《3》障害者差別解消法の施行と横浜市の取組 執筆 嶋田 慶一 健康福祉局障害企画課差別解消法担当係長 1 障害者差別解消法への対応  障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(以下、「障害者差別解消法」という。)が施行される平成28年4月まで2年に迫った平成26年、障害者差別解消法を横浜市がどのように理解し、活用していくのか、市としてどのような取組を進めていく必要があるのかについて、検討に着手した。当時、私は健康福祉局障害企画課に職員として在籍しており、本業務の担当職員となったが、「差別」という非常に重いキーワードに対して、果たしてどのように取り組むべきであるのかイメージをすることができていなかった。障害者差別解消法は、障害者の権利に関する条約(障害者権利条約)の締結に向けた、国内法整備の一環として整備された法律であり、障害のある人の人権に係る重要な施策であるのだが、果たしてその人権を侵害するいわゆる「差別」という難敵をいかにして解消すればよいのだろうか、イメージできないどころか、むしろ重圧に感じていたのかもしれない。いや、私に限らず、「差別がいけない」ことは分かっていても、「差別の解消」については、正直、誰も具体的なイメージを持つことができていなかったのかもしれない・・・・。  ここでは、障害者差別解消法施行前の準備段階から施行を迎えるまでの間の取組を中心として、横浜市がどのように障害者差別解消法の施行を迎えたのかを振り返りながら、本市の取組を紹介していくこととしたい。 2 障害者差別解消検討部会  平成26年10月、横浜市障害者施策推進協議会の部会として、横浜市障害者差別解消検討部会(以下、「検討部会」という。)を設置した。障害のある人とその家族、弁護士、学識経験者等の19名の委員により構成され、うち11名が障害のある人という当事者を中心とした会議である。  当事者の委員の障害も、身体障害(視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、内部障害)、知的障害、精神障害、発達障害と様々で、それぞれの立場から、「障害者差別とは何か」、「社会の障壁とは何か」を議論することを目指したが、ただ単に障害当事者が数多く参加すればよいというものではない。それぞれの障害特性も異なる上、当然のことながら、一人ひとりの個性や送ってきた生活背景も全て異なるのであり、今思い起こせば、「差別」という言葉に対して抱く思いも様々であったように思われる。  こうした背景を踏まえて、まずは、この会議を進めていく上で、会議の参加者一人ひとりがより参加しやすくなるよう、より多くの発言をしやすくなるようにすることに注力した。具体的な取組の一つが、会議のルールづくりであり、例えば、主に視覚障害のある委員にとって「委員の発言がいつ始まったのか、誰が発言しているのかを分かりやすくする」ために、「発言者は、必ず発言時に『○○(名前)です』と言います。」というルールを設けた。(表1)  また、特に会議への参加(ただ参加するということでなく、委員として発言し、議論に参加するということ)が難しい、知的障害のある委員については、事前に資料の概要や会議の流れ等を説明するとともに、サポートする職員等が会議の際には隣に座るなど、少しでも会議内容を理解できるように、議論に参加しやすくなるようにした。  こうした取組を通して、委員一人ひとりの声に向き合い、障害者差別の現実を受け止めようと努め、差別の解消への歩みを進めてきた。検討部会における具体的な議論の経過については、表2「横浜市障害者差別解消検討部会 各回の概要」をご覧いただきたい。  この検討部会では、委員同士の議論はもちろんのこと、事務局である私たちも委員の皆様との数多くの対話の機会があったが、こうしたやりとりの一つひとつが、やがて障害者差別の解消に向けて、最も大切なことは何かという答えとなったものと振り返る。障害者差別の解消への答えは、障害のある人と社会との「対話」の中に存在するものと考えている。 3 障害者差別に関する事例の募集  検討部会の設置により、障害者差別の解消に向けた土台の基礎を築くことはできたものの、具体的な取組の方向性を検討するためには、現状把握が欠かせない。そこで、障害を理由とする差別に関する事例の募集を行うこととなった。漠然と差別事例は現実に存在しているだろうということはイメージできたとしても、具体的なイメージを共有することが難しかったからである。  そこで、平成27年1月26日から2月28日にかけて、障害者差別に関する事例の募集を実施した。「どのようなことが障害者差別になりうるのか」、また、「障害のある方にとってどのような配慮が必要なのか」を多くの方々に知っていただき、みんなで考えていくために、「障害者差別を受けたと思った事例」や「障害のある方への配慮に関する事例」などを広く募集することにした。  事例の募集についても、検討部会であらかじめご意見をいただいた。