《11》こんにちは赤ちゃん訪問事業 〜地域の中で赤ちゃんの誕生をお祝いするまちに 執筆 瀬戸 晶子 中区こども家庭支援課長 松田 悟 旭区こども家庭支援課長 小澤 美奈子 瀬谷区こども家庭支援課長 丹野 久美 こども青少年局こども家庭課親子保健担当課長  本市で「こんにちは赤ちゃん訪問事業(乳児家庭全戸訪問事業)」が始まって10年以上が経過しました。本稿では、この事業の立ち上げからその5年後、そして今と、それぞれの時点で関わっている3区のこども家庭支援課長とともに、リレー形式でお伝えします。(丹野) 1 はじめに(当時:こども青少年局こども家庭課親子保健担当係長 丹野)  平成20年12月、約650人の「こんにちは赤ちゃん訪問員」に市長名の委嘱状をお渡ししました。  児童福祉法では「乳児家庭全戸訪問事業」。子育ての「孤立」を防ぐために、生後4か月までに全てのご家庭を訪問し、子育ての情報提供を行うとともに、様々な不安や悩みをお聞きし、支援が必要なご家庭を行政につなぐことにより子どもが健やかに育つ地域づくりを目的とする事業です。本市では、平成21年4月1日の法施行より前の1月、地域で子育て支援に関わっている方々による訪問活動がスタートしました。  ここに至るまで、行政内部では「従来の保健師・助産師による母子訪問を拡充すればよいのではないか」、そして「この大都市横浜で訪問活動の担い手がどれだけ確保できるのか」といった議論がありました。しかし、当時の本市の自治会加入率は政令市の中では高く、子育て支援に関わる市民活動も活発でした。民生委員・児童委員等だけでなく、様々な活動に携わっている市民の方々が訪問員を引き受けてくださり、「横浜」の将来を担う子どもたちへの思いと地域の底力に感激しました。 2 訪問スタートに向けて―担当者としての思い(当時:こども青少年局こども家庭課親子保健係職員 瀬戸)  本事業を横浜市が行うに当たり、ポイントとした部分は以下のとおりです。 @訪問員を地域の方に依頼  横浜市は他自治体に比べ大都市であり、転入・転出が多く、子育て家庭が地域で孤立しやすい状況にあります。顔見知りができ、普段から地域に見守られ安心して子育てができるよう、「横浜市の訪問員は行政関係者ではなく、地域住民の方にお願いしたい」というこだわりを持って進めました。当時は地域の方を訪問員として委嘱している政令市はわずかで、思い切った判断でした。  また、この事業は、地域の子育て家庭のためだけではなく、地域の方にとっては将来の地域の担い手になり得る人材と知り合うきっかけになるかもしれません。若い子育て世代が将来見守る側になるかもしれません。この事業をきっかけにそのような関係づくりが少しでもできればとも思いました。  この事業は、平成16年度に厚生労働省で設置された「児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会」において、0歳児の死亡例が多いこと、その中でも生後4か月未満の比率が75%(平成17年)を占めており、事例検証から出された提言を受けて創設されたという背景がありますが、横浜市では児童虐待リスクの早期発見ではなく、あくまで健全育成のための見守りであり、その結果が児童虐待防止につながるものと考えて事業を立ち上げました。そのため、子育て家庭と地域の方が接点を持てる機会となる事業にしたいと考えていました。 A訪問を受け入れていただくための工夫  当初、子育て家庭に訪問を受け入れていただけるのかの不安がありました。また、18区それぞれ特徴があり、訪問率も区により大きな差が生じることも想定されました。そこで、お届けする情報の冊子には、どの子育て家庭でもニーズの高いと思われる、災害時の避難場所等の情報を盛り込み、ドアを開けてもらえるよう工夫をしました。  既に行われていた専門職(保健師・助産師)による母子訪問と「こんにちは赤ちゃん訪問」のどちらも受けていただけるよう、訪問員からはお住まいの地域情報をお届けすることで違いを打ち出し、周知を進めていきました。地域情報の中には、子育て関係者の人柄や出かける場所、近所のお店の情報など、地域の方だからこそ知り得る情報も必要に応じてお伝えすることができ、訪問を受けるメリットを感じていただくことも期待しました。 B事業の趣旨の共通理解  事業は訪問員が自ら訪問先に連絡し、約束をして単独で訪問をします。そのため、訪問の際の説明や留意事項の共通認識を持つことで、訪問先の子育て家庭にスムーズに受け入れていただけるよう、約650人いる訪問員全員を対象に研修を実施しました。研修に当たっては、事業内容、留意事項、子育て支援の実際の対応のほか、研修会場の舞台で区職員の協力も得ながら実際の訪問場面の寸劇を笑いも交えながら実施し、イメージづくりを行いました。 