《13》座談会/相談対応を考える 須山 優江 横浜市中途失聴・難聴者協会理事、横浜市障害者差別解消支援地域協議会委員 大羽 更明 横浜市精神障害者家族連合会(浜家連)副理事長、横浜市障害者差別解消支援地域協議会委員 鈴木 敏彦 和泉短期大学児童福祉学科教授、横浜市障害者差別解消支援地域協議会委員 進行 江原 顕 横浜市健康福祉局課長補佐(障害企画課就労支援係長) 【江原】本日は、障害者差別に関する相談対応、つまり障害を理由として不当な差別的取扱いを受けたであるとか、又は合理的配慮がなされなかったといった、障害者差別に関する相談への対応について、現状の課題や今後目指していきたい方向性について議論していただきたいと思います。また、そのことを通して、共生社会やこれからの目指すべき社会について話をしていただきたいと考えています。  既に皆さんはご存知のことですが、障害者差別解消法やそれに基づく国の考えにおいては、共生社会の実現につなげていくという法律の理念も踏まえつつ、障害者差別に関する相談については、新たな機関は設置せずに、各分野の既存の機関、既存の相談窓口で対応していくことを基本としています。また、各分野において、企業等の「事業者」に対する指導監督等の権限を有する機関、担当部署等は、障害者差別解消法に基づく指導等の権限も有するということになっています。さらに、相談事例の共有や解決の後押しなどを趣旨として、関係機関による障害者差別解消支援地域協議会(以下「地域協議会」という。)(※1)を各自治体で設置することができるとされています。  横浜市においても、新しい窓口を特別につくることはせずに、障害のある人の相談も障害のない人の相談と同じように、各分野の既存の相談窓口、事業者への指導監督等の権限を有する部署、各種相談窓口で対応していくことを基本としています。ただし、横浜市では、これに加えて条例を制定していて、行政機関等による相談対応によって解決が図られなかった事業者による差別事案を対象に、障害当事者等からの申出に基づいて、調整委員会(※2)が事案の解決に向けた「あっせん」を行うという仕組みを設けています。調整委員会は、弁護士、学識経験者、障害当事者、事業者の代表等で構成し、須山さんも委員として入っていただいていますが、横浜市では以上のような対応をしているということになります。  ですが、こうした相談対応では、本当に困っている人や声を上げられない人にとって相談がしづらいのではないかという課題も、横浜市の地域協議会において議論されているという状況があります。 1 現状の課題 【江原】障害者差別に関する相談対応について、国の考え方と横浜市の対応をご説明しましたが、地域協議会において、障害者差別に関する相談をどこにしてよいのかが分からない、障害当事者からすると相談がしづらい、声が埋もれてしまっているという課題をご指摘いただいています。 【大羽】地域協議会の中で、相談対応について、どこに相談してよいか分からないとか、相談しにくいというようなことをテーマにして話し合いたいと提案をしたのは私です。それは実感としてそうなんですね。例えば、ピア相談(※3)も既存の相談機関の一つだと思いますが、障害当事者や家族がピア相談の相談員になって相談に応じています。私も浜家連のメンバーとして、家族ですけれども、様々な相談に応じています。そこにも当然、障害者の差別の相談が持ち込まれます。ところが、そのピア相談の中で差別の相談があったときにどうしたらいいのかということが相談員の話し合いなどでもなかなか出て来ない。相談を受けたときにどうしたらいいのかということについて共通の理解を深め、より適切な対応をしていくことが必要と感じています。また、電話相談ですので、電話が終わったら終わりです。相談機関によって役割は異なると思いますが、「こういう差別を受けました。どうしたらよいのでしょうか」と言われたときに、「こうしたらいいですよ、ああしたらいいですよ」と言っても、十分に味方になれるわけでもない、あるいは判断をする立場にもならない。お話を聞くことが中心ということになってしまいます。  また、精神障害に関しては、相談機関として、区役所の福祉保健センターの高齢・障害支援課、生活支援センター、基幹相談支援センターの3つがありますが、差別について相談を受けたときの具体的な対応に関する研修を十分に行っていく必要があると思います。それぞれ専門の相談員ですから、障害の種類に応じた、障害の特性に応じた生活の相談であるとか、医療の相談であるとか、そういったものには十分対応できますが、おそらく差別の問題に関しては事案に応じて個別に判断しながら相談に応じているという状況ではないかと思います。