《4》条例の基本的な考え方と取組の全体像 執筆 佐々木 祐子 健康福祉局福祉保健課担当係長 1 はじめに  私は平成28年4月に健康福祉局福祉保健課に配属になった。その前年度から関係区局による、いわゆる「ごみ屋敷」(以下単に「ごみ屋敷」という。)対策検討プロジェクトにおいて検討が進められてお り、異動したときには、ちょうど条例案の骨子について、パブリックコメントを実施しているところであった。  当時、全国の状況を調べてみても、福祉的な部門が前面 に出ているのは京都市くらいしか見当たらず、その他の都市はごみの処理等を所管する環境部局が主導している状況であった。そのような中、私 の主な役割は、社会福祉職の経験を基に「ごみ屋敷」対策を福祉的支援中心に進めるための体制を整備し、具体的対応をまとめることだった。  ここでは、本市の条例制定の経緯を踏まえ、条例の基本的な考え方と取組の全体像について紹介する。 2 条例の概要  「横浜市建築物等における不良な生活環境の解消及び発生の防止を図るための支援及び措置に関する条例」(以下「条例」という。)は、全18条で構成されており、単にごみを片付けることにとどまらず、ごみ屋敷の発生の未然防止や再発防止をも含めた総合的な施策を実施するため、本市のごみ屋敷対策の基本方針及びごみ屋敷問題に係る本市及び市民の責務を定めるとともに、本市が行うべき支援及び措置を定めている。  以下、条例のポイントについて解説していく。併せて図1も参照していただきたい。 (1) 条例の対象 第2条  条例の対象としているごみ屋敷とは、原因となる物の堆積又は放置があり、それによって害虫又はねずみの発生、悪臭の発生、火災の発生のおそれ、物の崩落のおそれその他これらに準ずる影響のいずれかが生じていることで、結果として、その建築物又は近隣の生活環境が損なわれている状態をいう。  原因としては「物の堆積等」に起因するものに限られており、草木の繁茂に起因するもの、動物の多頭飼育に起因するものは、この条例の対象外である。  また、原因となる「物」は、その堆積等により現に不良な生活環境が生じていれば、対象は廃棄物に限定していない。それは、「物」が廃棄物に当たるかどうかの認定は必要なく、堆積者が「ごみ(廃棄物)ではない」、「財産である」、「自己の所有物である」、「第三者の所有物を預かっている」、「換価価値がある」、「愛着価値がある」など主張したとしても、それだけをもって対象から除外されないように するためである。  「害虫の発生」、「ねずみの発生」、「悪臭の発生」、「火災の発生のおそれ」、「物の崩落のおそれ」などの物の堆積等による影響については、それぞれ選択的であり、いずれか一つの影響をもって不良な生活環境と判断することも可能としている。具体的には、「横浜市建築物等における不良な生活環境に関する判定基準要綱」を定めており、この判定基準は各区統一の基準である。この基準は、不良な生活環境の状態を確認し、支援を開始するものであり、「同一の行政目的を実現するため一定の条件に該当する複数の者に対し行政指導をしようとするときは、市の機関は、あらかじめ、事案に応じ、これらの行政指導に共通してその内容となるべき事項を定め、かつ、行政上特別の支障がない限り、これを公表しなければならない。」という横浜市行政手続条例第35条に基づき、判定基準を行政指導指針と位置づけ、意見公募手続を経て制定したものである。  次に「建築物等」の定義であるが、建築物及びその敷地に加えて、当該敷地に隣接し、物の堆積等が一体となってなされている私道その他の土地も含め、対象となる空間的範囲を拡張している。これは、 (3)で述べる「支援」によって堆積物の片付けを行う際に、敷地外に堆積等された物が、その対象外となるのを防止し、より実効的な解決を図るためである。  なお、居住その他の使用がなされないのが常態である建築物については、原則、空家対策特別措置法で対応する。