≪1≫座談会/自治体におけるデータ活用のあり方 村上 文洋 株式会社三菱総合研究所主席研究員 山中 竹春 横浜市立大学医学部教授/データサイエンス推進センター 副センター長 岩崎 学 横浜市立大学国際総合科学群教授/データサイエンス推進センター センター長 小林 一美 横浜市政策局長 司会 中村 俊介 政策局政策部政策調整・データ活用推進担当部長 【司会】本日はお集まりいただきありがとうございます。今回は自治体におけるデータ活用のあり方をテーマに、データ活用による政策課題の解決や新たな行政サービスの可能性などについて大いに議論を深めていきたいと思っています。データ活用に関しては、平成28年12月に官民データ活用推進基本法が成立し、29年5月に策定された「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」に基づき、データがヒトを豊かにする社会の実現を目指した様々な取組が進められています。また、私たちの生活においても、福祉や医療、防災、経済等の幅広い分野で、AIやロボットなどの先端技術を活用した新たなサービスの可能性を感じられるようになっています。本日はまず、議論のきっかけとして、国や社会の動きやデータ活用について考える上でポイントとなる視点について、村上さんからご提示いただければと思います。 1人口減少社会の到来とその影響 【村上】まず、今、データ活用が推進される背景の一つに、日本の大きな社会的課題である人口減少があります。 図1をご覧いただきたいのですが、これは日本の人口の推移を、西暦800年から現在、そして2100年までの将来推計値を使ってグラフにしたものです。これをみると、現在の日本が、急激な人口増加から一転して急激な減少期を迎える時期にあり、まるでジェットコースターの頂点から一気に降下を始めるような転換期にあることがわかります。2004年にはおよそ1億3千万人だった人口が、2100年には4、800万人となり、3分の1近くにまで減少してしまうわけです。 【岩崎】戦後初めて人口が減るという状況を経験するわけですが、何よりも、その人口減少のスピードがとても速いと思います。 【村上】人口減少を食い止める策としては出生率を上げるしかありません。女性の数が減っていますから、たとえ合計特殊出生率が人口置換水準(注1)である2・07を超えても、しばらく人口は減り続けます。 【山中】女性の社会進出が進んでいますが、出産や子育てしやすい環境や、仕事でキャリア形成できる環境なども含めて、総合的にこの問題を考える必要がありますね。 【村上】フランスやスウェーデンなど出生率の高い国は、出産や子育てをしやすい環境にあるんだと思います。ヨーロッパでは、0歳から小学校に入れる、つまり形式上義務教育にすることで、結果として全員が保育所に入れるというところもあると聞きます。そのような大胆なことをしなければ少子化対策は難しいですよね。先ほども言ったように、出生率が上がっても人口の増加につながるまでには時間がかかります。そのため、IoTやAIなど使える新しい技術は総動員して生産性を向上させることで、ある意味、日本が壊滅的な状況に至るまでの時間を稼ぐ、5年でも10年でも先延ばしして、その間に有効な対策を打っていこうということです。 【司会】横浜市の人口は、現在でも増加を続けていますし、合計特殊出生率も以前に比べ高くなっています。一方で、出生数自体は減少しており、平成28年には横浜市で初めて出生数が死亡数を下回る自然減となりました。将来の人口も2019年をピークに減少するという推計結果となっており、横浜市においても人口減少社会は間近に迫っています。人口を考える上では、総数の減少と同様に、年齢構成の変化や生産年齢人口(15?64歳)の減少も大きな課題ですよね。 【村上】はい。全国の生産年齢人口は、2015年には約7、600万人でしたが、2060年には約4、400万人になると予測されています。今より3、000万人以上減少することになります。働き手が3、000万人も減る中、行政や民間のサービスを今後いかに維持していくのかは、喫緊の課題です。既に、飲食業などでは人手が不足していますし、いずれ行政機関でも同様の問題が起きると思います。医療の現場も同じですよね。 【山中】人手不足が続き、過重労働が増えています。