≪7≫職員座談会/職員から見たデータ活用の課題とこれから 藤田 豊 消防局救急課 福島 優 南区区政推進課 山中 研 西区福祉保健課事業企画担当係長 松岡 文和 都市整備局地域まちづくり課担当係長 青野 実 健康福祉局衛生研究所感染症・疫学情報課担当係長 北 聡子 総務局行政・情報マネジメント課担当係 司会 編集部 【司会】近年、AIやビッグデータなどの活用による新たなサービスが生まれるなど、私たちの生活の様々な場面で、データの活用による変化が見られるようになっています。行政においても、予算や人的資源が限られる中で社会の変化や市民のニーズに対応していくためには、データを有効に活用していく取組が分野や業務を問わず無関係ではなくなってくるでしょう。そこで今回は、いろいろな職場の職員にお集まりいただき、横浜市におけるデータの活用について意見交換してみたいと思います。 【藤田】はじめまして。消防局救急課の藤田と申します。消防局に採用されて最初の8年は、現場で主に消防隊の隊員として勤務していました。その後、本部でシステム部門にいて2年ほど前に救急課に異動してきました。今は統計に関する業務のほか、救急隊の一時的な増隊、つまり正規配置の救急隊だけでは不足することが予想される時の対策や、救急現場に救急医を投入するためにYMAT(横浜救急医療チーム)(注1)との調整をするなどの仕事をしています。 【福島】南区区政推進課企画調整係の福島です。私は入庁3年目で今の職場が初めての職場です。区政推進課らしく区の魅力向上や都市計画マスタープランの区プランの改定などの業務に関わらせていただいております。今年度は南区の地域別データ集というものを作成しました。これは、地域の基礎的なデータを連合町内会ごとにまとめたもので、地域の方が地域課題に取り組むきっかけとなるよう、地図を多用してわかりやすく、視覚に訴えた内容となっています。データ集の内容は、区役所の各地区担当が地域の連合町内会の定例会に伺って共有しています。また、区のホームページからもダウンロードできるようになっています。 【松岡】都市整備局の地域まちづくり課の松岡です。私は役所に入って今年で30年目になるんですけれども、最初の2年間を除いて協働に関連した部門にいました。最初が国際交流、次に都筑区で文化活動支援、それから企画調整係に異動して区で初めての区民意識調査を実施したりしました。地域の人たちと一緒に地域課題の解決をするには、地域の実態をきちんと数値化しなければお互いに伝わらない、という思いからデータ分析を始めたようなところがあります。今は、都市計画マスタープランの区プランの策定など、地域のまちづくりを支援しています。 【山中】西区役所の福祉保健課の山中です。入庁してからそろそろ20年なんですけど、初めは企画局で、コンベンション都市推進課という部署にいました。ロボットのイベントの企画をしたのが最初の仕事だったと思います。その後、ワールドカップサッカーの担当を経て経済局に異動しました。経済局で配属された経済政策課では、1年目の職員は統計・調査関連の担当になることになっていて、その後、局内で異動した課でも経済関連のデータを見て産業振興の戦略などを立てるような仕事をしていました。それから創設されたばかりの共創推進事業本部に配属になり、民間企業との連携の仕事をしていました。今は区役所の事業企画係で、地区支援チームとして地域の人と、対話をしながら地域を良くするアイデアを出し合ったりと、初めて区役所職員として市民とかかわる仕事をしています。 【青野】横浜市衛生研究所の感染症・疫学情報課から参りました青野と申します。私は、入庁した時は、現在の市民総合医療センターで臨床検査技師として働いていました。平成23年に西区の生活保護課保護運営係に異動になり、平成24年から現職です。あまり事務系の仕事にはなじみがありませんし、区役所事務におけるデータの使い方や考え方はかなり違うところもあるのかなとは思っています。感染症・疫学情報課の役割は、感染症情報センターと疫学分析という大きく2つに分かれますが、私は疫学分析を担当しています。 【北】総務局行政・情報マネジメント課の北です。私はこの4月に総務省から横浜市役所に出向して参りました。総務省は、地方自治法や地方公務員法など、職員が働く環境も含めて地方自治の制度を所管しており、私自身は、地方自治体の行政改革を所管する部署におりました。