《16》地域における子育て支援のこれから 執筆 矢原 亜紀 こども青少年局子育て支援課担当係長 1 はじめに  本市では、平成8年の子育て支援者事業の開始以降、順次、地域での親子の居場所に係る新たな事業を立ち上げ、支援の充実を図ってきた。併せて「より身近な場所での、親子の日常に寄り添う支援」を実現すべく、各事業の実施箇所数の増にも継続して取り組んでいる。  しかし、家族のありようの多様化、子育て家庭の持つ課題の複雑化が進む中、実施箇所数や延べ利用人数の推移からだけでは、事業効果を正確に把握できない状況となっている。今後は、「支えが必要な親子に適切な支援が届く」ことを目指す「支援の質」に係る取組を更に進める必要がある。  ここでは、質の向上を念頭に置いた今後の事業実施に関する3つの方向性と、今後の展開を検討するに当たって重要となる視点について考察したい。 2 【方向性@】支援の担い手同士の連携の推進 (1) 現状  本市では、特徴の異なる5事業(子育て支援者事業、認定こども園及び保育所地域子育て支援事業、親と子の集いの広場事業、私立幼稚園等はまっ子広場事業、地域子育て支援拠点事業)により、地域での子育て支援を展開している(18ページ参照)。  各事業とも、実施箇所数の増に取り組んでおり、「自宅から子どもと歩いて行くことができる身近な場所に親子の居場所をつくる」ことが達成されつつある。また、地域子育て支援拠点(以下「拠点」という。)に、市民同士の子どもの預かり合いをコーディネートする横浜子育てサポートシステム区支部事務局や、相談の専任スタッフを配置する、利用者支援事業基本型(利用者がニーズにあった支援を利用できるよう支援の紹介・つなぎを行う/地域連携を進め新たな支援のリソースを創出する)を新たに付加し、機能強化を図ってきた。  しかし、「各事業の強みを明らかにし、その強みを掛け合わせることより、きめ細やかな切れ目ない支援を実施する」という点について、区やエリアによって取組状況に差が見られている。 (2) 連携の必要性  親子が居場所に求めることは「少人数でアットホームな雰囲気が落ち着く」、「相談の専任スタッフに、子育て以外の相談もしたい」、「子どもが大きくなってきたので外で身体を動かせる施設がいい」、「親の介護をしているので、子どもの一時的な預かりも実施している施設がいい」など、様々である。これらは、子どもの成長や家庭状況によって常に変化していくものであり、そこに適切に対応する居場所を、途切れさせることなく支援の担い手や行政が提案できるということが、切れ目のない支援のために重要な視点と言える。  本市では、規模や機能の異なる5事業で施策を展開しており、そのことが「自宅に近い場所での日常的な支援をかなえる面的整備」につながっている。しかし一方で、利用者からみると「一つの事業のみの継続利用で、常にニーズが満たされる」とは必ずしも言えないという側面もある。  そのため、支援の担い手同士が連携し、よりニーズにあった施設につながるよう働きかけたり、協力して取組を進めたりすることで、親が特徴の異なる様々な事業を知り、必要に応じてバリエーション豊かな支援を選択できるようにすることが重要なのである。 (3) 施設間連携に係る段階的な取組  施設間連携に関する取組の方向性を整理すべく、令和2年度に「親子の居場所の連携等に係る検討会」を実施し、連携を進めるための具体的な取組の方向性を以下のとおりまとめた。  各区の状況(リソースの設置状況、施設が会する連絡会等の実施、地域特性等)は大きく異なっているため、全市統一した具体の取組を実施することは困難である。そのため、区ごとに自区の状況を把握・分析して取り組むこととなるが、その際、以下に示す4つのステップを踏まえて確実に進めていくことが肝要であるとした。 《ステップ1》担い手同士が互いの取組を知る 《ステップ2》区域の親子の全体状況や地域課題を共有する 《ステップ3》利用している親子に、より希望に合った施設を紹介する 《ステップ4》他の担い手と連携・協力した取組を実施する  各区においては、自分たちの取組状況を以上の各ステップに照らし合わせ、「今、どの段階にあるか」を担い手の皆で確認する機会を定期的に持ち、成果・課題を共有した上で、次の取組を明確化していく。そして、ステップごとの取組についても、形骸化を防ぐため、常にPDCAサイクルを意識して振り返ることに努めることが重要である。  また、これを継続させるためには、新たな担い手を迎えたり、担い手の交代があっても、取組が途切れないような工夫が必要であり、区ごとに、情報・地域課題の共有や対応の検討が機械的にできるような仕組みづくりをする必要がある。  