《8》対応事例から @ 地域から孤立した8050世帯への支援 執筆 今井 希美 港南区高齢・障害支援課 後藤 雅彦 横浜市港南台地域ケアプラザ 生活支援コーディネーター 今岡 裕子 横浜市港南台地域ケアプラザ 看護師  いわゆるごみ屋敷状態の解消に向けた取組を通して、ご家族全体への支援を行った事例を紹介する。  この事例は、地域ケアプラザの生活支援コーディネーター、看護師、区役所のソーシャルワーカーが連携し、支援を行ったものである。それぞれの立場からの関わりや所感などを通してお伝えする。 1 当初の状況  この事例の対象は、集合住宅にお住まいのご夫婦(80代)とその息子さん(50代)の3人家族であり、いわゆる8050世帯(※1)と言われる世帯である。ご夫婦は共に介護が必要で認知症があり、特に奥様の介護度は高く寝たきりの状態で、病状に適した食事を取る必要があった。また、息子さんには知的障害とうつ病があった。  このような家族構成の中で、ご夫婦の認知症が進行し、ご家族のそれぞれが適切なサービスに結びついておらず、ご自宅の中もいわゆるごみ屋敷の状態となり、その臭気で近隣からの苦情もあった。ご主人が怒鳴りつけるように会話することも影響しているのか、周囲に相談できる人はおらず、地域から孤立している状態だった。 2 ご家族との関わりについて  地域ケアプラザでは、十数年前、ご主人がデイサービスを利用していたこともあり、ある程度はご家族の関係なども把握できていた。当時から、デイサービスの際にいろいろなもの(拾ったもの)を持ってきてしまうことや、身だしなみなども含めて、衛生的でないこともあり、ケアマネジャーと共に少し気をつけていた。  デイサービスは週1回の利用で主な目的は入浴と着替えを行うことだった。清潔な着替えを持ってくることができないことも多く、入浴できても身だしなみが整えられないこともあったが、食事をきちんと取り、時折奥様のことについてお話をしてくれ、家庭状況を把握することができていた。奥様が寝たきりであるというお話を伺ったときは、奥様に介護保険のサービスを早急につなげる必要があると考え、奥様の分のサービス契約をしてもらった。  また、ご主人は近くのスーパーなどに買い物に行くが、卵、じゃがいも等限られたものを毎回買ってしまう。臭いがあり、身なりも整っていない中で、ご本人が周囲の人に対し急に理由もなく怒り出すこともあったため、この方を知らない地域住民にとっては近寄り難く、避けてしまうような状況だった。一方で、ご主人のことを認識している地域住民は、ご本人に直接声をかけるということはないが気になる存在であるようで、地域ケアプラザには「最近見かけない」、「あそこで座り込んでいた」などの情報が寄せられることもあった。  区役所がこの事例を把握したきっかけは、奥様が利用している介護保険サービス事業所やケアマネジャーからの利用料の支払が困難な家庭としての相談だった。このときは奥様だけが介護保険サービスを利用しており、ご主人の介護保険サービスの提供は中断していた。  現在の介護内容がこのご家庭の状況に合っていないため、サービスの提供量を増やしたいが、利用料が2か月に1度しか支払われず集金に苦労しているため、容易に増やせない。ご夫婦ともに医療機関への受診が中断しており、認知症が進行している状況であったことに加え、ご自宅がいわゆるごみ屋敷の状態であることも、適切なサービス提供に至らない理由となっていた。さらに、介護サービス事業所が訪問しているにも関わらず、息子さんとは誰も会ったことがない(存在が知られていない)状況であった。  区役所では、そうした話を受けて、ご家庭では認知症のご主人が寝たきりの奥様の面倒をみているということだったため、まずは奥様の健康状況の把握、受診が必要だと考え、区役所の訪問看護師が定期的に訪問することとした。  また、利用料の支払いについては、収入に見合ったサービス利用につながるよう、収支の確認を行った。直接ご主人に状況を伺ったり、銀行へ同行するなどの支援もした。その中で、年金が入金された直後であれば支払いができることや、息子さんは障害年金を受給していたが現況の手続ができていないため、支給停止されていることが聞き取れた。ご主人はそれぞれ対応の仕方が分からず、息子さんに対し「お金を持ってこない。使うだけの奴なんだ」など一方的に怒っていることも分かった。  これまで、地域ケアプラザでデイサービスの利用料の未納が続いても、ふとご主人が現れて支払いをしていくことがあったことなども分かった。