《8》対応事例から B 関わりを通じて生きる≠支える 執筆 牧野 香織 鶴見区生活支援課生活支援担当係長(元中区高齢・障害支援課) 川島 春樹 健康福祉局生活支援課/中区生活支援課生活困窮者支援担当係長 松本 瑞絵 中区福祉保健課運営企画係長 1 事例の把握と概要  平成28年のある日、Aさんから「ヘルパーを使いたい」とのご相談があった。Aさん(50代男性・単身世帯)は、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けており、以前から年1回程度、障害福祉サービス等を担当する高齢・障害支援課に来庁されている方で、身なり等の状況から、生活の状況についてやや心配をしていた方でもあった。  手続のためにご自宅の状況を確認する必要があることから、訪問させていただくと、玄関から家中に物が堆積し、お風呂場や洗面所なども使用できない状態となっており、いわゆる「ごみ屋敷」状態であることが確認された。Aさんが希望するヘルパーを利用するためにも、まずはご自宅をきれいにしましょう、状況を改善しましょうということで、支援はスタートした。 2 ご本人の生活状況  ご本人とお話をしていく中で、大学卒業後、仕事に就いていたが、精神疾患の状況や人間関係の悪化により自信を喪失したことなどに加え、親の介護(Aさんがご両親の介護を担当)も重なり、15年ほど前に離職したこと、両親が他界後は、2週間に1回の通院とその際の買い物を除いては家にひきこもって誰とも会わずに生活をしていることが分かった。  このため、収入はなく、預貯金のみで生活をされていたが、生活保護は受けたくないという強い意向があり、老齢年金受給までは毎月決まった額で生活するライフプランをご自身で設計し、日々を過ごされていた。  また、食生活に偏りがあり、体調も心配な状況であったが、精神科以外の病院にはかかっていないとのことであった。  私たちとしては、Aさんが、生活保護には頼らず、財産のやりくりにより自立して生きていきたいと、自分から相談に来てくださった気持ちを大切にし、なんとか支援ができないものか、という思いだった。また、いわゆる「ごみ屋敷」状態の解消を第一に考えるのではなく、生活を立て直す支援をしていきたいと考えた。 3 生活基盤の安定に向けて (1)収入の確保  前述のとおり、現状は収入がない状況であったが、預貯金があったため、まずはごみの排出を民間事業者に依頼し、経費をご本人に負担していただくことを検討した。しかし、見積りの結果は想像以上に高額であったため、限られた預貯金の中での今後の生活や、ヘルパーの利用を見据え、収入を確保し、家計の見通しを立てることから検討していくこととした。  収入に関しては、障害年金の受給に向けた検討を始めるべく、生活保護に限らない、生活にお困りごとのある方の窓口である生活支援課の生活困窮者支援担当と、協力・連携することとなった。手続に必要な書類を用意するため、病院への同行なども行ったが、初診の病院の閉院などから思ったように年金受給の手続は進まなかった。 (2)健康の維持  当初から健康状態が心配されたため、何よりもAさんの健康維持が大事と考え、2週間に1回の通院のタイミングに合わせて区役所にお寄りいただき、その時々の体調や生活状況、中長期的な目標などをその都度確認するとともに、ご本人との関係構築に努めた。  しかし、食生活がかなり偏っていたこともあり、健康状態はだんだんと悪くなり、やせ細っていき、引き続きとても心配な状況であった。 4 排出支援に向けた調整 (1)条例の適用を検討  Aさんのご自宅は、家の中には堆積物があるが、外にはみ出していないこともあり、近隣からの苦情はなく、むしろ昔から付き合いのある人たちが厚意で草むしりをしてくれたり、心配してくれている状況であった。そこで、こういった事案でも、いわゆる「ごみ屋敷」条例による支援の適用となるのか、条例に基づく対応を所管している福祉保健課に相談をした。その結果、ご本人では片付けることのできない状況であり、区役所全体で応援していくことができる、まさに条例による支援に該当する方であることが確認され、以降は福祉保健課とも連携しながら進めていくこととなった(これで区役所内の支援者の輪は高齢・障害支援課、生活支援課の生活困窮者支援担当、福祉保健課に広がった)。  なお、Aさんとごみの排出の検討を始めたのは平成30年6月であったが、排出作業における熱中症対策等を考慮し、10月以降の排出支援の実施に向けて準備を進めていくこととした。Aさんがすぐにでも排出を行いたいということであれば、意向に沿った実施に向けて調整を考えていたが、ご本人も夏場の排出は回避したいとの意向であった。  夏場は排出を行わないことを決めたが、心配だったのはAさんの体調で、果たして夏を乗り越えられるのか、その点であり、それは支援者共通のものであった。 (2)区役所内での調整  夏には行わないことが決まったとはいえ、ご本人の体調や意向に合わせて、実施時期が早まったとしても対応ができるよう準備を進めることとした。そのため、排出されたごみの処理を担当する資源循環局との調整、支援対応チームの体制整備、排出支援を決定する区役所の対策連絡会議に向けての検討などを進めることとした。  