《18》現代版群れた子育てを実現するための「まち保育」からの視座 〜子育て支援をまちづくりからとらえる 執筆 三輪 律江 横浜市立大学国際教養学部都市学系准教授 1 「まち保育」とはなにか  筆者は建築計画学、都市計画学の分野から、乳幼児期、学童期、青年期と各世代の子どもとまちとの関係に着目した実践的研究を長年テーマにしている。  特に2007年頃から乳幼児の子どもたちとその世代が集積している場としての保育施設≠ノ注目した調査研究も行ってきた。未就学児の子どもの育ちの代弁者とも言える保育施設は、身近な生活圏にある公園等の地域資源の場所、子どもたちが好きなポイントなどをおさんぽマップなどで把握し、日々の保育に活用していた。そして、おさんぽマップに示されている範囲はそれほど大きくなく、しかし施設が日常的に様々な地域資源を活用している実態はとても濃く深かった。一方で、地域とのつながりの必要性を感じつつも、地域との関係構築の仕方が分からないといった課題を抱えていることも見えてきていた。そこで2012年度から横浜市内の2つの保育施設に伴走し、日常的にお散歩をする小さな範囲のまちを違ったテーマで繰り返し歩くことで、乳幼児期の子どもを真ん中に保育施設と地域のつながりを強める様々な試み(ワークショップ)を実践してきた。それらの発想の経緯と実践ノウハウをまとめた書籍『まち保育のススメ』 1 では、「まち保育」を以下のように定義している。  「まち保育」は、子どもたちの生活をより豊かにするものです。それは、保育施設・教育施設の園外活動だけを指すのではありません。まちにあるさまざまな資源を保育に活用し、まちでの出会いをどんどんつないで関係性を広げていくこと、そして、子どもを囲い込まず、場や機会を開き、身近な地域社会と一緒になって、まちで子どもが育っていく土壌づくりをすることを私たちは「まち保育」と呼んでいます。子育て支援の場においても、家庭生活においても、また地域の活動においても、「子どもがまちで育つ」視点を大切にしてほしいと考えています。 2 子どもの育ち、親の育ちには群れ≠ニまね≠ェ欠かせない、そのためのまち  人は生物学的にも群れなければ子育てができない動物と言われている。他の親子や子育てしている兄弟姉妹という群れる環境の中で、まねることで子どもとしても親としても育ってきた。1947年に制定された児童福祉法では、血縁や知り合いであるか否かにかかわらず、全ての国民が子どもの健全な育成に社会的責任があることが一貫して謳われている。保護者ではない第三者である他人が、危険なことをする子どもを注意したり、見守ったり、保護したりする様子は普通の光景で、数十年までは当たり前の考え方であり子どもの成長を支えていた。  しかし、現代社会において、家族の形の変容に伴い子育て環境は大きく変化している。かつての大家族や多くの血縁関係の中で行われていた子育ては、核家族化に伴い複数の大人が関わる機会が激減し、加えて夫婦共働きといったライフスタイルが日常となる中、家族の中での子育てに制約と役割分担の変化が生じ、家族内で群れてまねる環境が自然にできない状況にある。つまり子育ては家族という「私」の領域のみではできない社会になっていて、積極的に「公」の領域ですべきものとなっていること、核家族化と共に少子化が進む現代社会では、現代版の群れた子育て 2 をどう構築するか、そして「公」としての役割の一端を担うまち≠ェ果たすべき役割はなにかについて、社会全体で意識すべき段階にきているのである。 3 子どもを育む環境としてのまちの課題  これまでの都市計画・まちづくりは、開発型をベースにした制度の下、人口が安定した後の高齢化や少子化といった点は想定されておらず、また夫婦共働きを前提とせず、特に都市部においては職住分離を推進するような都市づくりがされてきた。人口減少社会となり核家族化も進む家族や社会の変化は、限られた人間関係の中で、子どもたちが乳幼児期から保育施設や教育施設の敷地内で長時間を過ごすようになることを誘因し、加えて子どもだけでまちを散策したり、異年齢や異なる世代の人と接する機会を奪っている。また血縁以外の子どもに接する機会を持たない大人が増え、子どもに不寛容な社会への移行にもつながっていき、そんな環境を心配してますます子どもを囲い込む悪循環を生んでしまう。子どもの成長を考えるとそれは不自然な形にも思えるが、超スピードで進む超高齢化社会に対し、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される地域包括ケアシステムの構築が各自治体で推進されているものの、子どもの成長を主軸に地域で見守りケアする社会システム構築への具体的アプローチはまだまだ遅れているのが現実だ。  