思います。それぞれの親と子の生活実態に即したきめ細やかな対応ができるのは市区町村です。もっとも、行政だけでそれをすべきだとは思いませんし、それは無理かと思います。地域の力を借りること、地域の人や様々な団体等とのパートナーシップを確かにして、市民の生活・子育てを守ることが、ウィズ・コロナ、ニューノーマル時代の基礎自治体の役割だと考えます。テレワークができる親もいれば、通勤しないといけない親もいる。医療関係者の人たちもいる。それぞれの家庭の子どもたちをどうやって地域の力を借りて守るかが大事です。 ─ 横浜市でも、細かな情報を掴んでいる部分もありましたが、お話にあったように、感染を回避したいということで一斉休園をしたということがありました。 【大日向】ここ「子育てひろば あい・ぽーと」では、人数制限を付けつつですが、区の了解を得て、一時預かりはずっとやらせていただきました。「親のニーズはどんなときも必要緊急=B不要不急ではないととらえましょう」ということで、理由を問わない一時預かりも三密を避け、感染予防に万全を期しながら続けさせてもらいました。「本当に助かった」という声が届きました。現場にはそうした親の切実な声がリアルタイムで届きます。横浜市は待機児童ゼロを達成した市ですし、保育コンシェルジュをつくった市でもあります。ウィズコロナ、ニューノーマル時代に、全国に先駆けた対策を打ち出していただけることと期待しております。 ─ 新型コロナウイルス感染症の影響で心配をされている点をもう少し教えていただけますか。子どもの育ちについてはいかがでしょうか。 【大日向】すごく心配ですね。一番心配なのは、やはり乳幼児です。ハグをされたり抱っこされたりする中で人を信頼することを覚える年齢ですが、それができにくくなっています。特に保育園、幼稚園では、先生方も感染予防上の衛生面に大変なご苦労をされていますね。「マスクをしなければだめ」、「お話ししちゃいけません」と言わなければならない場面もあるでしょう。そのときに、なぜなのかということを是非子どもたちに丁寧に伝えてほしいと思います。人が汚いという気持ちは子どもに持ってほしくないですね。大事なお友だちだから、いずれ手をつなぎ抱き合ったりすることができるために「今は少しの我慢よ」という一言を忘れないでほしいと思います。  あともう一つ、子どもたちに声を出させてあげてほしいと思います。子どもたちはすごく我慢していると思います。いろいろと園の行事も中止になっています。「寂しいよ」、「怖いよ」、「つまんないよ」といった、いろいろな声をもっと出させてあげてほしいです。大人たちも子どもはこんな気持ちでいるんだと分かったり、子どもはちゃんと大人に聞いてもらったと思うでしょう。堅い言葉で言うと「子どもの意見表明権」です。子どもの意見表明権は日本では遅れています。大げさなことでなく、もっと子どもに声を出してもらうとよいと思っています。デンマークや北欧では、感染が広がり始めた初期に、女性の首相が子どもたちを集めて新型コロナウイルス感染症について記者会見を行って、「怖がってもいいですよ。怖がることは大事なこと。なぜならコロナってね…」と子どもに分かりやすく説明をして、みんなで乗り越える大切さを伝えたそうです。子どもを集めて話をして、子どもの声も聴く。そういうことが子どもを大事にするということだと思います。  今、コロナ禍に直面して、改めて市政の在り方が問われていると思います。市は市民に対して、なかでも子どもに対して、どう対していくべきか、既に検討されていることと思いますが、それを是非、実行に移していただければと思います。 ■地域の力で子育て支援を ─ 確かに、新型コロナウイルス感染症をきっかけに改めて考えたり、本当に必要なこと、大事なこと、又は反対に不必要なことが見えてくるということはあると思います。例えばひろばを運営している方たちからも、改めてひろばの意義を考えたり、自分たちの役割や存在って何だろうと考える機会になったというような声が聞かれます。 【大日向】確かにそのとおりかと思います。少しずつでも子どもたちが戻ってきてくれて、「会えたね〜、○○ちゃん」、「会いたかったよ」と、ハグはできないけれども、あちこちで歓喜の声が上がっています。やはり忘れていたものを取り戻せたというか、大切なことを再認識したというか、特に子育てにおいては、そういった直接の触れ合いは大事ですね。  つらい時期ではありますが、このピンチをチャンスに変えていかなければという思いもあります。もう9年前になりますが、3・11東日本大震災があって、ひろばを一時閉ざさなくてはならなかったときは、やはりとてもつらかったです。