資源循環局は、排出の仕方や搬出ルート、トラックの配置や動線の確保などの段取りを含めて、非常に協力的に対応してくれた(これで資源循環局も支援者の輪に加わった)。  また、開催された対策連絡会議では、公平性の観点などの視点から、「この方にどこまでの支援をする必要があるのか」、「排出支援に要する費用の減免は必要なのか」といった多岐にわたる議論が慎重に行われた。制度の解釈等も丁寧に確認し、結果として、「この案件はこのまま放っておいたらいけない。この条例で、絶対に救わなければならない人だ」という思いが理解、共有され、排出支援を行うことが決定された。 5 ご本人の入院  2週間に1回の面談を継続していたが、Aさんは更にやせ細り、歩くのもやっとという状況になっていた。ご本人が言うには咀嚼も難しくなり、食事も取れていない状況のようであった。そのため、このままでは本当に倒れてしまうのではないかという危機感から、病院をあたり、入院ができる準備を整え、もちろん強制はできないが、ご自宅に伺って、入院を促すこととした。  すると、Aさんも自身の体調が相当悪いことを認識されていたようで、入院に同意していただくことができた。実はその日は排出支援の予定日の一週間ほど前であったが、ご本人の命が最優先。排出支援は延期することになったが、Aさんが自ら入院を決断してくれたことで、区役所の支援者、関係者全員が少し安心できた瞬間であった。  病院から戻ってきたときにはすぐに排出支援に移ることができるよう、区役所、資源循環局では引き続き準備を進めることとした。 6 排出支援  ご本人の体調が回復に向かう中、退院後に元の状態のご自宅に帰宅するのではなく、退院日と同じ日に排出支援を行うことについて、ご本人の意向を尊重しながらAさんと話をしていった。そして、ご本人からは、「命を助けていただいて、生きることができているので、皆さんのおっしゃるとおりにしたい」とのお言葉をいただいた。入院中に健康状態も大幅に改善し、「生きる気力」も回復したようであった。また、「委ねても大丈夫だ」と思っていただける信頼関係をAさんと築けたことを実感することができた。  排出支援の当日は、事前の準備も功を奏してスムーズに進んだ。所要時間は1時間程度、ごみの総量は1tを超えた。排出支援の体制としては、資源循環局と区役所5課(高齢・障害支援課、生活支援課、生活衛生課、福祉保健課、地域振興課)が参加し、計31名で対応に当たった。 7 排出支援のその後 (1)ご本人の変化  排出支援後も面談を続けているが、Aさんにはたくさんの良い変化があった。  まずはせっかく健康になれたのだからということで、健康を維持することを大事に考え、食事をしっかり取るようになった。多少お金はかかっても食事を取るなど、食事の必要性を認識し直してくれた。また、自身の体調に気を遣い、必要に応じて受診や検査をするようになった。  ごみについても、生活支援センターや障害福祉サービス事業所のヘルパーの協力、また、資源循環局のふれあい収集(※1)を利用することで、溜め込まない生活を継続できている。悪い状況に逆戻りさせてはいけないということをご本人自身が考え、実践できるようになった。  また、デイケアにも通うようになり、ひきこもりの状態から、人と関わろうとするように変わってきている。  将来的には仕事をすることも考えたいとの発言もあり、支援者側が驚くほどの状況となっている。ごみを片付けるだけでなく、ご本人の生活を立て直すという目標が達成されつつある。 (2)区役所の中での効果  この事例への対応を通して、条例についての更なる周知、理解が必要だという認識を深め、専門職のみならず事務職等を含めた区役所職員対象の研修や事例検討を行っている。本事例での経験が、今後の支援にも上手くつながっているように感じている。  また、この事例の経験が他の職員にも共有され、生活支援課の生活保護担当の職員などからも、いわゆる「ごみ屋敷」にお住まいの方の案件に関する相談が増えている。まだまだ個々の事例ごとに課題はあるが、関心は明らかに高まってきていると感じている。 8 終わりに  この事例は、ご本人の体調悪化やご両親の介護などが一気に押し寄せたことがきっかけとなり、ご本人の努力だけではどうすることもできない状況になってしまったものである。このような状況は、誰にでも起こる可能性のあることだと考えられる。  ごみを溜めていわゆる「ごみ屋敷」になってしまっている人を、地域で「問題のある人」、「ダメな人」という見方をしてほしくはないと思う。そして、いわゆる「ごみ屋敷」にお住まいの人の支援については、ご本人の意思と周囲の支援が重なれば、立て直しができることをこの事例は証明しているようにも思う。「誰にでも起こり得るし、頑張れば立て直せることである」ことを、市職員にも、市民の皆さんにも、そしてお困りになっているご本人にも伝えたい。  また、排出の後も継続して良好な状態を維持することは、強制的な撤去では実現できず、時間をかけた寄り添った支援が必要だと考えられる。解決までに時間のかかることも多いが、できれば温かい目で見守っていただけると有り難い。 ※1 ふれあい収集  ご家族や身近な人の協力が困難で自ら家庭ごみを集積場所まで持ち出すことができない一人暮らしの高齢者や障害のある方などを対象に、自宅の敷地内や玄関先から直接ごみの収集を行う資源循環局の取組