そのような中、相談対応の窓口というものが、既存の機関でいいのかというと、私は基本的にノー≠ナすね。やはり特別に、特定の相談窓口がはっきりしていれば、そこに相談ができると思いますし、そこで「こういう手順で相談を進めていけばいいですよ」と説明をする。そういう相談窓口がやはりあった方がいいような気がします。 【須山】聴覚障害者の場合、相談でまず電話ができない。相談の場に行かなくてはいけないということで、そこが大変なところになってきます。また、コミュニケーションの問題から情報保障、情報のやりとりができるようになっていないと相談ができない、そういう問題があります。ピア相談で相談に来る人は、いろいろなところから紹介されてやっとピア相談にたどり着くという人が多いんですね。コミュニケーションの問題から自分の障害を分かってくれるということで、同じ障害のあるピア相談に相談してくるケースというのが聴覚障害者の場合には多いです。でも、中には、やはり相談は、住み慣れた地域に相談する場所があった方がいいという声もあります。最寄りの区役所であるとか、行き慣れた場所に、例えば、各障害ごとの相談日を設けて、相談の時間帯も幅を設けてほしいという声もあります。聴覚障害のピア相談に、差別に関する相談は今のところありませんが、差別というか、虐げられているなどにもかかわらず、本人がそれは自分が聞こえないから、自分が悪いんだっていうふうに受け止めているんですよね。差別を感じていないという、そういうところが見られます。 【鈴木】まず申し上げたいのは、当事者、ご家族の立場の方などが声を上げること、その声を社会が受け止めることが重要です。障害のある人たちやご家族が感じている生きづらさや居心地の悪さなどに社会がしっかりと向き合うことが大切です。私は障害のある人たちやご家族の方たちを「社会の最先端にある人」だと思っています。生きづらさというのは、今は直面していなくても、これからみんなが向かって行くものであって、たまたま今は健常者という立場にいるということです。例えば、高齢者の問題を考えても、65歳以上になれば認知症になる人が予備軍も含めて4人に1人と言われており、このことは、誰もが「障害者予備軍」なんだと言うこともできると思います。だとすれば、今、生きづらさを抱える人たちの声に耳を傾ける、社会が向き合うということは、社会全体が高齢化に進んでいる中、障害のある方が増えている中では、大きな意味を持っていると考えています。ですので、当事者の方やご家族の方が声を上げること、そしてそれを社会で受け止めることが本当に大事だなと思っています。  そういう前提の中で、大羽さんと須山さんの話にあった、差別解消の相談対応に使いづらさがあるという指摘は重要です。既存の機関がこれまで十分に対応してこれなかった中で法律が施行となり、今は多分混乱の時期なのだろうと思っています。ただし、十分な相談対応をいつまでもできないできない≠ニ言っていてはいけないと思いますので、やはりそれを変えていかなくてはいけない。私は大羽さんがおっしゃるような特定の相談窓口が必要かどうかというところについては、別の考えを持っています。入口として福祉に相談があったとしても、全部それを福祉で対応することは不可能です。やはり今ある仕組みの中で、自分が責任を持ってやっている業務、分野については、責任を持って話を聞いて対応していく必要があります。でも、それは未来の理想形で、そこに行く手前のところで大羽さんや須山さんのおっしゃるような相談のしやすさとか、あるいは障害のことをよく分かってくれる人がいる場所などが必要なんだろうということですね。将来的には特別な窓口がなくても対応できるというのが望ましいと思います。この辺りは、障害の「社会モデル」(※4)とも関わってくると思います。須山さんのおっしゃった、当事者の方が自分が悪いと思ってしまうというのはやはりおかしいと思いますし、社会の側が聴覚障害のある方に寄り添っていないという証拠だと思います。大きく言えば、いわゆる医療モデル(※5)から社会モデルへ変わっていく、切り拓いていくのも、差別という切り口から声を上げていくことから始まると思いました。 【江原】大羽さんのおっしゃる新しい窓口は、ワンストップということですが、例えば規模としてはどういったイメージなのでしょうか。また、全ての相談がそこに行きかねないとも思うのですが、その辺りはいかがでしょうか。 【大羽】ワンストップであることは必要だと思っていますが、それが例えば健康福祉局のどこそこという、そういうイメージではないです。