一方、超高齢化、人口減少が進む地域のまちづくりの現場では、この先我がまちは持続できていけるのであろうかといった不安や、地域まちづくりの新たな担い手として若い世代の流入や定住への期待を反映して、自分たちの住むまちを持続させていくために「子どもと子育て世代をどう巻き込むか」という論点が必ず出る。しかし、このように地域社会が子ども・子育て世代に関心を持ち積極的に関係を持つことへの期待が大きく、子どもを中心にまちづくり活動をすることに理解はあるものの、現実には他人の子どもとの接点の持ち方、関係のとり方についての明確な手法が示されているわけではなく効果が見えづらいため、まちづくり活動として具体的アクションにまで至っているケースは多くはない。  現代版の群れた子育ての構築を考えるとき、特に幼稚園や保育施設などの就学前児童施設を中心とした生活から小学校を中心とした生活への移行期に、子どもだけでなく保護者も共に自分の生活圏となる身近な地域とつながる意義はなにか、どのようにすれば持続的につながっていけるか、といったまちづくり活動からの観点は極めて重要とも言えるだろう。 4 「地域で子育てする」と謳う地域とはどこか、親子はいつどこでどのように成長していくのか  ところで、子ども・子育てに関わる施策・計画において「子どもは地域全体で育てる」といった文言が散見されているが、この場合の地域全体とは「どこ」の「だれ」を指すのだろうか。少子化、核家族化を受けて社会性を培う場として地域コミュニティへの期待は大きく、総論として概念は理解できるものの、具体的にどこのだれを指すのかが分かりにくく、子育ての当事者でない第三者の他人が、まさか自分が群れた子育ての立役者となり得ることにはなかなか考えが及びにくい。まちづくり活動においては地域コミュニティに当事者性と主体性を持ってもらう仕掛けが肝要になるが、そのヒントとなるのが、子どもの成長ステージにみる生活圏の広がりと親子の育ちへの理解である。  乳幼児期の子どもの動きは、ゼロ歳から3歳児頃までの間に、寝転ぶ→ハイハイ→伝い歩き→ふらふら歩き→しっかり歩き、とおおよそ1か月単位で変化していく。そして保護者に委ねられているこの時期の子どもの移動手段は、だっこ紐で移動→バギーに乗車させて移動→ベビーカーにつかまって歩き移動→ベビーカーは疲れて寝たときのために原則は自分で歩いて移動、そして幼児期になり自我が芽生えると自分で動くようになり、ベビーカーは使わずに移動、むしろおとなしく乗らなくなりあちこち自由に動き回る、といったように、月齢の成長に従い細かく変化する。  筆者が複数の都市で継続して実施してきた親子の外出ニーズの調査研究では、このようなゼロ歳児からの成長によって外出の動向に差があることとその身近さ圏を解明してきた 3 4。主な外出先を商業施設とする親子が多い乳児期に比べて、自我が芽生えだす幼児期の子どもとの主な外出先は、「近さ」を第一理由として近所の公園(児童遊園や街区公園など)  が中心となっていて、そこまでの平均移動時間は約5〜8分程度の時間距離、子ども連れでゆっくり歩行する分速約60mで換算した場合、約300〜500mの範囲であることが確認できた。また幼児期から小学校へ入学する学童期前半には、子どもたちは急に一人でまちの中を歩く機会が増える。小学校への往来が子どもだけでの移動となり、彼らの日常生活圏はおおよそ小学校区(一般的には半径約500m程度)へと広がりを見せていくことになる(図)。その広がりと独り歩きへの挑戦は子どもの成長にとっては大事なプロセスであるのは言うまでもない。と同時に、躊躇や不安なく安心してその挑戦への第一歩を踏み出せるた子どもの成長と地域との関係めには、子どもが育っていく生活圏のまちを保護者も共によく知っていることが後押しの一つになることは想像に難くないだろう。  この生活に密着した身近な範囲こそが乳幼児期の子どもが育まれるべき最小単位の地域コミュニティ圏域(「乳幼児生活圏」)であり、そして現代版の群れた子育て実現のためには、まずはその小さな範囲に子どもの育ちに必要な都市環境が豊かに整備されること、その小さな範囲の環境を理解しフル活用できること、そしてその小さな範囲の地域コミュニティの誰もが群れた子育ての立役者となり得ることの意識付けが重要なのだと筆者は考えている。 5 現代版の群れた子育ての構築は胎児期から  2019年度から、子どもの育ちを胎児期から見据えて「まち保育」の発想を適用する実践的研究にも着手している。というのも、核家族化と共働き世帯の増加が進む都市部において、産休直前まで就労していて自らも身近な地域を顧みる機会がほとんどない中、よく知らないまちで子どもを産み育てすることの不安を軽減するための策は重要な観点であり、まちづくりの観点からの予防策の検討も急務と考えているからだ。  昨年度、横浜市内で実施した第一子ゼロ歳児を持つ母親の出産前後の行動圏と地域交流に関する調査からは、よく行く場所の種類や箇所数が出産前後で変わらず画一的である人も多く、そういう人はいつも出かける場所が限定されていること、この傾向は特に子どもが第一子のみの世帯に強く表れていることが示唆された。