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鶴見みどころ80

 

   PDF版 冊子「鶴見みどころ80」(PDF形式、30.6MB) 
 鶴見のまちは、横浜市の北東部に位置し、首都圏の中でも緑豊かな丘陵地と、一級河川の鶴見川、旧東海道が通る歴史のまち、そして日本の近代化の礎となった京浜工業地帯の中心となる臨海部という四つの顔を持つユニークなまちです。
 この『鶴見みどころ80』は、鶴見区が区制80周年を迎えるのを記念し、鶴見の自慢できる"みどころ"を区民の皆さまに募集したところ地域を愛する非常に多くの々から応募を戴きました。その内容を踏まえ名所、史跡、風景眺望、町並み、景観的建造物・建物などの観点から、鶴見区区制80周年記念事業実行委員会で検討し、管理者の了解を得て80点を選定したものです。
このガイドブックには、鶴見の中でよく知られた定番の"みどころ" もあれば、まだあまり知られていない隠れた"みどころ"も掲載されています。またガイドコース、お薦めポイントなどは、特に記載してありませんので、使い方は手に取ったあなた自身が決めて自由に利用してみてください。
 この80か所の"みどころ"の他にもまだまだ取り上げたいポイントが鶴見にはたくさんあると思いますが、次の機会に譲りたいと思います。このガイドブックが鶴見の魅力を再発見し、皆さんが鶴見への愛着を深めて戴くきっかけになれば幸いです。

・・・WebGIS版つるみ区民生活マップ【みどころ80】はこちらから


 鶴見区区制80周年記念 
 『鶴見みどころ80』  2007年9月発行 
 編集・発行  鶴見区区制80周年記念事業実行委員会
   横浜市鶴見区鶴見中央3-20-1
   鶴見区役所
   電話045-510-1818
 編集協力団体  鶴見みどころガイドの会/鶴見歴史の会/鶴見川下流ネットワーク・鶴見
 訪問時の注意事項  1 神社、寺院など訪れる時には宗教上の礼儀、作法などに十分留意してください。冠婚葬祭などの催事の折などは特に注意が必要です。
 2 入場にあたり事前に許可を必要とする"みどころ"もあります。
 3 写真撮影については、屋外、屋内とも、管理部署などに確認し許可を得てから撮影してください。
 4 掲載している情報は、2007年9月現在のものです。掲載内容が現状と異なる場合がありますので、ご了承ください。

         ※ ホームページに掲載されている写真の提供は行っていません。

 1  上の宮八幡神社  21  最願寺(板碑) 41   蛇も蚊も祭り(道念稲荷社と神明社) 61   鶴見川橋・リバーサイドガーデン
 2  宗泉寺(エビネ、五百羅漢) 22  良忠寺(煉瓦の碑) 42  岸谷公園 62  市場村一里塚(旧東海道)
 3  獅子ケ谷横溝屋敷  23  二ヶ領用水路跡 43  花月園競輪場(平成22年3月閉鎖) 63  専念寺
 4  車地蔵  24   日枝神社(市場神代神楽) 44  東福寺(子育観音) 64  熊野神社(市場)
 5  獅子ケ谷せせらぎの小径  25   建功寺 45  總持寺 65  箱根駅伝記念像
 6  獅子ケ谷市民の森 26   馬場赤門 46  響橋(めがね橋) 66  潮田神社・潮田公園・庚申塔
 7  渋沢金井公園(柿の木公園)  27   東寺尾ふれあい樹林 47  成願寺 67  東漸寺(故大川常吉氏乃碑)
 8  二ツ池 28   松蔭寺 48  国道駅 68  おきなわ物産センター
 9  常倫寺・駒岡不動尊 29   入江川せせらぎ緑道 49  慶岸寺 69  日東緑地・日東浜公園
10  スノーヴァ新横浜  30   馬場花木園 50  生麦魚河岸通り 70  汐入公園
11  県立三ツ池公園 31   馬場稲荷(寺尾稲荷) 51  鶴見川河口干潟(生麦) 71  末広水際線プロムナード
12  上台遺跡・上台北遺跡 32   寺尾城址 52  正泉寺 72  理化学研究所「横浜研究所」・横浜市立大学連携大学院
13  歴史と緑の散歩道 33   白幡神社 53  鶴見川起点(富士の眺望) 73  環境エネルギー館ワンダーシップ(東京ガス)(平成26年3月閉館)
14  兜塚・ふれあい樹林 34   寳藏院(源平五色の椿) 54  小野弁天神社と小野重行像 74  ふれーゆ
15  瓢箪山遺跡(お穴様) 35   鶴見配水池(馬場の水道塔) 55  潮鶴橋水際緑道 75  海芝公園
16  鷹野大橋(富士の眺望) 36   横浜商科大学付近からの富士の眺望 56  彫刻群(風きらめく等) 76   トゥイニー・ヨコハマ(東京電力横浜火力発電所)(平成23年3月閉鎖) 
17  真福寺・末吉不動 37   キリン横浜ビアビレッジ 57  鶴見神社(田祭り) 77  大黒大橋(富士の眺望)
18  寳泉寺(庭園) 38   生麦事件参考館・発生場所 58  鶴見川親水スポット(佃野公園、鶴見川漕艇場(27年6月~臨時休業)
、鶴見スポーツセンター)
78  横浜ベイブリッジ・スカイウォーク(平成22年9月閉鎖)
19  愛宕神社(湯花神事) 39   生麦事件碑(工事のため平成28年末(予定)まで仮移転) 59  森永製菓(株)鶴見工場 79  鶴見つばさ橋
20  電気の史料館(東京電力)(平成23年3月休館) 40   安養寺 60  鶴見橋関門旧跡 80  大黒海づり公園
   ※現在写真の提供は行っていません。 

