《2》座談会/これまでの市の取組を振り返って 松島 雅樹 横浜市脳性マヒ者協会会長(元横浜市障害者差別解消検討部会委員) 山下 優子 地域活動支援センターまなび(元横浜市障害者差別解消検討部会委員) 石渡 和実 東洋英和女学院大学大学院人間科学研究科教授(元横浜市障害者差別解消検討部会会長) 内嶋 順一 神奈川県弁護士会(高齢者・障害者の権利に関する委員会)(元横浜市障害者差別解消検討部会副会長) 柏崎 誠 横浜市副市長(障害者差別解消庁内推進会議会長) 進行 健康福祉局障害企画課 編集部 【進行】本日は、障害者差別解消に関するこれまでの横浜市の取組を振り返りながら、現状の課題や今後の方向性などについてもお話をいただきたいと思っています。横浜市では、障害者差別解消法の施行前、検討部会(※1)を設置し、障害を理由とする差別の解消に関して、横浜市が行うべき取組などについて検討していただき、その結果を「市への提言」にまとめていただきました。そして、ちょうど2年ほど前になりますが、検討部会からの提言を市を代表して柏崎副市長が受け取らせていただきました。本日はそのときに提言をお持ちいただいた4名の方にお越しいただきました。皆さんには、法律の施行後は、地域協議会(※2)の委員として、障害者差別解消に関する様々な課題の検討などに引き続きご協力をいただいています。 【柏崎】お久しぶりです。2年前、この部屋で、皆さんに検討していただいた大事なメッセージ、提言を受け取らせていただいたのをよく覚えています。その後、検討部会の皆さんからいただいたご意見を私たちの中で本当に一つひとつ大切にして検討し、市の考え方や取組の内容を「取組指針」にまとめました。それに沿って具体的な取組を市役所を挙げてしっかりと取り組んでいこうと進めているところです。本日も、皆さんからいろいろなお話を伺って、それがまた明日からの私たちの仕事、市民の方々の生活にもつながっていくのだろうと思います。私もできるだけ気楽にお話しするつもりですので、皆さんも是非気を楽にしてお話をしていただければと思っています。 【石渡】ありがとうございます。私はこの横浜市の検討部会に関わらせていただいて、本当にラッキーだったと思っています。今でも地域協議会のときに内嶋さんと話をするのですが、「この場に来ると本当に学びが多いよね」って。それは障害のある委員の方々の経験とか思いというのを事務局がうまく引き出してくれる。本当にそれがあったから、検討部会が実りあるものになりましたし、今の地域協議会でもいろいろなご意見をいただけるところにつながっていると思っています。 ◆検討部会を振り返って 【進行】昨年4月に障害者差別解消法がスタートして1年半が経ちましたが、提言の内容や検討部会の議論を振り返ってみていかがでしょうか? 【松島】そうですね。私は検討部会では勝手なことを言って皆さんを困らせた方だけど(笑)。一障害者の立場としていろいろ発言しましたが、それでもまだまだ足りないと思っています。せっかく良い法律が施行されたので、広く市民に知らせていかないといけない。とにかく市民の皆さんに分かってもらわないと先に進まないと思っています。それは1年、2年では進まない。もしかしたら、20年、30年、100年かかるかもしれない。地道に取り組まないといけない課題だと思います。 【石渡】本当にそうだと思いますね。法律が施行されてから、行政や事業者はそれなりに変わってきているところもあると思うのですが、市民の方々や、障害のある方が日頃生活している場で接する方々がどれだけこの法律を分かってくださるかがすごく大事です。 【山下】私は提言や検討部会を振り返ると、思ったこと、伝えたかったことは山盛り、てんこ盛りですね。自分は発達障害の当事者として、まだ発達障害のことを皆さんが聞いたり知ったりする前から、病院や福祉と少し戦ってきたようなところがありますので、そうしたことをすごく伝えたいと思い続けていました。委員に選んでいただいたというご縁は、私自身が発達障害の施設にやっと足を踏み入れることができたことからつながっていると思っていて、もしそうでなければ、こういった場には来られなかったと思います。委員として何かができたことはすごくうれしいですし、大きいです。もっともっと伝えて、そんな思いを生かせたらなと思っていますし、そのことを無駄にしたくないと思っています。 【進行】山下さんは、今日もお話をされることをすごく悩んでいらっしゃいましたけれども、そういうふうに伝えることさえもできない方が、たくさんいらっしゃるということですね。 