《6》区における「ごみ屋敷」への対応〜神奈川区は何を大切にしたか 執筆 中山 真吾 神奈川区福祉保健課 1 区における体制  平成28年12月、本市においていわゆる「ごみ屋敷」条例(以下「条例」という。)が施行された。これに伴う区の対応について紹介する。 (1)推進体制の検討  条例の施行に向け、各区はそれぞれにおいて区対策連絡会議(以下「連絡会議」という。)を設置し、いわゆる「ごみ屋敷」(以下単に「ごみ屋敷」という。)対策の推進体制を整えていった。連絡会議 の設置は区の取組の基本であるが、開催頻度や会議の構成員は各区の実情に即して定め、運用することとなったため、区ごとに体制は異なっている。  神奈川区では、年に4回の定期開催を原則とし、案件を至急判定するなど、緊急の必要性があるときなどは臨時で会議を開催することとした。  また、当区では、各案件の進捗状況や支援の方向性を随時共有することや、区におけるごみ屋敷対策事業をより具体的に現場に即したものにするための検討を行うことを目的として、別途部会を設置し、月例開催をしている。平成30年度の開催実績は、連絡会議7回、部会9回である。 (2)既に把握している案件の取扱い  また、各区においては、条例の施行に合わせて相談・支援台帳(※1)を備えることとされたが、既に各課において把握し、若しくは対応している案件を掲載するか否かの取扱いについては、区ごとの運用に委ねられることとなった。  条例において、「ごみ屋敷」とは「近隣に不良な影響を及ぼす生活環境」とされていることから、当区では、各課が既に把握しているごみ屋敷案件の中でこれまで地域から通報や苦情があった事案を当初 台帳に登載することとした。  なお、当区の台帳登載件数の推移は図1に示すとおりであり、これまで区として多くの案件に対応している。特に平成30年度については、当区において不良な生活環境を解消し、台帳からの削除に至っ た件数は全市合計件数の23%を占めている。 2 神奈川区の特徴的な取組  ごみ屋敷対策事業の推進に当たり、当区の特徴と考えられる点を四つ述べたい。 (1)全庁的な取組にする  他区においても、連絡会議の構成員に総務部や土木事務所など、福祉保健センター以外の所属を含める例は多いように見受けられるが、当区ではそれに加え、新たに把握したごみ屋敷への初動を担当する課を輪番とする「各課輪番制」を導入し、福祉保健センターのみならず、部会の構成課が順番に初動を受け持つ体制としている(図2)。  具体的には、ごみ屋敷に関する通報があった場合、通報の内容は一旦事務局である福祉保健課が集約し、福祉保健課は、当該対象者の情報を確認して、既にいずれかの課に関わりがある場合、若しくは担当となりそうな課がある場合を除き、輪番制により初動担当課を決定する。  初動担当課は、当該案件のごみの堆積状態を判定するための調査や、「お困りごとはありませんか?」という相談窓口を記載した市所定のチラシをご自宅へ配付する。そして、後日チラシを目にした対象者が区へ何らかの相談を行った場合は、その相談内容に応じた所管課へ引き継ぐこととしている。なお、対象者から相談がない場合については、引き続き、初動担当課が定期的に状況等の調査を行うこととしている。  こうした体制を採っていることから、総務部など専門職(ソーシャルワーカー、保健師等)以外の職員でも調査を無理なく実施できるよう、不良な生活環境の度合いを図る所定の「判定基準調査票」の様式に独自の加工を施している。それぞれの判定項目にごみの堆積程度を例示し、チェックボックス化することで、誰もが容易に調査を行えるようにしている。 (2)条例のタイムリーな活用  条例の制定により、ごみ屋敷対策に取り組むことが行政の責務であることが明確にされ、「排出支援の実施」など、それぞれの支援の中で大きな後ろ盾となっている。  条例に基づく支援を行う場合には、定期的な状況確認や庁内で共有するための会議資料の作成など、一定程度の事務負担が生じるため、前述のとおり相談・支援台帳を当初作成した際は、各課の把握している全ての案件を登載はしていない。  