《1》はじめに 〜特集のねらい〜 執筆 編集部  住居等における不良な生活環境の発生を未然に防止するとともに、それを解消し、かつ、再び発生させないための支援及び措置を定めた、「横浜市建築物等における不良な生活環境の解消及び発生の防止を図るための支援及び措置に関する条例」が平成28年12月1日に施行され、3年以上が経過した。いわゆる「ごみ屋敷」への対策を目的とした条例であり、ここで「ごみ屋敷」とは、ごみなどの物が屋内や屋外に積まれることにより、悪臭や害虫の発生、崩落や火災等の危険性が生じるなど、本人又は近隣の生活環境が損なわれている状態にある建築物や敷地をいう。  平成30年度に「ごみ屋敷」をテーマに実施された「ヨコハマeアンケート」(※1)では、3割近くの人がこの「ごみ屋敷」を実際に見たことがあり、7割の人が実際にではないがテレビ等で見たことがあると回答している。ほとんどの人が知っている事象、問題ということになるが、実際に見たことがある人が3割近くという結果は、意外に多いと感じる人も多いのではないだろうか。しかし、条例の施行から昨年3月までの2年4か月で、市内で100件以上の「ごみ屋敷」が解消され、約60件(平成31年3月末現在)の解消されていない「ごみ屋敷」が市内には存在している。先ほどのアンケートでも、約1割の人が、「多くのごみが堆積し、ごみ屋敷状態になっている人が周囲にいる」と回答しており、決して珍しい問題ではないと言える。 ■条例制定前のパブリックコメントから  この条例は、横浜市会において平成28年9月に可決、公布され、同年12月1日に施行されたが、策定の過程では、平成28年4月1日から5月6日までの期間、条例案の骨子についてパブリックコメントが行われた。  その際、条例案の骨子において、基本方針として挙げられたものは次の4点である。 @不良な生活環境の解消は、発生させた堆積者が行うことを基本とする。 A地域社会における孤立その他の生活上の諸課題が背景にあることを踏まえ、福祉的観点から堆積者に寄り添った支援を行う。 B堆積者が不良な生活環境の解消を自ら行うことが困難な場合には、本市、地域住民、関係機関、その他の関係者が協力して解消に努める。また、地域の協力を得ながら、不良な生活環境の発生の防止に努める。 C本市が不良な生活環境の解消に取り組むに当たっては、堆積者への支援を基本とし、支援による解決が難しい場合には、措置を適切に組み合わせて行う。  なお、「支援」とは、相談や必要な情報提供、堆積物の撤去等の支援などであり、「措置」とは、公共の福祉の観点から行う指導、勧告、命令、命令が履行されない場合の代執行である。ごみ屋敷化の原因は様々であり、ごみを片付けるだけでなく、当事者に寄り添い、「福祉的な支援」に重点を置くとともに、一方で、周辺住民の生命・財産に深刻な影響を及ぼす影響があるにもかかわらず、再三の働きかけにも応じないケースについて、指導をはじめとする幅広いアプローチ(措置)を可能とする。このことを基本的な考え方としたものである。  このような条例案を市民はどのように受け止めたのか。パブリックコメントでは、179件の意見が寄せられた。良好な環境を取り戻したいとの切実な声や、堆積者の人権を考え、強制的な措置、代執行を懸念する声などを含むものである。  寄せられた意見の概要を少し紹介しておきたい。これらの課題認識や受け止めは、現在も基本的には変わるものではないと思われる。  条例案に反対する意見はほとんどなかったが、「措置」について23件の意見が寄せられた。措置の規定に反対する意見はごく少数であり、周辺環境を重視して措置の規定に積極的に賛意を示すものや、措置を肯定的に捉えている意見が多数であったが、その場合も、措置の判断基準や手続を明確にするよう求める意見が多く見受けられた。  「福祉的な支援」については21件の意見が寄せられた。福祉的な支援を大事にすべきとの意見が多数であり、ごみを片付けるためだけの条例にはするべきではないとの意見も寄せられた。また、精神科医や臨床心理士といった専門職の協力も必要であるとの意見が多く見受けられた。  そのほか、近隣のごみが日増しに増えている中で条例の早期の制定を期待する意見、堆積者を頭から悪者と決めつけてしまう風潮を懸念する意見、近隣同士では問題の解決は難しいという意見、過料等の罰則の規定も盛り込んだほうがよいという意見、反対に罰則は不要とする意見などが寄せられた。  なお、結果として、パブリックコメントにより条例案に変更はなかった。条例の基本方針(第3条)も骨子の内容と同様である。 ■「ごみ屋敷」対策についての論点・視点  さて、「ごみ屋敷」の問題やその対策については、いくつかの論点や視点があるように思う。  1点目は、パブリックコメントにおいても意見が寄せられた「支援」と「措置」についてである。双方の兼ね合いや、強制的に代執行を行い、堆積物を片付けてしまうことの是非をどう考えるのか。全国でも、代執行に至った事例はごく僅かであり、また、代執行を行っても繰り返してしまう事例も報告されているが、近隣の生活環境が著しく脅かされているようなケースがある中で、堆積者の人権と近隣住民の人権をどう考え、どのような対応が求められるのか。  2点目は、地域の在り方についてである。地域の中での住民同士のつながりの希薄化はよく言われるところであり、横浜市民意識調査の結果を見ても、多くの人がお互いに干渉しない隣近所とのつき合いを志向する傾向が顕著である。「ごみ屋敷」の当事者が地域の中で孤立しているのは多くの場合事実であろう。互いに同じ地域で暮らしていく上で、どう折り合いをつけ、どのような関係を築いていくことができるのか。加害者≠ニ被害者≠フ関係を続けていかなければならないのか。  そして3点目は、行政としての取組、姿勢についてである。「ごみ屋敷」という顕在化した地域の困りごとやニーズに対してどのように対応していくのか。介護保険や生活保護や障害福祉のサービスなど、いずれの公的なサービスにも該当しない「制度の狭間」の問題に対し、また、担当部署が定まっていない課題に対して、本市としてどのような対応、体制をとることとしたのか。  そのほかにも、医療からの視点や社会的背景についての論点などもあるであろう。本号を通じて様々なことに思いを巡らせていただければ幸いである。 ■特集の構成  以上のようなことを考えながら、今回の特集テーマを『いわゆる「ごみ屋敷」に関する取組を考える〜条例の施行から3年を経過して』とした。  前半では、まず「横浜市建築物等における不良な生活環境の解消及び発生の防止に関する審議会」の出石稔会長、条例を所管する健康福祉局と資源循環局の両局長、そして個別事案の支援等を担当する区の立場で西区長の4氏による座談会を開催し、この3年間を振り返るとともに、今後の課題等についてお話をいただいた。その様子をお伝えする。  そして、審議会の副会長で東邦大学教授の岸恵美子先生に、セルフ・ネグレクトの視点から「ごみ屋敷」の問題の所在について寄稿をいただいた。  さらに、条例の基本的な考え方と取組の全体像をお伝えしたのち、「ごみ屋敷」への取組のきっかけをつくり、条例の制定に導いた当時の旭区長の濱陽太郎氏、資源循環局長であった葛西光春氏、健康福祉局長であった鯉渕信也教育長の3氏にインタビューを行った。「ごみ屋敷」の取組のきっかけや条例制定に向けた当時の思いなどについてお伝えしたい。条例の制定は一つの「覚悟」であり、地域の課題に真摯に向き合うことの大切さ、行政本来の役割を教えてくれているように思う。  続いて、区役所における体制や対応、排出支援の取組についてご紹介した上で、具体的な「ごみ屋敷」の対応事例を3つお届けする。条例に基づく排出支援を行った事例やそうでない事例など、それぞれタイプの異なる事例であるが、区役所、区社協や地域ケアプラザの職員による対応の経過とともに、何を大切にして支援を進めていったのか、お伝えができればと思う。  そして、これまでの3年間の「ごみ屋敷」の解消状況等をお伝えした上で、後半では、「ごみ屋敷」の問題について、法的な視点から上智大学の北村喜宣先生、精神保健福祉の視点から東京都立中部総合精神保健福祉センターの菅原誠先生、地域の民生委員等の立場から横塚靖子氏にそれぞれ執筆をいただいた。「ごみ屋敷」の問題をそれぞれの視点から考えたい。  さらに、新たに見えてきた傾向と課題や、排出支援にも取り組んだ地区社協の独自の取組を紹介した後、最後に「ごみ問題を抱える人への支援を考える〜制度の狭間を埋める支援とは」と題して、東邦大学の岸恵美子先生、白梅学園大学の長谷川俊雄先生、うしおだ診療所の野末浩之先生による座談会をお送りする。既存の公的サービスの制度には当てはまらない人たちをどのように支援していったらよいのか、知見に基づく示唆のあるお話をいただいた。座談会の結びでは、「制度の狭間に落ちてしまう人への支援にとって必要なこと、大切なこと」について一言ずつ心に残る言葉をいただいた。  是非最後までお読みいただきたい。 ※1 ヨコハマeアンケート  市内在住の15歳以上の方を対象にメンバーを募集し、市政に関するアンケートにインターネットで回答いただくもの