《7》座談会/地域子育て支援拠点の始まりとこれから 高村 美智子 NPO法人子育てネットワークゆめ 代表理事 塚原 泉 神奈川区地域子育て支援拠点かなーちえ 施設長 原 美紀 港北区地域子育て支援拠点どろっぷ 施設長 進行 こども青少年局子育て支援課 ─ 地域子育て支援拠点(以下「拠点」という。)は、平成18(2006)年の事業開始後、平成23(2011)年度には全区での設置を完了し、そこから10年近くが経過したところですが、本日は、開所当初に立ち上げを行い、現在も施設長又は法人の代表者として拠点を運営し、地域での子育て支援を担っていただいている3名の方にお集まりいただきました。横浜市の拠点事業についていろいろとお聞かせいただきたいと思っています。よろしくお願いいたします。  まず自己紹介をお願いします。 【高村】戸塚区の拠点を運営しているNPO法人子育てネットワークゆめの高村です。1999年に戸塚区俣野町で仲間と共に子育てネットワークゆめを立ち上げ、2002年に「親と子のつどいの広場ぽっぽの家」を開所し法人格を取得しました。その後2008年から2017年まで「戸塚区地域子育て支援拠点とっとの芽」の施設長を務めました。 【塚原】神奈川区地域子育て支援拠点かなーちえの塚原です。神奈川区すくすくかめっ子事業等地域活動に関わり、2007年NPO法人親がめ設立以降、地域子育て支援拠点の運営にチームで取り組んでいます。分野を超えた広い視座の獲得を目的に、18区の拠点ネットワーク等から発展したラシク045という一般社団法人を今年原さんたちとともに設立し、現在その活動もしているところです。 【原】認定NPO法人びーのびーのが運営している港北区地域子育て支援拠点どろっぷで施設長をしている原です。びーのびーのは今年で20周年を迎え、拠点どろっぷでの活動も15年目の節目になります。そのような年に拠点事業について、実践者として一緒に常設の場のあり方を追い求めてきた仲間と共に、語り残せる貴重な機会をいただき感謝しています。 ■アンケート調査の結果から見えてきたもの ─ それでは始めに、2017年に18区の拠点が主体となって、3歳児健診に来られた保護者の方を対象に実施をした「子育てについてのアンケート」のことからお話に入っていきたいと思います。調査の概要と実施に至った経緯を教えていただけますか。 【高村】私が施設長だったときに、18拠点の施設長で拠点の入り口とその先につながる出口を見える化≠ナきないかということを1年がかりで検討していました。拠点の運営をしながらではなかなか進まないので、研究をされている方にも入っていただこうと、横浜国立大学の相馬直子先生にお声かけをさせていただきました。そして、東京福祉大学短期大学部の堀聡子先生、生協総合研究所の近本聡子先生にもご協力をいただき、また、横浜市にもお願いをして地域の子育て施設の利用や地域への関わりなどを内容とするアンケートをやってみようということになりました。拠点等に来ていない人たちも含めたアンケートです。本当は3歳児の保護者だけでなく、その出口でどうなったかということも知りたかったため、拠点を卒業≠オていった方たちの声も伺いたかったのですが、なかなか実施が難しいこともあって、3歳児健診の保護者の方を対象に実施しました。それぞれの区の保健師の皆さんにとても協力していただいて、回収率も81.1%ととても高いものになりました。 【原】子育て支援施策として、幼稚園や保育園という、子どもを預ける場所しかなかった時代から、横浜市がモデルで立ち上げ、拠点事業が始まって10年以上が経ったところで、居場所の効果や成果を有識者の先生方に意味づけをしていただくだけではなくて、私たち自身が実践者として評価し、拠点事業の今後をしっかり見据えようとも考えていました。あと何年かすると、おそらく子どもたちの中から、「あそこ(拠点や親と子のつどいの広場)に行ってた、通ってた」みたいな話が出てくると思いますが、拠点や親と子のつどいの広場(以下「広場」という。)で過ごしていた子とそうではない子とどう違うのか、拠点や広場という多様な人たちと出会える場を経由して育っていった子どもたちの育ちを追っていくということも、今後の役割として出てくるだろうという思いもありました。  この調査では、1週間に1回以上来ている人と月に1、2回の人では、「自分を支えてくれる人がいると思うようになった」とか、「この区に生まれて良かったと思う」とか、効果として一番大事にしたいととらえている部分で大きな違いがあることが分かりました。