《7》横浜市の人権施策とは 執筆 北川 隆範 市民局人権課担当係長 1 はじめに  横浜市では、人権の尊重を市政運営の基調とし、あらゆる施策・事業について人権尊重の視点をもって推進しています。  この人権尊重の視点は「横浜市基本構想(長期ビジョン)」や「横浜市中期4か年計画2014〜2017」といった各種基本計画等にも盛り込まれ、横浜市職員行動基準にも明記されています。  そして、「横浜市人権施策基本指針」において、その基本姿勢を示すとともに、人権施策の取組の全体像を明らかにしています。  そこで、ここでは、これまでの人権施策の経過を振り返るとともに、主にこの「横浜市人権施策基本指針」を紹介しながら、横浜市の人権施策あるいはそのための取組等について考えてみます。 2 人権を取り巻く状況  人権問題は、社会のあらゆる分野で多岐にわたり広がっているので、解決に向けては、歴史や特性などにも配慮した取組が必要です。  そこで、世界の動向に目を向けると、まず、その前文において、基本的人権の尊重と人間の尊厳の不可侵が人類共通の願いであることを謳った「国連憲章」があることに気が付きます。  そして、国際連合では、1948年12月10日に開かれた第3回国連総会において「世界人権宣言」を採択し、「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない」と呼びかけました。  これ以降、国際社会において、世界人権宣言の人権に関する基本的考え方は幅広く支持され、今日に至るまで、人権に関わる様々な課題に対し、不断の取組が続けられています。後に、この12月10日は「人権デー」として世界中で記念行事を行うことが、同じく国連総会において決議されました。  さて、日本においてはどうでしょうか。  日本でも、今日に至るまで様々な人権問題の解決が、社会全体の大きな課題となっており、基本的人権を保障した日本国憲法や国連総会での各種決議等に基づいて、人権に関する諸制度の整備や各種施 策が推進されてきました。  近年の人権に関わる法律だけでも、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)や本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(ヘイトスピーチ解消法)、部落差別の解消の推進に関する法律(部落差別解消推進法)といったものが次々と成立・施行されたことは記憶に新しいところです。  また、日本においては、人権デーである12月10日を最終日とする1週間、つまり、12月4日から12月10日までを人権週間と定め、全国各地で様々な啓発が行われています。 3 「横浜市人権施策基本指針」の策定  さて、横浜市では、国内外での動向や取組などを受け、かねてから「一人ひとりの市民が互いに人権を尊重しあい、ともに生きる社会」を目指して、人権施策を推進してきました。  1996年には、横浜市の人権施策推進の基本理念や方向性について意見を求めるため、市民・有識者等からなる「ゆめはま人権懇話会」が設置されました。最終的には「ゆめはま人権懇話会」によって、「人権を尊重する社会を目指して」と題する提言がまとめられ、横浜市が人権問題の解決に当たって基本的に留意すべき点が示されました。  そして、この提言や市民からの意見等を踏まえ、あらゆる施策・事業を人権尊重の視点を持って推進するとともに、市民、地域団体、事業者にもその取組を呼びかけるために、1998年、「横浜市人権施策基本指針」(以下、「指針」という。)が策定されました。  指針では、改めて「一人ひとりの市民が互いに人権を尊重しあい、ともに生きる社会」の実現を目標に定め、一人ひとりの市民の人権が尊重され、市民が社会生活や日常生活の中で互いに人権に対する意識を高め合うことによってその目標を実現することを目指しています。  また、指針は、横浜市のあらゆる施策・事業について、人権尊重の視点をもって推進するための基本姿勢を示すとともに、横浜市における人権施策の取組の全体像を明らかにするものとして位置付けられています。 4 指針における基本姿勢  人権施策を推進し、人権問題の解決を図るためには、自らの差別的なものの見方や考え方などを見つめ直すこと、つまり、人はそれぞれ違うことを受け入れ、多様性を認め合い、尊重し合うことから始めることが大切です。  指針では、特に横浜市職員について、次の4つの基本姿勢をはじめとする人権に関する認識の上に、取組を行っていく必要があることを示しています。 (1) 1つ目は、人権尊重を基調とした市政です。  市民一人ひとりの人権が尊重されることは、誰もが安心して市民生活を営むために欠かせないものです。そこで、横浜市の施策は、この考え方・姿勢を基調に計画、執行されています。つまり、横浜市の施策全てが人権と関わりがあるということです。 (2) 2つ目は、差別されている当事者の立場に立つことです。  差別や偏見のために傷つき苦しんでいる人々は、声を上げにくい場合が多いことから、行政が積極的にその声や意見を聴く努力をしなければ、そうした実情は見過ごされたままとなってしまいます。そこで、横浜市では、差別されている当事者の立場に立って、市政運営に当たります。 (3) 3つ目は、市政を担う職員の人権意識の向上です。  人権尊重を基調とした市政を運営するためには、職員が豊かな、また、鋭い人権感覚を持つことが求められます。