また出産前によく行っていた場所が豊富であったとしても出産後は箇所数・種類数ともに画一的になり出かける場所も減少していることが明らかとなった 5。調査では約9割が配偶者と子どものみの共働き世帯、約4割が里帰り出産をした人であったが、里帰り出産をした人のほうがしていない人に比べて出産後の育児不安を感じたとの回答が多い傾向であった。  藤原らの先行研究によれば、遊び場の多い小学校区に住んでいる母親のほうが産後うつになりにくいという結果も得られており 6、近隣に遊び場があること、そしてあらかじめそれを知っていることは産後うつに予防的な効果があるとも考えられる。これら一連のことから、出産前後で外出機会が急激に減り行動が縮小されてしまう結果としての「乳幼児生活圏」を理解し、出産前、すなわち子どもが胎児期であるときから、子どもの成長に伴う小さな生活圏の変化を見極め、まずは小学校区より一回り小さいこの乳幼児生活圏での地域資源を活用したまちとの関わり方を育むことが、子育て不安の予防策の一翼になり、且つ現代版群れた子育ての実現に寄与することができるのではないだろうか。 6 まちで育てる≠アとはまちが育つこと=uまち保育」の4つのステージ  冒頭に紹介した取組は、保育施設が日常的にお散歩をする小さな乳幼児生活園のまちを、違ったテーマで何度も歩き、地図上に見える化し、地域に還元していくことを繰り返す手法だが、その「まち保育」の実践(写真)を通して「まちで育てる─まちで育つ──まちが育てる─まちが育つ」という4つのステージが読み取れた。  小さな生活圏でも日々まちに出かけ、まちの様々な資源に気づき発見し、まちにいる様々な人とあいさつ等を通して触れ合いながら、「まちの子ども」として育っていく(まちで育てる)ことで、おのずと、まちを舞台にして子どもが育つようになり、まちをよく知り、お気に入りの場所ができ、安心できる大人とも触れ合いながら育っていく(まちで育つ)。小さな範囲の同じまちを違った視点で何度も歩くことで地域の様々な組織や活動がつながっていき、媒体を通じて活動が見える化されることで正の連鎖となっていく。  そして子どもの姿がまちのあちらこちらに見られるようになれば、まちの住民が子どもたちに出会う機会が増え、出会いにより交流の層を厚くしていくことになる。そのことにより、自分の子どもや孫以外の「まちの子ども」の成長発達や安全に関心が及ぶようになり、声かけや見守りが活発になって、まちが成熟し「まちそのものが子どもを育てる」土壌ができあがっていく(まちが育てる)。さらにはまちに暮らすたくさんの人と顔見知りになっていく現場(保育施設)の安心感や保育施設が「住民」として地域に受け入れられ連携する体制にもつながっていく。  そしてまち全体で子どもを見ていこうとする姿勢は、大人も子どももお互いの存在を認め合いながら、共に暮らす意識へとつながり、犯罪や災害にも強いまちになっていくことが期待できるステージとなっていく(まちが育つ)。  このように子どもにまちを開いてまちで育てる≠ニいう「まち保育」の実践は、保育者や保護者以外にも地域の人を巻き込んで、まち全体が子どもを育てる意識を生み、それはまちそのものが大きくまち保育の実践で取り組んできた様々なワークショップの一例育つことにつながっていく。  2020年9月に日本学術会議より出された「我が国の子どもの成育環境の改善にむけて──成育空間の課題と提言2020──」でも、幼小期からの主体的な遊びを多く経験した子どもは自己有用感を育むことができる、学童期に多様な場所で遊び、他者との多様な関わりを経験している子どもは幸福感が高い等のエビデンスから、「子どもが遊び・育つ社会関係資本を形成するこれからの住環境は、閉鎖系ではなく開放系の住環境形成が必要」、「胎児期・幼児期・児童期・青年期という各ステージでの子どもへの直接的サポートが可能となる環境の改善と、養護される立場での主体的な育ちの経験は、その後、子どもを社会的に養護する側の立場となっていく過程でも正の連鎖となっていくはず」と述べられている 7。これはまさに「まち保育」の考え方そのものでもある。   7 現代版の群れた子育ての構築をまちづくり活動としてとらえてみよう  さて、現在多くの人が住む・学ぶ・遊ぶ・働く≠フ観点で生活圏を見直し、地域資源の再発見と日常生活圏の再構築の作業を行っている。コロナ禍において、皆が知っている場所に人々が集中しがちである中で、従前から日常使いできる身近な場の選択肢を多く持っているほどそれを回避しやすかったことも容易に想像できる。一方、子どもの大事な育ちの場ともなる公園や、オープンスペース、緑空間は、屋外テレワーク、健康づくりのための散策やランニングの拠点として活用されるなど新たな利用ニーズが発生してきている。