区役所にも同様に、突然税金を払いにやってくることがあった。これらにより、お金を払わないのではなく、払わなければならないと思っているが、払うだけの現金を持ち合わせていない、計画的に現金を使うことができないのだと分かった。  ご自宅の中は、堆積物が天井まで積み上がり、床も見えない状況で、ご主人が何度も買う同じ食料が腐り、家の外にまで腐敗臭が漏れ近隣住民に影響が及んでいることも確認した。なお、ご自宅を訪問する際には、支援者はいわゆるごみ屋敷であっても、そこは住民が実際に住む住まいであることを常に念頭に置いて対応した。 3 支援対象は世帯全員  ご家族全員の状況を把握したところで、生活環境を整えなければご夫婦にはそれぞれに適切なサービスの導入ができないし、息子さんは障害福祉サービスの新規の利用や年金再受給に至らない。手続きしたくとも書類も印鑑もなく、見つけたとしても使用できる状態ではない。そして支援者のためにも生活スペースや介護スペースを確保し、ご家族が今後も住み続けていくため、生活できる空間づくりが必要だと考えた。  まずはご家族全体の適切な金銭管理が必要と考え、ご夫婦ともに成年後見人を立てる手続を進めた。なお、手続は、ご親族とは交流がなく、ご本人の意思確認が取れないため、区長申立て(※2)により行った。  同時にご夫婦に関しては、区役所として介護サービスの調整、地域ケアプラザとしてはご主人の介護サービスの再開に向けて、サービス提供事業所探し等、引き受け手に関する検討や奥様のケアプランの再確認等を行った。  息子さんについては、顔の見える関係づくりを進めつつ、区役所内の関係部署と、成年後見人や障害福祉サービスの必要性などについて相談、検討を行った。息子さんにお会いしてみると、対人関係を築く力もあり、ご両親の介護のキーパーソンは息子さんだと思われた。  また、息子さんがひきこもりがちになったきっかけも見えてきた。どうやら、ご主人は息子さんに会社員になってほしかったようだが、結局息子さんは会社勤めをしていないため、「家にいていい、外に行かなくていい」と息子さんを隠すようになったようであった。息子さんの障害を受容することが難しい面があったのかもしれない。 4 排出支援に向けて  生活を立て直し、生活環境を改善していくため、成年後見人を立てたり、サービスの利用調整等を進めていくに当たっては、支援関係者が連携し、毎月のカンファレンスで状況を確認し合った。その結果、毎日、支援者の誰かが家庭訪問している状態になった。  そして支援者のほとんどは、ご家族の状況や印象が変わってきたという実感を持ち、関係性が築けたという自信も生まれていった。生活ができる空間をつくるため、ごみの排出に向けた支援に踏み込んでご家族とお話をすることも、今の状況であれば大丈夫なのではないかという思いを共有することもできた。  また、成年後見人が就任し、排出支援に関してご本人たちの意思確認をしてもらうこともできるようになった。  また、区役所としては、この事例が条例に基づいて排出支援を行う1事例目であったこともあり、細かなことも含め、課題や疑問を一つひとつ丁寧に検討し、解決していく作業となった。生活保護は受けていないが、個人で廃棄物処理を依頼する財産は持ち合わせていない中で、費用をどうしていくかや、同じ集合住宅にお住まいの方への配慮や排出作業に関してご理解をいただくこと、捨ててはいけないものの確認作業や当日のご本人たちの居場所の確保など、検討しなければならないことは多岐にわたった。こういう細かな意思確認に、成年後見人の存在は非常に大きいものであった。  また、排出支援実施を決定するに当たっては、区役所の対策連絡会議で排出支援の必要性等を判断するが、この対策連絡会議は福祉分野以外の職員も含む構成になっている。このご家庭についての経過や現状は、福祉的視点では理解できるが、なかなか理解が難しいといった意見もあり、対策連絡会議では、現状に至ってしまったことに対する原因の追求や、ご家族に対し指導すべきとの意見をいただくなど、排出支援の必要性の検討に入るまでに様々な議論を重ねることになった。  また、排出に要する経費の見積りの把握も困難を伴った。訪問を重ねてきた支援者も、堆積物がどういったもので構成されているか、危険な物はないのか、排出に使用する車が何台必要かということが分からない。排出を担当する資源循環局の協力は必要不可欠だと感じた。 5 排出支援の実施  実際の排出は、9時に作業を開始し、14時頃に終了した。当日は、支援関係者が集まり、作業場所を分担し、各々が袋詰め等をしながら排出していった。