A 区役所窓口における手話通訳対応の充実 執筆 打木 真理 健康福祉局障害福祉課地域活動支援係 松浦 拓郎 健康福祉局課長補佐(障害福祉課地域活動支援係長) 1 はじめに〜情報保障と合理的配慮〜  「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)では、合理的配慮の提供を行政機関に義務付けている。障害の種別や程度によって合理的配慮は様々なものがあると思われるが、障害者差別解消法の施行後、合理的配慮の提供に向けて、聴覚に障害のある人への「情報保障」について取組を開始した。  聴覚に障害のある人は、「音声でのコミュニケーションをとることが困難である」と、一般的に考えられる。そのため、聴覚に障害のある人が区役所に来庁された際の対応として使われるのが筆談である。筆談は、紙とペンさえあれば可能なコミュニケーション手段であるため、誰もが必要な情報を伝えることが可能であると考えられやすい。しかし、「ろう者」と呼ばれる言語習得前に聴力を失った聴覚障害者にとっては、それがバリアとなることがある。「ろう者」にとっては、手指動作と顔の部位の動きや体の傾き等の非手指動作を同時に使う「手話」と呼ばれる視覚言語が第1言語であり、日本語は目で見て覚えた第2言語となる。そのため、日本語で記載された文字情報は苦手な人も多い。「ろう者」にとって分かりにくい日本語の使い方の例としては、「行く」「来る」の両方の動詞が含まれている文や、「〜ないわけではない」などの二重否定文などが挙げられる(図1)。手話を言語として用いる人に対する情報保障の手段は手話による対応が必要となる。  本市では、聴覚障害者に対する情報保障等を目的として、新横浜にある障害者スポーツ文化センター横浜ラポール内に聴覚障害者情報提供施設を設置し、聴覚障害者本人からの依頼に基づく手話通訳者・要約筆記者派遣又は関係機関等への通訳者紹介事業を行っている。現在では、ほぼ全ての依頼に対応しており、平成28年度の手話通訳者の派遣・紹介実績は9,436件となっている。平成29年4月1日現在で171名の通訳者が同施設からの手話通訳派遣を担っている。  この通訳者派遣事業に加え、平成28年度から、一部の区役所への手話通訳者配置とタブレット端末による遠隔手話通訳サービスを開始した。聴覚に障害のある人が急に区役所に行く場合でも、通訳派遣依頼を行わずに手話によるコミュニケーションが可能となり、適切な情報を得ることができるようになった。 2 取組の概要 @手話通訳者モデル配置  平成28年5月から、中区役所及び戸塚区役所にて、週2日間半日単位で手話通訳者をモデル配置している。中区役所では火曜日及び金曜日の午前8時45分から正午、戸塚区役所では水曜日及び木曜日の午後1時30分から午後5時まで配置している。区役所等への手話通訳者の配置は、聴覚障害者団体から長年にわたって要望をいただいているが、手話通訳者数の確保に課題があり、2区での対応から始めてみることとした。  この手話通訳者は、区役所に来庁した聴覚障害者本人又は対応する区役所職員の求めに応じて、各窓口等に移動し対応することとしている。本業務では、緊急かつやむを得ず区役所に来庁された際の一時的な通訳を基本としているため、戸籍や年金等の窓口での対応等を想定している。しかし、何らかの理由で通常の通訳者派遣制度を利用していない聴覚障害者が定期的に利用するなど、活用の幅は様々である(グラフ1)。  平成28年度の利用実績は、中区40件、戸塚区48件の計88件である。各区役所、平均で毎月4件程度の利用だが、毎月約8日の配置日を考えると、半分は利用されていない状況にある。 A遠隔手話通訳サービス  平成28年5月から、タブレット端末を活用した遠隔手話通訳対応を全18区役所で開始した。手話通訳を必要とする聴覚障害者が来庁した際、聴覚障害者情報提供施設の手話通訳者と区役所窓口をタブレット端末で結び、画像と音声を通して、手話通訳による窓口対応を行うサービスである。  