1日わずか2、3時間、週に1回くらいで、どうしてここまで高く変容をもたらせているのかというところについては、いろいろな意見があると思いますが、やはりその地域の人たちが運営者、スタッフになっているというところが大きいのではないか。そこが横浜の良さではないかと考えています。広場は特にそうだと思いますが、利用者がスタッフになるとか、地域のキーマンがスタッフになったりというところで、様々な相談や問合せにおいても、ここの幼稚園、あそこの公園、お店、町会のことなど、そういう地域のバックボーンが、わずか2時間、週1回の利用でも、その人を通じて見えてくるものがあるんだろうと感じています。地域の力を持っている人たちをエンパワメント(※1)して拠点事業を担えているというところが、他の自治体とは少し違う、大きな成果、特長だと思いますし、そういうところも調査で浮き彫りになったと思います。 【塚原】最近、利用層が変化して、働く世代の割合が高くなっている中、地域社会性の発達≠ニ命名しましたが、入り口でこれだけ地域社会性の発達≠ェ高くなっていることがデータでも裏づけをされました。また併せて、最初の育休、産休、若しくはそれ以前の人たちをどう地域に結びつけるかということがすごく大事だということが数でも実証されました。それは私たち拠点を運営するスタッフたちのモチベーションにもつながりますし、拠点の目的や今後の計画にもつながっていくと思います。全てということではありませんが、データを基に見える化≠して、18区の拠点みんなで共有できた、大きな一歩であったと思っています。 ─ また、調査結果の報告では、「エンゲージメント」という言葉も使われています。 【高村】「エンゲージメント」は、みんなの共通の気持ちを何か表す言葉はないだろうかということで、プロジェクトだった数区のメンバーで見つけた言葉です。企業活動の分野で「顧客の注意や興味を惹きつけて、つながりを強くする」とか「従業員の会社に対する愛着や思い入れ、相互の絆」などの意味で使われている言葉のようです。スタッフがお母さん、お父さんたちに、興味のありそうなことや得意そうなことを考えて、「こういうことやらない?」、「こういうこと得意だよね?」と巻き込みながら、お世話焼きの役をやって惹きつけて、つながりをつくっていくという感じです。そして、そういう方たちがスタッフになったり、地域の核になったりしていく。私たちスタッフの役割は大きいと思いますし、地域のおばちゃん、おじちゃんだからこそできることかもしれません。地域で様々な経験をしているからこその話もできて、手助けができるというところが横浜の拠点の大きなところかなと、調査結果を読み直して思いました。 ─ 巻き込むということでは、支援する側とされる側という分けを超えて、その地域での親子あるいは住民の方のつながりができていく。そこに拠点が大きく関わっているということが今回の調査で分かったように思います。 【原】仕事への復帰が早くなっていく中、親子で一緒に地域にいられる時間はこれからどんどん貴重になっていくと思います。「母子愛着形成」(※2)の大切さはよく言われますが、愛着形成は母子だけではできないんだろうと思います。やはり周りの人が「よくやってるね」とか、「よく来たね」「お子さん可愛いね」とか、第三者がいて初めて肯定的、安定的に子どもに向かえるのではないかと感じていますし、拠点や広場はそれを具現化するところでもあるように思います。第一子を持った家庭の75%の人が子育て経験がないとか、全然赤ちゃんに触れたことがないという人たちが、今は出産の入院期間も短くなって、産院も個室化し、なかなか友だちづくりもできないという中で子育てが始まる。どういうことが起きるかと誰が考えても分かると思います。そのため、仕事に復帰するまでの短い間に、周りの人、地域の人と共に子育てができる場、第三者と愛着形成ができる場が大事になってくるだろうと思います。就労家庭が増えてくるからこそ、拠点や広場のような常設の場がもっと必要になってくると思います。 【塚原】横浜市の大きな特徴は、拠点の設置の目的に、地域力の創出という、個人化したその子育てを社会で子育てしようと、そしてその子育てを通して社会が豊かになっていく、人材を循環していくという、すごく壮大な目的を置いたところにあります。