(中表紙) 調査季報 vol.181 横浜市政策局政策課 特集 共生社会を考える 〜障害者差別解消の取組から  私は視力0です。だから「視覚障害者」と呼ばれます。でも見えないから障害者なのでしょうか?  確かに朝刊は読めませんが、ラジオやテレビのニュースで補えます。缶入り飲料の中身の区別はできないものの、点字や触れてわかる印があればわかります。着る服の色や柄もわかりませんが、形で区別したり音声タグというものを付ければ大丈夫です。タッチパネルで操作する券売機やATMも画面がつるつるなだけでどこにタッチすればいいかわかりませんが、数字キーのあるものなら操作できます。最近はパソコン画面や書類を読み上げる装置もできました。点字ブロックやホームドアは、安全で確実な歩行を守ってくれています。街で声をかけてくださる方もたくさんいらっしゃいます。  こう考えると、私の不便さは今の社会が「見て知る社会」になっているからで、何気ない援助や科学技術の進歩、制度の改善で「聞いたり触れたりして知る社会」になれば、私の不便さは軽くなり、障害者でなくなるかもしれません。「見えなくても障害のない社会」が早く来るよう、その日のために、皆さんのご協力をお願いします。   検討部会委員 神崎 好喜   平成27年11月「障害者差別解消法の施行に伴う横浜市の取組について(提言)」(横浜市障害者差別解消検討部会)掲載の「障害のある人とない人が共生する横浜市の実現に向けて〜検討部会委員から全ての市民に伝えたいこと」から抜粋