このタブレット端末による遠隔手話通訳サービスは、「手話通訳は言語コミュニケーションであり、対面での対応が原則である」という聴覚障害者団体からの意向も踏まえ、通訳者派遣制度を補完するものとして導入した。導入に向けては、聴覚障害者団体と何度も意見交換を繰り返す中で、実際にタブレット端末を用いた遠隔手話通訳のデモを行い、画面の角度や、職員側の対応方法等について確認しながら調整を図った。  平成28年度の実績は、全18区で計83件である。利用の無い区役所も2区あり、利用の多い区と少ない区の差が出る結果となったが、臨時給付金等の対応など、短時間で済む対応等に利用されている。 B区役所職員向け研修会  これらの2つの新しい事業の導入は、実際に活用する区役所の職員の協力なしには成り立たない。そこで、区役所職員を対象に、聴覚障害に関する基礎知識や実践的なコミュニケーション方法を学ぶことを目的とした研修会を平成28年度から各区で開催している。  1回2時間の講座を2回で1クールとして、1回目は、聴覚障害者情報提供施設の聴覚障害のある職員を講師として、聴覚障害に関する基礎知識を中心とした講義を手話で行い、2回目は、市内の当事者団体(横浜市聴覚障害者協会及び横浜市中途失聴・難聴者協会)からゲストを招き、区役所での窓口対応のロールプレイングを行うほか、ゲストから自身の体験談や区役所での困りごとなどを話していただいた。  平成28年度は8区で総計154名の受講があった。各区役所の高齢・障害支援課や区政推進課からの受講者が多く、日頃から障害のある方と接する機会の多い職場からの受講が目立った。  この研修会では、受講した職員が研修で学んだ知識や気づきを各職場で報告すること、更に報告内容や結果についての報告書の作成をお願いしている。その報告書からは、「大きな声で話せばよいという考え方は誤りであることを知った」、「口元を見せるため、マスクを外して対応する必要があることが分かった」、「手話が第1言語である方の中には、読み書きが苦手な方がいることを知った」など、聴覚障害の特性に関する気づきや、「講演会等への手話通訳者・要約筆記者の用意をしていきたいと思った」などの改善に向けた意見も出されており、研修実施の一定程度の効果が見られた。 3 おわりに〜今後の課題〜  平成28年度における利用実績は決して多いとは言えず、聴覚障害者への周知が課題と言える。区役所には、窓口やエレベーターの中などにポスターを掲示して周知を図っているが、引き続き区役所に来庁した際に聴覚障害者が視覚情報として得やすいような掲示を各区役所の協力を得ながら進めていきたい。また、平成28年10月に実施した当事者団体を交えたタブレット端末を活用した手話通訳サービスについての意見交換会では、区役所職員の中で周知が進んでいないという声が上がった。そのため、昨年度から実施している区役所職員向け研修会の中で、タブレット端末の活用等について紹介しており、少しずつこのサービスを広めていきたい。  以上、聴覚障害者への合理的配慮の提供に向けた「情報保障」の取組について述べてきたが、この情報保障は誰のためなのか、を意識することが重要である。手話通訳や要約筆記というと、聴覚障害者のための情報保障という考え方のみになりがちだが、職員が手話を読み取り、手話で表現することができなければ、お互いに伝えたいことを伝えることができない。区役所窓口において、来庁者の話を正確に聞き取り、必要な行政情報を伝えることが業務上求められていることを踏まえると、手話通訳によるコミュニケーションは聴覚障害者と職員の両方にとって必要なものと言える。  手話も日本語と同じ一つの言語である。聴覚障害のある人とのコミュニケーションを「障害」ととらえるのではなく、用いている言語が日本語ではなく手話、言語の違いだけというようにとらえたい。そのように、障害に対するとらえ方を変えることが差別解消の一歩ではないだろうか。