≪3≫横浜市の取組 <4>住民と共有・活用するデータ〜瀬谷区地区支援を例に〜 松岡 文和 都市整備局課地域まちづくり課担当係長  横浜市は全区で地域支援体制の充実を図っており、瀬谷区においても地区支援として地域目線での地域の課題解決に取り組んでいる。瀬谷区においては縦割りを排し、複数の課の職員が連合自治会ごとに地区支援チームを結成、そこに区社会福祉協議会、地域ケアプラザの職員も加わり、よりきめ細かな地区支援体制の充実が図られている。本稿では、以前瀬谷区区政推進課に在籍していた当時に携わった取組について、紹介したい。   1 できそうでできない地域の実情の共有   地区支援における課題の一つは、地域の現状や将来像、これらに関連する様々な情報の共有が難しいことである。これは地域と地区支援チーム間だけではなく、連合町内会長と役員、地区社会福祉協議会など、地域の中でも各種団体間にもおこる課題である。たとえば連合町内会長が「高齢化が問題」と課題提起をしたとしても、単位町内会ごとの地域特性、会長の経験年数等が異なる中では、意図していることが十分には伝わらない現状が多く見られている。行政が地域と共に課題解決の取組や、新たな事業展開を企画・実施していく際にも課題が完全に共有しきれないことによりトラブルが生じることもあり、その対応に時間を要してしまう。   また、経験の長い会長は、高齢化、少子化、人口減少、防災、地形、福祉、空き家、街の成り立ちなど街の実情や課題を複合的にとらえ、それらを統合し、課題をあぶり出し、それに対する対応の方向性を打ち出す傾向が強い。しかし、それが故に、経験の浅い会長や縦割りで物事を見がちな行政職員にとっては何を切り口に彼らの発言を理解し、意図を把握すればよいのかが困難となる場面に直面することもある。そのようなときの理解共有のためのツールがデータでもある。    2 データの共有化  このような状況を改善するため、瀬谷区では年4回発行している「地域づくり通信」の編集方針に、地域と行政、また地域の中でのデータの共有化を新たに加えた。  編集方針変更後の第一号は「人口から瀬谷区を読み解く」をテーマに、12地区連合ごと(注)の世帯数、人口、年齢3区分別人口と、瀬谷区と横浜市全体の比較から始まり、人口減少が続く一方で世帯数は続伸していること、市内他区からの人口は流入超であるが、市外への流出超がそれを上回ることにより人口減となっていることなどを、グラフを使って分かりやすく記載した。  結果、「うちの自治会の班長会議でこれをもとに話し合いを行いたい」、「もっと突っ込んだ分析をしてほしい」といった前向きな評価が数多く寄せられた。実際に筆者が出席した連合自治会の定例会の中でも連合自治会長が「ほら、うちの地区は他の地区に比べてこういう傾向があるから、きちんと高齢化の対策を考えないと」と言うと「思っていた以上だ」とうなづき同意する声も多くあり、それは数字の根拠がなく「対策を考えないと」と言っていた時とは明らかに異なる反応であった。  これらの記事はすべて市のウェブサイトから入手できるデータで作成した。使う技術もエクセルの加減乗除のみ。これには三つの狙いがあった。一つはすべての地区支援チーム職員が簡単に加工、分析できる平易性。二つ目は、地域の視点でデータを分析し、情報を共有することで地域との関係性を構築すること。三つ目には、将来的には地域が自らこれらの分析と対策の検討ができること、である。  人口特集の第2弾では、町別、年齢別、都市別の転出入者のデータを使用しさらに細かな人口異動の分析を行った。  瀬谷区だけはなく周辺区の人口異動も調べてみると、相鉄線沿線では西区から旭区までそれぞれ西側に隣接する区へ人口の流出超が認められ、瀬谷区では大和市、綾瀬市などさらに西側の自治体へと人口が異動していることが確認できた。さらに年齢別にみると、保土ケ谷区、旭区からは40〜60歳代の人口流入が多く、大和市など西側の自治体へは30歳代、東京都内には20歳代が流出していた。  さらに、大和に若い世代が流出してしまう原因についても、大和市のマンションの流通物件数の多さと価格の安さ、給食や小児医療制度の違い、小田急線利用の利便性が反映されていると推測し、様々な機会に住民や大和市在住の職員へのヒアリングを行うことで確認した。  このように数値化されたデータによる仮説に加え、実態を自分の目や耳、足で調べることで全体の傾向を把握することができると考えている。   3 文字情報を数値化  住民と情報交換を密にする機会が少ない場合に有効な手法が区民意識調査の自由記入欄の分析である。自由記入欄は選択枝という無機的なデータの向こうにある生きた情報である。一例をあげると、瀬谷区民意識調査の自由記入欄に目を通すと、「大和」というキーワードが多く出てくる。「大和市の図書館では…」、「瀬谷では買い物が十分にできないので大和に」などといった表現が見られる。ある年の調査では大和というキーワードが15ある一方で、隣接する「旭区」が1、「二俣川」、「希望ヶ丘」はそれぞれ確認できなかった。これにより区民の意識が大和に向いていることが認識することができた。  ちなみに、地域づくり通信は神奈川新聞の記者の目に留まり通信の紹介とともに、相鉄線延伸の影響など記者が独自取材した記事と合わせて、見開きで掲載された。いわばタイアップ記事ともいえ、神奈川新聞社内部でも斬新な記事と評価されたそうであるが、わかりやすい切り口で素材を提供することで、情報共有の手段の拡張性につながる一例となった。   4 縮退する住宅地に対応するために  高度経済成長期に爆発的に人口が増えた横浜市では、特に郊外区における住宅団地住民の急激な高齢化や人口減少、空き家の増加が押しなべて課題となっており、区や都市整備局などが地域に入り込みながら課題解決の支援を行っている。  しかし、地域の住民は急激な高齢化を認識しつつも、日常の風景となっているため、危機感が薄れてしまい、対応が遅れがちとなるという問題がある。このような場合にこそ、データを行政と地域、さらに地域の中で提供することが非常に重要である。  一例をあげると、比較的転入の少ない住宅団地にある自治会において、高齢化が課題となる中、今後の自治会の運営をどうするか、役員が積極的な話し合いが行われていた。そこで、この自治会が属する町の男女別年齢5歳階級別の人口と前年比のデータと、開発時期が早く高齢化が著しい隣接する住宅団地が属する町のデータとあわせて提供したところ、自治会長は「これはすごい。これを求めていた。このデータは議論を加速することができる」と声を弾ませていた。自分たちの町がなるかもしれない将来の姿を、隣接する町のデータを使って可視化することで他の役員、広くは自治会員と明確に課題を共有できると考えてのことであろう。市のウェブサイトから入手できる比較的単純なデータであっても、それを活用することをイメージして加工・分析することで地域課題の解決の有効な一助となる。  データは机上で客観的に分析することも大切であるが、実際に地域に出向き様々な情報を得たうえ、必要なデータを分析し、街の将来像や課題を共有する。さらにはその過程も地域との協働で行うことでデータ活用の有効性はさらに増すものとなるであろう。   注 連合地区のエリアと町丁目の境界は合致しないが、便宜的に各連合地区のエリアに該当する町丁目の人口等を基に算出している。また、連合に未加入の地区も含まれている。