《13》新たに見えてきた傾向と課題 執筆 佐々木 祐子 健康福祉局福祉保健課担当係長 1 はじめに  いわゆる「ごみ屋敷」条例が施行され、3年が経過した。この3年間で把握したごみ屋敷の約6割が解消し、一定の成果を上げている。一方で、一進一退を繰り返し、解決までに時間がかかっている案件も残されている。  本稿では、新たに見えてきた傾向と今後の課題について述べたい。 2 深刻化したごみ屋敷の特徴  2つの事例を紹介したい。  1つ目は、40代女性の事例である。室内は、就職に向けて勉強している書籍や求人誌などで埋め尽くされている状況が数年間続いていた。10年以上前に、本人から「気力が湧かず、就労ができない」などの相談が区役所にあり、家族から成育歴を聞き取ると、小学生の頃から極端にコミュニケーションが取れないこと、それが原因でいじめを経験したこと、大学まで進学したものの、その後、就職できないままでいることが分かった。  2つ目は、50代男性の事例である。高校卒業後、いくつかの学校で専門技術を身に付けた後、就職したが職場に適応することができず、5年半程度で退職した。数年間は充電期間だと両親も見守っていてくれたが、状況が長引くと、家に居づらくなった。その頃から、町内の集積所のごみが気になり、ごみを持ち帰るようになった。同時期に両親は、ひきこもり傾向のある息子の相談を区役所にしていた。10年後、同居家族が相次いで亡くなり、ごみの収集、堆積のペースが加速し、まるで、城壁のようにごみ等が積み上がり、他者を容易に寄せ付けない状態となってしまった。  この2事例は、ごみ屋敷の問題が顕著になる前に、本人又は家族から相談があったこと、また、本人が就職失敗や離職などの傷つきを経験しており、社会との接点に乏しい状況であった点が共通していた。ごみ屋敷問題に関わるようになって、深刻化している事例の経過をたどってみると、過去に本人や家族等から何かしらの相談がなされていることが少なくないことや、深刻化する前には、その兆候が出ていることが分かってきた。しかし、何かの事情で支援の継続が困難となり、結果的にごみ屋敷の問題が大きくなってから表面化してきた印象がある。 3 新たな診断と先行研究による結果から  ごみ屋敷に関する研究は少ないが、ここからは、深刻化してしまうごみ屋敷の背景等について、近年注目されるようになってきた「ためこみ症」や先行研究等について紹介していく。 (1) ためこみ症  ためこみ症は、アメリカ精神医学会の診断基準であるDSM─5に新設された診断名である。欧米による調査では、明らかに病的なためこみ症の有病率は約2〜6%と見積もられている。21歳までの発症が68.1%を占め、うち50%以上が11歳以降の思春期で、40歳以降の発症は3.5%、73.1%が慢性的経過をたどると言われている。家族環境で過度に片付けられていたり、逆に乱雑な状態であったり、希望するモノを購入してもらえなかった体験等も含め、対人関係でのストレスフルな出来事や、被虐待や喪失等のトラウマティックな体験が発症にも増悪化にも影響を及ぼすとされている。  ためこみ症の人は、たとえ完全に役に立たないものであっても物を手放すことができない。友だちや隣人から健康被害や火事の原因になると苦情を言われ、当人は完全にそれを認め、とても恥ずかしいと思っているが、何かを捨てようとするといつも不安が強くなり、続けられない。物を積み上げた山を高くし続けるのは非常によくないと完全に気づいているが、そうしたいという衝動をコントロールすることができない状態であり、強制的に一掃≠ウれても、強い怒りや傷つきをもたらし、問題の解決にはならない。  ためこみ症の人への主要な対応では、@状態の適切な理解―(状態、洞察と変容に関する動機づけ等)、A認知面の変容と直面化・認知行動療法、B協力者やチームでの対応、C状態の維持と再発予防が挙げられている。  