検討部会で議論となったのは、果たして事例が集まるだろうかという点であり、応募事例の対象に「差別」という言葉を使うことによって、その事例が差別に当たるか否かを考えてしまうのではないか、それに伴い、事例を記載しづらくなるのではないか、という意見が挙げられた。これらの意見を踏まえて、設問においては、@「障害者差別を受けたと思った事例、適切な配慮がなくて困った事例など」、A「障害のある方への配慮の良い事例」を募集することにした。こうしたことで、より幅広く障害者差別と思われる事例の収集を行うことができたのであろうと振り返る。  また、主に知的障害のある人に対して、事例の募集を実施している旨を周知するために、検討部会委員のご協力をいただきながら、事例募集チラシの「分かりやすい版」を作成したことも、特筆すべき点であると考える。市民向けに配布したチラシにもルビをふるなどの配慮をしたが、「分かりやすい版」はこれに加えて、設問等もより平易な表現とし、事例の提出しやすさにも留意した。例えば、「障害があることで『いやだ』又は『つらい』と思ったことがありますか。」という設問に置き換えたり、その事例が起こった場所について、「働く場所、住む場所、生活する場所(電車・バス、学校、店、病院など)、余暇活動をする場所、スポーツ、習い事など」といった選択肢を示すことによって、より具体的なイメージを持ちながら事例が記載できるよう努めた。  結果として、関係団体等のご協力もいただきながら、障害者差別を受けたと思った事例、適切な配慮がなくて困った事例が993件、障害のある方への配慮の良い事例が139件集まった。寄せられた事例の一部は表3「寄せられた事例(抜粋)」をご覧いただきたい。  なお、検討部会で複数回にわたって、集まった事例の検証作業を行ったのだが、これも興味深いものであった。集まった事例のうち、明らかに差別であると思われる事例もあったが、そうでないものも見受けられ、差別であるか否かの判断に迷う事例も数多くあった。検討部会でも、こうした事例をどのように考えたらよいかについて試行錯誤し、「絶対にしてほしくないこと」と「できればしてほしくないこと」の濃淡をつけたりしてみたが、最終的には、@「差別的取扱いをしたもの」になり得るもの、A「適切な配慮をしなかったもの」になり得るもの、Bその他(@、Aのいずれにも入らないもの)という整理をした。 4 提言の受領と取組指針の策定  前述の検討部会で計9回の会議開催を経て、検討結果が「市への提言」にまとめられ、平成27年11月、市に提出された。(写真1)障害者差別の解消に向けて、横浜市が大切にすべきことが明確になったが、印象深い点としては、「相互理解」や「歩み寄り」といったキーワードが頻繁に出たことではないかと振り返る。  そして、この提言の内容を基に、庁内での議論を経て、障害者差別解消に関する本市の取組の基本的な考え方や取組の内容を示すものとして、平成28年2月、「障害者差別解消の推進に関する取組指針」(以下、『取組指針』という。)を策定し、副市長依命通達「障害者差別解消の推進について」を庁内の各区局に発出、以後、この取組指針に沿って全庁的に障害者差別解消の取組を推進している。  この取組指針において、障害者差別の解消に向けた取組の内容は多岐にわたるが、障害のある人の声を聴いて、又は障害のある人の参画の下で、それぞれの取組を推進していくことを基本としており、特に、合理的配慮の提供については、従前から多くの職場で様々な配慮が実践されていると思われるが、障害のある人の意向を確認し、場面に応じて考え、可能な配慮を適切に行っていくことを全ての職場に求めている。  「共生社会の実現」という法律の目的を理解し、全庁的に取組を進めることで、「障害のある人も障害のない人も暮らしやすい横浜」を目指していくことを明確にしたものである。 5 取組指針に基づく取組  ここで、この取組指針に基づく取組をいくつか紹介したい(今回の調査季報内で取り上げている取組については、重複を避けるため、ここでは取り上げていない)。 (1) 対応要領の策定  障害者差別解消法第10条第1項の規定及び取組指針等に基づき、平成28年3月、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する横浜市職員対応要領」を策定した。この対応要領は、職員が、障害を理由とする差別の禁止(不当な差別的取扱いの禁止、合理的配慮の不提供の禁止)に適切に対応していくためのガイドラインとして、それぞれの行政機関が策定するもの(地方公共団体の策定は努力義務)であり、内閣府の調査によれば、平成29年4月現在、45の都道府県(2都道府県は策定予定)、20の指定都市で策定済みのものである。  ちなみに、企業局(水道局、交通局、医療局病院経営本部)については、障害者差別解消法上、「地方公営企業については、根拠法である地方公営企業法において『常に企業の経済性を発揮する』ことが求められていることや、原則として業に要する経費を事業収入で賄うことが前提とされていることから、本法第2条第7号の『事業者』として扱うことが適当であるため、地方公共団体から除いているものである。」