《10》ごみ屋敷への条例対応 執筆 北村 喜宣 上智大学法学部教授 1 老朽空き家とごみ屋敷  周辺の生活環境に著しい影響を与えるごみ屋敷は、一般住宅に起因する問題であるために、老朽空き家と同列に把握されることもある。たしかに、この両者は、とりわけ都市自治体においては、行政を悩ませる課題である。  個別事案にはそれぞれの特徴があり一般化は難しいが、きわめて大雑把に整理すれば、空き家と比較してのごみ屋敷の特徴としては、以下のようなものがある。第1に、住民が現に居住して生活を営んでいる。第2に、土地や建物に関する権利関係が把握しやすい。第3に、溜込み・持込みといった積極的行為によって状況が悪化する。第4に、原因者であるセルフネグレクトの居住者に何らかの精神疾患がある。  居住されていない空き家は、何らの作為もされない「休火山」である。その点では、生活環境への外部性がストックとして存在しているといえる。不作為ゆえの管理不全が家屋の状態を悪化させる。また、台風や積雪などの影響で倒壊したとしても一瞬のことであり、「大噴火」によってすべては終わる。  これに対して、ごみ屋敷は、「活火山」である。「大噴火」はないけれども、ストックとしての外部性に加えて、作為の継続というフローにより、外部性の深刻さが増強される。 2 ごみ屋敷条例の展開 (1)空き家条例の場合  老朽空き家にせよごみ屋敷にせよ、一夜城のように忽然と出現した事象ではない。老朽空き家に関しては、これのみに対象を絞った「所沢市空き家等の適正管理に関する条例」が2010年に制定されて以降、まさに燎原の火のごとく条例が全国に伝播し、2014年の「空家等対策の推進に関する特別措置法」の制定へとつながる。法律以前には400の空き家条例があり、その約80%は所沢市条例以降の制定であった。このことから、多くの市町村区(以下「市町村」という。)において、不適正管理空き家問題への法的対応の必要性が臨界点近くに達していた実情が推察される。 (2)手ごわいごみ屋敷  それでは、ごみ屋敷への条例対応はどうなのだろうか。全国初の本格的な通称・ごみ屋敷条例は、2012年制定の「足立区生活環境の保全に関する条例」である。その後、主として都市部自治体において条例制定はされているものの散発的である。  このコントラストは興味深い。仮に都市部自治体において社会問題化しやすいのであるとしても、制定数の少なさは、「条例までは制定したくない」という自治体意思の消極的表明であるようにも思われる。そうであるとすれば、ごみ屋敷は、老朽空き家よりも「はるかに手ごわい施策対象」である。おそらく、その大きな理由は、ごみ屋敷の特徴として指摘した第1(現状居住性)及び第4(精神疾患の疑い)の点に関連するのではないだろうか。 (3)最近の状況  そうしたなかで、横浜市は、2016年に、「横浜市建築物等における不良な生活環境の解消及び発生の防止を図るための支援及び措置に関する条例」を制定した。本条例は、近隣自治体にも影響を与えたようで、神奈川県内の横須賀市および鎌倉市は、それぞれ2017年と2018年に条例を制定している。八王子市も、2019年に条例を制定した。  たしかに、空き家条例と比較すれば、低調な条例制定動向ではある。しかし、全国的にみて、ごみ屋敷への法的対応の必要性は、臨界点近くに達しているのではないだろうか。  ごみ屋敷の原因者は、地域において「困った人」であると同時に、自分自身が「困っている人」でもあるといわれる。しかし、本人はどのようにすればセルフネグレクト状態から脱出できるかがわからない。そうであるとすれば、問題状況の放置は、「住民を守る」という自治体の存在意義にも関わるという認識がされるべきであろう。 3 ごみ屋敷条例の法的性質 (1)ごみ屋敷条例の根拠  憲法は、「第8章地方自治」を国家のなかで実現するため、自治体に対し、94条において、「法律の範囲内」での条例制定権を保障している。ごみ屋敷条例は、同条に基づき制定されたものである。  ごみ屋敷に関しては、これを直接に対象とする法律は存在しない。「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」、消防法、道路法、悪臭防止法など、関係しそうな法律はあるけれども、原因行為に正面から向き合って規制をするものではない。