No1 上の宮八幡神社

 
 創建年代は不詳ですが、祭神は応神天皇で、昔境内に牛頭天王の小祠が祠られ、古い伝説と習俗が伝えられています。7月15日には、牛頭天王祭が執り行われています。毎年1月14日には無病息災、五穀豊穣を祈願して「どんど焼」が行われており、区内では珍しい行事のひとつとなっています。 地図へ

No2 宗泉寺(エビネ、五百羅漢)

 
 浄土宗。開山は正保年間。下って寛文年中に、北寺尾村名主市右衛門が二十一世を迎えて再興しました。境内には念仏供養塔、無縁供養塔、地蔵菩薩、庚申塔、馬頭観音があります。また、春にはエビネ、しだれ桜、サツキ、ボタンなど四季折々の花が楽しめる庭園があり、さまざまな姿をした五百羅漢も見事です。 地図へ

No3 獅子ケ谷横溝屋敷

 
 横溝屋敷は表門(長屋門)主屋などの屋敷構えが江戸時代の農村生活の原風景を残している貴重な文化遺産です。古民家の保存と活用を図る横浜市最初の施設で、昭和63年横浜市指定文化財になりました。2階の展示室には明和の村絵図や農村文化、行事等々の資料が展示されています。また、四季折々に、七草粥、雛まつり、七夕まつり等の行事も行われます。第1・3月曜日休み 地図へ

No4 車地蔵

 
 この地蔵は享保3年(1718)に建立された、高さ1.6mもある等身大の石の地蔵で、お堂の中で道行く人たちを見守っています。お堂の入り口左側の柱には、小さな木製の車が取り付けられており、昔からこの道を通った人たちは、その木の車を回して通るのが習慣であったことから車地蔵の名が生まれたといわれています(横浜市登録文化財)。 地図へ

No5 獅子ケ谷せせらぎの小径

 
 「せせらぎの小径」は自然の景観が残されている河川の源流地域などにおいて、訪れる人々に「うるおい」と「安らぎ」をもたらす水辺づくり「小川アメニティ事業」として、横浜市が昭和63年度(1988)に実施したものです。ここは、西谷広場の池から横溝屋敷手前に広がる畑の中を散歩できる変化に富んだ700mに及ぶ散歩道です。 地図へ

No6 獅子ケ谷市民の森

 
 面積18.5ha、昭和50年に横浜市が減少する緑を守り、自然をそのままの形で後世に残すため、地権者約40名の協力を得て開設しました。樹木は常緑、落葉、植栽の針葉樹、樹齢100年以上のヤマザクラ等、野草ではスミレ、ヒトリシズカ等、豊富な植物類が、虫や鳥を育み森の散策を一層楽しいものにしてくれます。 地図へ

No7 渋沢金井公園(柿の木公園)