【山下】私の仲間の中でも、私のように思って行動する人は少なく、むしろ嫌だという人が多いと思います。私も今日来るのを迷っていて、もちろん緊張もありますし、テーマをお聞きしても思いが強す ぎてどう答えていいのかまとまらない、伝えられるだろうかと思って。(今回のテーマとつながりそうな)差別・歩みよりとは?と考えてしまう出来事が続き今年入院してしまったので、途中で感情が先に立って話が逸れてしまったり、余計な話をしてしまうんではないかと心配で。そんな私が出席して大丈夫だろうかとも思いました。 【進行】そのままを話してもらえれば。 【石渡】山下さんらしさを久しぶりに感じられてうれしいです。 【山下】検討部会は、提言の作成まで約1年、ほぼ毎月開かれましたが、毎回様々な意見があって、いつも時間に収まりませんでした。会議が終わっても、皆さんともっとお話がしたいなと思っていました。最後の検討部会が終わるときも、皆さんこれで終わらせたくないね、とおっしゃっていて。1年間、ほぼ毎月、毎回2時間というのは、すごく時間はあるようで、とても足りなかったように感じています。 【松島】そうですね。足りなかったですね。 【山下】個人的には、皆さんの意見の合間に自分の意見を言うのは難しかったのですが、それでも1回は必ず発言するようにしました。それに委員の方が頷いてくださることが自己肯定につながって良かったです。 【進行】委員の皆さんの発言があれほど多かった会議も珍しいと思います。検討部会の会長、副会長としてはどうでしたか? 【内嶋】私は会長の隣でいつもずっと時計を見ていて、(終了予定時間なので)「そろそろ」、「打ち切ってください」と言っていました。 【石渡】(笑) 【柏崎】それだけ皆さんの溢れる思いがたくさんあったということですね。先ほど松島さんから、20 年、30 年、100年という話がありましたが、別にずっと差別が続いてよいという意味ではもちろんありませんが、やはり様々な課題が一つずつ解決されていったとしても、また新しい課題が出てきたり、あるいは状況が少し逆戻りしてしまったりすることもあるかもしれません。継続して取り組んでいくことが必要ですし、私たちが一番やってはいけないのは「ここまでやったから終わり。もう話は聴かなくていいよね」としてしまうことで、常にコミュニケーションを大事にしていきたいと考えています。当事者の方たち、支援をしている方たち、あるいは企業の方とか、様々な方々とコミュニケーションを常にとりながら、明日はどうしようか、来年はどうしようかと考えていくことが、私たちが常に頭に入れておかなくてはいけないことだと思っています。提言を読ませていただいたときもそうでしたが、そのことを改めて肝に銘じたという感じがしていますし、忘れてはいけないことだと思っています。 【山下】提言の最後に、委員の皆さんで市民へのメッセージを書いたと思いますが、やはりそれが今改めて特に伝えたいことかなと思います。20年、30年、すごく時間はかかるかもしれませんが、次の方たちに何か役に立てればと思います。そういう意味で、検討部会では、大人たちだけではなくて、「子供の頃から自然に」ということがよく話に出ていました。 【内嶋】障害のある方と障害のない方、双方が共に過ごすという時間が多くあった方がいいですよね。 【山下】大人になって急に「障害者と共に」、「一緒に」と言っても、やはりお互いにどうしていいのか分からない。たまたま家族に障害のある子がいると、その兄弟たちは子供の頃からごく当たり前に自然に接していて、特別ではなく自然にというか、どうしていいのか分からないということはないですよね。「子供の頃から自然に」は大切です。 【内嶋】やはり地域でも一緒に暮らし、同じ空気を吸うという雰囲気はつくりたいですよね。車いすの人が当たり前のように街を行き交っていて、時々奇声を上げている人も歩いていて。そういうの、私はいいと思うんですよね。 【石渡】奇声を上げているところが、すごくその人らしくて、私はちょっとそういう人を見かけると、わくわくしちゃうんですが。 【内嶋】私と同じですね。電車の中でずっと駅の名前を言っている人を見ると、「よしっ、君は何駅言えるのかな」って。 【山下】でも、そういうときに、やはり大人たちが違う目で見てしまうことがありますよね。それを子供たちは見ているわけです。子供にとって、もちろん驚きはあるかもしれませんが、そういう学びも必要ではないかと思います。 