とされている(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律Q&A集 平成25 年6月内閣府)。そのため、対応要領の直接の適用はないものの、参考までに参照するよう通知しているところである。  なお、対応要領は、総務局人事課、コンプライアンス推進課との連携により作成しており、横浜市職員服務規程の一環として位置付けられるものである。その周知についても、健康福祉局と総務局が協力して実施していることは特筆すべき点であると考えている。 (2) 研修の実施  障害者差別の解消は、特定の部署の職員に関わるテーマではなく、全ての職員に関わる課題である。そこで、法律の内容や本市の取組に関する理解を深め、庁内全体で障害者差別の解消に取り組んでいくため、障害者差別解消法がスタートする直前の平成28年2月から3月にかけて、全職員を対象としてeラーニング(職員が自席のパソコンで受講するもの)を実施した(平成28年度も1月から3月にか けて実施、今後も継続的に実施予定)。  また、平成28年度からは、係長昇任予定者向けのeラーニングも実施し、主に対応要領を踏まえ、組織として障害者差別の解消に取り組むよう、周知徹底を図ることとしている。  そのほかにも、各区局で実施する人権研修等の場を活用して、障害者差別解消法の理解を深めるための研修を推進してきた。平成29年7月に障害企画課が行った各区局への照会結果(照会対象:平成28 年8月1日から平成29 年6月30日までの取組状況)によると、各区局における障害者差別解消をテーマとした職員研修は、18区26局のうち、18区20局において計493回実施され、参加者数はのべ11,975名となっている。今後も研修の実施について引き続き推進していく。  なお、研修に関連して、一つ紹介しておきたい取組がある。障害者差別に関する従業員研修講師紹介制度である。この法律は、事業者と行政機関を対象に、障害を理由とする「不当な差別的取扱い」を禁止するとともに、「合理的配慮」の提供を定めている。事業者は、合理的配慮の提供については努力義務とされているが、障害のある人に適切な配慮を提供していくに当たり、従業員一人ひとりが障害への理解を深めていただくことが必要であると考えられる。そのため、各事業者でも従業員研修等に積極的に取り組んでいただくために、こうした研修講師紹介制度を平成29年度から開始した。紹介する研修講師は、障害当事者及びその家族であり、当事者等の生の声を直接聴くことによって、より適切な顧客対応がなされるよう、各従業員が障害のある人が必要とする配慮への想像力≠高めることを狙いとしている。なお、事業者向けの取組ではあるが、庁内においても活用できることとしている。 (3) 「横浜市障害を理由とする差別に関する相談対応等に関する条例」の制定  障害者差別解消法第14条の規定の趣旨にのっとり、障害者差別に関する相談の対応や、あっせんの手続等を定め、障害者差別に関する紛争の防止及び解決に資するため、平成28年2月、市独自の条例が制定された。検討部会からの提言において、「障害を理由とする差別に関する相談は、さまざまな分野のものが想定され、それらの対応も広範囲な分野にわたることが見込まれますが、相談の解決を目指すための仕組みを整備しておくことが必要」、「障害者差別解消法では、具体的な仕組みの構築に関する定めはないが、相談窓口による解決が難しい事案について、解決を目指すための相談、調整、あっせんという一連の仕組みを市独自に構築することを検討してほしい」とのご意見をいただき、この声にも応える形で、条例が制定されたものである。  相談対応により解決が図られない事業者による差別事案について、事業者への相談、所管行政機関による指導・調整といった相談対応により解決が図られない事案を対象として、障害者等が市長に対し、あっせんの申出ができることを規定している。また、あっせんの申出があった事案については、市長の附属機関として、障害当事者及びその家族、学識経験者、弁護士及び事業者の代表者で構成する「横浜市障害者差別の相談に関する調整委員会」が事案の解決に向けたあっせんを行うこととしている。 (4) 「障害のある人もない人もみんながいっしょに暮らす横浜すごろく」の作成  障害者差別解消法の啓発活動としては、広報よこはま等の広報媒体を活用した周知や、内閣府作成のリーフレット配布等を行ってきた。しかし、より多くの市民に知っていただくとともに、当事者への周知も重要であることから、主に知的障害のある人への理解を深めるための啓発資料として「すごろく」を作成した。(写真2)「すごろく」作成の発案自体も、検討部会の中で知的障害のある委員から出されたアイデアであるが、その委員の人たちに依頼をし、すごろくに掲載する事例の選択や遊びのルールづくりについて、複数回の打合せを行い、議論を重ねて作成した。