 
  “子どもたちが安心して遊べる場所を”と地元住民が、自宅を含め約1000坪の土地を寄付されて平成5年にできたもので、感謝の記念に地名の渋沢に加えて「渋沢金井公園」と名付けられました。敷地内の樹齢300~400年とも言われている大きな柿の木(禅寺丸)がシンボルです。秋になり赤く色づくと柿もぎ大会が盛大に行われます。 地図へ

No8 二ツ池

 
 獅子ケ谷と駒岡の境にあり、古くから灌漑用溜池として獅子ケ谷村と駒岡村の田畑を潤してきました。池は慶長年間(1596~1615)に作られたといわれ元はひとつでしたが100年ほど後、二つの村に水を均等に分けるために池の真中に堤を作り村境としました。堤は生贄を求める池に棲む竜が退治された骸であるとの言い伝えがあります。 地図へ

No9 常倫寺・駒岡不動尊

 
 曹洞宗。天文11年(1542)の草創とつたえられています。元禄6年(1693)小田切土佐守直利が梵鐘を寄進しています。宝永4年(1707)久志本左京亮常勝が駒岡村を知行しています。本堂背後の山腹に、旗本久志本氏歴代の墓所(横浜市登録文化財)があり、また境内の銀杏の大樹は、樹齢300年以上といわれています。 地図へ

No10 スノーヴァ新横浜

 
 日本初の人工雪を使用したスノーボードゲレンデ。ゲレンデ内には3台のTVカメラがあり、アストロビジョンでフォームのチエックができます。初心者にはスクールもあります。無料ギャラリーコーナーもあり、見ているだけでも楽しい場所です。 地図へ


No11 県立三ツ池公園

 
 鶴見川は満潮時には塩分を含んだ海水が小机付近まで逆流し、右岸側の駒岡・末吉・生麦の村々は鶴見川の水を田畑の用水に使えませんでした。そのため、村々は灌漑用水池を作りました。三ツ池もそのうちのひとつです。昭和25年から緑地整備事業がなされ、昭和32年4月に県立公園として指定されました。鶴見の桜の名所として親しまれています。 地図へ

No12 上台遺跡・上台北遺跡

 
〈上台遺跡〉宝泉寺台貝塚とも呼ばれています。
縄文前期の貝塚ですが、弥生時代の住居址が多数発見されています。末吉中学校に、近辺の遺跡の出土品が陳列されています。
〈上台北遺跡〉弥生時代の遺跡です。遺跡の周辺には縄文時代から古墳時代までの著名な遺跡が数多く存在しています。ここから出土した人面土器は全国的に有名で区役所1階ホールに展示。 地図へ

No13 歴史と緑の散歩道

 
 兜塚から緑の多い丘陵の尾根伝いに上の宮に至る4.5kmの散策路。昭和57年に鶴見区役所、鶴見歴史の会によって整備されました。コースには13基の道標が設置されています。コース沿いには、古代の遺跡が多くあり、この道は中世の「鎌倉街道下の道」であったともいわれています。 地図へ

No14 兜塚・ふれあい樹林

 
 約500年前、大田道灌がかなたの加瀬の山で一夜の夢を見て自分の兜を埋めた伝説の石碑があります。昭和6年兜塚一帯の山林が「南北朝時代の天皇陵である」との説をきっかけに、昭和13年に発掘調査したところ、古墳時代の出土品のほか、弥生・縄文時代の遺構を発見しました。浅間神社(祭神:木花咲耶姫)の碑は、富士講有名先達の進念碑です。 地図へ

No15 瓢箪山遺跡(お穴様)

 
 明治40年山腹を崩す工事中に見つかった2メートルほどの穴で、穴の中は10畳ほどの広さであり学術調査により須恵器、玉類、直刀がみつかり、付近の人たちは何かご利益があるお穴様だということで、各地から参詣者が集まるようになりました。その盛況は長く続かず、山は削られ、今はその面影を残す石碑が立っています。 地図へ

No16 鷹野大橋(富士の眺望)

 
 鶴見川と矢上川が合流する地点で、上流に向かって河川敷が連続し、鷹野大橋及び鷹野人道橋からは、広々とした河川空間と一体となった富士山を見ることができます。水辺にはアシ原が広がり多くの魚やカニ、水鳥等が生息し、鶴見川下流域の貴重な自然環境が残っている場所です。平成16年に「関東の富士見百景」の「鶴見川からの富士」の一つに選定されました。 地図へ