また、こうした法律は、「話せばわかる人」、「合理的判断ができる人」を前提に制度設計されている点でも、問題とされる状況の原因者とのミスマッチが存在する。  ごみ屋敷条例は、法律の未規制領域について、自治体がその地域特性を踏まえて制定したものである。個別法とは関係せずに「独り立ち」しているという意味で、こうした条例は、「独立条例」と称されている。目的、実現したい内容、そのための措置のすべてを書き込んだフル装備条例になる。 (2)求められる自治体の総合力  自治体は、「自由に」条例を制定できるわけではない。憲法第3章で保障される基本的人権への慎重な配慮を踏まえて、条例の制度設計をしなければならない。  ごみ屋敷に起因する外部性の中心は、周辺の生活環境への悪影響である。これは、環境部門の担当であるが、原因者へのアプローチにおいては、福祉部門のコミットメントが不可欠である。そして、適法な内容の条例にするには、法制部門のサポートが必要である。ごみ屋敷問題への対応においては、まさに自治体行政の「総合力」が求められる。  現在制定されているごみ屋敷条例には、それぞれの自治体の方針や地域特性を踏まえた創意工夫が凝縮されている。以下では、法的観点から、その特徴について簡単にコメントすることにしよう。なお、2019年1月現在における条例の制定状況については、本稿の最後に記した書籍(119頁)を参照されたい。 4 ごみ屋敷条例の基本構造 (1)目的規定  第1条の目的規定の内容として共通するのは、快適・良好な生活環境の確保である。ごみ屋敷の存在が地域コミュニティに不安感を与えている点を踏まえて、「安心」を規定する条例も多い。京都市条例や神戸市条例は、「市民が相互に支え合う地域社会の構築」という地域コミュニティ像を明示している。横浜市条例をはじめ、未然防止や再発防止を規定するものも多い。  単に生活環境確保だけでなく、防災、安全、公衆衛生が目的規定に含まれている場合には、より重い保護法益が規定されていると解される。このため、比例原則が作用し、原因者に対して、より踏み込んだ権利制約も可能となる。  「支援」という文言を目的規定に含む条例も多い。空き家条例は、基本的に「規制条例」であるが、ごみ屋敷条例は、そうした単線的な対応では適切な結果をもたらさない。 (2)対象 (a)定義なき「ごみ屋敷」  「ごみ屋敷」は通称である。条例においては、施策の対象を明確に定義しなければならない。「空き家」を条例名に含め、これを定義する空き家条例とは異なり、ごみ屋敷条例においては、「ごみ屋敷」の定義はない。  対象案件の確定は、@建物・敷地、A原因、B状態の3基準を用いて行われている。足立区条例のように、初期の条例においては、「廃棄物」という文言を用いるものがあるが、判定に困難をきたすため、最近では、「堆積物」というように中立的な表現がされている。  原因については、広狭両様の把握の仕方がある。物品の堆積のほか、京都市条例のように、多数動物飼育と給餌・給水や雑草繁茂までを含むものもあれば、横浜市条例のように、生活環境への悪影響について物品堆積起因に限定しているものもある。 (b)対応を要する状態の決定  対応の決断は、B状態についての見極め基準による。これについては、<1>観点、<2>範囲、<3>程度の3基準がみられる。  <1>は、条例目的と同じである。<2>については、微妙な違いがみられる。家屋内部にごみが堆積している場合にそれまでを対象にするのかどうかである。敷地内での堆積は外部から目視できるために地域の生活環境に含めることができるが、純粋に屋内の場合には、セルフネグレクトの自己決定を尊重するかどうかが問題となる。もっとも、排泄物を屋内に放置するように、生活環境支障が屋内起因の場合もあるから、そうしたケースを排除しない規定ぶりが適切である。<3>は「障害」であるが、これに「著しい」を付す条例とそうでない条例がある。現実に重要なのは、それをいかに判定するかである。「横浜市建築物等における不良な生活環境に関する判定基準」は、きわめて実践的なものであり、参考になる。 (3)対象者の位置づけ  京都市条例は、ごみ屋敷施策のコンテキストにおいて、「要支援者」という概念を創出した。