《2》地域における子育て支援≠ノ関する国の動向 執筆 渡辺 顕一郎 日本福祉大学教育・心理学部子ども発達学科 教授 1 少子化社会の課題  少子化の進行によって今後急速な人口減少が予測される中、少子化対策を強化し、子ども・子育て支援施策をより一層充実させることが喫緊の課題となっています。実際、平成28年の日本の出生数はおよそ97万7千人で戦後初めて百万人台を割り込みましたが、その後も減少傾向に歯止めがかからず、令和元年の出生数は86万5千人となりました。平成28年からのわずか3年で、年間出生数は11%以上減少しています。  図1は、国立社会保障・人口問題研究所による将来推計人口を示しています。今後、出生率や出生数が飛躍的に向上しなければ、相対的に高い高齢化率に達したまま、人口そのものが急速に減少することが予測されます。当然ながら、年金や介護等の社会保障制度をどのように維持するのか、さらには生産年齢人口の減少を補う労働力の確保など、今以上に難しい対応を迫られることになるでしょう。  少子化対策として「子どもを産み育てやすい社会」を構築することは、まさに待ったなしの課題です。加えて、次世代を担う子どもの「健やかな成長・発達が保障される社会」の実現に向けた変革も求められます。  このような中、国は平成27年度から、幼児期の学校教育や保育、地域の子育て支援の量の拡充や質の向上を進めていくために「子ども・子育て支援新制度」をスタートさせ、令和元年には幼児教育・保育の無償化にも踏み切りました。また、平成28年度には「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」(女性活躍推進法)が施行され、国・地方公共団体や企業に対して、女性従業員の活躍を推進するための行動計画の策定や公表等を義務づけました。  こうした近年の政策動向については、少子化対策としてのねらいだけでなく、女性の労働力を積極的に確保しようとする政策的意図が読み取れます。従来からの保育の拡充に加え、女性の就労を政策面でも後押しすることによって、子育て家庭においては、子どもが幼い時期から共働きを前提とする生活様式へと移行しつつあると言えます。 2 子ども家庭福祉分野の動向  社会状況や生活様式が大きく変化する中、子ども家庭福祉分野の専門職は、子どもの権利について改めて認識し、その意義や重要性を踏まえて支援を行うことが求められています。  国は、平成28年の児童福祉法改正により、同法の理念をあらわす第1条及び第2条を改めました。端的にまとめると「子どもの権利条約の精神にのっとり、すべての児童が適切な養育を受け、健やかな成長・発達や自立等を保障されること」、「児童の年齢及び発達の程度に応じて、その意見が尊重され、その最善の利益が優先して考慮され、健やかに育成されるよう努める」などの法の理念が一層明確化されました。  あわせて、児童福祉法等の改正においては、子どもの権利を侵害するおそれのある児童虐待について、対策の更なる強化が図られました。特に地域の子育て支援に関連する内容としては、虐待の「発生予防」の視点が明確化されたことが挙げられます。  これまでも厚生労働省は、都道府県や市町村に対して、児童虐待の発生予防から早期発見・早期対応、更には虐待を受けた子どもの保護・自立支援に至るまで、切れ目のない支援体制の拡充に努めるよう求めてきました。中でも「発生予防」に関しては、主に市町村の子育て支援事業がその働きを担うことが期待されてきました。具体的な事業としては、乳児家庭全戸訪問事業や養育支援訪問事業などの訪問型支援(アウトリーチ支援)、子育て中の親子が相談・交流できる地域子育て支援拠点事業が挙げられます。問題が起こってからの事後対応ではなく、子育て家庭にとって身近な地域において悩みや不安を気兼ねなく相談できる体制を整備することにより、虐待のような深刻な問題の発生防止に努めるという考え方です。  平成29年には改正母子保健法が施行され、市町村に対して、新たに、妊娠期から子育て期までの切れ目ない支援を行う「子育て世代包括支援センター」(法律上の名称は母子健康包括支援センター)の設置が努力義務化されました。