No17 真福寺・末吉不動

 
 天台宗。本尊は不動明王、慈覚大師円仁が貞観年中(859~864)に開創したといわれています。本堂の背後にある不動塚は、慈覚大師による手植えの松の遺跡といわれ、松は天保のころ枯れてしまい、その跡に不動明王降臨霊跡の碑が建てられています。この不動尊の開帳は60年に一度とされています。また、山門を入った左には不動の滝があります。 地図へ

No18 寳泉寺(庭園)

 
 曹洞宗。寺はこの地方の領主であり、当時川崎城主であった間宮新左衛門信冬が開基となって永正元年(1584)に建立された寺です。徳川家康関東に入国の後、寺領三十石を寄進され、住職他出の際は大名の格式で道中の往来を許されました。この寺は昔から度々の火災にあい、貴重な資料は焼失しましたが、境内の禅風の庭園はすばらしいものです。 地図へ

No19 愛宕神社(湯花神事)

 
 往古は鶴見川沿いに鎮座していたが、洪水で社殿が流され、今のところに移され再建されています。当社では、古くから豊作祈願及び収穫祭として湯花神事が行われています。例年8月の第1日曜日では、境内で釜に湯を沸かし、宮司が湯笹に浸した熱湯を湯玉と称し参拝者に放散して、その年の無病息災、家内安全を祈願する神事を行います。 地図へ

No20 電気の史料館(東京電力)(平成23年3月休館)

 
 昭和26年(1951)に東京電力が創立し、平成13年(2001)に創立50年を迎えたことから、これを記念として開館しました。我々の生活には無くてはならない電気の歴史を紹介する博物館です。江戸~明治中期までの日本人と電気の出会い、明治中期からの火力発電、明治末期からの水力発電、そして戦後の原子力発電の歴史を知ることができます。月曜休み(祝日の場合は翌日) 地図へ
※電気の資料館は平成23年3月14日(月)以後、休館しています。

No21 最願寺(板碑)

 
 浄土真宗。創立は延慶元年(1308)といわれています。寺伝によると往古は真言宗でしたが、慶長年間に真宗に改めたといいます。本堂前の板碑は区内最大のもので、緑泥片岩製の板碑で、石の頭部を山形とし、その下に二条の切り込みがつけられています。延慶2年2月9日の銘があり、当寺開山の墓碑と伝えられています。 地図へ

No22 良忠寺(煉瓦の碑)

 
 浄土宗。仁治元年(1240)の創立と伝えられ、鎌倉材木座光明寺を開いた記主禅師良忠上人を開山としています。境内には伝説で有名な弘法大師の作といわれる身代わり地蔵や新田義興の矢を止めた矢止めの地蔵があります。また、明治~昭和の初めに矢向にあった煉瓦工場の名残を示す碑がみられます。又、区内最古といわれる徳治元年(1306)銘の板碑があります。 地図へ

No23 二ヶ領用水路跡

 
 幕府代官小泉次太夫によって、慶長2年測量を開始、同16年に15年に及ぶ大工事が完了しました。全長32km、灌漑面積は199haに達し、稲毛領、川崎領あわせて六十ヶ村の耕地を潤しました。この貴重な用水も耕地が工場、住宅などに変わり、本来の用途を失い埋め立てられ、跡地は昭和47年道路・緑地帯になりました(横浜市登録文化財)。 地図へ

No24 日枝神社(市場神代神楽)

 
 寛永15年(1638)の創建で、古くは山王社といい、矢向村、市場村など七ヵ村の鎮守で、天保末年になって矢向一村の鎮守となり、明治6年日枝神社と改称。境内に豊遊石と刻んだ大石があり、社殿には勝海舟揮毫の「日枝神社」の扁額。また、元禄4年ごろ始められたといわれる市場神代神楽が今でも継承されています。 地図へ

No25 建功寺

 

 永禄年間、小田原北条氏の家人で寺尾城主の諏訪三河守が、創建したと伝えられています。明治44年曹洞宗大本山總持寺が石川県の能登から鶴見への移転に際しての功により、とくに本山近門寺院と永代色衣着用の栄誉をうけました。なお、当寺は諏訪氏の定紋「諏訪梶」を寺紋としており、諏訪氏との深いかかわりがうかがわれます。 地図へ