横浜市では、市の情報政策を統括するCIO補佐監の部下として、横浜市と一緒に何かやりたいという企業からの相談を関連局に繋いだり、市のデータ活用推進計画を策定するプロジェクトにも入れていただいています。 1 地域との課題の共有ツールとしてのデータの活用 【司会】まず業務でデータを活用する場面というと、主に統計データを使って地域などの現状分析を行うことが多いですよね。 【福島】南区の地域別データ集は、基礎的な情報を地域の方と共有することで区役所と地域との対話における共通の土台となるものとして作成しました。ですから、見せ方にも工夫し、例えば、地域のデータをいくつかの指標を使ってレーダーチャートにして示しているんですが、形が縦長になるか横長になるかでその地域の特徴が見えやすくなるようにしました。 【松岡】瀬谷区では「地域づくり通信」を発行していました。当初は地域の活動を紹介するものでしたが、残念ながらあまり地域の人に読んでもらえませんでした。そこでちょっと方向を変えて、データで地域の状況を示すような内容にしたら結構反響がありました。連合町内会で中心的に活動されている方はご高齢の方が多く高齢者支援の要望が多いのですが、この通信で瀬谷区は子どもも多いことをデータで示したら、子どもへの支援についても地域の中で話に出るようになりました。 【北】地域のことがわかっていると、データを見て実感と違うなといったことがヒントになって、いわゆるサイレントマジョリティー的な課題やニーズも見えてくるんですね。こういったデータを地域の方と共有した時に、データの示すことと地域の方の感覚とのギャップを感じたりすることはありますか。 【福島】これまで区役所側が抱いていた感覚ともずれていることがあります。南区は丘側に高齢者、平地は若者が多く住んでいるというイメージがあって、政策課題もそれに応じて分かれているだろうと思っていたのですが、データを見ると意外と駅前に単身高齢世帯が多くなってきているんです。まだ詳細には分析していませんが、データを見るといままで気づいていなかった課題があるのかもしれないと感じています。 【松岡】瀬谷区も、全体的に高齢者は増えていると思っていたのに、ある地区で60〜64歳と70〜74歳がガクッと減っていたんですね。連合町内会の会長さんにその話をしたら、「60歳を過ぎると駅から遠いところから駅前の利便性の高いところに引っ越していく。70歳を過ぎると今度は呼び寄せられて子どもの近くに行く。だからこの年齢層が転出して空き家になっているんだ。」ということなんです。会長さんは細かいデータは把握していなくても傾向はしっかり把握しているんですよね。その感覚を他の人たちにも伝えて課題に対する共通認識を得るためには、数字で示していくことが有効だと思います。 【福島】地域の方とは、連合という単位でお付き合いすることが多いのですが、1つの連合の中でも地形やまちの成り立ち、立地や人口構成などが異なり、課題も全然違います。住んでいる人の意識も違うので、住民同士も地域全体の課題をあまり共有していない。データで地域の状況を示すということは、行政と地域との課題の共有だけでなく、地域の人同士が地域内の課題を共有したり、地域全体で資源を融通しあうことにもつながるかもしれません。 【山中】例えば大規模開発があれば、過去と比べて特定の世代だけが増えたりするわけですが、そういうことも地域に関する知識があればデータを見てきちんと判断できる。そのためには地域の人たちの声といった定性的な情報も併せてデータを見るようにしないといけないと思うんですね。西区でも、地区支援チームが地域の人たちと地域課題の解決や地域福祉保健計画について話し合う場(地区懇談会)があるので、データ集のようなものが、そういう場で地域の方たちとデータや課題を共有するのに役立つと思います。 【司会】地域課題を考えるための共通の土台としてデータを活用することで、行政と地域、場合によっては地域の中での対話や課題の共有が進んでいくわけですね。確かに、データで客観的に示すことで、地域の特徴や課題も分かりやすくなりますし、ほかの地域との違いも見えてきますよね。 【青野】例えば健康診断に関するデータなども、本来は18区別の集計値を公表していくべきだと思うんですが、区にとってマイナスイメージとなるようなデータは公表しにくいという面もあります。