認知面の変容と直面化、認知行動療法では、実際に&ェける、整理する、過度に入手しない、処分する等の行動を繰り返し、「捨てても大丈夫」という認識を身につけ習慣化するための意思決定と分類のトレーニングが効果的であると言われているが、まだ十分な根拠の蓄積まではされていない状況である。 (2) 日本都市センターの調査  (公財)日本都市センターが、平成30年に814市区に対し「住居荒廃問題に関するアンケート調査」を実施しており、この問題の全国的な傾向を把握するのに役立つ。  この調査では、対象事例のうち65歳未満が37.0%であり、同居人が27.7%いることから、高齢者、単身者の問題ではない傾向は本市と一致している。  考えられる発生要因では、「家族や地域からの孤立」が最も多く、次いで「統合失調症やうつ病などの精神障害、精神疾患」、「経済的困窮」という結果であった。併発要因では、「家族や地域からの孤立」が最も多く挙げられていた点も、本市の事例調査の結果と重なる部分が多く、地域とのつながりや本人の傾向等を踏まえた支援が必要であることを示していた。 4 緊急性はなくてもリスクはある  2018年、「孤独」は国を挙げて取り組む社会問題であるとして、イギリスでは、世界で初めて「孤独担当大臣」を任命したというニュースに衝撃を受けた人も多いのではないだろうか。  イギリスの研究によると、「孤独」がもたらす医療コストは、10年間で1人当たり推計6,000ポンド(約85万円)。孤独はすべての年齢層、社会的背景を持った人に影響を及ぼし、孤独状態が慢性化すると、1日にタバコを15本吸ったのと同等の害を健康に与えると言われている。人とのコミュニケーションができなくなり、体調不良による欠勤や生産性の低下などで雇用主は年25億ポンド(約3,540億円)の損失を受けるという結果が出ており、「孤独」が医療費や経済を圧迫しかねないというのが、取り組む理由となっている。  近年、ごみ屋敷は、生活能力・意欲が低下し、極端に不衛生な環境で生活している、必要な栄養摂取ができていない等、客観的にみると本人の人権が侵害されているセルフ・ネグレクトの状態であるとの認識が広がっている。アメリカにおけるセルフ・ネグレクトに関する調査では、高齢者の約9%にセルフ・ネグレクト状態の人がおり、年収が低い者、認知症、身体障害者では15%に上る。また、セルフ・ネグレクトの高齢者は、そうでない高齢者と比較し、1年以内の死亡リスクは5.82倍に上るとの調査もある。  我が国においては、東京都健康長寿医療センター研究所が行った高齢者の「社会的な孤立」と「閉じこもり」の調査があり、健康な高齢者であっても、「社会的な孤立」と「閉じこもり」が重なると、どちらも該当しない高齢者に比べ、6年後の死亡率が2.2倍に上昇するとの結果が示されている。  「孤独」、「孤立」の問題は、緊急性はなくても、放っておくと、健康を損ない、最終的には死亡してしまうリスクがある。  本市の事例調査や他の調査結果からも、ごみ屋敷の住人は地域から孤立している。ごみから発生した悪臭や害虫、火災の危険性などの問題から、近隣の人からも迷惑がられ、近所で会っても挨拶もしないし、されないという状態になってしまうなど、地域の中で孤立を深めている。一部の深刻化したごみ屋敷では、その問題が表面化するかなり前から社会とのつながりが希薄で、孤立している時間が長期間に継続している。  この取組が開始された当初、ごみ屋敷問題は人の命にかかる問題ではないので、関わる優先順位が低いという声もあった。ごみ屋敷は、今日、明日にも生命に関わるような緊急性はなくてもリスクがあるとの認識を持って、対応する必要があるだろう。先に述べた2事例についても、リスクを予見して関わりが途切れないようなサポートが必要だった。