具体的には、担い手が「この情報・課題を共有したい」と感じたときに、スムースにそれができ、その先の取組への道筋を皆が同様にイメージできるよう、定期的に連絡会等を実施することが有効である。さらに、連絡会の目的や位置づけを整理し「どの場で共有し、どの場で話し合い、どの場で取組・役割分担を決定し、どの場で振返りをするか」を明確化することが重要と言える。  この仕組づくり及びこの仕組みがスムースに機能するための連絡・全体調整は、拠点が主となって担う大きな役割である。担い手同士が「連絡会でつながっている関係」から「目的意識の共有によってつながる関係」へと進んでいけるよう、拠点がそのネットワーク機能を活用し、文字どおり「地域の子育て支援の拠点・主軸」となり、区こども家庭支援課と連携して、積極的に取組を推進・継続することに期待する。 3 【方向性A】多様な親子を受け入れる居場所の運営 (1) 親子が集う場に期待される役割  地域の子育て支援の各事業では、子育てに関する相談・情報提供・育児講座など、様々な取組を行っているが、その根幹となるのは、全ての事業が機能として有している「親子が集う場(以下「居場所」という。)の提供」である。  居場所は、@親子がいつでも気軽に理由なく利用でき、Aスタッフや他の利用者と話し、仲間づくりをし、B子育ての悩みをぽろっとこぼせる場所である。このように「親子にとって心理的に敷居の低い場所」であるからこそ、例えば「いつもと表情が違う保護者にスタッフが声をかけたところ、育児をしながら介護もしているということが分かったため、横浜子育てサポートシステムによる預かりを紹介した」、「第二子を妊娠したと教えてくれた親と話す中で、第一子の発達に心配があること、第二子出産後の生活イメージを母親が持てていないことにスタッフが気づき、相談支援につなげ継続して見守っている」というように、時にスタッフとの雑談の中で、親自身も気づいていなかった支援のニーズにスタッフが気づき、支援につなげるといった、きめ細やかな実践も多く見られている。  このような、親子を日常的に見守り支える支援手法は、本市のように人口370万人を有する規模の自治体において、行政が直接実施することは困難であり、地域での支援、特に居場所に期待される最も大きな役割である。 (2) 多様性に対応した居場所運営の必要性  昨今の子育て家庭は、外国にルーツがある、ひとり親、ステップファミリー、里親、共働き、転入者、障害児者、多胎児、核家族など多様化が進んでいる。これら全ての親子にとって、前述の「親子にとって心理的に敷居の低い場所」を提供することは、子育て家庭の孤立化を防ぎ、安心して子どもを産み、育てられる環境を整えるために、これまで以上に重要な取組である。  しかし、これは重要であると同時に、大変難しいことであるとも言える。なぜなら、来所者のニーズをとらえ、それに呼応した居場所運営をすればするほど、来所者にとってはより居心地の良い場所となるが、一方で、このような取組では、来所していない親子の来所動機を新たに生み出すことが難しく、初回利用・継続利用につながらない状態が続くことが危惧されるからである。  例えば、育児休業中の利用者が多い居場所で、利用者のニーズに対応するため、保育所利用に関する情報提供にのみ重点を置いていると、それを見た専業主婦家庭の保護者は「ここでは自分と近い状況にある仲間とは出会えない」と感じることが懸念される。また、DVや貧困の支援に関する情報提供が不足していると、そのような悩みを持つ親に「ここに、私を理解してくれる人はいない」ととらえられてしまうことも考えられる。情報提供に係る2点の具体例を挙げたが、祖父母・父親の利用、地域のシニアとの交流、学生ボランティアなど、幅広い立場・年齢の人が来所する場になっているかなども、居場所が市民の多様性に対応できているかを確認する重要な視点である。  全ての親子が「ここに自分の居場所がある。自分は喜んで迎え入れられている」と直感的・感覚的に感じられる居場所づくりを進めるため、既に継続して来所している親子の目線だけでなく「来所していない親子や、初めて来所した親子の目線」を持って居場所運営を振り返ることが、今後更に求められている。このとき、前述の「【方向性@】支援の担い手同士の連携の推進」 「《ステップ2》区域の親子の全体状況や地域課題を共有する」において把握された親子像を運営に活かすことも、多面的な親子のとらえにつながる効果的な取組である。   4 【方向性B】「地域の支援の当事者性と行政の専門性」の連携 (1) 地域の支援が持つ「当事者性」と行政の「専門性」による一体的支援の重要性  リスクの有無に関わらず、全ての親子を切れ目なく支援する、いわゆるポピュレーションアプローチの充実にも、今後一層力を入れていく必要がある。