それでも、事実として知ってもらわなければ、市民と一緒に対策を検討したり、解決に向けた動きをしていくことができないんですよね。 【福島】データ集を作る過程で、公表の仕方を悩んでしまうデータもありました。地域の人の感覚とずれるのではないかと。でも、数字と感覚のずれから何か始まることもありますし、次につながるものがあるかもしれない。 【松岡】地域の人たちにデータを活用してもらうためには、単に共有するだけでなく、地域での活動に結びつけるための見方や使い方と合わせて提供する、といったサポートも必要ではないでしょうか。 【青野】衛生研究所のデータは、専門的な部分もあるので、どのレベルをどう発信したらいいのかっていうのは悩むところですね。例えば、医療機関向けに発信するなら詳細な情報が求められますし、横浜市の衛生研究所のウェブサイトに掲載しているデータの量、奥の深さは全国でもトップクラスだと思いますし、全国からデータについての問い合わせも多いんですよ。反面、それらの情報は市民向けには専門的過ぎるかもしれません。 【松岡】ホームページにはインフルエンザ発生件数を地図上に表示しているものがありますよね。とても分かりやすいですし、体感とかなりあっていますよね。 【青野】地図上に表示している「インフルエンザ流行情報」は、市民にも流行状況が見て伝わりやすいようにサイト上で発信しているものですが、様々な情報の中から市民向けに情報を選択して発信していくことの難しさはあると思っています。業務上は、学級閉鎖のもっと詳細な情報などをWebGIS「よこはまっぷ」を活用して管理していますが、このような情報をどの範囲まで公開できるのかというのは大変悩ましいんです。そのまま市民に全て公開することは難しいと思いますが、例えば医療機関や学校に提供できれば地域の状況がもっと共有できるようになると思うんです。 【福島】この事業の中で感じたのは、情報共有の在り方については、まだまだ考えなければいけないことがたくさんあるな、ということです。今回は地域のみなさんに気づいたことを書き込んでいただきたいという意図があったので、印刷した紙の形で配布しましたが、それが本当に一番良い方法なのか。API(注2)でデータを取得できるようにすることで、例えば地域の防災関連データで市民有志がアプリを作れる環境を用意し、それに地域の人たちが書き込みをして情報共有するような、今とは別の方法も将来的には有り得るんじゃないかと思うんです。 【山中】これから行政の予算も人員もどんどん少なくなっていきますから、これからますます地域のことは地域で考えて自ら解決していくという方向性が出てきています。地域支援も、そのための地域のプラットフォーム支援という流れになっていますよね。 【藤田】消防も同じです。消防出張所がエリアマネジャーとして防災指導や消防団と連携しながら地域を支援しています。 【松岡】区で地域を見るという時には、連合町内会という単位でみることが多くありますが、連合ではないエリアでの分析が必要な時もありますよね。例えば都筑には港北ニュータウンがあるわけですが、そのエリアは連合エリアとは同じではありません。私が意識調査を担当した時、港北ニュータウンエリアとそれ以外の地域の意識の違いを明確にしたうえで事業を展開していきたいと思い、連合別ではない集計をしようと考えたんです。当初は庁内にニュータウンエリアとエリア以外との差をあえて集計して公表することに慎重な意見もありましたが、それでも、それぞれの課題を見るためには必要だということを地域の人に伝えて、地域の人からの後押しで分析が実現しました。 【福島】たしかに、南区でも丘エリアと平地エリアで差がありますが、それをメッセージとして出していくのかという議論はありました。また、少し話題がずれてしまいますが、連合別に地域を分析しようとしても、公表されている人口などのデータは町別の数値が多く、町境と町内会エリアが異なる場合には連合単位の集計が難しいという問題もありますね。 【松岡】都筑区では、国勢調査の基本単位区情報を使って、町内会ごとの集計をしました。ただ、国勢調査は5年に1度、かつ、公表までに時間がかかるため、地域の人に町内会別の高齢化率を見せたら、「これは違う。もっと高齢化が進んでいるはずだ」と言われてしまいました。地域の人の現状の感覚とずれてしまうと、いくら数値で示してもそこで話が進まなくなってしまうんですよね。 