また、孤立状態と生活状況の把握がごみ屋敷の発生防止や深刻化を予防するポイントになりそうだ。 5 様々な都市で取り組まれるようになったごみ屋敷  ごみ屋敷問題が顕在化し、それを解決するために行政指導や命令など、権限行使を盛り込んだ条例を制定し取組を進めている自治体が増えている。しかし、近年の傾向として、条例に指導や命令を盛り込んでいるものの、条例に基づく権限行使よりも、居住者への福祉的支援を重視する流れがうかがえる。  それは、それぞれの自治体において、条例制定の契機となった象徴的で深刻化したごみ屋敷の人の中には、おそらく、ためこみ症と思われる人が存在するからだろう。条例に基づき、指導、勧告、命令と段階を踏んで、行政代執行をすれば一時的な問題解決にはなるものの、強い怒りや傷つきをもたらし、再発する可能性が極めて高い。  一方で、根本解決を図るためには、本人への動機づけ、実際の場面で一緒に仕分ける=A捨てる≠繰り返し、認知行動の変容を促すような対応が必要で、長期間にわたり専門的かつ継続的な関わりが不可欠である。現状の体制に加え、医師や心理士(師)を含めた、チームアプローチと治療的関わりができるような協力体制をつくり、効果を検証していくことが求められる。また、場合によっては、医療や福祉の専門家だけではなく、廃棄物の処理を担当する人も加わり、安心してごみを手放すことや、ごみを集めることを抑えるようにする具体的な対応を考えることも必要かもしれない。 6 市民の理解者を増やし、本人を支える地域住民同士の関係をつくる  さて、今後の課題について考えてみたい。  大阪府豊中市の社会福祉協議会でコミュニティソーシャルワーカーとして活躍され、NHKドラマ「サイレント・プア」の主人公のモデルにもなった勝部麗子さんは、ご自身の経験をまとめた著書の中で、ごみ屋敷の問題の解決のために、盾となる住民≠つくることが大切であると言っている。  「困った人は出て行ってほしい!」と要求する住民だけでは支援は進まない。苦情を言う人と本人の間に立って、本人を守ってくれるような、盾になる住民≠フ存在が必要であり、盾になってくれそうな住民ボランティアを育成し、片付けもボランティアとともに行っている。そうすると、同じ住民が片付けを手伝っている姿を見て、苦情を言っていた住民も、ほとんどの場合手伝ってくれ、段々と近所づき合いの中で本人の事情を理解し、苦情を言っていた人も協力してくれる人に変わっていくのだそうだ。  そのような視点から改めて市内の状況を振り返ってみると、長年にわたり深刻な状態となっている事例ほど、本人と周辺住民の関係は悪化し、盾になる住民≠フ存在が乏しく、改善の糸口が見い出せていない状況がある。周辺住民の方々からすれば「今まで散々苦情も言ったが何も変わらない。条例もできたのだから、早急に片付けてほしい」と要望されるお気持ちもあるだろう。  本人の福祉と周辺住民の生活環境の保全のバランスを取り、行政代執行を行う可能性もある。しかし、本人の孤立を含めた生活上の課題解決なくして、根本解決はない。強制的撤去は一時的な問題解決にしかならないだろう。最終的に行政代執行に踏み切るかどうかは、市が判断することになるが、本人が抱える生活上の課題や福祉的支援を通じた根本解決の重要性について、周辺住民を含めた関係者と何ができるのかを話し合う場づくりも支援の一環として捉え、取り組むことも市が果たすべき重要な役割だと思う。  本人を含めた地域住民同士の関係をつくりながら、ごみ屋敷の人を排除せず、社会に取り込み、ある程度の節度を守りながら、お互い安心して生活できるような社会的包摂を広げていくことが、ごみ屋敷の解消のみならず、再発防止のために必要な仕掛けであると思う。 7 社会的包摂に向けて〜ヨコハマeアンケートの結果から〜  どのようにして社会的包摂につなげていけばよいのだろうか。  