そこで大切となるのは国の示す子育て世代包括支援センターの考え方にもある「行政の持つ専門性と、地域における支援が持つ当事者性を掛け合わせ、一体的に支援する」という視点である(52ページ参照)。この実現のためには、地域での子育て支援の当事者性の発揮が重要となる。  以下に、「当事者性と専門性を連携させた支援」の実践を挙げる。 《実践1》我が子の発達に不安がある親に係る実践  親は乳幼児健診で我が子の発達に気になる点があると指摘され、不安を感じていた。区からは専門機関への相談を勧められ、親自身もその必要があると分かってはいるものの、気持ちの整理がつかず行動に移せずにいた。その間、親子が日常的に利用している居場所のスタッフが、親の揺れ動く気持ちに常に寄り添い、傾聴に努めていた。このように、日々支えることで、親が自分自身の力で気持ちを切り替え、決断し、専門機関へとつながっていった。 《実践2》専門的支援が必要な親子を適切に区につないだ実践  親は我が子の発達に不安があり、居場所のスタッフに「子どもがパニックを起こすと手に負えない。これは障害なのか。パニックになると自分もイライラして叩いてしまいそうになる」と相談してきた。当該スタッフは、保育士資格を有し障害児保育の経験もあり、当該児童の発達を見立てる力量も持っていた。しかし、「この親子は、自分だけで支援するのではなく、子どもの発達フォローと親支援を保健師の専門性を持って対応するべき」と判断し、母親には自身の保育の専門性についてあえて伝えず、「自分は専門家ではないので分からない。保健師なら適切に相談に乗ってくれる。紹介するから区に行ってみてはどうか」と伝え、母親を区の地区担当保健師に紹介した。  「ポピュレーションアプローチによって、全ての子育て家庭を支援する」としている支援の現場には、時に子どもの発達、家族の問題、保護者の疾病など、個別性の高い、多様かつ複合化した悩みを持つ保護者も来所する。このような親子が支援の入り口として最初に接するのが、地域での支援の担い手であることも多いため、基本的な支援スキルを備えている必要がある。しかし、その支援スキルを持ちながらもなお、当事者性を持ち続ける必要があり、そのことの難しさにも着目する必要がある。  また、地域における支援に期待される「当事者性」は、ともすると「専門性の反対語」のようにとらえられ、「専門性を持たない者による支援」を示すもののように認識されることに大きな疑問を持つ。二つの実践からも分かるとおり、ここでいう当事者性とは、単に「子育て経験者や子育て家庭への理解者の立場からの支援」を指すものではなく、「相手に寄り添い傾聴する中で、的確に親子の置かれている状況を把握し、親自身が理想とする親子像を理解した上で、その実現に向けて必要な支援のコーディネートをすることができる能力」を指すものであり、「当事者性という専門性」と言い換えるべき高いスキルである。  地域における支援が、基本的支援スキルと当事者性の両方を持つからこそ、区の専門性との一体的支援による高い支援効果が期待できるのである。 5 今後の施策展開の視点  子育て支援者事業の立ち上げから20年以上が経過し、この間、継続して支援の充実に取り組んできたが、以下に、今後の子育て支援施策の展開に必要と考える4つの視点を挙げる。 (1) 来所したことがなく支援の有用性を知らない親子への積極的なアプローチ  5事業全てにおいて、事業開始時に比べ、延べ利用人数は大きく増えているが、地域の子育て支援の実施効果を考えるとき、利用実績のみでなく「必要な親子に必要な支援が届いているか」にも留意すべきである。今後は、これまで以上に、利用したことがなく支援の有用性を知らない親子への積極的なアプローチが重要であり、そのためには、居場所で来所者を待っているだけでなく、地区センターや自治会・町内会館などにおいて居場所を運営するアウトリーチ型の支援など、新たな手法も積極的に取り入れていく必要がある。 (2) 日曜・祝日開所の必要性  現在、5事業のうち、地域子育て支援拠点事業の全て、及びその他の事業の一部において土曜開所を行っている。また、拠点のうち1区において日曜開所をしているが、その他の施設では基本的には日曜・祝日を休館日としている。しかし今後は、既に述べた「多様性への対応」を進める手段の一つとして日曜・祝日開所を検討する必要があると考える。  家族全体への支援のための父親の来所しやすさを目指すには、日曜・祝日の開所が有効である。また、保育所等を利用する家庭が増える中、「平日は保育所等に通い、土曜日は居場所を利用する親子」の増加も既に見られている。さらに、「ひとり親フルタイム就労」の家庭を支えるためには、日曜・祝日の開所が期待されていることにも着目すべきである。東京都では既に多くの施設で日曜・祝日開所が実施されている。本市においても、今後、その必要性について検討していく必要があると考える。 (3) 親のエンパワーメントを意識した支援をどう考えるか  子どもの健やかな育ちにとって、親が迷い、悩みながらも子どもに関わろうとする姿勢が大切ではないか。そのため、今後は、「親のエンパワーメントを意識した支援」について、そのあり方を深める必要があると考える。子育て支援とは「親が担いきれない部分を単に肩代わりする」ものではなく、「親が時に悩みながらも子どもと向き合うことを支える」ものであるとすると、「支援すればするほど、逆に『親の子育て力のパワーレス』につながっているということはないか」との視点での振返りを避けてはならないのではないか。  例えば、介護、疾病等いくつかの条件が重なり、子どもと過ごす時間に負担を感じ始めた親がいた場合、一時的な子どもの預かりの利用を親に提案することがある。しかし、これは支援する側のとらえとして、「預かりの利用=子育ての全てを支援者が担う」ことを意図して提案するのではなく、「親が必要な支援を選択し利用することで、高まった親の負担を早期に軽減する。その間の子どもの育ちを保障する」というものでなくてはならない。つまり、「親が、子どもを預けている間に気持ちを整理することで、また子どもに向き合えるようにする」というねらいを持っての提案であるべきではないかと考えるのである。  これは決して、支援の充実の否定や、子育ては親だけが担うものとの考えを是とするものではないことを明確に述べておきたい。その上で「切れ目のない支援とは、支援を利用し続けることを前提としたものではない。必要なときに適切な支援に確実につながることによって、親が既に持っているわが子を想う気持ちを子育てに反映できるよう、寄り添い、支え、見守ること」ととらえた、親自身が決断し、行動することに焦点を当てた支援について、深める必要性を提案したい。 (4) 地域づくりを意識した取組の継続  子育ては、家庭や地域の日常の暮らしの中で行われるものである。そのため、子育て家庭を温かく見守る地域をつくることは、子育て支援の重要な取組の一つと言える。  ある市民のエピソードを挙げる。その方は、家の近くの拠点でボランティアをしていたが、いつも来所している近所の親子の姿が、最近、拠点に姿を見せないことをずっと気がかりに思っていた。そして、その親子とは、拠点で会う以外にも、庭掃除をしているときに家の前でよく見かけていたことを思い出し、親子を見かけていた時間に庭掃除をするようにしていると、ちょうど通りかかった親子に会い、声をかけることができた。その親が言うには、子どもがインフルエンザにかかり、出掛けられなかったとのことだったので、その方は、「自分だけでなく施設のスタッフも皆、気にかけていて、来所を待っている」ことを伝えると、翌日、親子が施設に顔を見せてくれた。  子育て支援は「子育て家庭を直接支援する」だけでは十分とは言えず、様々な角度からのアプローチが求められる。そのためには、このエピソードのような、子育て家庭に心を寄せる方を広く一般に増やすことの重要性を多くの市民と共有し、地域づくりを念頭に置いた取組を継続する必要がある。 6 終わりに 〜ニューノーマルへの移行を迎えて〜  新型コロナウイルスの感染拡大を受け、社会全体が大きく変化している。妊婦や子育て家庭の日々の暮らしが、いわゆる「ニューノーマル」へと移行している。その中では、生活や子育てに関する感覚・価値が大きく変わることによる戸惑いや不安を感じやすく、支援ニーズが高まっている。一方、施設においては、新たな生活様式に沿った運営が求められる中で、これまでどおりの支援を継続することができない時期もあり、行政職員としてジレンマを感じた。  しかし、感染が大きく拡大し、子育て支援施設で行うイベントの実施を制限していた時期、親と子のつどいの広場の施設長から「イベントの制限をきっかけに『イベント参加を目的にその日だけ来所するのではなく、居心地の良い居場所を目的にイベントのない日にも継続して来所してもらうために、どのような居場所運営が必要か』ということを改めてスタッフ間で話し合った。このことが、施設運営の改善に取り組む良い機会になっている」との前向きな話を伺い、改めて担い手の皆さんの支援に対する思いが、本市の大きな財産であることを実感した。  行政は、今後も、担い手の皆さんと手を携え、このニューノーマルへの移行を、地域の子育て支援の価値・役割を改めて確認する機会にすると同時に、オンラインによる支援など、新たな支援手法も取り入れ、結果的に支援の充実につながるよう、取組を推進していく必要がある。  最後に、今この瞬間も、支援の最前線で真摯に親子と向き合うお一人おひとりに対し、感謝と敬意を表したい。そして今後も、市民が横浜に愛着を持ち、安心して子どもを産み、育てられるまちとなるよう、努めていきたいと考える。