【青野】インフルエンザの発生件数のデータに関していえば、保育所は学級閉鎖にはなりにくいので、国の感染症発生動向調査の報告数値には含まれないんです。集団感染の情報として別途把握はされますが、報告の様式や担当する局が異なっていたりと収集されたデータが利用しにくい状態なので、保育所からの情報がうまく生かされていないんです。大きな傾向だけでも示すことで市民に還元できればよいと思いますが、そのような課題を整理して、本当に活用できるデータとして整備していくことが重要だと思います。 2 データを重視した政策立案とは 【司会】みなさんはこれまでに何かしら業務でデータ活用に関わった経験があるわけですが、データの収集や処理の技術が急速に進展している現在、施策や事業の検討の際にも、よりデータを重視した政策立案が求められてきています。 【藤田】消防局では、横浜市立大学と連携協定を結んで、将来の救急出場件数の予測を行いました。救急出場件数は年々増え続けていて、今後人口が減少しても出場件数は増加することが予想されていますが、では一体どこまで需要が増加するのか。この予測は、全ての救急施策の基になる非常に重要なデータですが、これまでは職員が将来人口推計と年齢別の出場要請率から計算していて、その推計方法が妥当なのか確証を持てずにいました。そこで、今回、横浜市立大学と連携することで専門家の力をお借りしながら、これまでとは違った方法で将来予測を行おうということになったんです。新たに気象や流入人口など関連しそうな要因に関するデータを加えて分析し、さらに予測値の計算だけでなく、予測モデルを構築したんです。今後、社会情勢が大きく変わらない限りこのモデルを継続して利用できますし、要因に関するデータを更新すれば予測値も更新できます。 【司会】大学と連携したことで新たな知見が加わり、より詳細にデータに基づいた要因分析や仮説を検討して、将来予測に生かしたわけですね。 【藤田】救急出場という事象は、市民、消防、医療、福祉等、様々な要素が交差したものなんだと思うんです。消防だけでは解決できないけれども、例えば福祉の要素と連携すれば解決できる、未然に防ぐことができる、というものもあると思うんです。 【山中】データを活用したい時というのは、何か自分なりの仮説を客観的なデータで確認したいという時が多いと思うんです。例えば、地域に出ていくと、いろいろな人から、最近は〇〇だといった定性的な情報がたくさん入ってくるんですが、その実感からくる、ある意味仮説と言えるものを、確かにそういう変化が起きているんだと納得するために、国勢調査などの統計データを確認したりします。でも一方で、例えば、社会がこう変わっているからこういう方向に施策を持っていきたい、ということになると、仮説に合わせてデータを使ったり、仮説ありきで意図的に数値を見てしまっている可能性もあるなって思ったりもするんです。 【松岡】都筑区で区民意識調査を実施したのも、データに基づいた判断をする必要があるんじゃないかと感じたからなんです。当時、東京都市大学の森岡先生という統計学の先生の話を聞く機会があって、今度意識調査やろうと思っているという話をしたら、先生が開口一番、「何が何パーセントかいう結果は全部予測してください。意識調査は、自分が考えていることが正しいかどうかを証明するために実施するものです。」と言われたんです。確かに自分の体験からも、仮説をもって考えることは大切だと思うんですよね。 【福島】地域別データ集を題材にした職員研修を実施したんですが、その研修の講師が「この地域別データ集を見て仮説を持ってほしい」とおっしゃったんです。その仮説が地域の方の感覚と同じこともあるし違うこともある。でもそれによって議論が生まれて地域運営になっていくんだ、と。データ集が、そのような使い方をされればいいなと思います。 【松岡】仮説を持って話をすると地域の人に喜んでもらえるんです。こちらが地域のことを考えていることが伝われば、地域の人からもいろいろと教えてもらえます。 【藤田】仮説があれば、そこからどのくらいずれているのかという話ができるようになりますよね。出てきた結果に疑問があれば、その部分を調査していけばいいし、調査する意味もありますよね。 【福島】それがまだ気づいていなかった政策課題であって、感覚や経験則だけでは見落とされていたのかもしれないわけですよね。 【北】 打ち出したいメッセージが先にあって仮説を立てる時と、経験則から仮説を立てるケースがあると思うんです。