平成30年7月に実施した、ヨコハマeアンケート(※1)の結果から考えてみたい。この調査では、1,435名の方にご協力いただいた。  「自宅がごみ屋敷状態になるかもしれないと心配になることはありますか」との質問に対し、「現在若しくは将来的にごみ屋敷状態になる心配がある」、又は「現在ごみ屋敷である」との回答の合計が44.0%であった(グラフ1)。  また、「周囲にごみ屋敷状態になっている人がいる」と回答した方に、「どのような働きかけを行ったか」聞いたところ、「関わりたくないので何もしない」が48.7%で最多であったが、一方で、「片付けるように注意した」が22.7%、「本人の生活ぶりについて話を聞いた」が10.7%、「片付けを手伝った」が10.0%、「相談を促した」が7.3%あり、何らかの働きかけを行っている人の割合は約半数に及んでいる(グラフ2)。  さらに、少し切り口を変えて、「近隣の方がごみ出しで困っていることが分かった場合、どうするか」について聞いたところ、「区役所に相談する」が42.0%、「ごみ出しを手伝う」が35.1%、「民生委員に相談する」が22.7%、「隣近所に相談する」が20.2%であった(グラフ3)。ごみ屋敷になる手前のごみ出しに困っている状況であれば、相談機関につなぐことや直接手伝うなど、具体的なサポートをイメージしている様子がうかがえた。  この結果は、ごみ屋敷問題は比較的身近な問題で、我が事として認識されていること、ごみ屋敷状態の方へ関心を向けてくれる市民が少なからずいること、そして、問題が大きくなる前であれば、住民同士のサポートにつながりやすいということを示していると考えられる。  地域の中で住民同士のつながりの希薄化が叫ばれるようになって久しいが、地域の問題に目を向けつつ、我が事と捉える感度の高さ、住民同士の支え合いの精神を持っている市民が多く存在しているという結果は、とても心強く感じ、勇気づけられるものだ。 8 まとめ  ごみ屋敷条例の下、ごみ屋敷状態の解消のみならず、その未然防止や再発防止に取り組んでいかなければならない。また、ごみ屋敷問題の対象者は、「地域の困った人」ではなく、「地域で困っている当事者」であり、互いに支え合い共生していく地域づくりが必要である。  健康福祉局としては、国が推進している「『我が事・丸ごと』地域共生社会の実現」に向けて、高齢者・障害者・子どもといった対象者別支援にとどまらず、住まいや雇用、医療など、あらゆる分野の方々とネットワークを築き、個々人の課題を丸ごと受け止め、解決につなげる地域福祉保健の力を一層高めていくことが求められる。  また、資源循環局としても、地域や関係機関と連携を強め、これまで以上に見守り等の支援に取り組むことで、未然防止・再発防止につなげていくことが必要であると思われる。 ※1 ヨコハマeアンケート  市内在住の15歳以上の方を対象にメンバーを募集し、市政に関するアンケートにインターネットで回答いただくもの 【参考文献等】 ・アレン・フランセス著/大野裕・中川敦夫・柳沢圭子訳:精神疾患診断のエッセンス DSM-5の上手な使い方、金剛出版、2014 ・五十嵐透子:ホーディングの心理的メカニズムと援助,機関誌心理学ワールド66号、2014 ・ゲイル・スティケティー,ダンディ.O.フロスト.著/五十嵐透子訳:ホーディングへの適切な理解と対応 認知行動療法的アプローチ:セラピストガイド/クライエントのためのワークブック,金子書房、2013 ・岸恵美子代表編:セルフ・ネグレクトの人への支援―ゴミ屋敷・サービス拒否・孤立事例への対応と予防―、中央法規、2015 ・公益財団法人日本都市センター編:自治体による「ごみ屋敷」対策―福祉と法務からのアプローチ―、2019 ・勝部麗子著:ひとりぽっちをつくらない「コミュニティソーシャルワーカーの仕事」、社会福祉法人全国社会福祉協議会、2016