そのときは2週間くらいの期限付きでしたので今回とは状況が異なりますが、子どもたちが戻ってきてくれたときのうれしさは忘れられません。そのときもそうでしたが、今はそのとき以上に地域の頑張り時ではないかと思っています。 ─ 新型コロナウイルス感染症の対応としては、オンラインの活用なども言われていますが。 【大日向】ここ「子育てひろば あい・ぽーと」でも、一定期間ひろばができませんでした。そのときに、「オンラインひろばをしよう」と呼び掛けたところ地域の支援者の方たちが三密を避けながら駆けつけてくれて、子どもたちにメッセージを送ってくれたり、家庭にいる親御さんと一緒に手遊びをしてくれたり、手品をやってくれたりして、ひろばをオンラインによって回復することができました。コロナに負けなかったんです。子どもや親にとっては、普段はここに来て会っていたスタッフや支援者さんが、ネットを通じて「ママ、どうしていらっしゃいますか? ○○ちゃん、元気?」と声をかけてくれる。地域の力ってすごいなと改めて思いました。 ─ 親にとっても、オンライン上で自分のことを知っていて、応援してくれる人がいるということは本当に心強いことだと思います。 【大日向】そうですね。お母さんたちは今、「つらい」とはなかなか言えないんです。世界中の人が新型コロナで苦しんでいるときに、子どもと一緒にうちにいて、「つらい」なんて言うのは母親として失格ではないかと思ってしまう人もいます。でも、顔が見えて、スタッフや支援者さんから声をかけられると、ほろほろっとして、心の内を話し始めます。そういった支援をひろばでやってくれて、とてもありがたかったです。  それから、企業からの協力もありました。パソコンやWi−Fi環境の整備を補助していただき、大変助かりました。資金援助もそうですが、見守っていただいているのだと、感謝の思いでした。国と基礎自治体、地域の私たち、それから企業が四つ葉のクローバーみたいにして親と子を支えるネットワークが新制度以降にできてきたんだと実感しました。新制度で地域の支援が大事だと言われていても、「一体、どういうこと?」と実感が持てなかった人も多いと思いますが、新型コロナウイルス感染症で明らかに見えてきたように思います。 ─ 先生の新聞での相談なども拝見をしていますが、こちらの子育てひろばなどでも、子育て家庭の様々な相談に対応することも多いと思います。 【大日向】どこの地域でも、経済的な問題で苦しんでいるご家庭もあれば、家庭内の問題や子どもの発達の問題などもありますし、今は虐待も増えています。例えば虐待もレッドゾーン、イエローゾーン、グレーゾーンとありますが、レッドゾーンとイエローゾーンは行政、児童相談所や警察等が介入する必要があるでしょう。でも、グレーゾーンは私たち地域の者の出番だと思います。問題を抱えている人にとって行政は敷居が高くて行きづらいということがあります。問題を抱えて引っ越して来た方も、住所変更の手続はしても、保健所や福祉課に相談には行きづらいようですね。また、ネグレクトがあるかもしれないという情報をキャッチしても、行政はなかなか家の中に入ることはできません。あい・ぽーとでは支援者さんが区から要請を受けて、保育園の送迎やお掃除のお手伝い等を通して、少しずつ関係をつくらせていただいています。もちろん、区の担当者と緊密な連携をとりながらのサポートです。それから、何か悩み事がある方も、最初から相談室のドアをノックされるとは限りません。最初は「子どもの身長・体重を測ってください」などと言って、そして何回か支援者さんやスタッフとやりとりをして信頼関係ができてくると、「この間も、ちょっと話を聞いてもらったんですが、いいですか?」って。そういう段階を踏んだ丁寧な支援が大事ですね。よく産後うつで虐待があったといったような報道があったときに、新聞などで「その地域では子育てひろばがありました」、「子育て相談もしていました」、「親子のつどいのクラブもありました」等、書かれていますが、問題はそこに行けない親たちをどう救うかです。専門家の方たちのいる相談窓口も必要ですが、そこにつなぐ市民力、地域の力というものをいかに育てるかが重要です。  新制度では、利用者支援の新たな事業をつくりましたが、大切なことはそれを誰がやるかです。方針を決め、相談場所をつくるなどの旗を振るのは行政ですが、実際の運営は行政だけではなくて、市民あるいは各地域の自助グループ等を対等な実践者としてうまく活用していってほしいと思います。それが、新制度がいう地域の力です。新制度が「地域主体」と謳った4文字にはそういうものが込められているのだと思っています。 ■「まちプロ」の取組から ─ 先生のNPO法人が展開している「まちプロ」の取組は、地域の力を子育て支援に生かしている画期的なものだと思います。少しご紹介いただけますか。 【大日向】「まちプロ」は、2013年に開始したシニア男性を対象としたプログラムで、養成講座を受講して子育て・まちづくり支援プロデューサー=i愛称「まちプロさん」)に認定された方たちが、自治体と企業(住友生命)とNPO法人との協働で、子育て支援を軸とした地域活動を行っています。長年、企業や組織で培った知識や経験・技術等を今度は地域や子育てひろばに生かして、今までになかった新しい風を吹き込んでくださっています。これまでの実践を生かして、このコロナ禍で地域の中で置き去りにされた子どもや、あるいは閉じこもりがちな高齢者とみんなで手をつなごうというシンポジウム『ウィズ・コロナ すべての人に「居場所」を〜シニア世代がひらく共生社会への道』も開催して、全国各地の方々がたくさん参加してくださいました。 ─ 「まちプロ」の活動内容はなかなか面白そうですね。 【大日向】親子への読み聞かせやお餅つき、カフェもやっています(図)。地域のシニア世代男性の力、すごいでしょ。活動は全部有償ですので、「これで孫に何か買ってあげられる」といった楽しみにもつながっています。このような活動を全国に広げていきたいです。こういった企画ができるのもやはり新制度のおかげだと思っています。子育て支援ってこういうことなんだ、地域みんなで老若男女共同参画で親を支え、子どもを守る。新しい地域を創るって、こういうことなんだと感じてほしいと思います。  まちプロの方たちは皆さんやさしいんですよ。いろんな分野で活躍をされていた方が、今はエプロンをして生き生きと活動をされています。折り紙を教えたり、カフェでコーヒーを淹れたり、ときには、中学生の勉強の相手をしたりします。あるまちプロさんに数学を「見てあげて」とお願いしたのですが、彼は教えないんですよ。「すごいなボク、こんな難しい問題を解こうとしているのか、おじさんできないな」と言って。そうすると、中学生の子が、「簡単だよ、こんなの」って夢中で解き始めるんですよ。すると「すごい! えらい!」って。理化学領域で活躍した方なので、解けるんですけどね。(笑) ─ 何を育てるかということが分かっているのですね。数学が解けるようになることを教えているわけではないんですね。 【大日向】私も研究職ですので、以前は自分一人で研究をして狭い世界しか知らなかったのですが、地域で皆さんと一緒に活動するって、本当に楽しいですね。現場は毎日何か起きていますから、刺激的で面白いですし。 ■今後に向けて ─ 最後に、今後に向けて、横浜市に期待することなどがありましたらお願いしたいと思います。 【大日向】今の社会では、残念ながら、子どもが大事にされていないなと思うことがよくあります。そこをどうやって改善していくのか。新制度の「地域」という言葉に込めた思いの一つも、そこにあったと思います。私もこの現場をやらなければ分からなかったと思いますが、地域の人は本当にエネルギッシュで温かいです。自分のことは置いてでも、親と子のために駆けつけてくれる人たちがたくさんいます。横浜市にもきっとそういう方々がたくさんおられることと思います。仕掛ければいろんなことができると思います。横浜市は規模も大きい国際都市ですし、人の移動も多いです。多様な人が集まれば、苦楽を分かち合って、喜びも多様にできると思います。しかも都市ブランド性の高い憧れのまちです。横浜市が何かをしてくれたら、それこそフラグシップになると思います。子ども・子育て会議も、あれだけの基盤と組織を持って会議をやっていただいていて、全国の中で群を抜いていると思います。横浜市の職員のやる気とセンスにはいつも敬服していますが、コロナ禍のピンチをチャンスに、これまで以上の活躍と発展を期待しております。 ─ 本日は貴重なお話をありがとうございました。 ※1 子ども・子育て支援新制度(新制度)  平成27年4月にスタートした、幼児期の学校教育や保育、地域の子育て支援の量の拡充と質の向上を進める制度。市町村は子ども・子育て支援事業計画を策定することとされ、市町村の実施事業として、利用者支援事業、地域子育て支援拠点事業、乳児家庭全戸訪問事業、子育て援助活動支援事業、一時預かり事業等、13の事業が挙げられている。 ※2 1.57ショック  1990年、前年の合計特殊出生率が1.57と、「ひのえうま」という特殊要因により過去最低であった1966年の合計特殊出生率1.58を下回ったことが判明したときの衝撃を指す。