しかし、条例では、当該建築物等に現に居住者がいるか否かまでは問うていない。それは「ごみ屋敷」の中には、施設入所や長期入院などの事情で居住者がいないなど、様々な状況が考えられるため、制度の隙間を埋めるべく対応できる余地を残しているからである。 (2) 基本方針 第3条  基本方針では、一義的には、不良な生活環境を発生させている堆積者がその解消を行うこと(第1号)が大前提であるが、「ごみ屋敷」が発生する背景には、認知症や加齢による身体機能の低下、地域からの孤立といった、生活上の諸課題がありうる以上、福祉的観点から当事者に寄り添った支援が必要である(第2号)という考え方を反映している。そして、自ら不良な生活環境の解消を行うことが困難な場合には、市や地域住民等が協力して、支援を行うこととしている(第3号)。  一方で、支援を基本としながらも、堆積者が再三の説得に応じず、支援では建築物等 における不良な生活環境の解消が見込めない場合には、必要に応じてこの条例に基づく措置を適切に講ずることとし ている(第4号)。条例は「支援」と「措置」が大きな柱であり、その中でも「支援」がまず優先するものであることを明示している。 (3) 支援 第6条  条例上の支援には、4種類の支援が規定されている。  1つ目は、当事者や地域住民等からの相談への対応、及び関係機関が相談を受けた場合の支援である(第1項)。当事者や地域住民からは、堆積物及び堆積物に起因する悪臭の発生等の具体的な建築物等の状況についての相談、そこに住む住人についての相談等が様々な形で各部署に寄せられる。各部署で相談を受けるだけでなく、必要に応じて関係課と情報を共有し、適切な支援が行われるように情報提供等の具体的な行動をとること。また、本市が自ら相談を受けた場合だけでなく、社会福祉協議会や地域ケアプラザ等の関係機関が相談を受けた場合にも、それらの機関が適切な対応を行うことができるよう、関係機関に対して、情報提供をしたり、ごみ屋敷に関する相談のノウハウを共有したりするなどの支援を行うことも含む。例えば、「近隣の一人暮らし高齢者に認知症があるようで家屋がごみ屋敷になっており心配」といった相談が地域ケアプラザや区社協に入った場合、必要に応じて区の関係課と情報を共有し、支援を行うことになる。  2つ目は、当事者や地域住民等に対する情報提供、助言その他の支援である(第2項)。市民等から不良な生活環境に関する相談を受けた場合、まずは物の堆積や堆積者に関する情報を可能な限り把握することになる。また、既存の福祉・保健サービスの支援に当事者が抱える生活上の諸課題の解決に資するものがあると認めるときは、情報提供のほか、当該既存の福祉・保健サービスの支援を一体的に行う。  情報提供や助言だけでは自ら必要な手続等をとることが困難な方には、当事者宅等への訪問や各種機関への同行支援等の建築物等における不良な生活環境の解消や発生防止のための多様な支援を組み合わせて行うことで問題の解決を図る必要がある。例えば、医療機関への受診同行、成年後見制度利用や多重債務問題解消のための裁判所や法テラス等司法機関への情報提供や同行、他機関の専門職(ケアマネジャー等)のサービス調整など、同行によらずとも事前に先方に連絡をとり、当事者の手続を手助けするなどの様々な支援を想定して、その他の支援を規定した。  なお、支援の対象には、不良な生活環境がまだ発生していない段階から支援を行い、未然防止を図るため、「地域社会における孤立等の生活上の諸課題を抱える人」も含めている。  3つ目は、一般廃棄物に該当する堆積物の排出の支援であり、堆積者の同意をあらかじめ得て行う支援である(第3項、第4項)。この支援の対象となるのは、当該建築物における不良な生活環境に関して、現に第2項前段の支援がなされており、親族や民間業者による対応も含め、堆積者自身で不良な生活環境を解消することが困難であると認める場合に行う。  