No26 馬場赤門

 
 江戸時代末期に周辺四ヵ村(東寺尾、北寺尾、西寺尾、馬場)の総代名主を務め名字帯刀をゆるされた澤野家の門。幕府から特に紅殻塗りを許された格式の高い名主門でその色から赤門と云われています。この門は、安政年間に建てられたものですが、平成3年に復旧工事を行い、横浜市の歴史的建造物に認定されました。 地図へ

No27 東寺尾ふれあい樹林

 
 所有者の好意により提供されている樹林です。地元の「東寺尾第一どんぐりの会」が管理しています。雑木林の中で自然とのふれあい、近くを流れる入江川のせせらぎ含め都会の中のオアシスです。 地図へ 

No28 松蔭寺

 
 臨済宗。鎌倉建長寺第三十世仏寿禅師が、建武元年(1334)に開創と伝えられています。仏寿禅師の墓は墓地の中ほどにあります。当寺は数度の火災のため、什宝旧記を失ってその沿革などは、はっきりわかりません。寺宝に銅像阿弥陀如来坐像があります。奈良時代の優作で、現在上野国立博物館に寄託されています。 地図へ

No29 入江川せせらぎ緑道

 
 国道1号線響橋の横浜側を水源とする入江川は、昔は水田耕作、野菜洗いに利用され、小魚も住む清流でした。昭和に入ると、一般家庭からの廃水で川は汚染されました。その後、下水道の整備で水質は改善されましたが、水量が少なく人を遠ざける川になりました。再び、人が集う入江川を復活させるため、下水処理場で処理した水を流し、清流を復活させました。 地図へ

No30 馬場花木園

 
 平成11年に開園した市内ではめずらしい和風庭園。以前は、ボタン・菖蒲などが楽しめる農園として親しまれてました。今では、池の周りを中心に四季折々に表情を変える花々・樹木を楽しむことができます。また水鳥の遊ぶ姿も見られゆったりとした気分になります。園内の休憩棟は茶会などに利用できます。第3火曜休み 地図へ

No31 馬場稲荷(寺尾稲荷)

 
 寺尾城址の西斜面にある稲荷社で、昔は寺尾稲荷と呼ばれていました。寺尾城主の諏訪馬之助は馬術が不得意でしたが、この稲荷に日夜祈願したところ大願成就したので、馬上安全、馬術上達の祈願に江戸をはじめ、各地から参詣が多かったようです。旧東海道鶴見橋近くに「是より二十五丁、寺尾稲荷道」の碑があります。 地図へ

No32 寺尾城址

 
 信濃の豪族諏訪三河守が鶴見の寺尾に進出してきて以来、諏訪一族が居城を構えていましたが、甲斐の武田信玄が小田原城を攻撃した際、落城したといわれています。今では宅地化されたものの、城の一部である空堀、土塁、くるわ跡が残されています。貴重な遺構は整備され殿山公園として保存されています(横浜市登録文化財)。 地図へ

No33 白幡神社

 
 古くは白幡大明神と称し、寺尾四ヵ村の鎮守で、応神天皇を祭神。馬場町建功寺の旧記によると「白幡大明神は足利尊氏将軍なり、尊氏将軍より十七代目足利利義将軍代、永享7年寺尾城主諏訪勧請す」とあります。また棟札によれば、貞享4年、享保12年等に社殿を再建、改築が行われました。 地図へ

No34 寳藏院(源平五色の椿)

 
 真言宗智山派。慶安2年の古文書により、鎌倉時代以前に草庵されたものと推定されている。境内には源平五色の椿があって、全国で唯一の五色に咲き分けの椿の名木で、樹齢は600年以上、県の名木百選に選定されている。本堂真裏には霊泉があって、一年中涸れることがなく、龍の水、命の水とも言われている。 地図へ

No35 鶴見配水池(馬場の水道塔)

 
 鶴見の高台に飲料水を送るために昭和12年(1937)建築されました。高さ約26m、直径8.5m、貯水量680Kの配水塔は、「ねぎ坊主」の愛称で親しまれています。配水池の広い敷地の木々が、四季折々の表情を見せてくれます。区内外からも遠望でき、ランドマークとなっています。 地図へ

