《8》対応事例から A 制度の狭間を埋める支援 つなぐ・支える・つくりだす 執筆 山川 英里 社会福祉法人横浜市港南区社会福祉協議会  本稿では、経済的、身体的、精神的な要因により社会や地域から孤立し、人とのつながりを喪失している方に対して、『ごみの片付け』支援をきっかけにご本人に寄り添いながら自立に向けた支援を行った事例を紹介したい。 ■事案のきっかけ  最初のきっかけは、ご本人から区社協ボランティアセンターへかかってきた1本の電話だった。本人からの依頼は、持病のせいで両足が腫れ短時間の杖歩行しかできないだけではなく、視力が急激に低下しており、一人での歩行が困難であることから、「ボランティアに銀行への付き添いをお願いしたい」との内容であった。聞き取りを進める中で、「これまで誰も助けてくれなかった」、「人は必ず裏切る」等の他者を拒絶する発言や、「指図されたくない」、「自分のことは自分が一番よくわかっている」等の強気な発言に加え、「ごみ出しもしてほしい」との新たな要望も訴えはじめた。本人との会話から、主訴以外の困りごとや、背景に潜む本人が抱える課題があると考え、本人状況を把握したうえで、もう少し踏み込んだ対応が必要であると判断し、「銀行同行のボランティアを探すために本人の状況を把握させてほしい」ということで訪問させていただく機会をいただいた。最初の相談窓口はボランティアセンターであったが、本人の支援だけではなく、今後の地域支援も考慮し、区社協全体で受け止め、地区担当職員が中心となり対応を検討していくこととした。 ■訪問してみると  実際に訪問してみると、庭は手入れがされ、とてもきれいで(大家さんが手入れをしていた)、一見すると何の問題もない普通の一軒家だったが、一歩足を踏み入れると家はごみで溢れかえっていた。浴槽と洗面所にはごみが山積みになっており、お風呂は使用できない状態。電球も切れていてどの部屋もごみで溢れており生活できる環境ではなかった。実際のところ、本人は2年以上風呂に入っておらず、夜間の排尿は電球が切れていることとごみの山に阻まれトイレまで行けずにペットボトルにしている状態であった。さらに、本人の身体状況も、両下肢にひどい浮腫みがあり、杖歩行どころか立ち上がりもつかまり立ちもやっとの状況だった。視力の低下も顕著で、テレビも基本的には音だけで楽しみ、画面を見たいときにはたった2mの距離でオペラグラスを使用していた。爪も髭も伸び放題、お風呂に入っていないせいか垢が肌にこびりつき清潔は全く保たれていなかったが、私たちが訪問するということで、着ているTシャツとズボンはよそ行き≠フきれいなものだった。  訪問している間も、「自分は何でもできる」、「自分の言ったことだけやってくれればいい」という発言を繰り返し、区社協へ相談の電話をかけるのもご本人にとってはかなり勇気のいることだったのではと思われた。また、ごみの堆積も、本人に集積癖があるわけではなく、玄関を出て3段の階段を降り、坂の上にある50m先のごみの集積場まで杖をついてごみ袋を持って捨てに行くことが難しいためにやむなく溜まってしまった結果であり、その対応をしてくれない行政が悪いと繰り返し主張していた。  本人の自尊心を傷つけないよう、「お庭をきれいにされていますね」、杖をついて何とか通れるよう廊下のごみの山の間に数センチの僅かな隙間をつくっていたことから「転ばないよう工夫されていますね」等の会話から入り、丁寧に聞き取りを進めていった。その結果、依頼のあった「銀行同行」、「ごみの排出」以外にも、「電球の交換」、「買物同行」、「おむつの購入(排尿コントロールができないことから使用していた)」、「行政手続」等の本人からの具体的な要望を引き出すことができた。そして、支援者としては「医療受診」、「入浴支援」、「移動手段の確保」等、複数の生活課題を抱えていることがわかった。また、本人には収入がなく、親の遺産を切り崩して生活していることも明らかになった。これらの現状を踏まえ、その場で区社協から支援策をいくつか提案したものの、ことごとく拒否されてしまった。 ■区社協として  区社協は、この訪問をきっかけに、ご本人の意向を尊重しながら、本人の要望(主訴)だけではなく、身体状況の改善と生活の立て直しも併せて行うことが必要と判断し、継続した支援に乗り出した。提案したサービスを本人が拒否するということは、サービス自体の拒否だけではなく、提案者自体を拒否しているとも考えられることから、まずはご本人との信頼関係を構築することを最優先とし、同時に、区役所とも連携し支援策の検討を始めた。初回訪問後は、区社協が車両送迎による「銀行同行」や「買物同行・代行」、「行政手続の支援」等を含め週1回程度の自宅訪問と、訪問がないときには3〜4日に1回のペースで電話をし、本人との関係を切らさないように努めた。ひと月もすると、本人から区社協へ頻繁に電話がかかってくるようになり、会話を重ねる中で徐々に心を開いてくれるようになった。  本人がこの状況に陥るまでの原因を探り、本人の根底にある闇を解決しないことには、物理的な困りごとを解決しても同じことが繰り返され、本人の本当の幸せには繋がらない。本人との信頼関係が構築されていくにつれ、その要因となっている心の闇の部分を知ることができた。本人が抱えている闇、それは幼少期から持ち続けていた母親への憎しみだった。母親は既に5年前に他界していたが、憎しみはご本人の心の中で増殖していった結果、他人を拒否し、今ある既存のサービスも拒否し、自分から「助けて」と言えない本人を生み出しているように思えた。膨れ上がった憎しみはそう簡単に消し去ることはできないが、信頼できる人を本人の身近に増やすことで、「自分のことを考えてくれる人、味方はたくさんいる」と感じてもらい、生活をしていく中で憎しみにも勝る幸せを感じていただけるような支援方法を考えた。 ■支援者を広げ、本人につなぐ  経済的、身体的、精神的な要因により社会や地域から孤立しあらゆる人とつながりを喪失している本人を支援するにあたり、本人の意思や地域の受け入れ体制が整っていない現状で、地域の人へ支援を求めるには時期尚早であり、また、区社協だけでは限界があるため、他の専門職による支援が必要であった。本人はまだ50代ということで介護保険も含め公的なサービスの導入ができない制度の狭間にあった。区社協としては、本人と関わる専門職を少しでも増やし、区社協・区役所と一緒に支援に加わっていただきたいと考え、コミュニティソーシャルワークの研修を受けた専門職が在籍している社会福祉法人が運営する複数施設(特別養護老人ホームや障害者施設)へ協力を仰いだ。施設の方には、施設の車両を利用した「買物送迎・同行」や「電球交換」等の物理的な支援を通し本人にアプローチしながら、その技術を存分に発揮していただき信頼関係を築いてもらった。本人が承諾すれば、「入浴支援(施設の浴場を利用し施設職員が介助)」や「施設食のデリバリー」、「日常のごみ出し(障害者施設の通所者が散歩途中等に立ち寄って行う)」、「外出場所として施設を提供」等の支援も可能と言っていただいた。  支援者の輪が広がりチームによる支援体制ができても、「本人を真ん中にした支援」はぶれることなく、本人の意思に反した押し付けの支援はしないことを共通認識とし、短期・中期・長期的な支援の見立てを行い、先まで見据えて連携し取り組んでいくことに重点を置いた。そうでないと、本人を取り巻く支援者・関係機関を増やしてもうまく機能せず、逆に本人にとって不利益になり、効率の悪い結果をもたらす可能性があるからだ。 ■区役所との連携・片付け支援の実施  家中に山積していたごみの排出については、本人から早急に対応してほしいとの強い要望もあり、区役所が中心となり、ごみ屋敷対策条例に基づく排出支援の検討を進めていただいた。しかし、ご本人との関係を考慮し、これまでつくってきた支援者のネットワークを使って片付けを行うこととなった。条例の適用はされなかったが、この条例があったからこそ、区役所も支援体制を整える等の調整や検討をしていただけたのではないかと感じている。また、排出に関してご本人への説明や承諾、日程調整等を行うために区役所も訪問や電話を重ねてくれたため、本人との信頼関係が構築され、区役所にも日常的に相談の電話が入るようになった。  