私たちはそれに向かって動いているわけですし、一人の個人が妊娠期から変わっていく変容と、そういう人たちに地域を紹介しながら、社会と触れ合っていくというところが一番の肝で、ますます子育ての社会化が一般になって、地域の人も、子育て世代のためにと思ってやっていたけれども、なんか自分が元気になっちゃったという、そういう現象も出てきて、実は子育てというところから、社会を包摂するいろんなことがうまくいくかもしれないという、実感の持てる調査になったと思っています。 ■拠点の有する機能 ─ 次に、拠点の有する機能についてお話しいただきたいと思います。横浜は事業を始めたときから、親子の居場所機能や子育て相談機能などのほかに、ネットワーク機能と人材育成機能を拠点の機能としています。この点、どのようにお考えでしょうか。 【高村】拠点によってやり方はそれぞれ違うと思いますが、戸塚区は南北に長く一番広い区で、最初に拠点を始めたときは、「拠点で全部まとめる、ネットワークを構築するなんて無理」ってまず思いました。それで、戸塚区のハートプランという福祉計画に着目して、それを実施している10か所の地域ケアプラザ(※3)と1か所ずつ関係をつくっていって地区ごとに連絡会をつくりました。途中からは区役所も協力体制に入ってくださり、昨年からは、区役所と共に戸塚区共通の課題やその解決策のヒントを見つける場として子育て連絡会の全体会を開催できるようになりました。10数年かかりましたが、これからの戸塚のネットワークを見ていてくださいという感じです。(笑) 【塚原】私は、拠点事業の前から、子育て世代だけではなく多世代や町内会を巻き込んでという事業に取り組んで今年で20年目になります。それを私たちはよく「菌根ネットワーク」と言っていますが、胞子が菌を飛ばして、地中深く絡み合う。神奈川区にとって本当に大きな財産ですが、会議だけのネットワークではなくて、実際の事業でつながっているネットワークに成長し続けています。外遊びにしても、親の学習の場にしても、子どもの居場所づくりにしても、つながる必要を感じたり、面白そうだからということで協力したり一緒に行う。そういうつながりができたのは、大変うれしく思っています。会議でも「これだけのメンバーがいるんだから、できることをやろうよ」と話をして、取組が具体化していく。例えば、うちの拠点の事業に仲間トーク≠ニいう、テーマを設けた当事者ならではのトークの場があって、アラフォーやアラハタ、シングルやステップファミリー、双子、国際交流など、ありとあらゆるものがテーマになりますが、ネットワークを活用して開催しようとか、情報が共有されて地域ケアプラザで自主事業が立ち上がったりと、取組が広がっていきます。障害や共生社会というテーマで小学校や専門学校に啓発の授業に行くと、そこに参加していた先生が「自分の学校にも来てほしい」、「学童保育にも」と話をされて、どんどん連鎖していきます。拠点は間接援助だと考えていますので、いつまでも一つひとつの事業に関わっていくことは難しくもありますが、種を蒔いて、育つまではすごく丁寧に寄り添って、そのネットワークが更に広がっていく。それが本当のネットワークなのかなということを感じています。 ─ 港北区はいかがですか。 【原】拠点という常設の場があるというのはどういうことなのかなど、立ち上げ当初にいろいろと考えたりしたのですが、開所当時、最初は5機能でしたが、「初年度から5本柱全部はできない」と行政担当者にお伝えしました。ネットワーク、人材育成も、誰のために、何のためにネットワークが必要なのか。人材育成も、どこから何を学ぶのか。その土台を積んでいない限り、砂の城になってしまいますので、最初はつどいの広場での実践を基に拠点のひろばの基盤をじっくり創らせてほしいと3年ぐらい専心させてもらいました。そこを認めていただいた横浜市もすごいと思いますけど。(笑) 「やっぱりひろばが大事」と個人としては今でも思っていますし、スタッフが受付やカウンター業務に徹するのではなくて、果敢に親子の中に入っていくひろばとは何なのか、「温かく迎える」、「交流」や「つながる」とはどういうことなのか、そういう言葉の一つひとつがどういうものであるのか、スタッフ内、法人内ですごく議論をしました。それは場を持った私たちとして、何をしたいのかということに対峙することでした。ネットワーク、人材育成は、おいそれとはすぐにはできないと思いました。今まで地域の人が自主的自立的に活動されていたところを横浜市が事業として行っていくというからには、一石投じられるような何かしら新しい価値を据えていかなければいけないとも思いました。  