≪3≫横浜市の取組 <2>データに基づく経済政策の展開 土屋 秀子 経済局経済企画課担当係長 1はじめに 人口減少社会の到来、超高齢化の進展、産業構造の変化、グローバル化の進展、技術革新や経営革新など横浜経済を取り巻く環境が大きく変化する中で、景気動向を把握することは、適切な経済政策を行っていく上で極めて重要な課題である。一言で景気動向の把握と言っても、個別の調査・統計にはカバレッジや精度の限界があるので、少数の調査統計のみに頼ることは困難であり、多面的な情報を総合しつつ適切な判断を行っていくことが必要となってくる。そのためには、定常的な調査のみならず、その時々の情勢に応じた内容について、機動的に情報を把握することも必要である。また、昨今では、政策を展開するにあたって、動向を多面的かつ機動的に把握した上で、それを分析し、対応すべき課題を発見し、そして、現状や課題、可能性を踏まえた上で、エビデンス(根拠)として捉えて、解決の方向方を提示していくことが求められている。本稿では、このような視点の元に、経済局が取り組んでいるデータ把握と活用について紹介していきたい。 2市内経済の実態把握と調査による基礎的データの整備 (1)景況・経営動向調査横浜の経済政策の効果的な展開に必要な企業動向やニーズを早期かつ的確に把握するために、市内企業・市内に事業所をおく企業を対象にアンケート調査を四半期毎に年4回実施している。この調査は、自社業況BSI(注1)(図1)、生産・売上、経常利益、資金繰り、雇用人員、設備投資動向等を調査項目とする「通常調査」と、時事に応じたテーマを調査する「特別調査」から成っており、「定常的な調査」と併せて、喫緊の課題の把握という機動的な面も持って実施しているものである。(URL:http://www.city.yokohama.lg.jp/keizai/happyou/keikyoureport.html) 【特徴】 ・継続性─平成4年から実施しており、平成30年3月で104回目となる。 ・調査規模─調査対象は毎回約1,000社と一定の規模を維持している。 ・回収率─毎回50%?60%と高い回収率となっている。 ・ヒアリング調査─アンケート調査だけでなくヒアリング調査を実施することで、集計された数値の補完を行っている。 (2)データで見る横浜経済  国勢調査や経済センサス、市民経済計算等の様々なデータがある中で、横浜経済の状況を把握する上で必要となる基本的なデータを抽出し、集約したものである。(URL:http://www.city.yokohama.lg.jp/keizai/toukei/yokohamakeizai/)  【特徴】  ・総務省の国勢調査や横浜市の市民経済計算など約50種類の統計情報から、横浜経済に関する主要なデータを集約・約140の図表を掲載  ・人口、産業、雇用などの面から整理   (3)横浜市の地域経済循環分析調査  本市人口推計では、2019年をピークに迎えた後に人口減少に転ずることが推計されており、労働力の不足や消費需要の減少など、市内経済にマイナスの影響が生じる可能性がある中では、将来的に市外から新たな需要等をいかに獲得し、市内に還元するかという視点が、今後一層重要となってくる。このような背景を踏まえて、人口減少を見据えた経済政策を検討するための現状把握を目的に、平成29年度に実施した調査である。(URL:http://www.city.yokohama.lg.jp/keizai/toukei/junkanbunseki.html) 【特徴】 ・内閣府の地域経済分析システム(RESAS(注2))等で提供・公開されている地域経済循環構造分析等の手法を用いて、横浜経済の特徴や課題等を分析・把握 ・地域経済循環構造分析とは、地域の経済を「生産・販売・分配」の3面で捉え、所得の流出入を把握し、地域の所得の循環構造を分析するものである。 ・地域の循環構造の構築のためには、地域への所得の「流入」と「流出」で、「流入超過」(黒字経営)にしていく必要があるため、そのための方策についても検討。 3データ分析による政策への展開  これまで述べてきた様々な調査結果を、データとして収集するだけに留めず、そこから課題や可能性を把握し、把握した内容を政策の検討につなげている取組事例を紹介したい。 (1)景況・経営動向分析  特別調査のテーマや内容を設定するにあたり、落としどころを見据えて(=仮説を立てて)検討している。    @テーマ「健康経営の推進」 【目的】企業の持続的成長を図る観点から、従業員の健康に配慮した経営手法である健康経営が今後必要となると想定し、その推進にあたって必要な取組等について調査。 【結果】4割強の企業が今後「健康経営に取り組む意向」を示し、必要な支援としては「情報提供」が最も高く、また「専門家による相談」など具体的な取組に向けた支援を必要としている様子が窺えた。 【展開】「普及啓発の拡充」や「専門家派遣」に取組んだ。 Aテーマ「IoTに関連する技術・サービスの導入に関する実態調査」 【目的】グローバルな経済交流が進展する中、企業にはIoTなど、新たな技術の活用などによる経営の革新が求められていることを踏まえ、市内企業の実態を調査。 【結果】7割以上の企業が関心を持っており、「人材の確保又は育成」や「活用するノウハウを得ること」などの課題を抱える企業が多かった。 【展開】IoT等を活用したビジネス創出に向けた、「交流・連携」、「プロジェクト推進」や「人材育成」等の場となる「I?TOP横浜」を立ち上げた。 