それに伴い、withコロナの社会においては、これまでは同じ生活圏内でも時間と空間をうまく棲み分けて共存していた多層の人たちの時間と空間が濃く重なることで見知らぬ同士で不具合が生じることも考えられ、身近な生活圏の新たなシェアの形の模索も喫緊の課題として浮き彫りにもなっている。  2020年8月、国土交通省より発表された「新型コロナ危機を契機としたまちづくりの方向性」では、新型コロナ危機の収束後も意識し、新型コロナによって顕在化した課題や変化に対応して今後の都市政策はどうあるべきかを筆者も含む多様な有識者からの意見を踏まえてまとめられている 8。報告書では、屋外空間の充実を図る必要と同時に、子どもの遊び場や交流拠点となる場の管理に地域コミュニティも主体的に関与していくことの重要性も指摘されている。  筆者が唱える「まち保育」とは、子どもの育ち≠血縁関係に閉じず地域社会で共有するためのまちとの関わり方の手法論である。そして健全な子どもの育ち実現に向けた環境改善(物的な環境だけでなく社会的環境も含む)に、地域の様々な立場の人たちが主体的に関わり、おのずと連携できるように促す参加・協働のまちづくり活動とも考えている。  現在、筆者はゼミ生たちとともに、いくつかのフィールドにおいて、保護者や保育者、子育て支援者が自ら乳幼児生活圏を読み解き、身近な小さな生活圏のまちの活用と楽しみ方を伝え、地域コミュニティとのつながりの深化を持続させることのお手伝いを行っている 9。現代版群れた子育てが当たり前となる社会の実現に向けては、子育て経験もなく、幼児教育・保育学を専門として学ぶのでなく、参加・協働のまちづくりを学ぶ学生と共に行う意義がそこにはある。「まち保育」の考え方と実践を通し、身近な生活圏に乳幼児親子の育ちのための地域資源の選択肢を増やす、ハード・ソフト両面からの参加・協働のまちづくりが戦略的に行われていく展開を期待したい。 【参考文献】 1 三輪律江、尾木まり他「まち保育のススメ──おさんぽ・多世代交流・地域交流・防災・まちづくり」萌文社、2017.5 2 大豆生田啓友「子育てを元気にすることば──ママ・パパ・保育者へ」エイデル研究所、2017.7 3 三輪律江、谷口新、田中稲子、藤岡泰寛、松橋圭子「乳幼児の年齢別にみた地域における親子の「居場所」──東京都三鷹市での親子の外出に関するアンケート調査より」日本都市計画学会都市計画報告集、No.3-3、pp.76-81、2004.11 4 西田あかね、三輪律江「乳幼児親子の行動圏からみた地域資源の利活用・選択構造と地域評価に関する研究」こども環境学会関東研究会第一回研究セミナー、2016.2 5 三輪律江、吉永真理、松橋圭子、ぼうだあきこ、米田佐知子「胎児期から0歳児にかけての行動パターンからみえるまちとの繋がりに関する考察―胎児期からのまち保育によるプログラム構築に向けた基礎的調査より―」こども環境学研究Vol.16,No.1(C.N.45)August 2020,p35、2020.8 6 Miura R,Tani Y,Fujiwara T,Kawachi I,Hanazato M,Kim Y.:Multilevel analysis of the impact of neighborhood environment on postpartum depressive symptoms.JAffect Disord.(in press),Journal of Affective Disorders,Volume 263,Pages 593-597,15February 2020,https://tmduglobalhealthpromotion.com/activity/2205.html(2020.10最終閲覧) 7 日本学術会議心理学・教育学委員会・臨床医学委員会・健康・生活科学委員会・環境学委員会・土木工学・建築学委員会合同子どもの成育環境分科会、2020.9.25、http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-24-t297-5.pdf(2020.10最終閲覧) 8 国土交通省都市局まちづくり推進課「新型コロナ危機を契機としたまちづくり」https://www.mlit.go.jp/report/press/toshi05_hh_000301.html(2020.10最終閲覧) 9 神奈川区こども家庭支援課、公立大学法人横浜市立大学令和元年6月3日記者発表資料「「まち保育」の観点から取り組む保育・教育施設の共助構築に向けた検討・実践」 https://www.yokohama-cu.ac.jp/news/2019/dr3e64000000ntbv-att/kanagawakubousai.pdf(2020.10 最終閲覧)他、同調査季報66ページのインタビュー記事を参照 ◆文中の図の出典『まち保育のススメ──おさんぽ・多世代交流・地域交流・防災・まちづくり』より