経験則によるものであっても、専門家の目からみて仮説のロジックが正しいものもあれば、否定されるものもある。でも、それを続けているうちに、正しいロジックモデルが生き残っていくと思うんです。経験則から、科学的根拠に基づいたものに精度が上がっていくのではないかと思います。 【司会】データ活用に関連して「証拠に基づく政策立案」というキーワードが注目されています。狭義では、事象の因果関係を基にロジックモデルを立てて、施策の立案や改善、選択をしていくという考え方ですが、みなさんの業務においてはどうでしょうか。 【藤田】過去の救急データを見ると、一時的に需要が減っている時期があるんです。ちょうど全国的に救急の適正利用キャンペーンが行われていた時期と重なっているので、それが原因なんじゃないかとまことしやかに言われているんですが、本当のところはわかりません。テレビでの広報の放映時間とか予算額とか、そういったデータとの関連性から因果関係がわかると面白いと思います。ただ、救急の難しいところは、広報して出場が減ればそれでよいと判断していいのか。つまり、救急要請の電話が減ったしても、救急車の必要のない人たちが電話をかけるのをやめたのか、本来は必要な人がためらってしまったのか。電話をかけてない層は観測不可能なのでもどかしいんですよね。 【松岡】公園管理の部署にいたとき50年近く変わることのなかった公園愛護会への支援制度改革を実施しました。これには市民だけではなく、庁内からも反対意見が多かったんです。これは予見できたことなので、検討の第一弾として公園愛護会に対して様々なアンケートを実施し、その結果をもとに戦略的に新制度への制度移行を行いました。その後も、モデル公園愛護会を公募し、新制度を試行し有効性を確認したうえで、新しい制度のメリットを公園愛護会向けの通信でPRしました。しかしながら、全愛護会に対して行ったアンケートでは新制度を評価する愛護会は2割にとどまっていました。制度発足初年度には新制度を選択した愛護会に対してさらにアンケートを実施したところ、8割が「満足」と評価し、これをPRすることで翌年度以降の新制度への移行の促進を行いました。 【福島】公園愛護会の事例のように、新しい事業をする前後に実験するということが全ての事業で可能かと言えば疑問だと思うんです。心理学などでは比較対象になるグループを作って実験を行うことはあると思いますが、例えば、選挙行動について実験を行うわけにはいきませんよね。こうした実験が難しい場合には、多少信頼度は落ちても、特定の条件だけが違うグループを選び出して比較するなどの手法を使います。事業効果の検証についても、過去の事業をグルーピングしたり、特定の条件だけが違う似たような事業を探してくるやり方もあるのではないでしょうか。 【北】私も同じ意見です。AとBの比較となると2つのグループが必要でコストもかかりますが、処置群と無処置群の比較であればグループが一つでもできますし、実施することは可能だと思います。ただし、実施するための技術などが市役所にはあまりないので、大学などと連携してできるところから始めるということではないかと思います。 【青野】横浜市には市立大学があるので、どんどん活用していいと思うんですよね。 【藤田】救急出場件数の予測を行ってみて、救急需要にも社会学や心理学などいろいろな要素が関わってくるのだなと感じました。世代によって救急車に対する人々の考え方が違っている可能性もありますし、経済的要因とかも関係すると思うんです。ですから、それぞれの専門性のある人と連携できると、新しい知見が加わってとても有意義だと思います。今回、予測値と測定値とのあてはまりの良さを求めることで発生してしまう過適合を防ぐ技術なども取り入れているのですが、これも、市職員だけではなく大学と連携したからこそできたことだと思うんです。 3 持続可能なデータ活用環境〜データの整備と職員の人材育成 【司会】ところで、今回の消防局の成果はオープンデータとして公開し、使用データも更新していく予定ですよね。 【藤田】はい。公開したデータは継続して更新していかなければならないと思っていますので、使用するのは既にオープンになっているデータを利用する方針で進めました。ただ、それでもデータを入手したり、加工したりするのがとても大変で、自分がデータの利用者側の立場に立ってみて、我々もその点は気を付けなければいけないな、と思いました。