【松島】大人から「あの人に近寄っちゃいけない」というのがよくあるんですよね。それにはがっかりします。 【内嶋】検討部会を振り返ってみると、実は私は提言の内容自体には直接は関与しませんでした。提言というのは障害当事者の方がおっしゃるべきことだと基本的には考えていましたし、それを障害者と普段関わっていない人たちが見て、障害とは何か、障害のある人たちがどのような生き様をしているのか、どのような考えを持っているのかということを知るところから始めないといけない。そうでないと、差別とか排除というものは絶対に無くならないはずですので、まずスタートラインとして知ってもらう。提言を読んでもらう。提言の中で皆さん非常にいいメッセージを書いてらっしゃいます。法律家とか大学教授とかでは本当に出て来ないような。もう本当に素晴らしい言葉が書いてあるので、私は障害者差別に関する講演を頼まれると、必ず「これを読んでくれ」と言います。「これを読んだら、もういいから今日は」というくらいのことが書いてある。そして、そこから今度は排除のない世界をどうつくっていくかを次のステップとして考えるべきだというふうに思っています。検討部会、提言のことを振り返るときは、いつもそのことを考えます。  差別を防止する、差別を排除するというのは、つまりは自分と異質なものを排除することを止めていくということですから、その壁を思いきり壊す必要があります。先ほど、大人が子供に「近寄っちゃだめ」という話がありましたが、私はじろじろ見てもいいと思うんですよ。(大人が)その人にニコっと笑えば、(子供は)「あの人に笑うんだ。同じ人なんだ」と感じて、その次には障害のある方に「お手伝いしましょうか」とか、関わりたいという気持ちが出てくるかもしれません。そのようなきっかけをつくれるものの一つが提言ではないかと思っています。 【柏崎】提言の中にも、事務局の頑張りを書いてくださった部分がありましたが、合理的配慮が一つのキーワードであったと思います。差別解消について横浜市がどういう取組をしていったらよいか、検討部会の皆さんに議論を進めていただくに当たって、各委員のメッセージを受け止め、それにきちんと応えるには、やはり障害のある委員の方への十分な説明も必要ですし、それぞれの障害に応じたいろいろな形での説明の仕方とか、時間の長さとか、そういう配慮をできる範囲でやらせていただきました。そのことが障害のある委員の皆さんの発信、そして提言につながったとすれば何よりだと思いますし、うれしく思います。  また、提言は、何かマニュアル的に「ここをこうすればいい」という内容のものではないと理解しています。私たちもやはり分からないときは聞く。分かるようにするために自分が一つ動く。そのときに発信が必ず返ってきますし、そうしたコミュニケーションを私たち行政はずっと大事にして仕事を続けていかなければいけないと思っています。2年前に読ませていただいたときから、本当にそれを大事にしていかなければいけないというふうに思っています。  それから、提言の最後の、委員の皆さんから市民の方へのメッセージの部分は、本当に胸が熱くなる言葉がいっぱいあって、今読み返しても皆さんの心の深さや広さを感じます。 【石渡】今、柏崎さんがコミュニケーションについてお話をされましたが、検討部会を開催することでコミュニケーションの場がすごく増え、そのことが障害当事者を含む各委員の理解を深めることにつながり、お一人おひとりのかけがえのない魅力みたいなものをすごく感じられるようになったという部分があると思います。差別解消という厳しいものへどう関わるかということにもつながると思いますが、このような会議の場だけではなく、当たり前に地域の中で理解が広がっていくような、そういう展開ができたらと思っています。 【山下】検討部会などの会議に出て、同じ障害者でも、他の障害の方たちのことは全然分かっていないということに改めて気づきました。身体障害で車いすに乗っている方や補装具を使われている方というのは分かりやすいと思っていたのですが、やはりその障害の委員の方からお話を聞かないと気づかないことがすごく多い。この障害はこうだろうと思っていたことが逆だったということもありますし、内部障害という言葉もよく知らなかったです。このことは、市民の皆さんと共通かもしれませんが、障害のあるなしに関係なく、やはり関わる、対話をする、そういう場が貴重だと思います。  また、自分自身のことですが、私なりの一歩としてこの活動や自分の障害の話を勇気を出して友人に話すようになりました。 