当日の作業は、特別養護老人ホーム(理事長含む2名)、高齢者介護総合センター、区役所の福祉保健課、地域振興課、区社協の計16名が参加し、本人の指示の下、1日かけて無事に完了することができた。要望していたごみの片付けが終了し、ご本人の心が少し和らいだのを見計らって、作業に参加していた区役所の保健師による足浴を行った。そのおかげで、これまで頑なに拒否をしていた医療受診も、「訪問診療なら受診する」と言ってもらうことができ、保健師の迅速な対応で1か月後の予約を入れることができた。また、本人は無収入で限られた生活費しかないため、今までのネットワークを駆使して片付けができたことは大変ありがたかった。  ごみの片付け支援をきっかけに、本人と支援機関・者との関係は更に深まり、支援に関する提案を以前より前向きに捉える様子が伺えた。 ■地域で支えるために  現在の本人状況が改善されていった場合、本人が安心して住み慣れた地域で生活していくためには、専門職の支援だけではなく、地域とも連携した支援体制が必要になってくる。先を見据え、現在地域にはない又は不足している助け合いの活動や、既存の取組で拡充して対応できるもの等を精査し、地域住民とともにつくり上げていく必要がある。  本人に必要な日常のごみ出しや薬の受け取り、外出の付き添い、買物代行、電球の取替等の「生活支援ボランティア」の立ち上げ、孤立を防ぎ人とつながるための社会参加の場(サロン、居場所等)の創出等は、地域だからこそできる取組である。今後同様の困りごとを抱えた住民が増えることが予想されることを鑑みれば、地域全体で検討し、組織していかなければならないと思い、この事例をきっかけに担当の民生委員や地区社協へ相談し、協議を進めた。  一方、組織をつくらなくても、隣近所の支えあいで解決できる問題もある。本人の異変に迅速に気づけるのは、そこで生活をしている住民である。ちょっとした「目配り」、「気配り」から専門職につながり救われる人は多い。今回、区社協では、民生委員への見守りの依頼だけではなく、別件で本人宅の隣近所を訪問した際に、隣近所で気になることはないかも聞いて回った。そのうち2軒から「実は以前から本人のことが気になっていて・・」というお話を聞くことができた(区社協からご本人について尋ねたり、ご本人の情報は一切伝えていない)。その2軒には、ご本人のお宅を含め、もし隣近所で異変や気になることがあったら区社協へ連絡してほしいと依頼し、緩やかな見守りをお願いした。この取組が、見守りの体制づくりのきっかけとなり、「地域の気づき」から「支援機関(専門職)での対応」へつながることになれば、双方の利点を活かした一体的な支援体制ができると考える。 ■最後に  今回の事案については、本人の健康状態が心配されたことから、スピード感を持って対応していくことを心掛けた(様々な対応を同時進行で行っていった)。具体的には、4月下旬の相談から5月の初回訪問、その後本人の困りごとの解決をしながら信頼関係を構築し、8月にはごみの片付け支援を行った。医療受診については、ごみの片付け後、一旦は往診の予約に至ったが、往診に必要な事前契約が医師への不信感につながり直前になって本人からキャンセルの申し出があったため、受診につなげることができなかった。客観的に福祉・医療の支援が必要と思われる支援も、本人の意向に沿わないと拒否されてしまう場合の対応の難しさを感じた。  区社協は、一人ひとりの困りごとに向きあい解決をしていく中で、制度の狭間の問題も民間組織である強みを活かした自由な立場と発想で取り組むことができる。そして、本人が「助けて」と言える人・機関を専門職だけではなく地域の中にもたくさんつくりながら、個別ケースを個別支援で終わらせることなく、地域課題として捉え課題解決に向けた住民主体の仕組みづくりを行っていかなくてはならない。住民同士の支えあい・助けあいの取組が充実すると、課題解決はもちろんのこと、これまで潜在化していたものも含め多くの課題が住民の力で発見される。その一人ひとりが発信する「助けて」という声にきちんと向きあい、一人の困りごとも見逃さない地域づくりを行うため、住民力に加え、専門職も含めた多様な機関が関わり、相互の強みを活かした支援体制をつくっていきたい。