須山さんがおっしゃったように、身近にあるとか、普段相談している場所といったイメージで、個別の差別事例について、その事例をどのようにしたら解消できるのかが分かっている窓口という意味で、ワンストップの窓口があった方がいいだろうと思っています。身近にある方がいいですし、数は多い方がいいわけですが、専門的に差別のことを理解していて、相談の内容によって臨機応変に対応し、状況によっては、行政の担当窓口や調整委員会によるあっせんの仕組みを案内したり、あるいは相談の仕方についてもアドバイスをしてくれる。時には味方になってくれる。そういう感じでイメージしています。当事者が相談しやすくなるよう、区あるいはそれよりも狭いくらいの単位で、近くにそういうワンストップでまず話を聞いてくれて、必要な案内もできる窓口があった方がいいという気がしています。 【江原】分かりました。その窓口がどこまで応えるかですよね。鈴木さんがおっしゃられたように、入口としてはいいけれども、「ここに相談するといいよ」と案内をするということなのか、ある程度、もう答え、解決まで行うということなのか。実際にはそこまでは難しいのではないかなど、いろいろ議論のあるところかもしれません。 2 相談を受ける側の対応 【江原】相談を受ける側の対応の課題について、既にお話も出ていますので、これまでと重複することもあるかもしれませんが、いかがですか。 【須山】聴覚障害者の場合は、やはり情報保障が整っていないと、コミュニケーションが成立しないということがあります。先ほども少しお話をしましたが、相談を受ける側は、本人がどんな情報保障をしてほしいのか、そういうことを事前に聞くとか調べて、本人にコミュニケーション方法を確認してほしいと思います。情報保障の手段としては、音声認識や手話通訳、タブレットやパソコン、要約筆記、ノートテイクとか、いろいろありますが、聞こえ方や分かりやすさは十人十色です。よく聴覚障害者というとイコール手話だというふうな考えがいまだにありますが、手話を使っている人は聴覚障害者の20 %に満たないくらいと言われています。現在は医学の進歩で人工内耳者が増えています。1歳を過ぎると人工内耳の手術もできるようです。そうなると、ますますろう学校に行く子は減りますし、手話を知っている子供も減っていきます。聴覚障害者イコール手話ではない、その辺は分かってほしいなと思います。それから、健聴者の相談員の場合、早口で、何て言っているのか分からない場合や、一生懸命に筆談をしてくれるのですが、重要なことに絞って簡単な文にするとか、そういう技術的なことも相談対応を行う人には学んでほしいです。 【江原】情報保障ということを考えていくと、ありとあらゆるというか、行政機関のみでなく、民間においても、情報というものをどんな人にも届くように、分かるように、みんなが行うということになっていきますね。 【須山】そういうことになってきますね。聴覚障害者にとって、相談するということは、コミュニケーションができるから相談ができるのであって、聴覚障害者はその前の段階でもう困ってるんですよね。 【江原】そうですね。障害者差別解消の根幹は「社会モデル」ですから、障害があるのが悪いんではなくて、やはり社会側のコミュニケーションの仕方ができていないわけですから、それは他の障害も同じですが、考えなければいけないことですよね。 【大羽】相談を受ける側の対応の課題としては、もう一つ、相談を受ける側がとかくしがちなことですが、相談を受けた内容が差別かどうかを先に判断しようとしてしまう傾向があると思います。実は相談をする側は差別かどうかの判断を望んでいるのではなくて、困っていることとか嫌な体験をしたことをまずは聞いてほしいということがあります。障害者であろうとなかろうとそうだと思いますが、何を訴えたいのか、相談する人の気持ちをまず受け止める。実は聞いてほしいだけみたいなこともいっぱいあるわけです。まず受け止めて、否定をするのではなくて、「そういう感じなんだね」というふうに受け止めて安心してもらう。この人に相談してよかったなと感じてもらう。それはワンストップの専門の相談窓口であってもそれ以外の相談窓口でもそうだと思いますが、まず困っていることを理解して、よく言う言葉ですが、寄り添うというか、そういう立場に立つということで、社会からはじき出されてるんではないという気持ちにまずなってもらうことがスタートだと思っています。大体揉め事というのは、最初のところが間違った接し方をしてしまうと、最後まで揉めるんです。