《11》いわゆるごみ屋敷への精神保健福祉の視点からの考察 執筆 菅原 誠 東京都立中部総合精神保健福祉センター副所長 (公財)東京都医学総合研究所客員研究員 1 はじめに  物を大量に堆積させ、いわゆるごみ屋敷を形成している住人は大きく2つに分類することができる。一つ目は「ごみを片付ける能力がない人」で、認知症や身体疾患、精神疾患など(反復性の気分障害や慢性の統合失調症残遺状態など)のためであることが多い。生活を支えていた家族の喪失や疾病の悪化による生活スキルの破綻が契機になりやすい。破綻した生活を見られたくない、知られたくないという思いから、結果としてセルフ・ネグレクト(自己放任)に至っていることも少なくなく、8050問題とも関連する。生ごみを含むあらゆる生活ごみが堆積してゆく傾向があり、ネズミや衛生害虫の繁殖、悪臭など地域の問題となりやすい。  二つ目は「堆積物をごみだとは認識していない人」である。このタイプは、特定の物へのこだわりが大きく、「愛着がある大切な物なので捨てられない」と排出を拒否し、「使えるのでもったいない」と近隣から収集してくるケースもある。片付ける動機がなく、本人は困っていないため、他者の介入を嫌い、自ら積極的にセルフ・ネグレクトになっていることも少なくない。神経発達症群(DSM-5:米国精神医学会:「精神疾患の分類と診断の手引き」による「発達障害」や「知的障害」に代わる和訳呼称)や妄想を伴う精神疾患(妄想型統合失調症や妄想性障害など)、DSM-5で新たに分類された「ためこみ症」と診断される事例などが含まれる。特定の物が堆積していく傾向があり、行政が代執行等で一時的に片付けても再燃する可能性が高い。  ごみ屋敷への対策の第一歩は、「ごみ」をひとくくりにせず、何がどのような時間経過でどのように堆積していったのかを細かく情報収集し、医療や福祉、法律などの専門家の視点も加えて多角的に対策を立てることである。 2 解決策を考えるために  解決策を考えていく上で、個体要因と社会環境要因に分けて考えるとわかりやすい。個体要因の要素としては、身体能力、認知症やアルコール依存など判断力や処理能力に影響を与える疾患の有無、精神疾患や神経発達症群の有無と程度、本人の性格特性などが含まれる。社会環境要因としては、家族関係の変化(同居家族の死亡や施設入所など)、地域医療事情、地域のコミュニティーの力と本人との関わり、自治体の保健福祉サービスの充実度、自治体の荒廃した住居解消に向けたサービスの有無、などが考えられる。双方の要因にアプローチすることができなければ問題は解決できない。  個体要因として、何らかの精神疾患や認知症、神経発達症群(発達障害や知的障害)などがある場合、ごみ屋敷対策条例や景観条例などによって行政代執行による問題解決に踏み切っても、根本的な原因が解決されていないため、問題が短期間で再燃する可能性が高いと考えられる。まずは個体要因を評価し、その上で、社会環境要因に応じた個別支援計画のあり方について、検討していくことが望ましいと考えられる。 3-1 神経発達症群の人たちが形成するごみ屋敷への対策  神経発達症群(発達障害や知的障害)の中で荒廃した住居の問題に主に関係してくるのは、注意欠如多動症(ADHD)と自閉スペクトラム症(ASD)である。典型的な両パターンについて若干の説明と考察を加えたい。 (1) 「ADHDのありがちのパターン=散らかし片付けられない」  ADHDの特性として「不注意」「多動」「衝動性」がある。持ちものを整理するには広範囲への注意が必要であり、不注意や多動の間題は、散らかしや片付けができない事態を引き起こす。注意の維持が苦手で片付けている最中に別のことを始めたり、片付ける順番がわからなくなって動作が止まってしまうことがあるため、人を付けて段取りを指示し、片付けに集中できるよう促すなどの対応を考える必要がある。特性のため、ルールをつくってもそのこと自体を忘れたり、前に没頭していることに夢中になって思考が切り替えられず守れない場合が多いことを念頭に支援する必要がある。  支援者の心がけとして、できないことへの焦点付けをやめ、いいとこ探しをして褒める、成果だけではなくやろうとした努力を評価し、諦めずにやり続けることをサポートすることが大事である。 (2) 「ASDのありがちのパターン=こだわり捨てられない」  ASDの場合、@言葉でのコミュニケーションが苦手でコミュニケーションの偏りがある、A相手の気持ちや場の状況を読み取るのが苦手なため社会性の偏りがある、Bこだわりが強く、臨機応変な対応が苦手で想像力の偏りがある、という大きな3つの特徴があるため、歪んだ愛着とこだわりにより集めた物を不要な物とは認識できず、他人が不要な物とみなすと怒りの感情をぶつけてくる傾向がある。「いつか何かの役に立つ」と考えてしまい、収集物が空間を占有してしまうことの予見や不利益を理解できないことが多い。