人材育成については、地域福祉保健計画でもよく人材不足と言われますが、私はそうは思っていなくて、「こんなに就労人口が増えても人材は溢れるほどいる」と思っています。着火していくだけのものがあるかないかが大事で、着火されたい人はいっぱいいるし、ちょっとでも種火が着けば猛火になる人たちはいっぱいいる。だからこそ人材育成もどこから何を学ぶのか、単に座学の講座をするのではなく、人が変容していくプロセスをしっかりしたいと考えています。  ネットワークについても、「こういうところありますか?」、「どこに行けばいいんですか?」といった様々な問合せがある中で、ひろばのスタッフが、その紹介する先をパンフレットを見せるだけではなくて、そこがどれだけ山坂を上っていくのか、ベビーカーを押して、又は抱っこして行きやすいところなのかなどの情報を地域に出て行って、ちゃんと知っておく。つなぐ側がつなぐ先のことを熟知していることが大事で、その先をちゃんと知っておかなければ、紹介とか、つなぐということはできないと思いますし、エラー&エラーでも当事者に届く実働のネットワークづくりを心掛けています。 ─ 拠点のスタッフの人材育成という点についてはいかがでしょうか。決まった正解がないものもあると思いますし、結果が確認できるのが随分先であったり難しい面もあると思います。 【原】子育て支援というのは、直接的な支援ももちろん大事ですが、先ほどお話ししたように、内部でどれだけ議論できたか、どれだけ自分自身の中で問いを多く立てていけるか。これは専門職の方はみんなそうしていらっしゃるかもしれませんが、あれで良かったのか?これでいいのか?と疑問符を立てられることを大事にしています。今日話をした人たちを思い浮かべて問いを立てていけるかどうか。「よかったね」とか「心配な人はこの人ね」というだけではなくて、自分の振舞いを振り返り、どうしてそう思ったのか、自分が感じた感情や行動の背景などを語り合えるようになると、拠点の仕事としての面白み、見方や価値観が深く広くなっていくというか、これが私たちがやることなんだと感じて、意義や意味が見いだせていける仕事に転換していくかなと思います。 【塚原】問いを立てていって、その臨床知であったり、それぞれが持っている暗黙知を、特定の施設等だけでなくて、科学の力や他の分野の力も借りて、それこそネットワークの中で形式知にしていく。そのようなこれからの10年が始まるんだなって思っています。 ■拠点と区役所との協働 ─ 次に、拠点と区役所との「協働」についてお聞かせいただきたいと思います。拠点事業は、運営法人と区役所とが目標を共有し、連携・協力して行っている。事業実施に当たっては対等の立場で臨んでいるというところが横浜の大きな特徴であると思います。そこを掘り下げてみたいと思いますが、いかがでしょうか。 【高村】最初の頃は、施設長会議などの機会に「協働」についていろいろ学びましたし、協定書の読み合わせをしたりしました。当時は区との打合せで「協働ですよね」と言ってもなかなか噛み合わないこともありましたが、今はそのようなことはなく、お互いに頑張っていると思います。 【塚原】区の職員は3、4年、保健師の方でも7、8年くらいのスパンで異動になるため、私たちはこの事業の根底に流れている大事なことや、ここが肝なんだという部分、これを大事にして地域の人たちがこれだけ来ているんだということを語り継ぐストーリーテラーであると思っています。人が代わっても、そこはきちんと伝播されてバトンが受け継がれていく。現場の事業の大事なことをピンポイントですくい上げて制度や政策につなげる。私たちは制度や政策にする部分はできませんので、行政の方には、プロセスも大事にしながら、政策や制度につなげる、それが社会に還っていく、次世代に還っていくということをお願いしたいと思っています。もう何人かそういう人たちに出会っていますし、地域の課題や人材もすくい上げて、市民と一緒につくり上げる、そうした大変な紆余曲折を楽しめる人に出会いたいなと思っています。 ─ なかなか大きな宿題ですね。(笑) 【原】モデル事業スタート当時は、5つの機能について、一つひとつの要綱の内容について区と議論をして役割分担表をつくりました。初めての事業でしたし、相談事業一つとっても、私たちがいわゆる相談として大事にしたいことと、区の母子保健の保健師さんたちが大事にする相談ではその形式からも違いがありました。