成年後見人の依頼により、今後使えないもの、においのついているものは排出することとしていたため、残すものと排出する物を細かく見ていく必要がなかったのは幸いだった。排出作業の時間配分や人員配置に苦労したが、このときの人員配置についての課題が市全体のワーキンググループで課題として抽出され、その後マニュアルの改訂につながったと聞いている。  排出作業が終わった後、支援関係者は、約5時間残ってレンタルベッドの再設置の受入れや壁や床の清掃、カーテンなどの洗濯等を行った。排出してみて初めて、このご家庭に、使用できる家電があったことが分かった。 6 排出支援のその後  排出支援後、ご夫婦ともにデイサービスの利用回数が増えた。食事をしっかり食べ、入浴介助も受けられるようになった。送り出しのヘルパーも付けてもらったため、着替えや洗濯も行き届き、身なりも整ってきた。これまで衣類・書類・バッグなど必要なものを山のような堆積物の中から、探し出す支援者の苦労が続いていたが、探し物をすることなく、適切な介護支援をすぐに開始できるようになった。生活環境が整ったことによる変化だろうか、ご主人は以前より口調が穏やかになり、ゆったりとした生活を送ることができるようになった。  地域住民も、ご主人が路上で歩けなくなっているところを見かけると、車いすを地域ケアプラザで借りてご自宅まで送り届けてくれるようになった。地域にもよい変化が生まれたのだと思う。  奥様は小規模多機能事業所の支援を受けることになった。ご主人と同様に、ヘルパー訪問の際も空間が確保されたことで活動がしやすくなり、介護提供の効率も飛躍的に上がった。  さらに、息子さんは家庭のごみの分別も行うようになった。排出支援の当日、資源循環局に依頼できなかった小さなビンや缶が集まってきたとき、集積所に出してもいいのか息子さんに尋ねると、「玄関に出しておいてくれれば出すよ。でも分け方はまだ分からない」(以前分別の仕方で怒られたことがあったらしい)と教えてくれたので、分け方を教えると、ペットボトルの蓋のどうしても残ってしまうプラスチックのリングの部分までペンチで取って分別し、集積場に正しく出すことができた。比較的分かりやすいごみを分別することから始めれば、すぐにできるようになっていった。現在も居室空間はきれいなまま維持されている。  また、息子さんは、「両親が亡くなった後は、自分一人ではこの家は広すぎて寂しい、管理していくのは難しい」と支援者に話すようになり、「障害者施設に入りたい」、と言うようになった。最近では具体的に、「グループホームに入りたい」という希望まで話すようになっている。知的障害者のグループホームでは、入所者は、日中は仕事や作業所に行かなければいけないなど、様々な要件があるが、ご本人は今、ご自宅から作業所に通っている。グループホームに入るということは、個室とはいえ、入所し、集団生活を送るということである。息子さんにとってこれまでの生活と全く違う生活になるが、それでも将来の生活を自ら考え選択し、実行しようとしている。  既に、息子さんにも成年後見人が就いているため、お金の管理も安定し、グループホームに入ることも夢ではないところまできている。  排出実施後、自宅の中は、会話が響くほど物が減った。ご本人たちにとって、大切なものを処分してしまったかもしれない。家族として空虚感や急激な変化を感じさせてしまったとも思う。  だが、近隣住民との関係が改善したことや、ご主人が「久しぶりに大の字で寝た」と床に寝転がっていたこと、奥様が大切にしていた和服を発見することができ、息子さんが大切に保管していること、息子さんが支援者を頼り、意思表出ができる環境を提供できたことも、それぞれ良かったと感じている。  今回の事例のような支援は、支援者が一人だけで奮闘しても解決は難しかったと感じている。地域住民に気にかけていただきながら、地域ケアプラザやケアマネジャー、サービス事業者、区役所など、元々点であった支援が線となり面となって地域の資源として最大限生かされ、ご家族全体に届いたからこその結果だと感じている。 ※1 8050世帯  80代の親が50代の子どもを支えるという問題を抱える世帯。背景には親の高齢化と子どものひきこもりの長期化があり、介護、生活困窮、社会からの孤立等の問題が生じるとされる。 ※2 区長申立て  身寄りがない、身内から虐待を受けている、親族が協力しないなどの理由で、申立てをする人がいない方の保護を図るため、市町村長(横浜市では区長)も法定後見の申立てができる。