散々いろんなところに相談してきて、それで、どこでも受け止めてもらえなかったということで、まるでモンスター当事者みたいなふうに言われてしまっている人に対して、どのように相談を受け止めたらいいのかということもあると思います。 【江原】耳が痛いですね。 【大羽】そういう対応をしながら、いろいろ聞いていってみると、謝ってほしい、つまり差別をした側に、ただ謝ってくれればそれでいいんだ、ということが結構ある。そういう意味では、差別そのものの解消ということは非常に難しいかもしれないけれども、嫌な体験を解消するという意味では、そのような人間関係の調整を行うという部分が大事かなと思います、相談を受ける側の対応としては。 【江原】やはり一旦受け止めてほしいというのがあるわけですね。それは、障害者だから受け止めてほしいということではなくて、みんなそうなんだと思います。ただし、とりわけ、障害があるがゆえにいろんなことがあって、どこへ行っても受け止めてもらえなかったり、謝ってもらえなかったということが、障害のある人にはあるので、そういうのを分かってほしいというのがある。「社会モデル」ですので、障害者が悪いわけではなくて、それはやっぱりそういうふうにしてしまった社会が悪いわけですよね。 【須山】障害者が特別ではないんですよね。障害者も普通の人間です。それを分かってほしいなと思います。だから、相談対応をする人には、障害特性をしっかり学んでほしいですね。 【鈴木】私は、相談のしやすさというのは、一言でいうと、関係性なのだろうと思っています。コミュニケーションの課題から関係性が構築できなかったり、大羽さんのおっしゃった受容、「まずは判断の前に聞いてよ」というご本人の思いに寄り添えないことから、ボタンの掛け違いが生じる。今聞いていても本当に苦しいなと感じたのは、自らの辛さを聞いてくれと言っているだけなのにモンスター扱いされることなどは、やはり社会の側が歩み寄れてないことの証だと思うんですね。また、須山さんの話にあった、情報保障のあり方とか寄り添い方などを社会にどれくらい求められるのかという点はまだ時間がかかるでしょう。では、誰が担いうるのかと言えば、障害者支援に関わる人たちにまずは期待したいと思います。現場の支援者の人たちには、障害のある人たちやご家族の声の中から差別への気づきを持つことができるかということが重要です。埋もれてしまっている声なき声や、ご本人も気づいていない差別に敏感に気づいて、ご本人に、「それおかしいですよ」、「ちょっと一緒に声を上げましょうよ」と言えるような支援者の人権意識がすごく問われているような気がするんですよね。一番最初にご相談くださって、関係も結びやすいのが障害者支援の専門家たちだとすれば、その人たち自身がもう一歩踏み出してもらわないと、社会に働きかけなんてできない。そんな思いがありますね。 【江原】普段からの寄り添いであったり、本人の気持ちを受け止める人たちが周りにいるかどうかというところも、もしかしたら問題があるかもしれないですね。 【大羽】もう一つ、相談を受ける側の課題に関して、障害者差別解消法自体の問題ですが、つまり、個人と個人との間の差別というのは、法律では直接の対象となっていません。個人の言動、あるいは蔑みみたいな、そのような体験はとりわけ精神障害者とか知的障害者ではいっぱいあると思うのですが、個人の言動については障害者差別解消法は対象にしてないということです。法律の対象は行政機関と事業者です。法律の問題とは別に考え直していかなくてはいけないという気がしています。それからもう一つ、障害者差別解消法は、他の法律等による制度上の差別を直接扱うものではないということがあります。福祉の対象としての対応が遅れた精神障害に関して言うと、精神障害と発達障害に関しては、おそらく制度上の差別、他の障害者に比べて、いろんな意味で保障が遅れているという、そういう差別が実際にあるわけです。法律の対象でないので、それは相談にならないよと切り捨てられるのは困ります。もし、行政の方で何らかのことができるのであれば、どんなことができるのか、行政として考えてもらいたいと思います。もちろん一般の人たちもそうですが。 3 当事者が声を上げるということ 【江原】続いて、当事者自身がやはり声を上げるということが必要なのではないかということについてです。当事者に別に押し付けていいことではないと、もちろん分かった上であえて言いますけれども、やはり当事者の方が自分の思いとしてきちんと言うこと、行政に任せて行政から言ってほしいということではなくて、当事者が声を上げるということがやはりこの社会の中では重要だというふうにも思うのですが、その辺りについてはいかがでしょうか。 