《1》はじめに〜特集のねらい〜 執筆 編集部  共生社会の実現に資することを目的とした「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」、いわゆる「障害者差別解消法」が平成28年4月に施行され、1年半以上が経過した。本号では、これを機会として、障害者差別解消の取組の観点から、この「共生社会」というテーマに向き合いたいと思う。  障害を理由とする差別とは何なのか、どのように解決していったらよいのか。行政機関にはどのようなことが求められ、また、一人の市民として私たちは何をしたらよいのか。本市における取組を紹介するとともに、障害のある人たちの意見や思いを聴きながら、改めて考えていきたい。 1 行政機関の責務等  障害者差別解消法は、障害のある人を差別しないように≠ニの「理念」を示した法律であると誤解をされることがあるかもしれないが、法律の全体を見れば、国や地方公共団体、独立行政法人といった「行政機関等」や、何らかの事業を継続的に行っている民間企業等の「事業者」が、障害を理由とする差別を解消するために取り組むべき「行動」を規定の中心とした法律であることは明らかである。  そして、とりわけ国及び地方公共団体等の「行政機関等」が講じるべき措置を定めた規定が多い。条文を基に規定内容を整理してみると、行政機関の責務等は主に次のとおりである。 @不当な差別的取扱いの禁止  障害のある人に対して、正当な理由なく、障害を理由としてサービス(行政サービス)の提供を拒否したり、場所や時間帯等を制限したり、障害のない人には付さない条件を付したりしてはならない(法 的義務)。事業者も同様である。 A合理的配慮の提供  事務・事業を行うに当たり、障害のある人から社会的障壁(バリア)を取り除くために何らかの対応を必要としているとの意思が伝えられたときは、それが過重な負担でない限り対応しなければならない(法的義務)。この対応を合理的配慮の提供といい、これを行わないことも、@の不当な差別的取扱いと同様にこの法律が定める障害者差別に該当する。なお、事業者は努力義務とされている。 B合理的配慮に関する環境の整備  自らが設置する施設・設備の整備や関係職員への研修等、合理的配慮を的確に行うための環境の整備に努めなくてはならない(努力義務)。個別の対応の場面よりも前に、不特定多数の障害のある人への対応を想定してあらかじめ措置を講じるもので、事前的改善措置と言われるものである。事業者も同様である。 C対応要領の策定  職員が不当な差別的取扱いの禁止や合理的配慮の提供に適切に対応していくために、国や各地方公共団体は、合理的配慮の具体例などを示した「対応要領」を定めることとされている(地方公共団体は努力義務)。事業者については、事業分野ごとに、国の所管省庁が同じくガイドラインとして「対応指針」を策定している。 D相談及び紛争の防止等のための体制の整備  国及び地方公共団体は、障害者差別に関する相談に的確に応じるとともに、紛争の防止又は解決を図ることができるよう必要な体制を整備する。 E啓発活動  国及び地方公共団体は、障害者差別解消について国民の関心と理解を深めるとともに、差別の解消を妨げている諸要因の解消を図るため、必要な啓発活動を行う。 F障害者差別解消支援地域協議会  障害者差別に関する相談事例の共有や情報交換、障害者差別解消に関する様々な課題について協議するため、地方公共団体は、障害のある人及びその家族、各分野の代表者、行政機関職員等の関係者による協議会を組織することができる。  以上が障害者差別解消法が示している主な行政機関の責務等である。努力義務のものもあるが、してはならない*狽ヘしなければならない*@的義務に当たるものを含め、幅広い対応が求められていることが分かる。  なお、国民、市民といった一般の個人は、行政機関や事業者のように、不当な差別的取扱いの禁止や合理的配慮の提供といった義務を負う直接の対象にはなっていない。まずは行政機関や事業者が、市民対応や顧客対応の場面で、不当な差別的取扱いをしないことや、障害のある人への配慮を実践する。そのことがその対応を見たり聞いたり体験した人の気づきとなることもあるかもしれない。そして、行政機関は、障害の理解や差別解消に関する啓発活動を継続的に行う。こうした積み重ねにより、障害の理解が進み、共生社会の実現に近づいていく。そのようなことが意図されていると考えられる。 2 合理的配慮の提供  行政機関の責務等のうち、Aの合理的配慮の提供について触れておきたい。