前述の「障害者差別に関する事例の募集」で寄せられた事例から10の場面を選び、差別を分かりやすく理解できる内容とし、区役所広報相談係、市庁舎1階市民情報センター等で配布した。なお、当初は、主に知的障害のある人への啓発を目的として作成したものであったが、一部の市内小学校の授業等で活用されるなど、幅広く障害者差別解消の啓発に役立つツールの一つとなっている。 (5) 障害者差別解消支援地域協議会  障害者差別解消法第17条第1項の規定により地方公共団体において組織することができるとされている障害者差別解消支援地域協議会を平成28年5月、横浜市において組織した。地域における関係機関等のネットワークを構築し、障害者差別に関する相談事例の共有や情報交換を行うとともに、障害者差別解消に関する様々な課題について協議することを役割としており、障害当事者及びその家族、事業者の代表者、弁護士、学識経験者並びに国及び市の関係部署の職員により構成している。  前年度で終了していた検討部会を引き継ぐ形となり、検討部会の委員に加え、金融機関や医療機関等の事業者を代表する立場の委員に参加をしていただいているほか、行政機関の職員も委員という立場で参加し、幅広く障害者差別の解消に向けた議論を進めていく予定である。  平成29年10月1日時点で33名の委員による構成となっており、検討部会同様に会議における約束事も定めている。また、本稿の座談会「相談対応を考える」においても取り上げられているが、障害者差別に関する相談体制を整備する上での課題等について、継続的に議論しているところである。 6 法施行から1年半を振り返って  障害者差別解消法が施行されてから、約1年半が経過した。前述のとおり、障害者差別の解消に向けた取組を実施しているところではあるが、変わったと感じるところもあれば、変わらないと感じるところもある。  まず、前者についてであるが、今回、この調査季報という市政全般に関する課題を取り上げる政策研究誌が「共生社会を考える」をテーマとして取り上げ、障害者差別の解消に向けて、多方面から意見を交わすことに大きな変化と意義を感じる。  障害者差別解消法で規定される合理的配慮は、「社会モデル」の考えを踏まえたものである。障害のある人が困難に直面するのは「その人に障害があるから」であり、克服するのはその人(と家族)の責任とする「個人モデル」の考え方に対し、「社会モデル」の考えは、社会こそが「障害(障壁)」をつくっており、それを取り除くのは社会の責務であるとするものである。これによって、障害そのものが「社会モデル」の考え方によってとらえられることとなり、差別を解消するのは社会の側の責務であることが明確になっていることを踏まえれば、障害のある人とない人の共生社会をあらゆる立場から考える機会となったことは、横浜市にとって大変価値のあるものとなるだろう。  もう一つ感じられる変化としては、横浜市役所のあらゆる部署が行政機関として障害者差別解消法が定める法的義務を強く意識していることを挙げておきたい。特に、法施行前から現在に至るまで、合理的配慮の提供に係る障害企画課の差別解消法担当への問合せが増えていることについては、「庁内における良い変化」と感じている。主な問合せの内容としては、市民向けの講演会等のイベントにおける手話通訳や要約筆記の配置、視覚障害のある人への点字による情報提供などが挙げられる。  もちろん、こうした取組は重要であることは言うまでもないことであるが、ここで留意しなければならない点を一つ取り上げておきたい。  それは、障害者差別解消法が定める「合理的配慮の提供」と「環境の整備」は異なるという点である。「合理的配慮の提供」は、個別の場面における特定の障害者に対する対応を対象としている一方、「環境の整備」は、不特定多数を対象とする「事前的改善措置」を示している。明確な区別が難しいものの、「合理的配慮の提供」は、障害のある人から、配慮を求める意思の表明があった場合に、それが過重な負担でない場合は、社会的障壁を取り除くための合理的配慮を行うことであり、障害のある人との「対話」から生み出されることを基本とする配慮であり、当事者不在の中であらかじめ用意された(想定される)方法論に基づく配慮ではないことに留意しなければならない。  障害者差別解消法が施行される前から、高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律(バリアフリー法)等の推進により、以前に比べれば、障害のある人の日常生活や社会生活はより豊かなものとなっており、このことにより、障害者差別はあまり存在しないと思われる人もいるかもしれない。しかし、一人ひとりの生活を振り返ってみると、いまだ潜在的な差別や配慮を必要とする事案は数多く存在しており、それに気づくことができずにいるのも現実である。  自分は差別をしていないつもりになっていないだろうか? →誰もが差別をしてしまう可能性はある。差別は誰かが解消するのだろうと思っていないだろうか? →一人ひとりが今できることを考え行動する。  このことを肝に銘じながら、引き続き障害者差別の解消に取り組んでいくこととしたい。