全国の病院の中でも、現実問題として、超過勤務がなければ成り立たないような状態になっているところは少なくないと思います。 【村上】A I の活用などによって効率化することは考えられるのでしょうか? 【山中】日本は、国民皆保険の下、誰もが良い医療サービスを享受できる国ですが、高度成長期の時代に作られた制度であり、病院で診療を受ける人が現在のように多くなるということが想定されていません。AI等の技術によって効率化できる部分はあると思いますが、現状では対応が及ばず、過重労働など医療者の労働環境に影響を与えています。結局、その影響は病院の利用者、つまり患者にも及んできます。 2人口減少を前提とした行政サービスの在り方 【司会】人口減少による影響が生活の中にも表れてきている現在、行政はどう対応していけばよいのでしょうか。 【村上】福岡市が平成25年に作成した行財政改革プランを見ると、政策的経費、つまり一般財源総額から経常的経費を引いた予算額は、平成25年で284億円、翌年、翌々年は数十億円規模まで減少しました。福岡市は政令市の中でも人口増加を続けている都市ですが、それでも未来に投資できる予算は、ごくわずかです。ましてや他の中小規模自治体は、未来への投資どころか、現状の行政サービスや社会インフラの維持も出来ない状況になりつつあると思います。行政は新たに施設などを作る経験は豊富ですが、既にある施設や行政サービスをやめる経験は、これまであまりしてきていません。しかしこれからは、人口減少を前提に、影響の大きさや範囲などを測りながら施策を選択し、場合によっては現行の行政サービスを削っていかなければならない時代になっていくと思います。 【山中】村上さんは、国や他の自治体などが持つ、行政におけるデータ活用に関する意識について、どうお感じになられますか。 【村上】私の会社が事務局を担当しているVLED(注2)では、自治体や民間企業などにおけるデータ活用を推進するための取組を行っています。その一環として自治体職員を対象にしたデータ活用研修を行っています。当初はデータの分析手法を学ぶ研修を考えたのですが、日ごろ、業務でデータを分析・活用する機会が少ないなど、研修の成果を業務に活かせないといった声がありました。そこで、熊本県庁の有志職員が考案した「SIM熊本2030」という研修を行いました。これは、6人一組で行うワークショップ形式の研修で、模造紙や付箋は使いますが、データは一切使いません。最初に各メンバーは、架空の自治体の総務部長や健康福祉部長といった辞令を受け取ります。辞令の裏には各部署が所管する事業(一件1億円)が書かれています。今後の税収減や医療・福祉等の歳出増に対応するため、既存の事業のどれかを廃止しなければなりません。部長同士で話し合い、廃止する事業を決め、地方議員役のスタッフに説明します。議員が納得すれば事業を廃止できますが、納得しない場合は事業は継続され、赤字公債が発行されます。赤字公債が一定額以上になると、その自治体は破綻します。研修終了後、多くの参加者から「事業の廃止を考えようとしても、判断するためのデータがない、判断材料がないとわからない」といった意見が出ました。そこにこの研修を取り入れた狙いがあります。予め用意したデータを使って、さあ分析してみましょうといっても、みなさんピンときません。データがなくて困ったという経験を経て、初めてデータの必要性を理解できるんだと思います。 【山中】データ活用というと、ともすれば活用するためにどうすれば良いかという技術論になってしまいがちです。統計や情報処理の教育も必要ですが、何のためにデータを使うのかという基本の部分がなければ、活用は進まないと思います。 【岩崎】これからは、何をするかでなく何を削減するかという視点での議論が課題になってくると思いますね。削減というとネガティブなようですが、より重要なところに予算が回るわけですから、その意味ではポジティブだと言えると思うんです。 【村上】削減する場合、これまで以上に市民への説明が必要になります。きちんと客観的なデータを示して理解していただく必要があると思います。 【司会】行政の難しいところは、あまり人が住んでいないところでも住民の生活のために道路や水道などを整備しなければなりません。