Bテーマ「労働力不足の実態」 【目的】少子高齢化、人口減少社会を迎えるにあたり、企業の労働力不足が深刻化しており、通常調査においても、労働力の不足感を感じる企業が増加していることなどを踏まえ、市内企業の実態を調査。 【結果】人材獲得競争の激化などにより「労働力が不足している」と回答した企業が5割を超える状況であった。また、労働力確保に向けた取り組みを進めるにあたっての行政支援としては、「学校の就職担当者との交流機会の創出」や「多様な働き方の導入に対するアドバイス」を必要としている様子が窺えた。 【展開】企業と学校の担当者による就職懇談会や相談窓口の設置に取り組むとともに、官民一体となったメンバーによる現状共有や対応策の検討を行う「人手不足・事業継承等プロジェクト」を設置した。 (2)横浜経済の特徴の把握 【工夫】経済成長率を図表化する際に、横浜市の推移だけでなく、全国比を並べて掲載。 【結果】概ね全国と同じ動きで推移していることが確認できた。一方で、近年、全国よりも成長率が下回っていることが判明した。 【検討】他のデータで国と相違する点を調べてみたところ、全国の総生産に対する本市のシェアは数年間ほとんど変化がなかったが、全国では増加傾向にある製造業が本市では減少していることが判明。また、一般的に労働生産性が低いとされている小売業やサービス業の構成比が高まっていることも浮かび上がった。  このような状況を踏まえ、  ・戦略的な企業誘致や創業の推進などに取り組むことが必要ではないか  ・経営革新や技術革新などによる生産性の向上に取り組むことが必要ではないか  と考え、この方向性を今後の政策の検討に活用。    (3)経済構造の分析(図2)  横浜市の「所得循環構造分析」の結果としては、生産・販売面において10・7兆円の付加価値を稼いでいるが、第1次、第2次、第3次産業の労働生産性が全国に比べて低く、つまり「稼ぐ力」が弱いことが判明した。  分配面においては、所得は3・1兆円流入しており、そのうち雇用者所得は2・4兆円も流入しており、昼間人口より夜間人口が多く、東京のベットタウン都市として機能しているため、市外への通勤者が高い所得を持ち帰っていることが分析された。  支出面においては、支出合計3・1兆円の流出のうち、日常の買物や非日常の観光等に伴う民間消費は7,693億円、設備投資に伴う民間投資は776億円流入しているが、市内企業から市外企業への発注等の「その他支出」が3・9兆円流出していることから、支出合計が流出という、大幅な赤字経営という状況である。  このような分析を踏まえると稼ぐ力を高めていく必要があることから、市内中小企業の経営革新・経営基盤の強化やイノベーションによる新産業・新事業創出、戦略的な企業誘致などを今後の政策の方向性として取り組んでいる。 4おわりに  これまで述べてきたように、「データ」を整理することで実態が把握でき、そこから「価値」が創出される可能性がある、とはいえ、「とりあえずデータを集めれば何かわかる」「データを集めてから分析しよう」という方法では、「数値の割合が高い・低い」ということが分かるだけで実態が把握できたとは言えず、次のアクションには繋がらない。そのため、最後に、経済局で取り組んでいる人材育成の取組について紹介したい。 (1)データサイエンス塾 データを活用して、時代の変化やニーズに合った政策を提案できる人材の育成に向け実施。 【目的】データ活用にあたって、特徴を一面的に捉えると重要な情報を見落とす恐れがあり、データを「整理」するのではなく「分析」する必要がある。  また、答えを先に想定して(=仮説を立てて)から、想定が正しいかをデータで確認するアプローチが重要である。そのような視点とスキルを身に着けるための研修を実施。 【事例】ある事業所の売上が下がっているため、支店ごとの売上を、「売上高だけの1軸のグラフ」と「売上高と来店者数の2軸のグラフ」で比較。  売上高だけのグラフでは、売上が低い支店しか確認できなかったが、売上高と来店者数という2軸のグラフを作ることで、「来店者が多いほど売上が高い」という一般性を読み取ることができ、更に、「来店者は多いのに売上が低い」支店があることがわかった。そこから、来店者数以外の原因(接客、商品の陳列等)が生じていることで売上が低いのではないかという仮説を立てることができる。  このように、経済政策を行う上では、多面的、機動的なデータ整備・分析とともに、社会経済環境や企業環境の動きを機敏に感じ取り、データの中から「価値」を創出して、時代の変化やニーズに合った政策(=課題解決策)が提案できる人材の育成も重要である。  特に、行政においては、限られた資源を有効に活用しながら市民に信頼される政策を展開することが求められるため、エビデンスベースの政策を展開することは非常に重要な視点である。  今後もこのことを念頭におきながら、データ活用とそれに基づく政策立案・推進に取り組んでいきたい。    注1 BSI(BusinessSurveyIndex) 自社業況BSIは、自社業況が「良い」と回答した割合から「悪い」と回答した割合を減じた値。  注2 RESAS(RegionalEconomySocietyAnalyzingSystem) 内閣府のまち・ひと・しごと創生本部が運用している、経済センサスや国政調査など約130の官民のいわゆるビックデータを集約し、地方・地域におけるヒト・モノ・カネの流れを「見える化」して、その地域の現状や未来、強み・弱み等を把握することができるシステム