【大羽】この差別解消法が施行される前に、横浜市では差別解消の検討部会というのがあって、そこに過半数の障害当事者が加わって何度かミーティングを行いましたよね。そのときは本当に当事者の人たちが自分の体験をそれぞれ語って、ああそうか、そんなふうな大変な思いをしてたのかと、違う障害の人、あるいは障害のない人も、みんなが共鳴したというか、これはやっぱり差別解消に向かって進まなければいけないということをなんか心を一つにしたというか、感激しました。 【鈴木】すごくいい進め方でしたよね。 【須山】あの会議は私の心の中で思い出に残る会議でしたね。今まででああいう会議は初めての経験でした。すごく、障害者も堂々と意見を言えた。それで意見を言っている内容が分からないときは、「分かりません」という札を上げるとか、そういう配慮もありましたからね。分からないところをまたよりやさしく説明して分かってもらうというふうな、会議の進め方でした。あれは素晴らしい。ああいう会議が浸透してほしいなと思います。 【大羽】あの雰囲気が検討部会だけではなくて、日常的に環境としてできてくれば、いろんな意味で相談しやすくなるし、当事者との対話というものも、きちんとできるようになってくると思うのですが、さてあの会議が終わってしまって、今となって、あれ懐かしかったねって。(笑) 【鈴木】懐かしいじゃダメなんですよね。(笑) 【大羽】どうやったらそのような場をつくれるのかというところは、もちろんこれは啓発の問題でもあるのでしょうが、啓発事業をやってるから啓発ができているのかというとそうではない。日常の普段の付き合いの中で気軽にそういうようなことが、お互いに話ができるという雰囲気があるといいんですけれどね。精神障害者の場合は、どうしても特別な受け止め方をされてしまう。家族としても、精神障害者が困っていることを健常者にも、他の障害者にも、なかなか言い出せない。そういう意味で言うと、自らもが偏見を持ってしまっていて、自分の障害が分かったら困るというようなふうに思ってしまうことの克服からやらなければいけない気がします。 【須山】聴覚障害者の場合、声を上げることができるという当事者というのはやはり障害を受容できている人なんですよね。やはり声を上げられない障害者に対しては、定期的な面談であるとか、声を引き出す方法が大事ではないかなと思います。企業の中でも当事者の声を聴いてくれるような部署、そういうのを設けてもらえると、仕事なんかで本人が悩んでいるときに対応ができますよね。やはりいじめられちゃうと、なんか感覚が麻痺してしまって、本人自身が差別に気がつかない。本当にそういうことがあるんですよ、自分が悪いって思ってしまって。障害者自身ももっと、何が差別なのかを勉強する、事例検討みたいなことを学んでいく場所というのが大事になってくるんではないかと思います。自分が日頃、何に対して困っていて、必要な援助は何なのかというのを障害者自身も考えていかないと、その場で声を上げることはできないように感じます。そういうことを学ぶ場というのは、やはり障害者団体でつくっていくことが必要ではないかと思っています。 【江原】個人で声を上げるというのが難しい場合は、やはり団体として声を上げるということにもなると思いますが、浜家連ではいかがですか。 【大羽】浜家連くらいの大きな団体になると、声を上げることは決して難しくなくて、やはり強い組織になると、組織を通して声を上げることは比較的楽になると思います。そういう意味では、当事者団体というのはやはり必要だと思います。精神障害の場合ですと、当事者の人たちがそのような団体、当事者団体みたいなものをつくって声を上げていけるのかというと、今までは多分なかったように思います。ただし、ここに来て、当事者が参加する全国のリカバリーフォーラムみたいなものがあって、そこでは当事者の人たちが壇上にどんどん上がってきて、自分たちの声を上げるとか、横浜でも今年2回目があったんですが、パレードがあって、街のなかへ出て、自分も精神障害者ですと、だけどリカバリーするんだという希望を持ってそっちに向かって歩いてるんですというようなことを自らマイクを持って言うことなどができるようになった。環境がちょっと変わってきているような気がします。 【江原】昔であれば、そういうのは行政に対して要望するというような形が多かったわけですけれども、なぜ、社会に向けて訴える、そういうものが最近できてきたのでしょうか。 【大羽】精神障害が恥ずかしいことではない。