誰でも同じように行政サービスを受けることができることが求められるので、費用対効果などとは判断の根拠が異なります。データを活用した分析を政策の判断に適用することが難しい分野もあるのです。 【村上】 財政破綻した夕張市では、上下水道料金が何倍にも跳ね上がりました。インフラ維持費用などを説明して、コンパクトシティ化に向けた移住促進などを進めていると聞きます。また、千葉市の「市税の使いみちポータルサイト」では、例えば、子どもの給食費について、一人が小学校1年生、もう一人が中学生と選択すると、全部で8,175円の給食費を支払っていますが、16,365円相当額の行政サービスを受けている、ということがわかるようになっています。つまり、自己負担額と一緒に、受けたサービスにどれだけの税金が投入されているかを数字で示しているのです。市民の理解を得るためには、このようにデータを使って丁寧に説明することがとても大切だと思います。 【司会】例えば、ある地域で整備している保育所が10年後にはいらなくなり、高齢者施設への転用が必要になるかもしれません。年齢別人口などからその施設が必要となる期間を予測して、それに応じた建築物の構造や強度などを検討することで、コストの縮減を図ることもできますよね。現在のニーズに対処するためだけではなく、将来起こりうることを見据えながら市民に説明できる根拠を基に政策を考えていくということですね。 【山中】これからは人口減少を前提として、何が必要なのかを考えていかなければなりません。行政も民間も大きく変わらないといけません。人的資源についても、例えば医療の世界の例で言えば、今後は病床数の削減の方向に向かいますが、その分在宅医療に対応する医者の人数が必要になってくるわけです。将来を見据えながら、データに基づき予測して、市民に説明できる根拠が必要になります。 【司会】確かに、2025〜2030年にこれだけ高齢者が増加するということがデータで示されれば、在宅医療や介護ベッドが不足するのではという課題も見えてくるわけですよね。 【岩崎】統計学というのは、一言で表すと平均値の学問なんですが、これまでの行政もみな平均的に差をつけずに対応するという考え方だったと思います。でも今は、地域ごとに特性をしっかりとらえて、地域に合ったサービスを提供できる環境になっていると思うんです。データがあれば、地理的情報だけでなく所得や年齢構成などいろいろな属性別に実態を捉えることもできますから、行政サービスもその人のニーズにあったものを提供できるようになると思うんですよね。データをうまく活用していくことが、一律ではない、きめ細かな行政サービスに資すると思います。 【村上】アメリカの自動車保険会社の例ですが、過去の事故発生の統計から保険料を決めるのではなく、車にデータを収集する機器を設置して、その車の走行ルートや速度、どこでアクセルやブレーキを踏んだかなどのデータを基に、安全運転していると判断されれば年齢に関係なく保険料が安くなるという仕組みを取り入れています。過去の統計データからではなく、一人ひとりに合わせて商品設計ができる時代になってきています。 【小林】行政が施策の成果や進捗をみる際に、例えば、女性活躍であれば、女性管理職の割合や女性の年齢5歳階級別労働力率のグラフなどの統計データを使用することが多いのですが、様々なデータを活用できる環境が整ったことで、これまでの方法だけでは把握しきれなかった実態を反映し、ニーズにあった課題解決につなげていければよいと思います。そのためには、課題の原因となるものを探っていく姿勢も重要で、経験や何が起きているのかを察知する感度を生かしながら、データを活用して論理的に捉えていくことが大切だと思います。 【岩崎】論理的というのはとても大切です。論理的に物事を捉えて説明するには、データを使って根拠を示していく以外にないと思うんです。もし別の見解があるなら、その根拠もやはりデータで示していく。お互いの考えの根拠を示し合うことが、議論の共通の土台になると思います。 【小林】地域の方との対話においても、データは共通の土台となります。地域コミュニティの活性化は横浜でも大きな課題の一つですが、地域における対話は、ある程度、経験と勘が役立つ部分もあります。しかし、地域の人や企業、その他のいろいろな機関と一緒になって取組を進めるには、データを共通の拠りどころとして、行政と地域が課題を解きほぐしていくことが大切だと思います。 