お互いが何を大事にするのかをぶつけ合うツールが役割分担表だったのですが、当初、対等にがんがんと言い合えたのが、今思うと「協働」のスタートだったんだろうと思います。あれから15年経って協働自体は、私自身としてはすごく進んできたなと思っています。拠点という箱モノの事業に何の色を塗っていくのか、真剣に考える必要がありますし、百人、五百人とマスがいないと動けない行政と、たった一人のためでも仮説を立てて「絶対これ必要だ」と思って動く私たち。スタンスの違いはありますが、これをぶつけ合うことではじめて対処型ではない、予防として機能していける拠点になりうるのだと思っています。「これとこれをやって」と言われて、そのとおりにやるほうが楽かもしれませんが、市民の声に、今必要なこと、求められることを考えながら協働で事業運営ができうる、本当にすごくいい事業だなと思っています。その分責任も大きいと思いますが。 ─ 行政としても、事業を運営する手法としては、高度で行政の力がすごく試される手法だと思います。他にはいかがですか。 【高村】2年くらい前に、拠点独自の赤ちゃんプログラムの実施を区に提案したことがあります。最初はあまり賛同していただけなかったのですが、私たちのスタッフは第一子を産んだお母さんにとって必要なプログラムだと自負していましたので、かなり区とやりとりをしました。今は区に認めていただいて、今年は4回実施できるようになっていますが、そういうやりとりもスタッフにとってよい経験になったと思います。区と単にいつも仲良くして言うとおりにするのではなく、対等な関係で関わってほしいとスタッフには伝えています。それは協働で何かをつくり出していくのには必要なことだと思います。 ─ みんなと、スタッフと、あるいはもしかしたら地域の人も含めて共有して考えていくということが、協働の良さを守っていくためにはすごく大事かもしれないですね。他にはいかがでしょう。 【塚原】私たちは毎年、福祉分野の人にこそ経営学のプロジェクトマネジメントの手法を学んでほしいということで、日本大学文理学部の田中謙 准教授を招いてネットワーク勉強会をしています。 田中先生と出会ったのは、私たちが療育親子ネットワークを開いていたときに、山梨大学から「見学に行きたい」との連絡があって、それでお越しになったのですが、最後にせっかくなので一言お話をいただいたら、「今日の話って、これが命題にあって、これとこれの論点があって、こういう話ですよね」って、すごく理路整然とお話をされて。「すごい!そのとおり」と思って、それから毎年来ていただいています。地域ケアプラザなど、いろんなスタッフが参加していますが、福祉分野の人はどうしても気持ちが熱くてやる気満々で、人もお金も限られているのに次から次に始めてしまう傾向があります。ですが、一つ始めたら一つなくさないと現場が疲弊してしまうというプロジェクトマネージメントの学びを得て、「暴走しない私でいられる」、「本当によかったな」と思いました。子育て支援分野や福祉分野にはない論理を学術的に学んで、その話をポカンと聞いてメモして、段々1か月くらい経つと「あっ、こういうことか」って咀嚼して、1年後にはちゃんと形式知になるように思います。  それから、うちでは、たくさんある事業や業務をスタッフの間でどう伝授するかについて、以前から『紙芝居法』という方法を取り入れています。全部紙芝居になっていて、人が変わっても紙芝居があれば全部語れる、伝えられる仕組みになっています。田中先生によると、KP法というそうです。 ■今後の展望、ビジョン ─ 今は新型コロナウイルス感染症の影響で、社会や地域や親子や妊婦の方にとっても大きな変化があり、そういうところにも社会的な要請があるように思います。そういった中で、これからの拠点のビジョンなり展開のイメージといったところを最後にお聞かせください。 【原】先ほどもお話ししましたが、就労する人が多くなっていくからこそ、拠点は子育てスタート地点の人を対象とする、入り口に位置する分、そこで出会う人は多様であり、活動は包括的なものでありたいと思っています。支援拠点という名称で「支援」が付いていますが、果たして客体的な表現が枕詞でいいのだろうか? 「支援する場所という塀を物理的にも心理的にも壊す」みたいな話をかなり前からしています。 ─ どういう意味ですか? 【原】地域子育て支援拠点の「地域」というのは本来どういうものか!?を考えれば、拠点に来て満足感を得て帰ってもらうだけでなく、むしろ拠点自体が地域そのもの若しくは似て非なるものに近づくことが理想かと考えています。