No36 横浜商科大学付近からの富士の眺望

 
 横浜商科大学つるみキャンパスは鶴見の標高三十数mの小高い丘に位置し、このキャンパス前の尾根道からの富士山の眺望は抜群で、前面に高圧線等の障害物がなく、特に冬季における眺めはすばらしいものであります。この尾根道は、昔、白幡神社あるいは松蔭寺に至る間道でした。近くに「しばり地蔵」と庚申塔があります。 地図へ

No37 キリン横浜ビアビレッジ

 
 明治3年、アメリカ人W・コープランドが横浜山手にビール醸造所・スプリングバレーを建設。その後明治40年、麒麟麦酒(株)に引き継がれましたが、大正12年の関東大震災後、大正15年に現在の生麦に移転しました。平成3年大規模なリニューアルを機にビアビレッジを開設。ブルワリーツアーのほか、レストランやセミナーなど多くの方に親しまれています。月曜休み(祝日の場合は翌日) 地図へ

No38 生麦事件参考館・発生場所

 
 

 近代日本の幕開けとなった生麦事件は、文久2年(1862)8月21日、薩摩藩島津久光の行列が生麦村(生麦4-25付近)を通行中、馬に乗ったイギリス人と鉢合わせとなり、不幸な事件が発生しました。地元の浅海武夫氏が生麦事件に関する国内外の資料を収集し、生麦駅近くに参考館を設置し公開してきました(※事前に御予約の上、来館してください。問い合わせ先:電話503-3710)。

※電話がつながらない場合はFAX(503-4580)で連絡してください。 
地図へ

No39 生麦事件碑

 
 鶴見の黒川荘三(鶴見神社宮司)は事件が風化しつつあるのを憂いて、明治16年(1883)、4人のイギリス人のうちリチャードソンが落命した場所に事件碑(横浜市登録文化財)をたてました。碑の撰文は「西国立志篇」の翻訳で知られる中村正直(敬字)です。毎年8月21日には、顕彰会の人たちにより慰霊祭が行われています。 地図へ
※生麦事件碑は工事のため平成28年末(予定)まで、仮移転しています。

No40 安養寺

 
 浄土宗。明応9年(1500)草創。山門入口に弁天堂があり、本尊弁財天の体内仏は弘法大師と伝えられ、その厨子に「元禄十五年霜月二十二日施主関口氏云々」の銘文があります。また、墓地には、関口東園と同金水の墓があります。東園は生麦の名主で通称藤右衛門で、寺子屋を開いています。 地図へ

No41 蛇も蚊も祭り(道念稲荷社と神明社)

 
 毎年6月第一日曜日に本宮の道念稲荷社と原の神明社の二箇所で行う伝統的な祭りです(横浜市指定無形民俗文化財)。茅で20m程の大蛇を作り、この大蛇を担いで、「蛇も蚊も出たけ、日和の雨け」と掛け声をかけながら町内を練り歩きます。疫病退散・海上の安全・豊年大漁・子供の成長等々の祈願と云われています。 地図へ

No42 岸谷公園

 
 生麦一帯の田を潤していた溜め池の一つ「房野池」の跡です。房野池は大正9年に自然公園「三笠園」となりました。しかし、入場者が少なく昭和2年に閉園になりました。その後、昭和11年に池の半分が埋め立てられ、南半分が横浜市営岸谷プールになりました。「房野池」は第7回オリンピックの水泳選手の練習場にもなり、日本水泳界の発展のため大きく貢献しました。 地図へ

No43 花月園競輪場(平成22年3月閉館)

 
 昭和25年(1950)5月開場。元は東京新橋の料亭の主人が大正3年(1914)5月に花月園遊園地として開園。第1次大戦の景気の波に乗って人気を集め観覧車、豆汽車、飛行船塔、大山すべり等で子供達の人気を集め、「東洋一の大遊園地」といわれました。しかし、戦争色が強まると共に遊園地としての機能は無くなり、戦後の昭和24年競輪場の建設工事が開始されました。 地図へ
※花月園競輪場は平成22年3月31日(水)をもちまして完全閉鎖いたしました。

No44 東福寺(子育観音)