保健師等が妊産婦の実情把握に努め、その後も子育て期に至るまで継続的に相談等に応じたり、関係機関との連絡調整を図ることで、母子保健と子育て支援が両輪となって一体的な支援体制を構築することが必要とされています。 3 横浜市の地域子育て支援の取組  横浜市は、地域における子育て支援に積極的に取り組み、その成果を全国に示してきた先行自治体の一つに挙げられます。とりわけ、地域子育て支援拠点事業に関しては、全国に先駆けてNPO法人などへの事業委託によって市民活動との協働を推進し、当事者性を活かした支援を展開してきた点に特徴を見いだせます。  地域子育て支援拠点事業は、元々は平成5年に創設された「保育所地域子育てモデル事業」を経て、平成7年に「地域子育て支援センター事業」に名称を変更、制度化されました。平成14年には「つどいの広場事業」が創設され、その後の再編・統合を経て、平成19年に地域子育て支援拠点事業として成立した経緯があります。このような子育て支援の拠点は、北米では「Drop-in」(気軽に立ち寄れる場という意味)とも呼ばれ、予防を指向する家庭支援プログラムに位置づけられています。日本の児童福祉法では、乳幼児とその保護者が相互に交流できる場所を開設し、子育てについての相談、情報提供などを行う事業として位置づけられています。  図2は、横浜市に事務局を置く「子育てひろば全国連絡協議会」が、全国の地域子育て支援拠点240団体を抽出し、利用者(母親)1,175人から回答を得た調査の結果です。拠点を利用する前の子育ての状況を問う設問に対して、上位には「子育てをしている親と知り合いたかった」、「家族以外の人と交流する機会があまりなかった」、「子育ての悩みや不安を話せる人がほしかった」などが挙げられ、地域の中で孤立を深める家庭の状況があらわになっていると言えます。また、いずれの項目も、アウェイ育児(自分の育った市区町村以外で子育てをする母親)のほうが、「当てはまる」と回答した割合が高いことにも注目すべきでしょう。  このように家庭の孤立化が進行する中、親子が出会い交流できる機会を提供したり、気兼ねなく悩みや不安を相談できる場が必要とされています。横浜市では、各区に地域の子育て支援の中核を担う多機能型の「地域子育て支援拠点」を設置するほか、より身近な地域の中に「親と子のつどいの広場」、「子育て支援者」、「認定こども園及び保育所地域子育て支援事業」、「私立幼稚園等はまっ子広場事業」など、親子の居場所となる事業を整備し、きめ細やかな子育て支援の展開に努めてきた経緯があります。  先述の子育て世代包括支援センターに関しては、横浜市では平成29年度より、区福祉保健センターに保健師・助産師等の看護職による母子保健コーディネーターをモデル配置し、その後全区での実施に至っています。妊娠期から産後早期の時期を中心とした支援を拡充するとともに、妊産婦の実情やニーズを区と地域子育て支援拠点が共有し、「専門的な知見」と「当事者目線」の視点を活かして効果的な事業展開を図るなど、妊娠期から子育て期にかけて切れ目のない支援を充実させていくことを目指しています。 4 地域の子育て支援を巡る課題  地域における子育て支援を巡っては、急速な社会的変化に連動して、多様な課題に対応していくことが求められています。  近年、子育て世代に相当する若い現役世代の収入が伸び悩んでいることもあり、子どもが幼い時期から共働き家庭が増加しています。これに伴い保育の需要が急増しており、厚生労働省による「保育所等関連状況取りまとめ(令和2年4月1日)」によれば、就学前児童の保育所等利用率は47.7%、中でも1、2歳児の利用率は50.4%に達しています。また、家庭の経済状況に関しては、図3に示した国民生活基礎調査において、児童のいる世帯の約6割が生活が「苦しい」と感じており、母子世帯ではその割合が86%に達することも示されています。