「不良な生活環境」は本人にとっては「不良」でないとすれば、本人は支援など求めていない。  そうであれば、無用の介入である。しかし、健全な自然人ならばしないような行動をする点に何らかの「異常」があるとみて、生活上の諸課題の是正が人格権の尊重の観点から必要という判断であろう。 (4)状況改善のための方法 (a)支援  原因物に起因する生活環境支障を解消する方法には、支援アプローチと措置アプローチがある。最近の条例は、「支援ファースト」、「本人ファースト」を明記するものが多い。横浜市条例の構成も、「第2章 支援」、「第3章 措置」となっている。  不良な生活環境の解消を目的に実施される支援の中心的な内容は、堆積している「一般廃棄物の処理」である。その支援は、短期集中的にされるために、排出される廃棄物の量は、一般廃棄物に関する通常の収集運搬サービスでは対応できない。このため、横浜市条例のように、個別規定を設けて、特別扱いに法的根拠を与えるものもある。 (b)措置  措置に関しては、空き家条例に似た仕組み、すなわち、「助言・指導 ⇒ 勧告 ⇒ 命令 ⇒ 公表」が規定される例が多い。これは、前述のように、「話せばわかる人」を前提としたものである。対象者は必ずしもそうではない場合にこの仕組みが意味を持つのかは、行政法の重要課題であるが、理論的な検討はされていない。  措置内容は、堆積物の撤去と適正処理である。命令がされた場合に履行がなければ、行政代執行法に基づいて行政が命令状態の実現をし、要した費用を対象者に請求できる。京都市や横須賀市において、行政代執行の実績がある。  世田谷区条例のように、命令は規定せず、対応の必要があれば、民法697条に基づく事務管理として撤去などを実施するという方針を明記するところもある。しかし、条例のもとで行政が担当するごみ屋敷の現状改善事務は「自治体の事務」そのものである。これを同条にいう「他人の事務」と解することはできない。また、事務管理の場合、本人の反対があれば管理行為を中止しなければならない。このように、事務管理という構成には理論的難点があるため、事務管理で対応するという整理は、不適切である。 (c)見極め基準  支援アプローチと措置アプローチは相互排他的ではないが、重点の移行見極めの判断が重要になる。保護法益のなかでも、安全は最重要である。問題状況に関する帰責性に鑑みれば、隣接住人や通行人の安全が原因者の安全より重視されるべきであろう。堆積物が隣地に崩落したり路上に崩落したりして人身被害を発生させる蓋然性が高まっていれば、措置に移行すべきである。安全性は、絶対的法益である。他人の生命・身体を傷つける権利は、誰にもない。それを被害者に受忍させるとすれば、市町村には、損失補償責任が発生するだろう。  一方、生活環境に関しては、相対的法益である。地域コミュニティの一因が原因者となっている案件については、ある程度の受忍という形での協力義務はある。しかし、これにも限界があるのであって、健康被害を発生させているのであれば、措置アプローチに移行すべきである。 (5)実施体制  空き家対策であれば、建築担当だけでの実施は可能であり、現にそうした組織体制になっている市町村は多い。しかし、ごみ屋敷については、単一部局だけで対応するのは不可能である。  条例実施にあたっては、環境担当課か福祉担当課が事務局になっている例が多いようである。こうした主管課はあるとしても、庁内体制をいかにうまくつくるのかが、決定的に重要である。 【追記】  本稿は、日本都市センター(編)『自治体による「ごみ屋敷」対策─福祉と法務からのアプローチ─』(日本都市センター、2019年)所収の拙稿を基本に執筆したものである。行政法学者のほか、看護学者、民法学者、精神保健医師、京都市と足立区の担当者の論攷を収録する同書は、ごみ屋敷行政に関する総合的研究である。同書は、日本都市センターのウェブサイトからダウンロードできる(http://www.toshi.or.jp/?p=14230)。  本稿はまた、科学研究費補助金2019年度基盤研究(B)「環境法の実効性確保システムの改革に向けた法執行過程の総合的実証研究」(課題番号19H01438)の研究成果でもある。