4つ目は、不良な生活環境が解消された後に再発を防止するための地域住民等による見守りなどの取組に対する支援である(第6項)。再発防止に当たっては、本市による各種支援だけで完結するものではなく、地域住民や関係機関などの関係者による継続的な見守りや声かけなどが不可欠である。そのため、ここでいう「支援」は、本市と地域住民や区社会福祉協議会、地域ケアプラザ等の関係機関、その他関係者が連携して、地域社会における孤立等の生活上の諸課題を抱える者を身近な地域で支える地域福祉の推進と一体的に行う活動を含んでいる。 (4) 措置 第7条〜第9条  支援を基本として、不良な生活環境の解消に取り組むが、近隣住民の生命、身体又は財産に深刻な影響を及ぼすおそれがあるにもかかわらず、堆積者が再三の働きかけにも応じないような場合には、公共の福祉の観点から、措置の実施を検討する。  条例上の「不良な生活環境」には、当該建築物等の生活環境のみが損なわれている状態と、当該建築物の近隣における生活環境のみが損なわれている状態、若しくはその両方が損なわれている状態が含まれているが、措置の実施は、当該建築物等の近隣における生活環境が損なわれている場合に限定されている。  まず市長は、必要な指導をすることができる(第7条第1項)。この指導の相手方は、原則として、物の堆積等を行っている者本人であるが、堆積者を確知できない場合に限り、当該建築物等の所有者を名宛人としうる。指導を行ったにもかかわらず、不良な生活環境が解消されない場合は、期限を定めて、堆積物の適正な処分などの解消措置を行うよう勧告する(第7条第2項)。これらの指導及び勧告は、あくまでも自主的な解消を促す行政指導であるが、その次の命令は、名宛人に当該命令に従う法的義務を課すものであるため、近隣の生活環境が「著しく」損なわれている状態にある場合、と要件を加重している(第8条)。具体的には、近隣住民の財産のみならず、生命又は身体にまで危害が及ぶおそれがある状態が想定されている。そして、命令を受けた者が、当該命令に係る解消措置を講じない場合には、行政代執行法を根拠に代執行を行う旨が確認的に規定されている(第9条)。ただし、命令・代 執行の際は、客観性を担保するため、事前に審議会の意見聴取を義務付けている。  なお、本市条例は、罰則・公表、即時執行の規定を設けていない。制定時に検討は行ったものの、本人に寄り添った支援により解消を目指すという本市のスタンスにそぐわないことから、最終的には盛り込まなかった。 (5) 調査等 第10条〜第12条  市民等からごみ屋敷がある旨の通報を受けた場合等、「支援」が必要であるかどうか、必要である場合にはどのような「支援」を実施することが適切であるかを検討するためには、建築物等の状況の把握 が必要であることから、物の堆積等の状態や建築物の所有関係等を調査し、又は所有者等から報告を求めることができることを規定している(第10条第1項)。また、解消を働きかける相手方や堆積者の抱える生活上の諸課題を把握するために、建築物等の所有関係や堆積者の親族関係、福祉保健に関する制度の利用状況などにつき、官公署からの報告を求めることができる(第10条第2項)。ここでいう「官公署」には、本市も含まれ、市が保有する個人情報を目的外に利用する際の根拠としている。  また、支援の実施に必要な範囲で、民生委員及び社会福祉協議会をはじめとする規則で定める関係機関に対し、市が収集した情報を提供できる規定を置いている(第11条第1項、施行規則第2条)。情報の提供を受けた者等には、守秘義務が課されている(第11条第2項)。民生委員及び各関係機関には、それぞれに関する法制度の中で個人情報の保護に関する義務が定められており、かつ必要最小限度の情報提供に留められているため、情報漏えいの危険性が少ないと判断し、条例に守秘義務に違反した場合の罰則を設けていない。 (6) 条例制定の意義   条例によりできるようになったことは、@支援を効果的に進めるため、親族関係、建物の権利関係、福祉保健制度の利用状況等を調査することが可能になったこと、A本人が片付けに同意したものの、自らできない場合に行政がそれを支援すること(排出支援)、B公共の福祉の観点から支援による解決が困難な場合には、代執行などの措置を行うことが可能になったことの3つである。  条例制定の意義は多々あるが、これまで制度の狭間に陥り、積極的に支援の手を差し伸べることが難しかったこの問題について、本市の業務として位置付けることによりオール横浜で取り組むことができるようになったこと。また、支援を優先するという本市の取組姿勢を明確に示したことで、対象者や周辺住民への働きかけ方に変化が生じたことこそが、条例制定の最も大きな意義ではないかと考えている。 3 取組体制  ごみ屋敷に関する取組の全体像について、取組体制から紹介していきたい。  この問題の解決に当たっては、区役所、健康福祉局、資源循環局など、関係する部署が「チーム」として一体となり、一歩踏み出した対応を行うことが重要である(図2)。  当事者支援の最前線となる区役所には、区長をトップとして、総務部門、福祉保健部門、土木事務所などで構成する「区対策連絡会議」を設置し、各種制度の狭間に陥りやすいこの問題に対し、区役所全体で取り組む体制を整えている。  「区対策連絡会議」の主な役割は、区内における相談等の状況把握及び情報共有、「不良な生活環境」の判定と当事者の方への支援、排出支援の決定等である。必要に応じて、社会福祉協議会や民生委 員などの関係機関が参画し、問題解決に向けた具体的な支援策を検討することもある。この区対策連絡会議の事務局を担っているのは、各区の福祉保健課である。同課は、地域ケアプラザや社会福祉協議会 をはじめとする地域の団体と区域の地域福祉保健計画を推進しているほか、民生委員及び児童委員の委嘱なども行っている。そのため、同課が関係部署間の調整役を担うことで、「ごみ屋敷」を、堆積者個人の問題から地域福祉の課題として、区役所各課だけでなく、地域や関係機関との連携につなげていきやすいというメリットがある。  なお、本市には約500人の保健師と約1,600人の社会福祉職が在籍しているが、その7割以上が各区役所に配置されており、健康・福祉の面から市民の皆様の暮らしに寄り添い支えていることも、対策を進めるうえで大きな力になっている。  資源循環局は、堆積物の片付けに同意したもののご自分では片付けられない方に対して、区役所と連携し排出の支援を行っている。健康福祉局は、区役所の取組を支援しながら全体調整を担っている。  このように、区役所と局の関係部署が、専門性と主体性を保ちながら連携した取組を進め問題の解決につなげていることが、本市の取組の特徴である。 4 判定基準の策定  前述のとおり、不良な生活環境の度合いを測るものとして判定基準を定めているが、この判定基準は、堆積等の状態と悪臭や害虫の状況などの個別評価項目からなっている(図3)。判定基準は、対象者への支援を開始するために用いるものであり、市民等から相談等があった場合、区職員が条例第10条第1項に基づいて現地調査を行い、区対策連絡会議において不良な生活環境の解消に向けた支援を要する状態を判定する。  判定基準で特徴的なのは、条例上には堆積物の量の概念はないが、物の堆積等が屋内及び屋外で大量になされている場合に、悪臭や害虫等の発生状況などに関する個別評価項目のチェックを経ずに、「近 隣の生活環境が損なわれている状態の不良な生活環境」とみなしている点である。これは、誰が見ても何か生活に支障をきたしていそうであると思われる状態の方に対し、速やかに支援が開始されるようにするためである。  なお、判定の結果は、条例に基づく支援及び措置の範囲と関連づけている(図4)が、「不良な生活環境」と判定したもの全てが、措置を行う対象になる訳ではない。 5 チーム横浜で取り組むための風土づくり (1) マニュアルの整備  条例を基に、各区においてごみ屋敷に関する対策を進める上で参考となるよう対応マニュアルを作成している。