【村上】それから、行政が全て自分で、情報やサービスを直接市民に提供しようとする「自前主義」も見直す時期に来ていると思います。(図2)例えば、多くの人に利用されている家計簿アプリ「Zaim」は、数年前から自治体の給付金情報の提供を始めました。利用者の住所や収入、子どもの年齢などから、もらえる可能性のある給付金を教えてくれます。自治体が自分のウェブサイトに給付金情報を掲載してもなかなか見てもらえませんが、毎日使う便利なアプリやサービスに自分が受給できるかもしれない給付金情報が載っていれば、目に入ります。必要な人に必要な情報が届くわけです。よく使われる民間サービスに行政の情報を載せてもらうという姿勢もこれからは必要だと思います。ただしこの場合、自治体ごとにデータ形式や項目がばらばらだと民間企業もなかなか掲載してくれません。データフォーマットなどの共通化が必要になります。 【小林】昨年、横浜の企業である株式会社アイネットが、横浜市の保育施設情報を利用者目線で検索できるサービスを始めました。市も連携してサービス構築を進めてきましたが、良い効果が二つありました。一つは、オープンデータ化した情報が活用され市民サービスにつながる事例となったことで、データを定期的に更新して常に最新の情報にしていくことの重要性と責任を職員が改めて認識できたことです。それからもう一つは、利用者からのニーズはあっても市が保有していない認可外保育に関する情報などをアイネットが自ら収集して掲載することで、行政だけでは難しかった方法で市民が知りたい情報が届くようになりました。 【村上】行政は自前でサービスを作るよりもコストが安くなります。住民も便利になり、企業もビジネスチャンスが広がります。これからは、API(Application ProgrammingInterface = コンピュータ等を介して様々なデータやサービスが自動的につながる仕組み)を介して、官民の様々なデータやサービスがつながっていきます。これを「APIエコノミー」といいます。これからの行政サービスは、このAPIエコノミーの中のどの部分の役割を担うのかを考える必要があります。 3新たな行政サービスの在り方 【司会】では、これからの行政サービスというのは、どのようなイメージなのでしょうか。 【村上】2011年の世界経済フォーラムで、「データは新しい石油である」という言葉が使われました。つまり、データは私たちにとって石油に匹敵するくらいの新たな資源だということです。石油は採掘した状態では使えず、精製して、重油や灯油にして使いますよね。データもそのままでは資源とはいえず、使える形に精製して初めて資源になります。資源として活用可能になったデータが施策の立案・評価や新たな行政サービスを生み出すためのエネルギーになります。データと言うと統計データをイメージする人が多いですが、これからは、リアルタイムデータや未来を予測するデータ、個人に関するデータなど、いろいろなデータを活用して新しいサービスを創り出していくことになると思います。図3では、行政サービスがデータ活用によってどのように変化するのか、これまでとこれからに分けて示しています。例えば、これまでは課題が発生してから対応する「事後対応型」でしたが、今後は様々なデータをもとに「予測・予防」するサービスへ変化していくことが期待されます。犯罪予測サービスは、既にアメリカなどで実用化され、日本でも京都府警が導入しています。犯罪が起きてから対処するのではなく、犯罪が起きる可能性の高い時間、場所、内容を予測して、重点的にパトロールすることで未然に防ぐ試みです。フィンランドのごみ収集サービスは、街のごみ箱にセンサーを取り付け、常にごみの量を測定しています。いっぱいになったらアラームを出すのではなく、過去のごみの増え方や天候、周辺のイベント情報など、様々なデータをもとにごみがいっぱいになる時を予測し、事前に回収に回ります。毎回、最適なごみ収集ルートを回りますので、ごみ収集作業が効率化し、ごみ収集車のCO2排出量も削減できます。ごみがあふれることがないので、衛生的で美しい都市景観を守ることもできます。 【小林】横浜市でも、横浜市立大学にご協力いただいて救急の出場件数の予測をして、救急車の効率的な運用などに生かす取組など、徐々にではありますが、「これから」に繋がるような取組を始めています。