 
 真言宗智山派。寛治元年(1087)醍醐寺の勝覚僧正の開創と伝えられています。本尊は子育観音で知られる如意輪観音で、子年毎に開帳されています。江戸時代には参詣者が多く、門前では子育てまんじゅうが売られ、鶴見名物の一つに数えられていました。墓域には、生麦村の医師小島玄氏の墓があります。また、芭蕉や飯田九一の句碑があります。 地図へ

No45 總持寺

 
 曹洞宗大本山總持寺。もとは石川県にありましたが、明治44年11月5日に鶴見の二見が丘に移転しました。昭和40年に本山最大の建造物の大祖堂が、同44年には三門が竣成して、文字どおり七堂伽藍がそなわり、今日みる鶴見の象徴ともいえる存在となっています。 地図へ

No46 響橋(めがね橋)

 
 昭和16年(1941)竣工。鉄筋コンクリート固定アーチ橋。長さ48m、アーチの高さ約13m。橋下の音が反響したので響橋となりました。“かながわの橋100選”の一つ。昭和15年に東京で実施が予定されていたオリンピックのマラソンコース折り返し点に予定されていました。めがね橋の愛称で親しまれています。 地図へ

No47 成願寺

 
 曹洞宗。馬場町建功寺二世和尚の開創です。元和年間に鶴見の二見台に移転したといわれています。明治39年に、広大な寺地を大本山總持寺移転建設地に献納して、大正元年現在地に移転。大本山總持寺の山内寺院として貫首禅師のご晋山の際には案下処とする習わしとなっています。薬師堂には薬師三尊と、その左右に十二神将が安置されています。 地図へ

No48 国道駅

 
 京浜第一国道と交差させて、昭和5年(1930)に開設した駅、駅名「国道」の由来です。駅舎はアールヌーボー風の建物です。開設当時は、ホーム下に「臨港デパート」があり、食品、雑貨、医薬品が販売されていました。旧東海道生麦魚河岸、花月園利用のお客や、駅周辺には映画館もあり賑やかな盛り場でした。現在は「魚河岸通り」が当時の名残りをとどめています。 地図へ

No49 慶岸寺

 
 浄土宗。天正9年(1581)慶岸上人によって創建された、神奈川の慶運寺の末寺です。旧東海道に沿った慶岸寺の入口に地蔵堂があり、堂内には木彫りで立高1.8mの巨大なお地蔵様が安置されています。この地蔵は伝説とともに、安産と子育地蔵として深く信仰されています。 地図へ

No50 生麦魚河岸通り

 
 徳川幕府以来、御菜八ケ浦(おさいはちがうら)のひとつとして、江戸城に菜・肴を定期的に献上していました。文政11年には、生麦村242軒の内60軒が漁業に従事していました。明治中期には、ノリと貝の養殖が中心となりましたが、明治末頃から始まった海岸の埋立で漁業は衰退し、昭和46年に漁業は完全に消滅しました。昭和30年代に魚介類を商う店が増え現在の姿になりました。 地図へ

No51 鶴見川河口干潟(生麦)

 
 鶴見川河口の右岸は、いつしか干潟が形成されここにカニや稚魚などの多くの生きものが生息し、現在では貴重な河川環境となっています。2007年6月に生麦の築堤工事が完了し、多くの人々が鶴見川にふれられるよう、この貴重な河口干潟を残しながら親水広場が整備されました。 地図へ

No52 正泉寺

 
 真言宗智山派。寛永元年(1624)の開創。本尊は海中より出現したといわれる薬師如来坐像です。門前に慶安5年(1652)橘樹郡生麦村の文字が刻まれた石地蔵があります。境内には浦名主十左衛門の墓、お心中様の供養碑、亀の供養碑があり、むかし、漁村の寺であったことがうかがわれます。墓地には力士の姿をした墓石があり、波響と刻まれています。 地図へ

No53 鶴見川起点(富士の眺望)

 
 河川の起点(0.0km)に当たる鶴見川河口干潟対岸のこの地点は、川沿いから富士山と河口を眺望できるスポットです。階段護岸や水辺の散策路も整備され、釣り船等が行き交い釣り人や水鳥も見られ、多くの人々が河口の風景を楽しむことができるようになりました。平成17年には「関東の富士見百景」の「鶴見川からの富士」の一つに選定されました。 地図へ