【松島】いろいろな障害者の方と話し合ってみないと、分からないですよね。目の見えない人とか、耳の聞こえない人とか、改めて話をして、自分は実は知っていないんだということがよく分かりました。一人ひとりが話をして、知っていくべきことがあるんだという気持ちが大事だと思います。それに気がつけば、少しずつ変わっていくのではないかと思います。 ◆啓発に向けて〜当事者からの発信 【柏崎】提言にも大切であることを十分書いていただいていますが、横浜市が特に重点を置いて取り組もうとしていることの一つが啓発活動です。もちろん継続的な取組が必要となりますが、理解を市民の皆様の間に広げていくという点では、やはり工夫が必要であると感じています。障害のある方に話をしていただく、直接発信をしていただくことも大事だと思っています。 【松島】分かりやすい差別もありますが、私たちの場合は相手が差別を意識していなくて、むしろ親切心で言われることがあります。それがかえって私たちにとっては大きな差別かなと思っています。例えば、この間も、あるシンポジウムの事前打合せがあって、帰りに駅のエレベーターで知らないおじさんと一緒になりました。それで、そのおじさんから「君は何しに来たの? 散歩でもしてるの?」と聞かれたので、「会議が終わって帰るところです」と答えたら、「僕ちゃん、偉いんだね」と言われました。「僕ちゃん、会議に出てて偉いね」と言われて、頭にきて「なんだよ!」と言いたかったのですが耐えました。私たちにとって、そういうことは日常茶飯事です。その人は私に対して差別している意識は全くない。だから、それを変えることはとても難しいなと感じています。 【石渡】そういうのが差別の本質ですよね。言っている方は気がつかない。 【内嶋】むしろ「偉いね」って言って、励ましているつもりですよね。 【松島】励ましている。でも、同じように言われたら、どういう気持ちがしますか。 【内嶋】「僕ちゃんじゃないよ」って、思いますよね。 【松島】柏崎さんが言われたら、どういう気持ちがしますか。 【柏崎】それは怒りますよね。 【松島】怒るのは当たり前ですよね。それなのに、私たちには言ってくる。みんな怒りますよね。「なんだ、その言葉は」って。 【内嶋】先ほど話に出た地域協議会ですが、障害当事者の委員の方も多数いらっしゃって、今のような発言、松島さんや山下さんのような発言がポンポン出ます。他の自治体の会議に出ることもありますが、このような生々しい発言というか、生の意見が次々と出る会議は少ないですね。 【石渡】そうですね。そう思います。 【内嶋】柏崎さんに是非お願いをしたいのですが、このような会議は、やはりそのメンバーが多少変わっても、特にいろいろな障害のある方、率直にモノを言う当事者の方がいらっしゃる地域協議会というのは是非続けていただきたいと思います。松島さん、山下さんのお二人とも、そこで得られた知見とか、そこから新しい視野が広がるとおっしゃっていました。お二人が様々な場で発信するのにも、発信する元がないと続けられない。その広がった視野が外に発信をする際の原動力になっているところがかなりあると思います。このような会議は、未来永劫続けていくというくらいにお考えいただいて、これを誇りを持って続けていただきたい。副市長にそれだけは申し上げたいと思っていました。横浜市のような財源もマンパワーもあるところが、うちは続けるよと、その会議の場、発信の場の存在自体が重要だと言って続けてくださることは、非常に価値のあることだと思います。差別解消法の主人公となってしまっている当事者の方々が、継続的に公の場で忌憚なく発言できる機会を横浜市が持ってくださっているということについて感謝していますし、このことは、この2年間の成果として考えていただければと思います。会議がつまらないという言葉が一言も出ないんですよね。もっと言いたいなんて、松島さんと山下さんのお二人もおっしゃっているわけですから、いかに活発な会議かということは自負していただいて構わないと思います。 【石渡】内嶋さんがお二人が力を得て発信されているとおっしゃいましたが、そういう姿を私たちも同じ場で見て、そして本当にたくさんの気づきがあって、私たちも力をもらっているとすごく感じます。 【内嶋】相当に力をもらっています。 【石渡】やはり力をもらったら、その会議の場だけではなくて、その力を自分も発揮しなくてはという思いになってきます。地域協議会は本当に貴重な場だと思っています。 