各担当者が抱える案件は、それぞれ様々な要因により長い年月の中でごみの堆積が生じているものであり、支援者側のタイミングで一朝一夕に解決するものではない。そこで担当者は、台帳に登載されていない案件については、条例の制定前と同様に、通常のケース対応としてごみ屋敷案件の支援を進めている。  ケース支援においては時機≠ェ大変重要であり、「今なら片付けを進められる」などのタイミングを逃さないことが求められる。そこで担当者は、排出支援など、条例に基づく支援に結び付けられる「ここぞ」という状況になった場合は、速やかに案件を台帳に登載し、時機を逸することのないよう片付けを進めることを心掛けている。  事務を軽減しながら、条例を後ろ盾にそれを最大限活かした、タイムリーな案件対応を行っている。 (3)区主催研修の実施  これまで多くの事例を一つひとつ積み重ねるうちに、対象者の多くに身体的若しくは精神的な症状があり、介入の糸口が難しいという共通する特徴が見えてきた。  そこで当区では、ごみ屋敷対策事業に関わる全ての職員が、ごみ屋敷の課題を抱える当事者の実情や背景を理解する契機となるよう、関係機関及び他区の職員も参加可能なスキルアップ研修を全18区の 中で初めて区主催で開催することとした。平成30年度には精神科医を講師にお招きし「精神疾患」について、令和元年度には保健師職の大学教授をお招きし、「セルフ・ネグレクト」について研修を実施した(写真1)。具体的な対応事例を交えた研修を受講し、参加者からは、対象者へのアプローチに当たり、大きなヒントになったとの声が多く聞かれ、実際のケース支援にも活かされつつある。  区民のお困りごとの解決のためには、このような対応スキル向上の研修は必要なことであり、新たな課題に対応していくため、次年度以降も継続的に実施していく考えである。  その他、条例の内容や区の取組状況への理解を促すため、毎年度当初に転入責任職向けの研修を実施するほか、各地域ケアプラザが独自で実施する地域住民や介護事業所向けの研修に出向き、ごみ屋敷対策に関する講義を行うなどしている。 (4)再発防止及び未然防止の取組  ごみ屋敷の対応は、その堆積したごみを片付けることが目的ではなく、福祉的観点から、堆積に至ってしまった原因や背景を十分に理解し、片付けに際しては、本人に寄り添い、その後の支援を継続していくことが重要である。また、堆積が悪化する前に予防を行うことが重要である旨、条例にも位置付けられている。  そこで当区では、本年度、これまでに蓄積してきた各案件の支援実績を踏まえ、「再発防止及び未然防止」の独自の取組を行った。 ア 「気づき」の共有に向けて  通報などにより区が把握するケースは、既に通報時に重篤化していることが少なくなく、ごみの堆積も相当量であることが多い。既に区が関わっているケースであれば、ごみの堆積量などの些細な変化にも早期に気付くことができるが、区につながっていないケースについては、いかに早期に把握してアプローチを行っていくかが未然防止の観点からも重要となる。  他方、行政が把握していなくても、そのお宅がごみ屋敷であることが近隣住民の間では周知の事実であったことも多く、外部通報を受け、区が地域住民から情報収集をしている際に、「実は以前から地域も困っていた」とのお話があることも多い。  今後は、案件が重篤化する前に地域住民が区や関係機関につないでくれる仕組みづくりを進めていく必要があると考える。ごみ屋敷は、ある日突然大量にごみが発生し堆積する訳ではなく、当事者や当事者宅に何らかの前兆が表れ始めることが多い。  そのため、堆積の重篤化を防ぐためには、それらの前兆を見逃さないことが必要であり、住民一人ひとりが、日常生活を送る中で感じた「些細な気づき」を地域の中で、ひいては区・関係機関につないでいくことが重要である。  そこで今年度、当区では、区民一人ひとりの「気づき」の目をつなぐことを啓発するリーフレット(写真2)を新たに作成し、様々な場面で用いている。