対応は、一気に片付けようとはせず片付けの手順をスモールステップで視覚化して示す、空間が占有されることの不利益や感染症や火災の危険などを理解させる、新たな堆積をもたらさないルールをつくるなどの方法が考えられる。支援者のこまめな介入支援が必要ではあるが、つくったルールは本人の納得が得られれば守られることが多い。  現実にはADHDの特性が目立つが、ASDの特性も持ち合わせていたり、その逆もあり、両特性がオーバーラップしている事例が少なくない。このため、定型的な対応ではなく、事例に応じた臨機応変な対応が必要になる。適切な対応をとるためには専門職の助言は欠かせないと思われる。 3-2 統合失調症圏の人たちが形成するごみ屋敷への対応  統合失調症等の精神病圏でごみ屋敷を形成している人に2つのタイプがある。一つ目は、妄想型統合失調症や妄想性障害の方で、体系だった妄想の行動化として積極的な収集を含めた物の堆積を行う一方で、被害関係妄想などにより周囲との関わりを断ちセルフ・ネグレクトとなっている事例。二つ目は、発病から長時間経過し、明らかな幻覚妄想は目立たず、一見うつ病に見えるような陰性症状が前景の残遺型統合失調症で、加齢と共に日常生活がままならなくなり、地域のルールに従ってごみを捨てることが難しくなった結果、生活ごみが堆積していくもので、認知症のごみ屋敷の傾向に近い。  両タイプとも目指すべきは入院を含めた精神科医療の導入である。未受診あるいは治療中断の事例の場合、保健師等の促しで受診に至ることは稀で、強引な手法をとると精神医療不信に陥ってより医療拒否が強くなる場合もある。認知症も同じだが、勧告など行政処分を行っても事理弁識能力を欠いており、行政代執行による清掃に踏み切るのはリスクが大きい場合も考えられる。キーパーソンを軸に、粘り強く接近し、会話のできる関係をつくり、身体的健康の話題について触れられるようになることが第一歩である。精神科受診は拒否しても身体科受診には結びつけられる事例は少なくない。身体科担当医から精神科受診や入院を勧めてもらう、総合病院の場合には身体科入院を契機に精神科にも併診してもらうなどを検討する。都では、自治体あるいは病院によっては精神科医を含むアウトリーチチームを運用している所もあり、これらを活用することも問題解決には有効である。 4 全国自治体調査の結果から見えたもの  筆者も委員として参加した「住居の荒廃をめぐる法務と福祉からの対応策に関する研究会(事務局:(公財)日本都市センター)」により2018年1月に行われた全814市区に対する自治体調査(回答370市区、回収率45.5%)は、我が国最初の荒廃した住居の全国の実態を調査した、極めて貴重な資料である。ごみ屋敷についても、海外の文献などを参考にし、持ち込み型、ためこみ型、混合型に分類し、3段階のレベルを設定してその実態を調査し、さらに、考えられる発生要因や、各種サービスの需給状況、精神科医療機関への入通院歴などの有無まで踏み込んで調査を行った。  本調査における荒廃した住居(ごみ屋敷、樹木の繁茂、多頭飼育)は、3年間の推移で58.7%が「ほとんど変化はない」、「大幅に増加した」と「やや増加した」が合計で35.0%、「やや減少した」と「大幅に減少した」が合計で6.3%であった(注:いずれも「無回答」「分からない」を除く集計結果の割合。以下、この項において同じ)。荒廃の種別では、ごみ屋敷に該当する事例が全体の78.5%で最も多かった。ごみ屋敷の荒廃度合いのレベルは、レベル1が全体の49.9%、2が24.7%、3が25.4%であった(レベルは英国のSelf-neglect and hoarding Toolkitによる。レベル2以上は専門家の介入や片付けに専門業者の利用が必要になるとされている重篤なレベルに相当)。我が国では自治体が覚知している荒廃した住居の半数近くは解決に専門家の介入を要する状態で、欧米に比べて問題が大きくなってから表面化する傾向がうかがわれた。  ごみ屋敷の種類の調査からは、「持ち込み型」が24.2%、「ためこみ型」が71.1%、「混合型」が4.7%であった。レベル2以上の割合は、「持ち込み型」では47.7%、「ためこみ型」49.1%、「混合型」81.5%であった。この結果、「持ち込み型」と「ためこみ型」の荒廃のレベルにはあまり差はないが、「混合型」では明らかに重篤なレベルの荒廃した住居が多いことが明らかとなった。  本人の性別・年齢の調査からは、性別では男性が62.1%、女性が37.9%で男性が多く、年齢別では65歳以上が55.9%、40─64歳が39.1%、30歳代以下が5.0%であった。また、同居人の有無の調査では「いない」が65.8%で、「いる」が34.2%であった。この結果は、従来から言われてきた荒廃した住居事例は高齢男性独居事例が多いという意見を補強するものである一方で、半数程度は65歳以下であり、4割近くが女性であり、1/3程度は同居事例であるという結果も明らかになった。  