【内嶋】私は弁護士という仕事柄、障害者差別解消法という法律のことを掘り下げていかなければなりませんが、これまでの会議の経験、そして相模原の事件もあって、「障害者の存在とは何だろう」と相当深く考えるようになりました。障害者差別解消法があるからというよりも、もっと根源的なところから話をするようになりました。そのことで、共感してくださる方も増えてくださって、もっとその話を聞きたいとおっしゃってくださる方もいます。石渡さんがおっしゃったように、生き様を自分たちももっと発信したいと、彼らが輝いている姿を見ると、私たちも伝えなければいけないという気持ちになり、それが深まりと発信につながっているところがあります。  一つ課題を言えば、地域協議会の場で、私たちだけが障害のある方の話を聴いて、良い経験、良い思いをするのではなく、もう少しほかにも、いろいろな方が彼らの存在を見て、彼らの話を聴いて、「これはいい」と感じることのできる機会があったらと思います。先ほどから市民の皆さんにどうやって理解を広げていくか、発信していくのかという話が出ていますが、一度にそれをやろうと思っても無理だと思いますので、地域協議会のような発信の場が別のところでもつくれると面白いかなと思います。 ◆合理的配慮と職員研修 【柏崎】横浜市が重点を置いている取組のもう一つは「合理的配慮の提供」であり、そのための職員研修です。本当は法律があろうがなかろうがであると思いますが、やはり合理的配慮は、私たち行政という立場から考えたときには、それは法的な義務であって、そこがきちんとできることはすごく大事なことです。横浜市の仕事はいろいろとあるわけですが、仕事をする全ての人の心の中に、気持ちの中に、あるいはモノの考え方の中に、皆さんが発信されていることが、きちっとイメージとして頭の中に入り込んでいるか。それがあって初めて合理的配慮というものにつながっていくのだろうと思っていますので、そういう意味で、研修は私たちの中ではすごく大事であると考えています。研修も充実してきている部分はありますが、私がいつも言うことですが、自分の仕事に置き換えて、自分の窓口に松島さんが来られたら、山下さんが来られたら、いろいろな障害のある方が来られたときに、自分は何をするべきなのかということをきちんとイメージする、想像力、イマジネーションを働かせる。それが不可欠ですので、その力を高めていくことが、私たちの研修の大事なところであり、永遠に研修だと思っています。まだ1年、2年の話ですが、合理的配慮を各部署がきちんと取り組むことができるよう、その道筋を一つずつつくっていく。そして、市民・事業者に向けた啓発につなげていくためにも研修は大事です。先ほど内嶋さんの話の中にもありましたが、やはり当事者の方ときちんと向き合う、そういう研修をできるだけ行う。ペーパーの研修も大事ですが、皆さんにも発信していただき、それを私たちが受け止められるかという、そのような研修も、既に取り組んでいることもありますが、更に充実していきたいと思います。 【山下】これからも当事者として発信していきたいと思っています。発達障害というと、いろいろな本が出ていたり、テレビで取り上げられたりもしますが、本当に10人いれば10人とも違う。苦手なことも違いますし、十人十色、千差万別です。ほんの少しの関わりや、たまに1か月、半年、1年で数えられるほどの関わりでは理解は難しいと思いますが、紙の上での研修だけではなく、例えば、直接施設に足を運んでいただいたり、見学のみでなく、可能であれば直接利用者と対話をしていただくこともよいかもしれません。対話が苦手な人も多いですが、それも含めてその人たちと生の交流や対話をするような研修。何冊も本を読むよりも学びになると思います。 【内嶋】百聞は一見にしかずということですね。 【柏崎】対話が苦手なこと自体も含めて知ってほしいということですね。 【進行】そのことは、職員研修にも市民向けの啓発にも共通することでしょうか? 【山下】そう思います。ただ、普段関わりのない人たちにそういうことをするのは難しいですし、勇気のいることでもありますので、まずは職員研修からということで、徐々に広げていければと思います。 【内嶋】先ほどからの課題として、知らない人たち、関わりのない人たちに、どうやって思いを伝えるかということがありました。市の職員研修は、やはり行政の組織の中での教育という位置付けがありますが、職員の皆さんも市民ですよね。