これらに取り組む中で、私は、現状を分析して課題をどのように可視化するかということと、課題の解決のためにどのようにデータを活用するのかということとは少し異なる面があるように感じています。 【山中】そうですね。データを事実として分析したり、わかりやすく可視化することとは違い、課題解決につなげていくというのは、データから得られる結果を基にして仮説を立て、将来を予測をしていくことだと思うのです。データから結果を得るためには、やはりある程度の分析技術を持った人材が必要となります。横浜市立大学でもデータサイエンス学部を開設して人材育成を進めていきますし、最近はデータの活用環境も整ってきていますから、緩やかにではありますが、データを活用した予測・予防型サービスなどに向かう方向にはなってきていると思っています。 【司会】山中先生は、他にも医療局との医療ビッグデータを活用した取組にご協力いただいているわけですが、実際に分析を行って感じられた課題などはありますか。 【山中】こちらの取組は、総合的ながん対策の充実のため、横浜市域のがんに関する医療実態の分析をしているもので、医療ビッグデータというのは、NDB(ナショナルデータベース)というレセプトデータの集合体です。横浜市内の病院で受診した患者に対する全ての医療行為が記録されているもので、うまく利活用すればとても利用価値のあるものだと思います。ただ、利活用を完全な前提に作成されているデータではないので、提供されたデータのままでは、何がどの項目の値なのかを示すデータ項目の定義がわからず、利用する前の事前準備に時間を要してしまいます。また、別の問題として、NDBのデータは病院における医療行為だけなので、患者の属性情報は含まれていません。例えば、30〜40代女性の既婚者で外来の化学療法を受けている方の人数や居住区別による分析は、残念ながら今回はできませんでした。 【司会】属性情報を含めて分析できれば、医療局の政策や取組の方向性が大きく変わってくるような結果が出たかもしれませんね。 【山中】そうですね。先ほどは、働く女性という視点で30〜40代女性の既婚者と言いましたが、これに就業状況や子どもの有無といった属性情報を組み合わせて、外来化学療法を行っている患者数を正確に把握できれば、政策に反映していくことができます。働いているとなかなか会社も休めず、病院も遠かったりして、治療を受けることが難しい。でもきちんと治療して職場でまた元気に働くようになれば労働力の減少への対策にもなります。データを根拠として対象者数や効果を示すことで、社会全体で施策の必要性の認識が広がり、さらに治療を受けやすくなる環境にもつながるのではないでしょうか。 【司会】ターゲットを明確化することで、施策の効率や効果を高めることができるということですね。 【山中】そうです。NDBも年齢などの属性情報があればより利用価値が高まると思います。一方で、個人情報の取扱いに対して不安を感じる人も多いと思いますが。 【司会】個人情報保護やパーソナルデータの取扱いという点では、現在の国の検討状況はどうなっているのでしょうか。 【村上】個人情報に関しては、保護の面が強く意識されすぎて活用しにくい状況にあると思います。これからの自治体は個人情報を安全に管理しつつ、もっと有効活用していく必要があると思います。 【山中】医療の分野では、次世代医療基盤法ができて、各病院のデータを国が認定した業者が匿名化して、研究機関に提供することができるようになりました。その結果、同じ人の歯科のデータ、A病院のデータ、B病院のデータを名寄せできるようになります。今では糖尿病と歯周病の関連については知られていますが、これも歯科のデータと糖尿病のデータという物理的に異なるデータを名寄せしないことには分からないわけです。日本は母子健康手帳から始まり、乳幼児健診、働いている時には会社の健診、そして後期高齢者のデータというように、ライフコースの各段階でデータが存在する特異な国です。それらの名寄せができれば医学研究の在り方が根本的に変わっていく可能性があります。 【村上】医療だけでなく介護や健康関連など、いろいろな分野のデータが横断的につながって活用できるようになるといいですよね。