《8》福祉のまちづくり条例と障害者差別解消法 執筆 山田 和子 健康福祉局福祉保健課担当係長 1 はじめに  「横浜市福祉のまちづくり条例」(以下「福まち条例」という。)は、横浜に関わる全ての人がお互いを尊重し、助け合う、人の優しさにあふれたまちづくりを基本理念とし、障害理解、思いやりの醸成などのソフトの取組と、誰もが安心して利用できる施設の整備というハードの取組の両面で推進することを基本としている。  福まち条例は平成9年に制定されたものであるが、その前身の事業である「福祉の風土づくり推進事業」を含めると、30年を超えて続く事業となっている。  本稿では、福祉のまちづくりに係る事業のこれまでの経緯と、現状の課題、障害者差別解消法との関係性を踏まえた今後の展望について述べたい。 2 福祉の風土づくり推進事業  福祉の風土づくり推進事業は、昭和49年に開始された。事業開始当初から、「市民と行政による福祉意識の変革のための運動」と「障害者や高齢者を阻害してきた物的生活環境を整備する新しい街づくり」が有機的に結びついて展開されるものとして、「ソフト」と「ハード」の2つの軸を意識した理念を掲げていた。  事業内容としては、市民向けの小冊子発行など啓発(ソフト)に関する取組から始まり、昭和52年には市民利用施設を中心とした建築物に対する事前協議制を取り入れた「横浜市福祉の都市環境づくり推進指針」を制定した。これによって、施設を整備する際に仕組みとして配慮の必要性やその内容を確認するものとなり、啓発事業と合わせてハードとソフトの両輪で進めていく仕組みとなった。  その後、数回の改定を経て、平成3年には、小規模な福祉施設など日常生活に密着した施設を対象としたり、面的な整備となる開発事業については計画段階で事業者自身が自主的に福祉的な配慮をすることを定めたりするなど、大幅な改定が行われた。 3 福祉のまちづくり条例の制定  「横浜市福祉の都市環境づくり推進指針」の改定により取組が深化してきたが、要綱等のみを根拠とする行政指導の限界もあり、まちづくり事業全体における福祉≠フまちづくりの総合的な検討の必要性が求められるようになった。  横浜市における今後の福祉のまちづくりのあり方を検討するため、平成7年には「福祉のまちづくり検討委員会」を設置した。市民、事業者、学識経験者等で構成された検討委員会では、新たな福祉のまちづくり運動の発展を見据え、条例制定の必要性が検討された。具体的に施設整備などの在り方を規定することで、ハード面における目標が明確になり、高齢者、障害者等の社会参加の促進が図られ、少子高齢化などの社会情勢の変化に対応するための重要な柱となることを期待し、平成9年に「福まち条例」が制定された。 4 国の法令と自治体の自主条例の違い  横浜市をはじめ、自治体において各々の福祉のまちづくりに関する取組が進められる一方で、国でも法制度が整っていった。平成6年にはハートビル法、平成12年には交通バリアフリー法が制定され、平成18年には、その2つの法律を一本化したバリアフリー法が制定された。  このように法令が整備されていく中で、既に各自治体で制定されていた福祉のまちづくりに関する条例との棲み分けが課題となった。バリアフリー法は建築基準関係規定となっているなど、施設整備の際に最低限守るべき基準として位置づけられている。一方、各自治体で自主的に制定されている条例は、より安全で円滑に利用できる施設の整備を目指し、より望ましい整備の基準を定めるものとして、各自治体における福祉のまちづくりの更なる推進の軸となり、それを担保するものとして役割を整理する自治体が多かった。本市においても同様である。 5 条例制定から10数年、初の大幅改正  福まち条例の制定から10数年が経過する間には、国の法体系が整うこともさることながら、少子高齢化の急速な進展などをはじめ社会情勢は常に流動的で変化している。福まち条例の基本的な考え方は普遍的ではあるが、新たな概念やその時々の社会情勢をとらえ確実に施策に反映させるため、バリアフリー法から委任を受けた条例との一本化の機をとらえて、理念や基本的な施策についても見直しを行った。  改正福まち条例は、平成24年12月に成立し、同日施行された。基準に関する箇所以外で大きな改正のポイントとしては、@条例の理念を前文として明確化したこと、A市民参画の確保を条文に明記したこと、の2点が挙げられる。  条例の前文については、この平成24年の改正の際に新たに加えたものである。福祉の風土づくり推進事業から続く「ソフト」「ハード」の両面から取り組む福祉のまちづくりの理念を分かりやすい言葉で明文化したことに加え、これまでは暮らす人≠ェ中心だった考え方に訪れる人∞勤める人≠熨ホ象とした。  また、市民参画の確保については、これまでも福祉のまちづくりの基本的施策を進める際には、広く意見を聴取するなどしてきたが、条文に明記することで、協働を更に推進していくものとした。 6 条例制定から20年  福まち条例の施行から20年が経過し、またバリアフリー法など法制度が整ってきたことにより、施設のバリアフリーやユニバーサルデザインを念頭に置いた施設整備は着実に進んでいる。参考数値として、横浜市内の駅舎におけるバリアフリー整備の進捗率(表1)をご覧いただきたい。特に段差解消については、バリアフリー法に基づき策定されている「基本方針」において目標が設定されていることもあり、このような成果が得られたと考えられる。  このような施設整備が着実に進む一方で、新たな課題も生じている。バリアフリーやユニバーサルデザインに配慮した施設・設備が、誰にとっても使いやすく便利であるがゆえに利用者が集中し、その設備を必要とする人、その設備でないと目的を果たせない人が、使いたいときに使えない状況が発生している。  例えば、駅や商業施設においては、階段やエスカレーター、エレベーターを利用して階を移動するが、車いすや杖を使用している人はどうか。階段を利用することはできずに、安全面を考慮すると、選択肢はエレベーターの利用に限定される。バリアを解消する設備がまだ十分整っていないこともあるかと思うが、絶対的な数が少ない状況下で、ユーザーとなりうる人がお互いの存在を認め、尊重し、本当に必要としている人がいることを理解して行動することを願いたい。 7 まとめ  様々な人がいるまちにおいて、物理的な制限がなく自由に移動し過ごすことのできる環境整備は必要なものであり、今日においては、様々な施設整備の前提条件としてとらえられている。施設や設備を造るのは、改修や保全のタイミングを除けば一度きりであり、整備が終われば一旦完結する。しかしながら、そのあとその施設等は利用され続けるものである。物理的な環境整備をするだけでは不十分で、実際にどのように利用されるのか、管理されているのかも合わせて意識されるべきである。  整備されたハード(設備)が本来の機能を発揮するためには、その設備がどのような人にとって必要とされているものなのか、といった理解とそれに基づいた行動が必要となる。また、ハードが整っていない場合についても、それを補完することができるのはソフト面であり、ハードがない中でできることは何かを模索することが求められる。  障害者差別解消法では、事前的改善措置としての「環境の整備」を行うことが努力義務として定められている。ここでいう「環境」とは、ハード整備としての側面とソフト面の対応との両面を含むものとして幅広くとらえられている。この概念は、福まち条例やバリアフリー法などに基づく福祉のまちづくりに係る理念と一致する。  障害者差別解消法における環境の整備は、その先に合理的配慮を的確に行うためのものとして位置づけられており、手段の一つである。将来的には、障害のある人もない人もお互いの存在を認め、環境の整備は当然のこととなり、ついては合理的配慮もそれと意識せず社会全体が自然と実践できていることが望まれる。