SOSを自ら発しない人が増えている中、まちで暮らす誰もがお互いの困りごとにふと「気づき合える」地域がつくられるよう、引き続き支援していきたい。 イ 追跡調査の実施  一度解決した案件が再発していないかの確認や、また再発していた場合にその傾向を分析することは、再発防止の視点から有効であり、今後の各担当課の支援の一助になると考え、今年度、これまでに排出支援を行った案件を対象に追跡調査を実施した。  前述のとおりごみ屋敷対策のゴールはごみの片付けではなく、その後の当事者の生活支援が目的であることから、当区では排出支援の実施に際しては、片付け後の生活支援を重視し、当事者支援の方針を連絡会議において十分に共有することとしている。また、実際の排出支援に際しては、地域ケアプラザ等の関係機関や地域住民と、課題や今後の方向性を事前に共有することで、当日の排出作業を円滑に協力して進めることができている。さらに、区の資源化推 進担当や資源循環局とも連携のとれた排出支援チームが構成されている。  そうしたこともあり、今回の追跡調査の結果では、堆積の再発は1件も発生していないことを確認することができた。  片付け後も、地域や関係機関の見守りにつながったり、ふれあい収集や各種医療福祉サービスを導入したりするなど、対象者との継続的なつながりを保持できており、それらの関わりが堆積の再発を防止する大きな要因であったと考察している。 3 事務局として心掛けていること  区福祉保健課は事務局として各支援担当課と連絡会議を結ぶ単なる「パイプ役」ではなく、「砦」として司令塔の役割を果たすべきと考えている。事務局として案件を差配する以上、対象者の基礎情報は当然のこと、案件の進捗など、各課に足を運び、最新の情報を得ることを日々心掛けている。  「ごみ」ではなく、「その当事者」をどう支援するかに主眼を置き、庁内職員や地域住民を交えた対策カンファレンスに参加することも少なくない。問題解決に向けて、事務局として何か提案できることはないかを常に考えるようにしている。  その甲斐あってか、ごみ屋敷とは別の用件で各課を訪ねた際に、各担当者が抱える新規の案件について、支援の進め方やタイミング、条例に基づく支援の対象とすることの可否など、様々な相談を持ち掛けられるようになったことは、事務局の役割が一定程度認知された証であり、当区のごみ屋敷対策事業の推進体制がこの3年間で着実に確立されつつあると実感している。 4 まとめ  条例が市職員としてごみ屋敷対策に取り組む明確な後ろ盾となり、また排出支援を行うことができる確固とした根拠ができたことは、ごみ屋敷対策事業の推進に当たり、非常に大きな意味があったと考える。  他方、今後いわゆる8050世帯(※2)の増加などを背景に、支援の必要な対象者が更に浮き彫りになることが予見される。また、市民への制度周知が一層進むことで、地域からの通報がますます増える可能性もあり、『通報のあった案件については、総じて相談・支援台帳に掲載しなければならない点』や、『施設入所などにより居住者が不在となっても、堆積が解消するまで台帳から削除することはできない点』など、ケース把握や解消判断の観点から、全市的に運用上の取扱いを検討する余地はまだまだあると感じている。これまで蓄積された様々な情報やノウハウを踏まえ、全市的な観点から、より良い事業展開が行われるよう、引き続き検討していきたい。  今後もごみ屋敷対策事業の推進に『チーム神奈川』として一丸となって取り組み、「地域丸ごと支援」の観点から、地域福祉保健計画や、困窮セーフティネットなど、あらゆるネットワークが網の目の ようにつながり、重なり合うことで、まちで暮らす誰しもの困りごとを取りこぼさない仕組みができるよう、区としても更に推進していきたい。 ※1 相談・支援台帳  市民等から区役所各課に入った不良な生活環境に関する相談又は所管業務で把握した情報を整理する台帳のこと。 ※2 8050世帯  80代の親が50代の子どもを支えるという問題を抱える世帯。背景には親の高齢化と子どものひきこもりの長期化があり、介護、生活困窮、社会からの孤立等の問題が生じるとされる。