個人情報の活用については、信頼できる組織が管理して、自分の生活にとって便利で有益だと納得することができれば、市民の理解も得られると思います。そのためにも、データを有効活用することの意義や必要性を市民と共有していくことが重要ですね。 【小林】今、横浜市でも官民データ活用推進計画を策定しているところです。この計画の中で、市民のみなさんに、横浜市がデータ活用によって何を目指すのか、どのように進めていくのかということをしっかりとお示ししていきたいと思います。 4データ活用を進めていくために 【司会】みなさんから、これからの行政におけるデータ活用や行政サービスの在り方について、ヒントになるようなことをいろいろとお聞きかせいただきましたが、これから横浜市が全庁的にデータ活用の取組を進めていくにあたって、どのような点を重視していくべきなのか、みなさんのお考えをお聞かせください。 【山中】まずは、今何が課題なのかをきちんと職員が理解することが大切です。そしてその課題の状況を把握するためにどのようなデータが必要なのか、という意識を常に持っていて欲しいと思います。データを処理する技術の前に、現場に即した課題意識を持つことが重要ですね。 【小林】それは大前提だと思います。データの活用においても、よりよい生活や都市社会をどう作っていくのかという意識を職員が常に持っていなければなりませんね。 【山中】以前はデータの質や量が現在のようではなかったとは思いますが、データを活用する意識は多くの人が持っていたと思いますし、その時々に可能な方法で活用してきたと思います。膨大なデータを収集、活用できるようになった今では、それに応じた分析技術が発達してきています。今も昔も行政職員には現場に即した課題意識が大切だと思います。 【司会】課題意識を持ち、データを分析などに活用していくことがデータサイエンスなのだと思いますが、そのような意識や能力を持った人材は、行政はもちろん、民間企業においても必要とされています。本市の官民データ活用推進計画素案でも、意識の醸成や普及啓発、人材育成を官民データ活用の推進の上で重要な取組としています。横浜市立大学では、この4月にデータサイエンス学部が開設され、そのような人材の育成を進めていくと思いますが、学部設立の趣旨や意義はどのようなところにあるのでしょうか。 【岩崎】以前は官庁のデータを使おうという人は少なかったですし、そもそも誰でもアクセスできるわけではなく、利用できる人は学術目的など非常に限られていました。でも今は、使いやすさという点での課題はあるとしても、社会全体がデータを公開して活用しようという意識に変わってきています。一方で、データを有効に活用して、政策やビジネスにつなげる能力を持つ人材がまだまだ少ない状況にあるわけです。日本では統計学を標榜するような学科や学部はほとんどありませんし、小・中学校、高校でもその重要性を十分に伝えてきませんでしたが、統計やデータを適切に扱い、未来につなげていく人材が望まれるようになってきたわけです。 【山中】データサイエンス学部は30年度に開設される学部で実績はこれからですが、それでも一般選抜入試の倍率が前期・後期日程あわせて9・1倍でした。全国の国公立大学の全学部を通じてトップクラスでした。非常に注目も期待もされていることの表れだと思います。 【小林】横浜市としても横浜市立大学との連携をさらに強固にしていきたいと考えているところですが、データを活用していくことができる人材という観点から、これからの市職員のあるべき職員像とはどのようなものだと思われますか。 【岩崎】やはりデータリテラシーが重要で、データを活用するというマインドを持つことだと思います。現場を知ることは確かに大事だと思うのですが、現場で見聞きした情報を裏づけするような客観的なデータを探して、うまく組み合わせていくことが重要です。また同時に、データをどう解釈するかという点も非常に重要なのです。データサイエンス学部は文理融合という考えなのですが、文系・理系に関わらず、全ての職員がデータは重要だというマインドを持ってもらうことが非常に大事だと思うのです。それが、課題意識を持って解決の方針を立てるという時に役に立つと思います。 【小林】職員も市民も自由に参加できる、データサイエンス学部のオープン教室のようなものがあるといいですね。 