ということは、行政職員、横浜市職員に研修で彼ら(障害のある人)の思いを伝えていけば、その中の何人かはハっと気がつく人たちが出てくる可能性がある。そして、その人たちが横浜市職員という立場で彼らのことを理解しようという気になってくれるだけでなく、市民として、一人の発信者として発信してくれるかもしれない。横浜市役所くらいの規模であれば、それは相当効果があるように思います。つまらない研修だろうと思っていたら、今日の研修は松島さんという人が来て、真剣に聴かなければというくらいの話が聴けて、何かハっと気づく人もいると思います。 ◆交流を通した啓発の取組から 【進行】少し啓発の話に戻りますが、今、横浜市では障害のある人とない人との交流を通した啓発の取組O!MORO LIFE プロジェクト=iオモロライフプロジェクト)を進めています。その中で、松島さんが面白い企画をいろいろ考えてくださっています。「並んでも食べたいグルメツアー」の話を紹介していただけますか? 【石渡】あえて研修、学ぶではなくて、日々の生活の中からの気づきにつながるものを松島さんがうまく創ってくださっていると聞いています。 【松島】「並んでも食べたいグルメツアー」というのは、きっかけはテレビで、よくこういうお店があるとか、並んでも食べたいというのを番組でやっていますが、ということは、車いすの人も(アポなしで)当然行っていいんだと思い、それをヒントにして企画してみました。既に3回やってみましたが、1回目のお店は見事に門前払いでした。 【石渡】とんだ差別でしたね。 【松島】門前払いでしたが、それはみんなが差別と分かるからまだいいんですけれども、3回目に行ったお店は、並んではいませんでしたが有名な居酒屋さんで、車いすを狭いけれど入れてくれました。それで15人くらいでワイワイやってそれは楽しかったのですが、トイレに行きたくなって、ボランティアの人に手を引っ張ってもらって、それでトイレに行くときに、従業員の方たちに声をかけられたんですね。「こんなにやさしい人たちに囲まれて、ボクちゃん、うれしいね。こんなところに連れて来てもらってよかったね。」と言われたんです。そのときは悔しくて、言葉は悪いですが、できればぶん殴って帰りたかった。一緒に来たみんなは悪くないのですが、私はこの店に連れて来てもらったのではなく、自分の意志で来たんだと思いました。ですので、店の人の「ボクちゃん、いい仲間、やさしい仲間と一緒に来られてよかったね。」という言葉が何とも悲しかったです。今の現実なんだなと改めて思いました。「並んでも食べたいグルメツアー」を続ける意義があるのかなと思いましたが、こういうことばかりがあるとなんか疲れてしまいます。でも、そこで私が怒り出したら、おそらく店の人はなんでこの人は怒り出したのか分からないと思います。そこが厄介なんです。1回目のお店よりも何十倍も厄介な問題です。 ◆障害のある人の思いを知る 【内嶋】職員研修の関連でお話をしますが、目に見える差別とか合理的配慮というのは取り組みやすい。お話のあった居酒屋も車いすの彼を店に入れたということで、形式的な合理的配慮、目に見える合理的配慮はできました。ところが、実は先ほどもお話しましたが、提言のメッセージを読んでくださいというもう一つの理由は、障害のある彼らが何を思っているのか、何を考えているのか、どういう思いをしているのかが割とストレートに書かれている。何をしたいではなく、私はこう思っているということが書かれている。松島さんは検討部会の会議のときにも話をされていましたが、差別の解消というテーマは、それは人と人との関わりの中で出てきてしまう。先ほどの居酒屋の話でも、会話をするという関わりの中で出てくる。そのときに、相手が何を考えているのかということを踏み込んで考えてもらわなければいけないんですね。障害のある人というと、かわいそうだとか、頑張っているなどのイメージがすぐに出てくるわけですが、障害のある人がいつも頑張っているわけではないし、ぐうたらもしたいはずだし、障害のある人は真面目に暮らさないといけないとか、必ずそういうステレオタイプの話が出てきますが、それは障害のある人の感情とか、考えとか、思いを全く無視したものです。ですから、職員研修のときも形式的な目に見える合理的配慮はもちろん大事で、居酒屋もそれは大成功でしたが、でも肝心のお客さんの心を読むということをおろそかにした。自分の思いで勝手にこの人はかわいそうなんだ、そして、よかったね、みんな良い人でとなる。そう言ったら相手がどう思うかを考えなくてはいけない。