こうして、いわゆる「片働き」では標準的な生活を営むことが難しい家庭や、経済的困窮に直面する母子家庭などが増加していることが、保育の需要が急速に伸びている背景にあると言えます。  子どもが低年齢時期から保育所等を利用する家庭が増えることによって、地域子育て支援拠点などでは利用期間の短期化が進んでいます。例えば、育児休業期間中には週2〜3回拠点を利用していた親子が、仕事復帰後には支援の場を離れていく場合もあります。  かつて、地域子育て支援拠点の前身である「地域子育て支援センター事業」が創設された頃には、1、2歳児の保育所の利用率はおよそ2割程度で、残りの約8割を占める専業主婦などの在宅育児支援に主眼が置かれていました。しかし、既述のように令和2年には1、2歳児の保育所等利用率が5割に達する状況において、あらゆる家庭を対象に切れ目のない支援を提供していくためには、親子の居場所となる事業の休日開所や、子育て世代包括支援センターとの連携の強化など、家庭生活の変化に沿った対策を講じることが必要です。  経済状況の変化は、昨今、社会問題として注目されている「子どもの貧困」にも大きな影響を与えています。とりわけ、ひとり親世帯の相対的貧困率は、前掲の国民生活基礎調査では48.1%(平成30年)となっており、半分近い世帯が貧困層に含まれることが示唆されています。また、外国人家庭についても貧困率が3割を超えると推計する研究などがあり、外国人労働者の受入れが拡大する中、不就学児童の増加などの問題も懸念されています。  これまで述べてきた課題以外にも、障害児とその保護者に対する早期支援の観点から、地域の子育て支援の役割がより重視されるようになっています。障害児(あるいはその可能性がある子ども)の親が、社会的支援を十分に得ることができず、子育ての負担を過剰に抱え込んでしまうケースでは、障害児の虐待に至るリスクが高くなる場合があります。地域の子育て支援については、子どもの発達に関して不安や悩みを抱える親にとって、身近な地域の相談の場として、さらには同じ悩みを抱える親同士が出会い支え合う関係を築ける場(ピアサポート)として、関係機関との連携のもと、予防的な支援を積極的に担っていくことが期待されます。 5 多機能型の総合施設の強みを生かす  地域の子育て支援の対象は幅広く、多様なニーズに対応する支援に取り組むことが求められています。ひとり親家庭、経済困窮家庭、障害児養育家庭、外国籍の家庭などに対しても、地域の子育て支援事業が開かれており、利用しやすく、身近に感じられる支援の場になっているかが改めて問われます。  横浜市では、先述のように各区に多機能型の地域子育て支援拠点を設置しており、ファミリー・サポート・センター事業(子育てサポートシステム)、利用者支援事業(子育てパートナー)が併設されています。このような多機能型の総合施設に関しては、拠点の利用を通して併設の子育て支援サービスの認知度が高まることにより、他のサービスの利用が促進される効果が期待できます。例えば、筆者らが厚生労働省の「平成29年度子ども・子育て支援推進調査研究事業」の一環として、横浜市を含む全国15カ所の多機能型の地域子育て支援拠点で実施した調査では、利用者が併設のサービスを利用した理由として「安心感があった」、「支援内容を以前から知っていた」などが上位に挙げられています(図4参照)。  子育てを巡って家庭だけで解決できない問題に直面したときには、親が地域の社会資源を最大限に活用できるように促し、問題解決の機会をつくりだすことが必要です。横浜市では、地域子育て支援拠点に、子育て家庭と社会資源の橋渡し役を担う利用者支援事業(基本型)が併設されており、拠点に配置された「子育てパートナー」による相談対応を経て、区福祉保健センターや他の関係機関の利用に結びつく場合もあります。  子育て家庭のニーズがますます多様化する中、今後、地域子育て支援拠点は多機能型の総合施設としての強みを活かし、地域の子育て支援事業のネットワーク化に努めるとともに、区との連携を更に強化し、身近な地域において子育て家庭を見守り続ける支援体制の一翼を担うことが重要であると考えています。