誰でもなる病気で、発達障害、病気かどうかというのは別として、精神障害の人たちは身近にいっぱいいると、そういうようなことが分かってきた。それで、当事者自らが分かってきたということですね。つまり障害受容ということが次第に浸透しているということではないでしょうか。 【鈴木】須山さん、大羽さんから、当事者が声を上げることが難しいというお話がありました。ここでは、声はあるんだということがはっきりしたように思います。ご本人からの声は確かにある、だけどそれをしっかりと受け止めて来なかった、聴く機会がなかった、訴えてもらうための配慮に欠けていたということです。障害者権利条約のスローガンに「私たち抜きに私たちのことを決めないで」というのがありましたが、このことを私たち社会の根底に置かなければいけないと思います。横浜の検討部会でも、声を上げる場さえあれば、声を上げられるというのはもう明らかなんですね。また、セルフアドボカシー、自分の思いをきちんと伝える、自分の権利を自分で守るという考え方を大切にすべきです。差別に直面したときにノーと言えるか、相談できるかとか、ご本人の差別を受けているという自覚を喚起できるか、こうしたことを学習会とか家族会とか、そういった中で取り組むこともとても大事な気がします。差別とか権利擁護を考える場面では、時々「寝た子を起こさないで」という声を聞きます。でも、私はもはや障害者権利条約の時代ですので、「寝た子を起こしていかなければいけない」と思っています。起こして支える社会、それが目標だと考えます。社会が少しずつ変わっていくための原動力はまず何よりもご本人の声、そしてご家族の声が果たす役割は大きいと思っています。そして、生きづらさとか、より良く生きるためにみんなでどうしようという、そういう対話の場をもっと増やしていくことが必要なんだろうと思いますね。いずれにしても、変革の原動力はご本人の声ということで間違いはないだろうと考えます。 【江原】セルフアドボカシーというか、ご本人の声というのは、どのようにしたら上がってくるのでしょうか。 【鈴木】そこですよね。私は、迂遠なようですが、社会の中に障害のある方々が当たり前に暮らすということになってくると、自ずと変わってくるのだろうと思います。たくさんの人たちが障害のある人たちとかご家族の声を聴いて触れ合って、自分の同僚としてとか、クラスの仲間としてとか、向き合わざるを得ない環境になると、やっぱり人は向き合うんだろうという気がします。それをどういうふうに仕掛けていくか。現在、横浜市が取り組んでいる交流を通した啓発活動等もその一環と言えるでしょう。期待したいと思います。 【江原】当事者が声を上げるだけではなくて、やはり普通に身近に、周りにいるということが大事なんでしょうね。 【鈴木】いれば感じるし、いれば聴くし。上がった声が自分に向けられてるんだという、その市民の人たちの当事者意識が重要です。例えば街頭で当事者団体やご家族の方がシュプレヒコールを上げてもなかなか届かないなと思うのは、誰に向けて言っているのかを感じにくいからでしょう。僕がその方々とすれ違ったときに、それは社会の一員である自分に言われているんだとはなかなか思いにくいんです。決して対立関係ではないですし、当事者、家族の方と平場で話せる、身近に感じられるっていう、そこが大事な気がしますね。 【江原】そうですね。私とは関係ないと思っちゃったら全然意味がないですよね。私、関係があるなというふうに思ってもらえるようなことをやらなければいけない。 4 差別事案を埋もれさせないために 【江原】当事者の方が差別事案と出会ったときにあきらめない、泣き寝入りしないことも重要だと思います。実際に差別事案が起こってしまうことはあるわけで、それを埋もれさせないためにはどうしたらいいか。それは本当に事後の現実的な問題だと思うのですが、そこについてはいかがですか。 【大羽】横浜市の調整委員会に出てきた、あっせんの申出事案というのが、非常に数が少ないという実態があります。ということは、検討部会のときに寄せられた事例が数多くありましたが、埋もれているということは事実だと思うんですね。もちろん様々な相談機関において解決が図られたものもあると思いますが、いろいろなところで相談があって、それがどんな内容で、どういうような経過をたどって最終的にどうなったのかがやっぱり報告されていかないといけない。埋もれている、埋もれていると言っても、埋もれている理由はそういうことが集約されてこない、そういうところにあるのかもしれないという気もしています。相談窓口は分かりにくいし、相談しにくいということはあるけれども、実際には相談は行われているのかもしれません。 