「大変だよね、いつもお店入れるの?」、「いや、入れないんだよ」、「よく来たね」といったやりとりをしていけば、段々と松島さんがどんな思いでお店にやって来たかということが分かってくると思うんですね。その上で「そうか、また来てよ」となれば、「この店、また来よう」となるのではないかと思います。ですが、そうではなくて、相手の心を知るということを飛ばしてしまって、勝手な思いで言ってしまった。このようなことを市の職員が行ったらやはりまずいと思います。うまくコミュニケーションをとるには、必ず相手が一体何を考えているのかを読むことが大事です。私は仕事柄、裁判などで紛争の相手方と話さなければいけないときに、こちらの思いのみを伝えるだけでは絶対に揉めごとは収まらないです。相手が何を考えているのかを知った上で話をしていくと、意外とうまく進んだりします。それは別に差別の解消に限らず、いろいろな場面でやらなくてはいけないはずですが、どういうわけか、障害のある方とのコミュニケーションにおいては、非常に一方的にいわゆる健常という人たちが思い込んで対応するということが多い。それで障害のある方が傷つく、嫌になってしまうということがあると思いますので、心の中での合理的配慮ということも研修の中では是非取り入れていただきたいと思います。 【石渡】ステレオタイプの障害者観というお話が出ましたが、こういうものだということではなく、やはり一人の同じ市民としてみるというところがすごく大事になってきます。先ほど柏崎さんが職員研修のことで、想像力とかイマジネーションという言葉をおっしゃいましたが、そういうところに思いが馳せられる、広がるというのが心の差別をなくすということでしょうか。内嶋さんのお話のように、そのような研修が本当に大事だと感じますね。 【松島】研修もやはり職員にはできるだけ私たちと触れ合ってもらいたいです。私たちの会で1年に1回、ふれあいセミナーがあって研修があります。私たちの日常生活を見てもらって、一緒に食事をとってお風呂に入って夜は飲んでというもので、1泊2日、とことん触れ合うものです。時には、1日飲み歩いてもいいじゃないですか。それでお互いを分かり合えるのであれば。 ◆あっせんの仕組み 【進行】地域協議会のこと、啓発のこと、職員研修のことなど、市の取組についてお話をいただきましたが、もう一つ、あっせんの仕組みについて少しお話をいただきたいと思います。障害を理由とする差別事案について、解決を図るためのあっせんの仕組みを条例を制定してつくりましたが、あっせんを行う調整委員会(※3)の委員長である内嶋さんから、現状の評価や感想をお願いしたいと思います。 【内嶋】相談事案について、横浜市はあっせんの制度をつくってくださいました。まだ生まれたばかりで、よちよち歩きの状態ですが、やさしい委員のお母さんとお父さんたちの手で順調に育まれていると思います。個別のあっせん事案については、小委員会に必ず障害当事者の委員、それからバランスをとるため事業者側の委員にも入っていただいて議論をする。一般的な委員会では、事務局で案を作ってそれで了承ということが多いと思いますが、この小委員会ではかなり活発に議論をしています。障害当事者の委員は差別を受けたとする申出者の味方、事業者側の委員は事業者の味方ということではなく、解決に向けた提案をするために、事案をよく見て、掘り下げています。こういう差別事案の解決の仕組みができているというのは、横浜市の取組として私は非常に高く評価しています。ただし、一つ課題があるとすれば、調整委員会に上がってくる事案がまだそれほど多くないということです。あまりたくさん上がって来ても対応が厳しいのですが、もう少し制度の周知を行い、これも解決してほしいという申出が多く上がってくるようになれば、更なる成果になるのではないかと感じています。 【柏崎】条例については、かなり議論をしました。横浜市が議会に諮って条例として定めるのに何が大事なのか、いろいろと議論しました。そして、その議論の中でこれはやろう、あっせんの仕組みを調整委員会もきちんと設置してやっていこうということになったものです。このあっせんの仕組みも、課題が出てくれば、その都度検討して答えを出して、改めるところは改め、中身のある仕組みにしていきたいと考えていますので、引き続きよろしくお願いします。 ◆最後に 【進行】それでは、最後に、障害者差別解消の推進について、現状の課題や今後の方向性について話しておきたいことなどを一言ずつお願いしたいと思います。 