そんなこともあり、職員の異動があっても継続可能となるよう、データの公開や加工の手順が少なくなるように気を付けています。 【司会】既にオープンになっているデータだけで分析するというのも限界がありますよね。業務で扱う情報の中には、オープンになっていない、または、そもそもデジタルデータになっていないものもあると思います。 【山中】区の福祉保健センターにいるケースワーカー、社会福祉士、保健師といった専門職は、介護や高齢、障害などの支援の際に様々な人や事業者と関わっている中で、いろいろな情報を得ているんです。そういった情報は、ケース記録として記録されてはいるんですが、手書きで、個人に関わることもあるので他の職員とはなかなか共有されることはありません。地区支援チームの情報共有の場で専門職の人たちと話していると、例えば、この地域は交通の便が良くて移動しやすいから障害がある人の中でも身体の障害の人が住みやすいみたいなので、そういうケースが多いね、といった、データでもわかるかもしれないけれども肌感覚としてなるほどと納得できるような時があります。そう考えると、ケース記録のような情報の中にも有用な地域のデータがたくさんありそうだと思うんです。 【青野】生活支援のケースファイルの記録も、電子カルテやレセプトのように全国的に統一した様式でデジタル化するとよいと思うんです。ケースワーカーが訪問先にタブレットを持って行き、記録の入力や領収書確認などができるようになれば、役所に帰ってから書類を手書きして糊付けして、という作業がなくなり業務の効率化にもなります。 【山中】なかなか変えるとなると難しいとは思いますが、そういった情報がデジタル化されることで、その中から抽出されてくる地域の課題やニーズがあるんじゃないかと思います。 【青野】自治体が単体でやるのは費用を含めハードルが高いと思うので、国が基準を設けて進めていくのが良いと思いますよ。 【藤田】大きな事務の変更を伴うようなことは国が基準を設けて進めていくのが一番いいと思いますが、各現場から生まれる良い事例、すなわち突破口となる事例がないと始まらないと思います。 【福島】ビッグデータが脚光を浴びて、いろいろな情報を大量にデータ化して、AIで相関性を分析していけば仮説は必要ないという論調も一部にはありますが、仮説を持ってそれを確かめるといった目的や必要性の検討なしにデータを集めても、コストばかりかかってしまうと思うんです。今まで分析ができなかった情報についても、まずは、SNSの分析に活用されているテキストデータ分析などで傾向を示してみるなど、既存のデータを活用するところから始めてみるということはできると思います。それで有用性を示せれば突破口が開けるのではないでしょうか。 【藤田】今はオープンソースのライブラリなどが提供されていて、知識と技術があれば費用をかけずに自然言語の分析もできるようになってきていますよね。 【山中】データを整備するということも大変な作業だと思うんです。データを活用することはもちろん大事ですが、整備することの重要性も認識する必要もあると思います。 【藤田】データの提供にもコストや労力がかかることを考えると、他部署への提供依頼をするのを躊躇してしまいがちです。公開データの更新も、理想はシステムから公開するフォーマットでデータを抽出して、そのままオープンデータにするということだと思いますが、そのためにはシステムの改修も必要になることもあるわけです。活用できるデータ整備のためのシステムの改修が、EBPM(注3)などこれらの行政のために必要な投資であるという共通認識が広がっていくといいと思います。 【司会】データ活用環境を持続可能としていくためには、職員の意識も重要になってきますよね。 【松岡】意識もそうですが、知識も職員によって差があるので、データの更新は、元となるデータを用意すれば簡単に加工されるプログラムを用意するとか、必要なデータがどこにあるのかを相談できるコンシェルジュのような人がいればデータの活用も広がってくると思うんですよね。 【福島】自分も初めのうちは必要なデータがどこにあるのか、そもそも自分が必要なデータは何なのか、ということも分からず、上司や友人に繰り返し聞いて、やっとわかるようになったんですが、そういう知識はみんなで共有できればいいなと思います。 