【鈴木】検討部会のときに、1,000件くらいの差別と思われる事例が挙がってきて、もちろん、その全てが調整委員会のあっせんに上がる必要はないと思っていますが、差別について我が事として気づかされるというのは事例だからこそだと思います。私は事例というのはある意味スタンダード、基準づくりだと思っています。僕は調整委員会には、スタンダードづくりをしていただきたいですし、年を経ることでレベルアップしていく仕組みをつくることが求められます。差別や合理的配慮についての基準は段々と上がっていかなければ社会は進歩しないと思います。まずはいろんな事例をみんなが知ることが大事だというのは、大羽さんのおっしゃるとおりだと思いました。あとは、調整委員会に上がって来ない事例も集めた方がいいなと思います。相談の支援者たちが見聞きする中で、あるいはピア相談の中で、家族会の相談の中で聞こえてきた、これ差別なんじゃないのかというものも、そう思われる程度でもいいので、少なくとも当事者が、こういうことを感じているんですよという発信はしていかないと、自分はみんな差別者ではないと普段思っているので、その人たちの心に響いていかないのかなと思います。 【大羽】そのような事例を公開するということは、やはり啓発だと思います。そのようなことを誰が行ったらいいのか、これはなかなか難しいのですが、それは行政の新しい仕事なのかなという気がします。  もう一つ、いいでしょうか。本当に差別があったというときに、直ちにその差別を解消できるのにしていない、されていない。よく聞きますが、盲導犬を連れて食事に行ったら、入れてくれなかった。これってそのことを訴えて、大抵、福祉関係の行政機関が、神奈川県でもそうですけど、窓口になったところが、そのことについて、その事業者に「それは問題ですよ」という話をして、「よく分かった。申し訳ありません」というところまで行くのに、2か月も3か月もかかってしまうというようなことでは、やっぱり差別の解消はできないので、直ちに解決するという、そういうような仕組みも必要じゃないかなという気がするんですが。さて、でもどんな方法があるかというとなかなか難しいんですが。 【須山】私もお二人の意見と同じなんですが、まずは障害者差別解消法というのを一般社会にもっともっと啓蒙していかなければいけない、そのことが一番大事かなと思います。当事者同士の差別事例の体験ももっともっと前に出して、こういうふうに解決した、こういう場合はこのように解決できたという解決事例もどんどん出して広めていく。差別を差別として認識できるという、障害者自身にもそれが重要なんだよということを教えていかなければいけないですし、差別に関しての相談の場所はここにあるよっていう、相談体制のPRとかそういうのを明確にしていかないと、やっぱりあきらめてしまうのではないかなと思います。先ほどの相談しやすさという、そこにも重なってきますが。 【大羽】先ほどの直ちに解決できるということに関しては、例えば緊急相談窓口なんていうものをつくるということも考えられるのかなという気がしますね。 【鈴木】お二人の話の中で、事例が大事だということをおっしゃっていただいたのですが、他方で、事例を読んでいて気が滅入ることもあります。あれができない、これができないというのを障害のある方々と共に生きるための準備ができていない社会の中にいる自分として読むと、「ああ、まだまだだな」という感じで終わってしまうので、須山さんがおっしゃってくださったように、成功した事例など、そういうものも、もっともっと発信していく必要があります。  また、事業者に対しては、過重な負担を理由として合理的配慮が進まないということもあるかもしれませんが、「いや、そういうことをやっていくとこんなにいいことがある」というのを効果的に、例えば、お店の工夫については市の商工関係の部局を通してその人たちに伝わるような形でやっていくと良いのではないでしょうか。国の統計ではわが国の人口の7パーセントくらいが障害のある人とされており、障害者は少数派ではありません。障害のある人たちを排除したお店づくりがいかに損をしているか、例えばお店に入るスロープに10万円投資することがいかに未来の30万円になるのか、そういう発想を発信していくことも重要かもしれませんね。私は当事者の声というのは要求ということではなくて、社会に対するアドバイスなんだと、こういうとらえ方が大事だと思っています。 