策定に当たっては、平成28年5月から11月まで計7回にわたり、係長級のワーキングを開 催した。マニュアルに盛り込んだ内容は、新たに整備しなければならない規定類、区局の役割、相談受理から支援までの流れや関係機関との連携、情報共有のあり方など、多岐にわたった。検討を始めた当初は、条例の骨子は決まっていたものの条文が定まっていない中で、ごみ屋敷対策を福祉的支援中心に進めるとは一体どういうことなのか、本質的な議論から始める必要があった。  そして、マニュアルの冒頭に、この問題の背景にある「当事者が抱える生活上の諸課題の解決」を目指し、福祉・保健部門が前面に立ちつつも、総務部門も一体となり、制度の狭間に陥りやすい問題に対 し、「オール横浜」で取り組む決意表明として、次の「福祉的支援の3つのスローガン」を掲げた。 1 対象者は「地域の困った人」ではなく、「地域で困っている当事者」 2 ごみの撤去はゴールではない 3 孤立・排除から多様な人々が共存する社会へ  私たち横浜市職員は、ごみ屋敷の問題に取り組むことを通じて、「困った人」を排除するのではなく「困っている人」を見つけ、地域の力で支えていく仕組みをつくり、多様な人々を受け入れながら共生する地域社会を目指している。行政との接点がない対象者について、表面的に見えている「ごみ問題」だけに着目すると「ごみ問題を解決することが行政の仕事なのか」という疑問が少なからず聞こえてくることもある。また、一つひとつの内容は複雑で、解決の糸口が見えにくい事案ばかりである。しかし、どのような状況でも対象者への「健康と生活への支援」と「地域づくり」は、行政の本来の重要な役割であることに変わりはない。スローガンはそのような趣旨である。  また、このマニュアルは、条例施行時には十分に整理できなかった点や取組状況を踏まえて、必要に応じて更新している。特に、資源循環局と区役所が協力して実施している排出支援では、回数を重ねる中で、当事者の負担を和らげ、安全に排出支援を行うために、現地下見をすることや、事前に確認しておくべきことなども明確になってきた。そこで、平成30年度に排出支援の対応を改めて整理し、資源循環局職員と区役所の共通のマニュアルとして内容を充実させている。 (2) 研修や専門家コンサルテーションの実施  市職員あるいは関係機関の職員等を対象に、「ごみ屋敷」問題の背景や、本人に寄り添った支援を基本とする市の考え方、条例の概要等を理解し、事例を通じて支援方法等を学ぶ研修を実施している。平成29年度からは職種を問わず市職員に対し、eラーニングシステムを使って研修教材を配信している。  令和元年度に新採用職員に実施したeラーニング研修のアンケートの一部を紹介したい。 ・基礎自治体職員が業務をただこなすのではなく、いかに市民に寄り添い、市民のために柔軟に動けるかということの必要性を示していると思った。 ・一つの課で対応することが難しい課題でも、課や局の垣根を超えることで解決できることがあるのだと感じ、チーム横浜でチャレンジすることの重要性を感じました。 ・問題の背景には、孤立や経済的な困窮といった複合的な要因がある。ごみを片付けることがゴールではなく、予防・再発防止へ向けたきめ細やかな支援を各機関が連携して行う必要性を認識した。 ・様々な価値観の人がいることを前提に、当事者と地域住民の人権尊重の視点が加味された条例であり、そこに横浜らしさを感じた。  この研修を通じて、直接、ごみ屋敷に関わることがない職員であっても、基礎自治体職員として必要なマインドや地域課題への取組姿勢を学んでくれていることがうかがえる。  さらに、健康福祉局では、個別の事例への対応を進める中で直面している課題やアプ ローチ方法の検討を行うために、福祉・保健分野の学識者や専門家を交えたカンファレンス、法的な疑問についての 弁護士相談、専門家コンサルテーションを通じて区の取組を支援している。 (3) 副市長通知の発出  全庁的にこの取組を進めていくため、条例の施行に併せて、「『ごみ屋敷』は、福祉や廃棄物だけの問題ではなく、住居、生活衛生、道路、防災・防火など、様々な面で関係部署が多岐に渡ること。条例が 施行されたことを機会に、職員に対して改めて周知徹底し、それぞれの立場を活かし、市が一丸となってこの問題の解決にあたる必要があること」を示す副市長通知が庁内に発出された。  本通知は、研修で活用したり、マニュアルと一緒に配付したりするなど、区局の垣根を越え、関係する部署が「チーム」としてこの問題に取り組むベースになっており、この通知が持つ意味は大きい。 (4) チラシ「お困りごとはあ りませんか?」  条例では、市が相談を受けた場合は、当事者及び地域住民等に対する必要な情報の提供、助言その他の支援を行うことが規定されている。ごみ屋敷の場合、把握のきっかけは、当事者からの相談ではな く、周辺住民の方々からの相談であることが多い。そのため、当事者へのアプローチも工夫が必要である。  当事者へのアプローチに一番大事なことは、「何か困っていることがあれば相談に応じること」、「助けを求めていいこと」、「心配している人がいるということ」を何かしらの方法で伝えることだと考えている。そこでアプローチツールとして、生活上の様々な困りごとに関する区局の相談窓口を一枚にした「お困りごとはありませんか?」というチラシを作成した(図5)。区役所に苦情や相談があると、このチラシと名刺を片手に職員が訪問し、ご本人に会えなくても郵便受けに入れるなどしている。  ごみ屋敷問題に取り組むことで、当事者が自ら助けを求めて支援が開始される従来型の相談体制、ある意味待ちの姿勢≠ゥら、周辺住民等からの相談や苦情を端緒に困っているかもしれない当事者の元へ出向き、直接、情報を提供するという積極的アプローチに変化しつつあると言っても過言ではない。  たとえ一度の訪問やチラシの配付がすぐに功を奏さなくても、この働きかけを地道に続けることで、制度の狭間に陥りやすい方々に対し、将来的に問題の深刻化を予防し、孤立防止や相談しやすい仕組みとして機能を発揮できればよいのではないかと思っている。 6 おわりに  私の最初の職場は、区福祉保健センターの高齢者支援担当だった。そこで、全ての部屋がごみ等の物で埋め尽くされ、家で過ごすことができず、近くの公園で生活していたご家族に出会った。最初は公園でお話しするところから、約2年かけて生活の立て直しのお手伝いをさせていただいた経験がある。  初めてご自宅のマンションを訪問させてもらったときは、玄関周辺の荷物を一度外に出して、人が一人通れるくらいの隙間をつくった後、靴のままカニ歩きのようにして家に入っていくご本人たちを真似て、おそるおそる家に上がらせてもらった。そのときのことは今でも鮮明に覚えている。このご家族への支援では、保健師とペアになって、家族全員の健康状態の確認をしたり、いずれ必要になりそうな高齢の母親に介護保険サービスの利用を勧め、病院に同行したりもした。室内を片付けることになったときには、大量のごみを排出するため、集積所の利用やマンション内のエレベータの使用について、自治会長や民生委員に相談し、マンションの管理組合と交渉していただくなどの協力をしてもらった。  条例制定に携わる中で、このような日々のささやかな実践を、できるだけ言葉にして伝えていくことがとても大事であると感じた。約500人の保健師と約1,600人の社会福祉職の専門職がいる本市において、このような経験をしている人は、おそらく私一人だけではないだろう。地味で派手さはないが、困っている人の元へ足を運び、粘り強く関係づくりをしていることを多くの人に知っていただけたらと思う。  条例制定に携わった一人として、条例に籠めた様々な思いが広く浸透し、誰もが健康で安心して暮らすことのできる地域社会がつくられるよう、引き続き取り組んでいきたい。