3 事業開始当時の区の取組から 【瀬谷区での取組】(当時:瀬谷区サービス課こども家庭支援担当係長 小澤)  瀬谷区では、主任児童委員から「うちの街で生まれた赤ちゃんに会って誕生を祝い、その後の支援につなげたい」とのご意見があったことから、「こんにちは赤ちゃん訪問」事業開始の前年度から、「初めまして赤ちゃん訪問事業」を自主企画事業として展開していました。母子訪問に主任児童委員が同行し、自己紹介を兼ねて似顔絵入り(似顔絵は職員が作成!!)の地域の子育て情報カードを渡してご挨拶をする事業です。  「こんにちは赤ちゃん訪問」は、この自主企画事業をベースに民生委員の方々にも加わっていただきながら進めたため、比較的スムーズに展開することができました。事業開始当初は、この事業の認知度が低く、アポイント取りの電話の際にも苦労したようです。訪問時も怒られたり水をかけられたりといったこともあり、さらにアパートなどでは表札がないためお宅を特定できず右往左往するなど、試行錯誤のスタートでした。  また、訪問員に育児についての正しい知識を持っていただこうと、区においても、各専門職がミニ講座を行うなど工夫をしながら進めました。 【緑区での取組】(当時:緑区サービス課こども家庭支援担当係長 松田)  緑区では、実際に家庭を訪問した訪問員から、かわいい赤ちゃんを抱っこすることができた喜びや、「自らが関わる子育てサロンを紹介したところ、知っている人がいる場所だと言って安心して来てくれる」などの声が聴かれました。「ご誕生、おめでとう」の一言から関われることで関係も築きやすく、地域で行われている子育て支援の取組やそれを担っている地域の人材を直接紹介できることに、私自身、大きな意義を感じました。こうした訪問員の活動が地域の子育てを支えていることを広く知ってほしいという思いで、「市長とのぬくもりトーク」にエントリーしたところ、平成23年1月に市長と訪問員との懇談「ぬくもりトーク」が実現しました。  懇談では、「訪問して赤ちゃんを抱かせていただいたり、お礼の言葉をいただいたりするととてもうれしく、自分にとっても活力となった」、「『子ども会や青少年指導員など他の活動で困難を抱える小中学生と関わる中で、今関わるのでは遅く、もっと小さいうちから子どもたちやお母さんと関わったほうがよいのではないか』という、この活動に対する自分の初心を思い出した」など、訪問員の皆さんからやりがいをお話しいただく一方、市長から激励と感謝の言葉が述べられると、涙を流す訪問員もいらっしゃり、それだけの思いを抱きながら活動していただいていることに、感謝と敬意の念を抱いたことを覚えています。 4 事業開始から5年後(当時:栄区こども家庭支援課担当係長 瀬戸)  栄区では訪問員全員にご協力いただき、「ベビーシャワー〜赤ちゃんとママの笑顔のために〜」という冊子を作製しました。生まれたベビーに愛情をシャワーのように贈り、健やかな成長を祈るという意味を込めた手記を集めたものです。訪問を重ね、子育て家庭を見守る温かい思いがたくさんつづられており、胸が熱くなる冊子となりました。訪問先のご家庭にも配布し、この思いを知っていただきました。  冊子の最後には、以下のメッセージ「あなたの街の応援団より」が記されています。 (抜粋)「子育てに正解はないと思います。人それぞれ、いろいろな育て方があるでしょう。赤ちゃんとママの笑顔のために、こんにちは赤ちゃん訪問員はこれからも情報と心をお届けする活動をしていきます。」  より多くのご家庭に地域で安心して子育てしていただけるよう、広報の取材にも協力していただくなど、訪問員の思いと力で、この事業が着実に浸透していくのを感じました。 5 そして、事業開始から10年が過ぎ― 【中区での取組】(瀬戸)  事業開始から10年経ち、訪問員の意見や創意工夫が積み重なり、区の特徴に合わせた訪問活動が行われています。中区では外国籍の方が住民の約1割を占めており、それは子育て世帯でも同様です。日本語が得意ではないお母さんも多いため、「こんにちは赤ちゃん訪問」だと分かるよう、中国語と英語のパネルを作成し、インターホン越しに見せてドアを開けていただいています(写真)。中区で訪問率が90%前後であるのも、このような工夫の結果だと思っています。  10年前の事業立ち上げ時に地域の方の力を信頼し、訪問員を受けていただきました。今では長年積み重ねたスキルと対応力、温かい思いで、多くの子育て家庭が地域とつながっています。地域の方に訪問員をお願いし、本当によかったと実感しています。 【旭区での取組】(松田)  旭区では、事業開始当初から、子育ての経験があり、子育て支援に熱意のある、幅広い方々が訪問員になってくださり、10年間、これが脈々と続いています。多くの訪問員が地域で子育てサロンなどの実施に関わるなど、旭区の子育てを草の根で支えてくださっています。  事業開始当時は、旭区でも電話に出てもらえなかったり、訪問を断られたりすることもありましたが、10年が経ち、当時に比べて訪問の受け入れもスムーズで、本事業もすっかり定着しました。