【大羽】発信についてですが、この間、ポスターで、オストミーの方たち(人口肛門や人口膀胱を使っている方たち)が温泉銭湯を利用できますよというもので、ただし、それなりに装着すべきものは装着してください、排せつ物の処理はそこではやらないでくださいというようなことも加えて、是非利用してくださいという、そういうポスターだったんです。 【鈴木】発信の仕方は大事ですよね。 【須山】継続するってことも大事ですよね。一時だけではなくて、やはり継続して続けていく。チラシにしてもPRにしても、やはり継続してというのが大事ですね。それによって浸透していくと思います。一時的にブームみたいにポンとやるのではなくて。 【鈴木】事例などを子供たちに伝えていくということも大事です。未来をつくっていく子供たちにこれからの社会を考えていく素材を提供し、共に考えていくことが重要です。また、障害のある人との関わりとか共に生きるということの伝え方を綺麗事ではなくて、自分事として感じられるように発信していかないといけないと考えています。私は綺麗事の発信というのは一番危ういと思っていて、誰も否定できないけれども、みんな腹の中ではできっこないよと思っているのではという危惧を感じます。腹を割って、じっくりと、共に語りあうことが子供たちに、また社会全体に求められるのではないでしょうか。 【大羽】「みんなの学校」という映画がありましたが、横浜市でも、中村小学校と中村特別支援学校とが校門を一つにして、中に入ると廊下がつながっていて、授業の合間に、障害のある方のクラスの人たちは本当に重症の子たち、重心(重症心身障害児)の子供たちで立ち上がることができない、ほとんどの人が車いすなどの状態ですが、音楽の時間は一緒にやっていて、私は実際にそれを見学させていただきました。同じように歌っているわけではないけれども、健常者のクラスの人たちが一緒に入り込んで歌う、踊る、手を触り合うみたいな、そういう場面が見受けられたんですが、そういう体験をした子供たちって、決して大きくなってから怖いとか言わないだろうなって気がしました。 【須山】子供ってすごく素直だから、学校内でそういうふうに障害者と一緒に接する機会があったら、素直に手を差し伸べるじゃないですか。そういう幼少期からの一貫した支援の場の提供みたいなものが教育の場にはあると思うんですよね。遊びの場でも、子供って、意外と障害があってもなくても協力していくんですよね。そういうところから理解していく。そういうところがあると思いますね。一般の人も、さりげなくもお互いに助け合うという、そういう社会になっていかないといけないと思いますよね。 【江原】貴重なご意見をありがとうございました。障害者差別の相談対応についていろいろとご議論いただきましたし、当事者が声を上げるということ、そして、その声を受け止めるということなどについてもお話をいただきました。今日は「インクルーシブ(統合)」という言葉は出てきませんでしたが、私は「インクルーシブ」というのは大事だと思っていて、相談対応のことも、結局の近道は障害のある人が普通にいるということ自体を社会に認知してもらうということであり、身近にいるということが、やはり相談対応においても大切になってくると、そのように思いました。  やっぱり2時間経っちゃいましたね。ありがとうございました。 ※1 地域協議会  障害者差別解消法で地方公共団体において設置することができるとされている協議会。横浜市では、平成28年5月に設置。障害当事者、各分野・事業者の代表、学識経験者、行政機関職員等により構成し、相談事案の共有や障害者差別解消に関する様々な課題の協議を行う。現在、委員33人。 ※2 調整委員会  横浜市障害者差別の相談に関する調整委員会。条例に基づき平成28年5月に設置。弁護士、障害当事者、事業者の代表等により構成し、行政機関等による相談対応によって解決が図られない事業者による差別事案について、事案ごとに小委員会を編成し解決に向けたあっせんを行う。現在、委員14人。 ※3 ピア相談  障害者本人やその家族を相談員として、同じような環境、悩みや経験を生かして、生活における困り事の相談に応じること。 ※4 社会モデル  障害はその個人にあるのではなく社会にあるという考え方。例えば、車いすを使用している人が段差を上がれないのは「その人に障害があるから」と個人の問題としてとらえるのではなく「スロープがないから」と考えるなど、障害(障壁)を社会の課題としてとらえる。障害者差別解消法の合理的配慮等もこの考え方を踏まえたものである。 ※5 医療モデル  障害のある人が困難に直面するのは「その人に障害があるから」であり、克服するのはその人(と家族)の責任とする考え方。「個人モデル」とも呼ばれる。