【松岡】区役所や局にデータに関する部署があってそこが相談窓口になれば、情報も集約されるようになると思うんです。 【司会】その意味では、衛生研究所は保健衛生分野の専門的な部署として科学的・技術的な支援機関の役割を担っているわけですが、庁内の部署からの相談などにも対応していますよね。 【青野】はい。やはり健康福祉局からの相談が多いんですが、いろいろな区局から相談や依頼を受けています。よくアンケート調査について相談されることがあるんですが、調査票を作った後に相談されることも多いんです。みなさんそれぞれの業務の観点から質問を作っているんですが、いろいろと聞きたくなって質問項目が多くなってしまいがちなんです。まずは調査の目的をはっきりさせて、それから質問項目をまとめていくという手助けをしています。 【松岡】目的を明白にし、かつ回答者目線で調査設計していかないと、結局データが使えないものになってしまうんですよね。 【福島】知りたいことや直感的な仮説まではあるんだけど、それをどう証明すればいいのか、というところで止まってしまうことが多いと思うので、それを先に繋げる人がいるといいと思います。 【青野】衛生監視員という専門的な職種の人向けの研修で講師をすることがあるのですが、その時にはDIKWモデルの話をするんです。DIKWモデルというのは、ピラミッド型のヒエラルキーとして、一番下にデータ(data)があり、その上にインフォメーション(information)、知識(knowledge)、知恵(wisdom)という構造になっています。つまり、データ自体はそれだけは何にも使えないものなので、より上位の、何のためにどう使うのかといった知恵にまで昇華させていかなければいけないということなんです。データをグラフにして資料を作成する、といったことまではみなさんもやっていると思いますが、そこから先が難しいんですよね。 【山中】以前いた部署では異動1年目に統計関連業務をするという話をしましたが、自分はそれがデータの見方の勉強になったと思うんです。景況調査の結果の数値だけを見るのではなく、ヒアリングして個別企業をみたり、メディアの情報などを合わせて、業種ごとの見立てをしたり、横浜全体、日本全体の状況をみて、自分なりに景気動向についての仮説を立てたり、分析したりしました。そういうことを研修やセミナーでなくても、普段から周りの職員に自然と教えてもらっていたんだなとつくづく思うんです。そういう環境によってデータを活用できる人が増えていくと思います。 【松岡】新採用職員の研修とかでやってもいいんじゃないかと思います。データの見方やデータを活用することが仕事をしていく上でいかに大切か、についての研修も大事だと思います。 【山中】保健師は人材育成として、福祉保健関連だけでなく、いろいろな統計データなどを組み合わせて地区分析するような研修を受けているようです。地区分析などに長けていると思います。もっと地区支援の業務に関わってもらえるといいなと思います。 【松岡】瀬谷区の地区支援チームには、職員のほかに区社協や地域ケアプラザの人が参加していて、互いに情報を共有しながら進めていました。そうすると、地域の視点から課題をどう解決するのかと考えるようになります。保健師のようにデータが読めて、自分の仕事に役立られる人材がいると、縦割りでなくみんなで一緒に地域課題を考えるという姿勢に変わってくるんですよね。 4 データ活用の推進に向けて 【司会】データ活用を庁内に根付かせていくための方法として、相談できるスペシャリストの存在、そして研修による職員全体の底上げという2つの指摘がありました。 【藤田】いずれも必要だと思いますが、先に全体の底上げというのは難しいと思います。まずは牽引役がいて、その人が全体を引っ張り上げる。結果として、なぜかボトムアップだったようにみんなが感じるようなのがベストではないかと。今は、各部署にセミプロの人がたくさんいて、自分たちなりに課題解決に取り組んでいる状況なんじゃないかと思うんです。ただし、自分のやり方で満足してしまうと、さらに一歩踏み出せないですし、妥当性もわからなくなりますね。 【司会】そこでスぺシャリストの存在や大学などとの連携が大切になってくるわけですね。セミプロ同士のつながりというのはどうでしょうか。 【藤田】いいと思います。互いに補完し合えると思います。 