訪問で気になった方について、区につなぐだけでなく、訪問をきっかけに自ら関わる子育て支援活動にさりげなくお誘いいただくなど、赤ちゃんの頃だけで終わらない、地域と行政の複層的な子育て支援になっていると感じます。母子訪問指導事業で助産師や保健師が訪問することと別に、地域の訪問員が訪問することの意義を再確認するとともに、本事業が子育て支援に欠かせないものになったのだと実感しています。 【瀬谷区の取組】(小澤)  10年ぶりに当事業に携わって感じることは、事業の浸透と深化です。今では訪問時に怪訝そうな対応をされることもなく「よく来てくれました」と気持ちよく受け入れてもらっています。赤ちゃんが生まれたら、@助産師などによる母子訪問と、A地域の方による「こんにちは赤ちゃん訪問」の2種類があると、しっかりと伝わっていることで安心して事業が進められています。  また、訪問時に気になる親子がいた場合には、その様子を記録・報告していただき、特に心配な場合はすぐに保健師に電話連絡するなどしっかりと区役所につないでもらっています。こんにちは赤ちゃん訪問員と区職員の信頼に基づいて、区役所の看護職が4か月健診を待つことなく早期に支援を開始することができ、重篤化やリスクの軽減が図られています。  さらには、訪問後に民生委員・主任児童委員など地域の方々が実施している子育てサロンなどに参加される方も多く、地域活動の活性化にもつながっており、この10年間の積み重ねによる事業の成長を感じています。 6 新型コロナウイルス感染症感染拡大による活動休止と再開(丹野・瀬戸)  緊急事態宣言が発令されて活動が休止した間、「訪問に来てほしい」と言われたのに新型コロナウイルス感染症の影響で訪問に行けず、その後どうしているか心配された訪問員もいました。  外出自粛の中、買い物や家の周りでの散歩など、外に出る機会が限られてしまうからこそ、身近な生活圏での顔見知りでなければ見守りが困難です。状況に応じ、臨機応変に訪問員と子育て家庭が顔見知りになる方法を今後も模索していく必要があります。  また、直接訪問が可能な状況でも感染に過敏な方もいます。訪問員からも同様に、知らない間に子育て家庭へ感染させないかなどの不安が聞かれます。そこで中区では、安心・安全な訪問となるよう、緊急事態宣言が出た当初にはマスクを調達し、訪問員に配付しました。また、訪問活動においては、全員で正しい知識を持った上で対応できるよう、濃厚接触者の定義や訪問時の留意点など感染症に関する情報提供を行うなど、取り組みました。  本市としても、毎年全訪問員を対象に集合形式で実施しているフォローアップ研修の方法を見直し、「感染症の基礎知識」についてのDVDを作成して18区に配り、各区で研修を実施しました。現在、訪問においては、ドアを開けたまま短時間で対応したり、お相手の方と距離を少し開ける、アルコールで消毒を行うなど、安心して訪問を受けていただけるよう工夫しながら対応しています。 ◆中区の訪問員より  こんにちは赤ちゃん訪問を受けたお母さんの中には、今は訪問員として活躍している方もいらっしゃいます。その方の声を紹介します。  「訪問を受けた当時、自分だけが置き去りにされたようなさみしさを感じていましたが、訪問員が来てくれて会話をして地域の情報を聞くことで視野が広がった思いでした。  地域の方々は子どもたちを快く受け入れてくれ、地域との関わりなしに子育てをすることはできなかったと思い、地域に恩返しできればと、「こんにちは赤ちゃん訪問員にならないか」とのお声かけに承諾をしました。訪問先のお母さんがつらい思いを抱えていたら自分の経験も役に立つかもと考え、活動しています。」 7 「こんにちは赤ちゃん訪問」の今後  新型コロナウイルス感染症の終息が見えない中、「三密」という新たな言葉が定着し、「リモートワーク」や「オンライン〇〇」といった新たな生活様式が一気に進んだ分野もあります。母子保健分野でも「オンライン両親教室」や動画配信等も始めましたが、日々の子育ては「リモート」や「オンライン」で完結することはありません。外出や人と会うことが恐くなり、さらに孤立し孤独感を深めている子育て家庭が増えているのではないかと思います。  緊急事態宣言下で「こんにちは赤ちゃん訪問」を自粛していた間、赤ちゃんのいるご家庭には、区の担当者が一軒ずつ電話をかけ、相談に応じ、必要に応じて保健師・助産師による母子訪問は継続してきました。  現在、訪問員数は約900名となり、事業がスタートしたときから訪問員を続けている方もいます。妊婦さんや赤ちゃんを見かければさり気なく声をかけ、あいさつを交わすようになり、お子さんの成長をご家族と一緒に喜ぶ―。赤ちゃんの誕生をきっかけに、子育て家庭と地域社会をつなぐ最初の機会でもある「こんにちは赤ちゃん訪問」。この訪問活動が根づき、この大都市横浜でも、そんな温かな光景がずっと続くよう、引き続き取組を進めていきたいと考えています。