【山中】今回の入試の倍率の高さというのも、横浜という都市の持つポテンシャルだと思います。オープン教室を開くというのは、大学側にとっても有益ですし、それを市民や市役所に対しても専門的な知見の提供という形で還元することができます。公立大学である横浜市立大学が果たすべき役割だと思います。 【岩崎】学習指導要領が変わって統計に関する授業が増えますが、人材は、初等、中等教育から育てていくことが大事だと思います。その子どもたちが教える側になり、課題意識やスキルを持った人たちが増え、市役所や市内のいろいろな企業で活躍して社会を支えていく。そういった人材を輩出していくことが、データサイエンス学部の使命だと思います。 【村上】ICTをどう使うかもポイントですね。 例えば、日本の企業はICTを活用して店舗のレジを無人化しようとしていますが、Amazon.com はAmazon GOでレジをなくすことに成功しました。買い物客はゲートを通って店舗に入り、欲しい商品を手に取ってお店を出るだけです。レジに並ぶ必要も、お金を払う必要もありません。店内に設置された百数十台のカメラとセンサーが、お客の行動や手にした商品を把握します。支払いはクレジットカードで自動的に決済されます。店舗側は単に効率化できるだけでなく、お客の詳細な行動情報を入手できます。万引きも防止できます。 ICTを活用した行政サービス改革にも同様の発想が必要です。今の窓口をいかに電子化するか、住民票をオンラインで入手できるようにするかという発想ではなく、窓口にいかなくても、自分から申請しなくても、必要な行政サービスを受けられる、そんな行政サービスが実現できればと思っています。そのためには、ユーザーの立場でとことん物事を考える「サービスデザイン」の発想が重要だと思います。 【小林】窓口での手続き書類や記載事項などにも、一つひとつに根拠や必要性はあるとは思いますが、それらが本当に必要なのかということをユーザー側からの視点で根本から考え直してみるという発想は、これからの行政サービスを考える上では必要なことかもしれませんね。 【村上】ユーザー側はできるだけシンプルにして、サービスの裏側では機械ががんばり、データが走り回るといった感じではないでしょうか。 【山中】利用者側が意識しないところで複雑なデータを分析、活用して、消費者や市民が何を望んでいるのかを的確に掴み解決に結びつけるというところに、データサイエンティストが関わっていくわけですよね。 【岩崎】Amazon GO でもデータ収集の際にエラーが発生する可能性があると思うんですが、それを容認しているというのもすごいことだと思います。 【山中】日本ではわずかでもエラーがあればそれを可能な限り無くそうとしますが、多少のエラーがあっても容認できるのは、それを超えるサービスを得られるという考えなんでしょうね。 【村上】そろそろ行政の無謬性神話から脱却したほうがいいかもしれませんね。もちろんミスをなくす努力は必要ですが、どんなにがんばっても完全にゼロにはなりません。ミスが起きることを前提に、ミスが起きた際に的確に対処できる仕組みを作っておくことのほうが大切だと思います。 【司会】まずは失敗を恐れずトライしてみることも大事ですよね。横浜は、民間企業の方から行政課題の解決につながる提案を積極的に受け、対話を通じて新たな価値を創造する共創の取組を始めて今年で10年になります。また、オープンデータも早くから取組を始め、AI、IoTなどを活用したビジネス創出のプラットフォームであるI?TOP横浜を立ち上げるなど、データ活用の分野においても、新しい取組を進めてきました。みなさんのお話を聞いて、これからも、新たな取組にトライしつづけること、また、職員全体が課題意識を持って解決に取り組んでいく姿勢や意識を高めていくことが大切だと改めて感じました。今日はみなさんありがとうございました。 注1 人口置換水準 人口が長期的に増えも減りもせずに一定となる出生の水準。 注2 VLED(ブイレッド) 一般社団法人オープン&ビッグデータ活用・地方創生推進機構。 公共機関保有データの利活用促進のほか、公共機関保有データと民間保有データとのマッシュアップを考慮したオープンデータ流通環境の実現、及びオープンデータを含めたビッグデータの利活用による事業の推進を目的に平成26年に設立。