【松島】昨年7月の県立やまゆり園の事件、あれは悲惨、命の軽視で、本当にとんでもない事件でした。にもかかわらず、もう風化して徐々に薄れていく気がしていて、それは怖いことだと感じています。もう一度障害者の命とはどういうことかというのをみんなで一緒に考えようということで、シンポジウムの開催を予定しています。(注:平成29年10月21日に「相模原事件後の世界をどう生きるか」開催済みです) 【山下】一言では終われそうにないのですが、本当は世の中の差別というもの、私たちのことが、いろいろな方に理解されて当たり前に自然な関わりができたら、福祉というものもなくてもよくなるかもしれないと思っています。こうすればその人にとっていいんだ、あなたのためだからと言って決めつける社会みたいなところがありますが、それに対して、特に発達や精神障害の方は、言葉で全部を伝えられない。たとえ伝えたとしても、なかなか理解されにくいことが多く、言われたことに従う、従わざるを得ないことが多くて、とにかく立場が弱いということがあります。職員の研修の話も出ましたが、「私は差別なんかしていない」ではなく、「偏見や差別を自分たちもしている、しているかもしれない」という意識でいてほしいと思います。 【松島】私たちは今日のようにいろいろ言えるからいいですが、言えない人もいっぱいいること、言いたいけれども声に出して言えない人の方が多いということも分かっていただきたいと思います。 【内嶋】私からは、先ほどお話をさせていただきましたが、横浜市の力で、当事者の方々の発言の機会というものをこれからも増やしていただきたいということ、それだけです。 【石渡】やはり言えない人もたくさんいらっしゃるというところをどうやって受け止めるかということ。相談も大事でしょうし、私は声に出さなくても、当たり前に障害のある人が地域で暮らしていく中で、市民の方々の気づきをどうやったら促せるかというところを行政としても考えてほしいと思います。本当にすごく素敵で重い声というものを聴けないのはもったいないことだと思います。 【柏崎】本当に今日はありがとうございました。提言をいただいてから私たちもきちんと取り組んできたつもりではありますが、こうして改めて皆さんとお話ししたことも、この場だけではなく、多くの人に伝えていきたいと思います。また、今日の話だけがもちろん全てではないと思いますし、行政として、きちっと声を聴き、声を聴いてキャッチボールができる、障害のある方々とそういう場を持つ。いくつか具体的なご提案もいただきましたので、コミュニケーションを図る中で一歩一歩広げていきたいですし、広げていかなければいけないというのが啓発の責務でもあると思います。法律ができる前と後で、施行日が来たら一晩で全てが変わるという話ではありませんので、一番最初に松島さんが20年、30年のお話をされましたが、やはり継続して、20年、30年かかっても、変わらないのではなくて、少しずつでも進んでいく。大きな一歩ができればそれはもう素晴らしいことですし、そのために私たちも一生懸命取り組んでいきます。内嶋さんからもお話をいただきましたが、今日ここにいらっしゃらない皆さんも含め、熱く語れる場もつくりながら、私たちも想像力を働かせて、何がやるべきことなのかを見極める、そういう行政でありたいと考えています。是非これからも長いお付き合いをお願いしたいと思います。本当に今日はありがとうございました。 【進行】それでは、これで座談会を終了します。本日はありがとうございました。 ※1 検討部会  横浜市障害者差別解消検討部会。平成26年11月から約1年間、障害者差別解消法の施行に伴って横浜市が行うべき取組について検討。検討結果を提言にまとめ平成27年11月に市へ提出。障害当事者11人を含む19人で構成。 ※2 地域協議会  横浜市障害者差別解消支援地域協議会。障害者差別解消法で地方公共団体において設置することができるとされている協議会。横浜市では、平成28年5月に設置。障害当事者、各分野・事業者の代表、学識経験者、行政機関職員等により構成し、相談事案の共有や障害者差別解消に関する様々な課題の協議を行う。現在、委員33人。 ※3 調整委員会  横浜市障害者差別の相談に関する調整委員会。条例に基づき平成28年5月に設置。弁護士、障害当事者、事業者の代表等により構成し、行政機関等による相談対応によって解決が図られない事業者による差別事案について、事案ごとに小委員会を編成し解決に向けたあっせんを行う。現在、委員14人。