考えられる発生要因として「家族や地域からの孤立」が最も多く26.3%、以下「統合失調症やうつ病などの精神障害(疾患)」25.5%、「経済的困窮」24.9%、「認知症」22.6%、「身体能力の低下、身体障害(疾患)」21.0%の順番であった。選択項目のうち精神障害に関連していると分類できる項目(WHOの診断基準ICD-10でF(精神および行動の障害)に分類される項目)について、「統合失調症やうつ病などの精神障害(疾患)」と「発達障害」、「知的障害」、「アルコール関連問題」を合計すると全体の47.4%、「認知症」を含めると70.0%を占めていた(以下「精神疾患関連群」と定義する)。荒廃した住居を招く主たる要因として、「精神疾患関連群」は「身体障害(疾患)」や「経済的困窮」や「家族や地域からの孤立」を上回っている結果であった。住居の荒廃の最大の要因は何らかの精神疾患によるものであり、荒廃した住居の解決には精神科医療および精神保健福祉的介入が欠かせないことが明らかとなった。  さらに、「精神疾患関連群」と「精神疾患関連群以外(以下「非精神疾患関連群」)、ごみ屋敷の種類・レベルについてクロス集計を行って検討した。「精神疾患関連群」について、「持ち込み型」は18.8%、「ためこみ型」は74.1%、「混合型」は7.0%であった。「非精神疾患関連群」では「持ち込み型」は31.4%、「ためこみ型」は66.5%、「混合型」は2.0%であった。「精神疾患関連群」では明らかに「混合型」が高く、「持ち込み型」より「ためこみ型」が多い傾向が示された。レベルについては、「精神疾患関連群」のレベル2以上の割合が59.3%、「非精神疾患関連群」では38.6%で、明らかに「精神疾患関連群」で荒廃のレベルが高いことがわかった。  「精神疾患関連群」と「非精神疾患関連群」の年齢について検討した。「精神疾患関連群」は、40歳未満の割合が6.6%、40歳から64歳が41.8%、65歳以上が51.6%であった。「非精神疾患関連群」では40歳未満の割合が2.9%、40歳から64歳が35.6%、65歳以上が61.5%であった。「精神疾患関連群」には認知症が44.7%も含まれているにもかかわらず、「非精神疾患関連群」より若年層の割合が高い結果となっており、より早期からの関与が必要であることが示唆された。  保健・医療・福祉サービスの受給状況についての調査では、「受けていない」が42.3%で、サービスを受給していない理由の調査では、「受けることを本人が望まない」が最多であった。また、解消が困難な理由として一番多いのが「本人が解消を望んでいない」が52.9%で、次に「本人との接触・交渉ができない」が26.7%であった。これらの結果から、セルフ・ネグレクトに陥っていると考えられる事例が半分程度を占めている可能性があることが明らかとなった。セルフ・ネグレクトについても若干の考察を加えたい。 5 セルフ・ネグレクト  内閣府の調査によれば、セルフ・ネグレクトの状態にある高齢者の1年以内の死亡リスクはそうでない人の5.82倍と言われている。また、ニッセイ基礎研究所で行われた2013─14年「長寿時代の孤立予防に関する総合研究」によれば、全国ではゆとり世代(23─25歳)で66万人、団塊ジュニア世代(39─42歳)で105万人、団塊世代(65─67歳)で33万人、75+世代(75─79歳)で36万人が、それぞれ社会的孤立が疑われる状態にあり、全世代で約240万人が現在社会的孤立リスクの高い状況にあると報告されている。2030年には200万人が社会的孤立状態になるとの予測もある。「ためこみ症」が20代で既に発症しているケースが多いのと同様、社会的孤立もまた20代から進行し、やがてセルフ・ネグレクトに至る経過をたどっている人が多いと推察される。孤独が精神的、身体的な疾病や認知症のリスクを高め、1日にタバコ15本を吸うことに匹敵する健康被害があるなどの研究も報道されている。英国では2018年に「孤独担当大臣」というポストが新設され話題となった。我が国でも思春期年代からの社会的孤立を予防するための教育が必要であり、社会的孤立を防ぐことが新たなごみ屋敷を生まないための有効な予防策とも言えるのではないだろうか。 6 さいごに  日本では、ごみ屋敷問題を行政が問題として認識するのは苦情化してからが多く、介入が欧米に比較して遅いことが課題である。セルフ・ネグレクトに対する早期対応への動きも鈍い。残念ながら我が国では、衛生・環境部署と障害福祉、保健担当部署がスムースな連携がとれないままに強制力を伴う措置を含む行政的解決を優先させるも、短時間の間に問題が再燃し、根本的解決に至っていないことが少なくない。横浜市のように部署横断でごみ屋敷問題に対応するための新たな条例を制定し部署横断で対応する自治体が増えてきていることは注目すべき傾向である。今後は「精神疾患関連群」がごみ屋敷の要因の7割を占めている実態に着目し、精神科専門職の参加を含めた多角的問題解決を目指す自治体が増えていくことを期待したい。