【福島】どこからどういう情報を入手できるか、またどう使えばいいのかということを知っているのがセミプロで、職員全員がそこまで知っている必要はないと思うんです。大体の使い方くらいは知っていて、あとはセミプロに相談しながら仕事を進められれば良いと思います。セミプロに相談しているうちに、自然と底上げされていくという面もあるんじゃないでしょうか。今はそういう環境にないから先に進めないでいる人も結構いるんじゃないかと思います。 【北】データ活用の価値は、自分の思っていることをわかりやすく説明するとか、今起こっていることを知るということもあると思いますが、もう一つ、将来を予測できるということもあると思うんです。横浜市のようにリソースにも恵まれ、職員も層が厚く、セミプロ職員がたくさんいるというのは自治体としてすごいことだと思います。一方で、横浜ほど今後30年で置かれている状況が大きく変わる自治体はないんじゃないかと思うんです。その意味で、将来のニーズを予測して、必要なリソースを割り振っていくという考え方を広く浸透させていくことがとても重要だと思います。技術的なことはスペシャリストが引っ張っていけばいいと思いますが、職員がデータ活用の価値を広く理解し、考え方が変わっていくといいと思います。 【藤田】救急出場要請を仮に一つの市場であると考えたとして、その市場は、ほぼ独占状態なんです。行政としては市民の命の危険に対応するために出場しているわけですが、でも例えば「不安なだけで119番通報してしまった」といったニーズにはマッチしていないかもしれない。救急出場を行政だけで抱えるのではなく、ニーズとのマッチングを根本から考え直して、民間の患者搬送等事業者とどう分担していくのかという検討を外部からの異なる視点で見てもらうことも必要だと思っています。 【福島】市民のみなさんとの連携という点では、行政が取りまとめたものを提供するというだけでなく、みなさんが日常的に感じていることがデータとして蓄積され、また、それを自ら活用できるような環境も、分野によっては良いと思うんです。例えば防災などは、自助・共助などで地域のみなさんが感じられる部分が大きい。わいわい防災マップの情報も、市民が加工できるデータとして提供されると、みんなで情報を作ってみんなで考える、ということにつながると思います。 【藤田】オープンデータ化する救急出場件数予測データも、公民連携や想定していないような解決策につながる可能性もありますから、今後どうなるか楽しみにしているんです。 【山中】共創にいた時に関わったところでは、情報をオープンにすることで自分たちで地域や社会の課題解決に役立てていくというシビックテックを実践している人たちもいました。行政だけで考えるのではなく、提供できるデータは公開して、地域の人や学校、民間企業の人たちに、うまく使ってもらえればいいんじゃないかと思います。横浜市は昔から市民活動が活発で、市民が自分たちで地域の課題を解決しようと行動してきたことを考えると、横浜らしいかなと思います。 【北】横浜は、地域に根付いた圧倒的な情報量、企業との公民連携の土壌もしっかり根付いて事業につながっている、チャンスにあふれた街だと感じています。先進的な取組が創出されやすい環境にあり、今後も様々なリーディングケースが生まれてくるだろうと思います。組織が大きい分、リーディングケースの全区展開や局横断的な取組には、他に比べてエネルギーが必要になるとは思いますが、今後もいろいろな取組が生まれ、蓄積されていくものと期待しています。 【司会】今日はみなさんありがとうございました。 注1 横浜救急医療チーム (Yokohama Medical Ambulance Team)  横浜市内で発生した崖崩れなどの自然災害、列車脱線事故、高速道路交通事故などで、複数の重症者や多数の負傷者が発生し、又は発生が予想される災害現場に、消防との連携により迅速に出動し、救命のための的確な医療活動を実施する医師、看護師によるチーム。現在、市内9病院で編成されている。 注2 API  Application Programming Interfaceの略。データのやり取りを通じて、他のシステムの情報や機能等を利用するための仕組み。 注3 EBPM  Evidence Based Policy Making の略。証拠に基づく政策立案。本号の5章「地方自治体の政策形成におけるデータ活用事例」において、詳しく触れている。