障害者差別解消法のポイントのひとつでもあるが、合理的配慮をしないこと≠ェ障害者差別に当たる。差別をしないというと、一般的には○○をしてはいけない≠ニか、○○と言ってはいけない≠ニいうことが思い浮かぶかもしれないが、(できるのに)しないこと≠ェ差別となる。しないこと≠ナはなく、一歩進んで行うことが求められているわけであり、この点、改めて意識することが必要と考えられる。  そして、もう一点、この合理的配慮の提供は、実際の対応の場面で、障害のある人の意向を受け止め、その場面においてできる配慮を行うものであり、その配慮ができない場合はその理由を説明し、何か別に方法はないか代替案について本人とやりとりをすることが求められる。障害の状態や本人の意向は一人ひとり異なるとともに、そのときの状況によって、その場面でできる配慮は変わる可能性があり、正に個別の対応を状況に合わせて臨機応変に行っていくことが求められる。しかし、個別の対応というものは、日頃、関連業務に従事している職員は別として、案外、行政機関の職員にとっては苦手な人も多いのではないだろうか。あらかじめ「この障害のある人にはこの配慮を行う」という一律の線引きがマニュアル等により定められているとやはり安心であり、一律のラインを引くことが公平であって、誰に対しても同じ配慮をすることが公平であると思いがちではないか。マニュアルも業務を行う上で必要であるが、できる配慮をしないということが生じないよう留意が必要である。  障害のある人とやりとりをする、コミュニケーションを図るということに関しては、行政機関の職員に限らず、経験の少ない人が多いと思われる。障害のある人と接する機会が乏しいこと、この点は課題であるだろう。 3 特集の構成  さて、以上のようなことも考えつつ、本号の特集テーマを「共生社会を考える〜障害者差別解消の取組から」とした。  「共生社会」という言葉は、決して障害者差別解消法が制定されて初めて用いられるようになった言葉ではないが、同法の施行、そして平成28年7月に発生した相模原市の県立やまゆり園での事件もきっかけとして、目にしたり、耳にしたりすることが多くなったように感じている。  また、「共生社会」は障害の有無のみを対象とするものではないが、今回の特集では、障害者差別解消の取組の観点から考察を進めることとした。  前半では、主に障害者差別解消法の規定を意識しながら、法律の施行前に横浜市が行うべき取組についてご検討いただいた、横浜市障害者差別解消検討部会の元委員の方と副市長との座談会をはじめとして、これまでの本市の取組を振り返るとともに、障害のある方たちやそのご家族、学識経験者等の皆様に、座談会等を通して、本市の取組や障害の理解、共生社会についてお話をいただいた。  続いて、障害者差別の解消に向けた本市の取組の中から、六つの取組を取り上げた。取組の規模や範囲は様々であるが、合理的配慮につながる環境の整備や、啓発を意識した取組などであり、障害のある方の協力や参画の下で実施されているものである。さらに、交流を通した新たな啓発の取組をその参加者の方々による座談会を通してお伝えする。共生社会に向けて、障害の理解やお互いの理解をどうしたら広げていくことができるのか考えたい。  そして後半は、より幅広く考察を進めるため、本市全体の人権施策や福祉のまちづくり条例の取組、障害者施策の経緯、障害者差別解消法が障害者雇用促進法に委ねている雇用分野の問題のうち、職場における障害のある職員への配慮について取り上げた。  さらに、ヨコハマ・パラトリエンナーレ2017総合ディレクター栗栖良依氏へのインタビューと、ウィルチェアーラグビー(車いすラグビー)チーム「横濱義塾」ゼネラルマネージャー・選手の方への インタビューをお伝えする。アートやスポーツを通して人と人とが出会い、一緒に活動しているものであり、それぞれの活動や競技の魅力、その思いをお届けしたい。  そして最後に、「相談対応を考える」と題し、障害者差別を受けたとの相談があった場合の対応について、障害のある方と学識経験者による座談会を設定し、率直に意見交換をしていただいた。相談対応のあり方のみでなく、障害のある人の声に向き合うということについて考えたい。  どうしても社会は多数派のみのことを考えた方向になりがちである。しかし、障害の有無などにかかわらず、この社会には様々な人がいる。様々な人がいて当たり前の社会。それが「共生社会」であるだろう。それぞれの記事をお読みいただき、障害のある人の意見や思い、そして、「共生社会」というテーマに向き合い、考え、感じていただければ幸いである。