そこで、横浜市の職員は、担当職務に習熟することはもとより、人権感覚を磨き、幅広い人権に関する理解と問題意識をもって業務の遂行に当たります。 (4) 4つ目は、地域社会全体の取組への支援です。  人権問題は、社会の問題として認識されなければ、真の解決には至りません。そのため、様々な人権分野に関わる課題を解決していくには、一人ひとりの市民、地域団体、事業者における主体的な取組も必要になってきます。そこで、横浜市では、市民、地域団体、事業者等の人権問題に対する主体的な取組を積極的に支援し、その解決を推進します。  以上が指針における基本姿勢です。 5 人権施策推進のための取組  さらに、指針は、人権施策・事業を推進するために必要な取組を4つ掲げています。 (1) まずは、調査の実施とそれを踏まえた的確な状況把握です。  人権問題の多くに共通して言えることは、差別や偏見は見えにくく、気づきにくいものであるため、苦しんでいる人々の置かれた状況を周囲が認識することは困難であるということです。現代社会には、依然として様々な人権問題がありますが、その実情や社会が取り組むべき課題などは十分に明らかになっているとは言えません。  横浜市では、効果的な人権施策を推進するため、これまでも定期的に「人権に関する市民意識調査」などを実施し、現状把握を行ってきていますが、今後も、各種アンケート調査や人権関係団体・NPO法人などとの意見交換などにより、的確に市民意識の動向や現状を把握できるよう努めていきます。(資料1) (2) 次いで、職員等を対象とした人権研修、学校における子供への人権教育、市民向け啓発の推進です。  偏見や差別の要因は、その多くが誤った認識や知識の不足などにあると言われています。そうした要因を取り除くためには、市民一人ひとりが人権の大切さを理解し、人権意識を高める努力をすることが重要になります。  そこでまず、横浜市職員や教員などが、人権問題を解決する社会的な責務が自分たちにあるということを認識し、自らの人権感覚を高めるために行動すること、あるいは、自らの立場や役割に応じて、人権問題を自分たちの問題としてとらえ 、その解決に向かっていくことができるよう人権研修に積極的に参画します。  併せて、民間事業者においても人権研修に取り組むようお願いするとともに、研修内容の充実や研修効果を高めるための教材の貸出し、研修の実施に関する相談といった支援に取り組みます。  また、横浜市職員や教員などが自ら人権研修に取り組んだ上で、様々な教育活動を通じて子供の発達段階に応じた人権教育を推進するとともに、一人ひとりの課題解決に努めます。  そして、人権啓発においては、市民一人ひとりが主体的に取り組めることが大切であるため、様々な年齢層や生活様式の市民の皆様が主体的に自己啓発や学習に取り組めるよう支援するとともに、多くの人が参加できるよう充実した啓発機会の提供に努めます。 (3) 次いで、権利擁護システムの構築に向けた取組です。  全ての人が人権を尊重され、安心して暮らすことのできる社会を実現するためには、人権を侵害されている人の様々な相談を受け、適切な機関による救済が受けられるような社会の仕組み、言い換えれば、権利擁護システムの構築が必要になります。  そこで、国等の関係機関や人権関係団体、NPO法人などとの連携を進め、相談をはじめとする人権擁護体制の充実に取り組むとともに、ネットワークの拡充を図ります。  また、システム構築の一環として、地域での人権相談が活動の中心である人権擁護委員活動や各種相談機関の周知に努めます。 (4) 次に人権ネットワークの形成に向けた取組です。  人権問題に取り組む上で最も重要なことは、社会全体で取り組むという合意と人権を擁護するシステムを構築することです。  特に、差別や偏見により苦しんでいる人々に寄り添い、支援を行う人権団体の取組は、迅速であったり、先駆的な課題に柔軟に対応できたりするため、大きな意義を持っています。そうした団体をはじめ社会全体がネットワークを構築して人権問題の解決に向けて取り組んでいくことが重要なのです。  そこで、様々な組織の自主性や特性を生かした連携体制づくり、すなわち民間と行政とのネットワークづくり、行政間のネットワークづくりなどに取り組みます。言うまでもなく、多岐にわたる人権問題に対応するためには、まずは、市内部でのネットワークづくりが肝要であるため、横浜市では、横浜市人権施策推進会議を設置し、連携を深める取組なども行っています。 6 最後に  横浜市における人権施策とは、いわゆる啓発であるとか人権研修等の事業に止まるものではありません。窓口対応をはじめ人権と関わりのない業務はないと言っても過言ではありません。  本稿において既に記してきましたが、横浜市では「一人ひとりの市民が互いに人権を尊重しあい、ともに生きる社会」の実現を目指して、人権の尊重を市政運営の基調とし、あらゆる施策・事業について人権尊重の視点をもって推進しています。  言い換えれば、全ての施策・業務が人権施策なのです 。  そのためにも、私たち職員は、人権問題を正しく理解し、自分の問題としてとらえるとともに、人権研修を最大限に活用して自らの人権感覚を見つめ、磨き続けることが不可欠であると考えています。  そして、市民の皆さんと一緒に「一人ひとりの市民が互いに人権を尊重しあい、ともに生きる社会」の実現を目指し、一歩一歩進んでいきたいと強く思っています。