理念的な話かもしれませんが、囲われた空間の中で全てが良かったと完結するのではなく、地域だからこそトラブルや葛藤もいっぱいあることが大事かと思います。多様な人との交わりの中でその環境を保障するという意味で塀を壊す(どろっぷの場合は物理的にもそこをやりたい)、来やすさ、アクセシビリティを考えていかないとならない。安心安全の保障は大事ですが、行き過ぎてしまわないように、ここがないと生きていけないという人を増産することが役割ではないと思います。  どれだけ垣根を低くできるかは、スタッフだけではできないことで、異分野、他分子を混ぜていけるか、自分たちの心のハードル、心持ちのとらえ方に関わってくるはずです。昔の子育てではなかった拠点・ひろばがこの時代あえて求められるのは、偶発的に第三者と出会える場や多様な人たちとの交流がなくなったからで、故意的に常設の場で出会わすという環境が必要になったからです。事業となるとリスク回避や継続性を重んじるあまりに、どうしても管理的かつマネジメント的な要素が色濃くなってしまい、誰のための何のための事業だったのかを見つめる力が弱まってくる。この事業が約20年経つ今、段々私たちの経験が自信となり、原点に戻り立ち返ることを曇らせ、鈍らせるという側面があるかもしれません。自分たちだけで決めない、その時期を利用する親子の志向や意見が活動の方向性を決めるものであり、全てをやりきらない、子育てがそうであるように他者の手を借りてやっていくこと、ひいては拠点・ひろばの活用については地域発でアイディアが出てくるくらいになれば本物だと思っています。  拠点事業については、それだけクリエイティブ、創造に富んだ活動であるということに感謝していますし、実践したことが自分の住まう地域の豊かさになって返ってくる、我が子が生きていく環境づくりに確実に寄与していると思うとやりがいを感じます。進(深)化、変化を認めてもらえる場、だからこそ思考を止めてはならないですし、常に横浜市と次の時代を描いていきたいなと思っています。 【塚原】原さんの言うように、いろんな垣根を取っ払って、エネルギーを混ぜこぜにしながらやっていきたいなと思っています。一つの事例ですが、中学校のふれあい授業を13年前に立ち上げた先生から「高校に転勤になったけど、また来てくれる?」って連絡があって、鶴見区、港北区の拠点と力を合わせて、分担して子育てに関わる授業を行いました。各区の拠点の垣根も取り払って、18区の様々な取組をお互いに広げていきたいと思います。  西村美東士さんという方の『「参加型子育てまちづくり」から見た社会開放型 子育て支援研究の展望』によると、これからはもう子育て支援学という学問を打ち立てる時代だそうです。自分たちも変わっていけたらいいなと思っています。 【高村】二人とも壮大ですね。(笑) でも本当ですね。私も戸塚区のことだけを考えるというより、もっと広いネットワークを活用していかなくてはいけないと思っています。それぐらいの基盤はできていますので、三輪先生がおっしゃる「群とまね」ではありませんが、まねはヒントだと思ってより良いものをつくっていくというのは、今求められていることだと思います。昔のように専業主婦の集まりが子育てをしていて、そうではない人は保育園に行ってという時代ではありませんし、外国人の方も本当によく来てくださいます。多様さを有する社会になっている中で、そういうふうにネットワークを更に広げていかなければいけない、今のままだったらやっていけないという思いがあります。  10年後、20年後も、なかなか少子化の歯止めはかからないかもしれませんが、少なくなるからこそ、拠点のような場が必要ということを皆さんに理解していただきたいと思います。私たちも引き続き頑張って取り組んでいこうと思います。 ─ あっという間に1時間半が過ぎてしまいました。いろいろと勉強になることもたくさんありました。本日はありがとうございました。 ※1 エンパワメント  その人が本来持っている力を引き出すこと ※2 母子愛着形成  赤ちゃんと母親(養育者)との間の心のつながりを形づくること。母親との愛着形成は妊娠中にはじまり、出産後の世話やスキンシップなどによって深まる。 ※3 地域ケアプラザ  高齢者、子ども、障害のある人など誰もが地域で安心して暮らせるよう、身近な福祉・保健の拠点として様々な取組を行っている横浜市独自の施設。令和2年4月現在、市内に140か所