No54 小野弁天神社と小野重行像

 
 徳川五代将軍綱吉公の頃、塩害を防ぐ堤防を築こうとしましたが、難工事で再三失敗し、甲斐武田一族の小野氏が日頃信仰する江ノ島弁財天の御加護により工事は順調に進行したと由緒にあります。大正に入り小野重行は、この地域の開発と発展に努めるとともに、この社を修復整備しました。 地図へ

No55 潮鶴橋水際緑道

 
 潮見橋から潮鶴橋までの両岸の散歩道。市民参加で人々が憩えるよう堤防天端と犬走りを整備し、平成6年(1994)に公開されました。小さな公園には樹木が植えられ、木陰にはベンチが置かれ、川の流れを眺めながら、ゆったりとした時を過ごすことができます。石段の上には案内板があり、源流及び河口からの距離(41.0km及び1.5km)を示しています。 地図へ

No56 彫刻群(風きらめく等)

 
 JR鶴見駅東口から潮鶴橋にかけて現代彫刻11点が点在します。1.「三つの扉」2.「とろける立方体―9302」3.「Family'93」4.「風きらめく」5.「何をしているの?」6.「億万年の骨の詩」7.「循環源象-鉄-No16」8.「ハウススカルプチャ」9.「ブッキラボ-」10.「大地の刻-風景の門」11.「旅立ち」これらは、第3回横浜ビエンナーレ'93で入賞した作品です。 地図へ

No57 鶴見神社(田祭り)

 
 古くは杉山明神といい、大正9年、鶴見神社と改称しています。創建は推古天皇の代と伝えられています。現在の社殿は明治33年の火災のため、大正4年に再建。鎌倉時代から例年正月16日の杉山祭でとりおこなわれていた田祭神事は明治初年に廃絶してしまいましたが、昭和62年に復活し現在は4月29日に執り行われています。 地図へ

No58 鶴見川親水スポット(佃野公園、鶴見川漕艇場(27年6月~臨時休業)、鶴見スポーツセンター)

 
 ここは鶴見川が大きく蛇行していたところを、河川改修によって、川沿いに佃野公園や鶴見川漕艇場(北部第一水再生センター)、鶴見スポーツセンターができています。堤防天端は散策やサイクリングなどに利用されており、この一帯は下流部の親水スポットとなっています。佃野公園は災害時の防災拠点ともなるよう川辺に緊急船着き場もあります。漕艇場では有料でカヌーやボートが利用できます。 地図へ

No59 森永製菓(株)鶴見工場

 
 森永製菓の主力工場で、82年前の大正14年(1925)にできました。第一次世界大戦後、お菓子の需要が急速に伸びたことから、既存の2工場では生産が間に合わず、兵庫県塚口と鶴見に新鋭の製菓工場を建設しました。工場完成後、同工場では工場緑化を心がけ、敷地内及び工場周辺に植樹を進めました。月曜・火曜・木曜・金曜日に工場見学ができます。要電話予約583-0707 地図へ

No60 鶴見橋関門旧跡

 
 鶴見橋の名称は第一京浜国道に架けられたコンクリート橋の方に取られ、今は鶴見川橋と変わりました。安政6年の横浜開港以来、外国人に対する殺傷事件が度々発生したため、不審な浪士や旅人を取り締まるため、鶴見橋の袂に関門が設けられました。その跡地に「鶴見橋関門旧蹟」の碑が明治15年に建てられました。市の登録文化財になっています。 地図へ

No61 鶴見川橋・リバーサイドガーデン

 
 鶴見区内で、江戸時代から鶴見川に架かっていた三つの橋のうちの一つ。幾度か架け換えられています。現在の橋は、平成8年12月に竣工しました。江戸時代より大正15年(1926)まで「鶴見橋」と呼ばれていましたが、京浜第一国道の開通により「鶴見川橋」と改称されました。この橋から見る風景を多くの文人や絵描きが書き残しています。 地図へ

No62 市場村一里塚(旧東海道)

 
 慶長9年(1604)、幕府は東海道などの諸街道を修復し、日本橋を基点として街道の両側に相対して一里塚を築きました(横浜市登録文化財)。旧東海道に面して、「市場村一里塚」の記念碑が建っています。市場の一里塚は、江戸日本橋から五つ目の一里塚です。明治9年の地租改正のおり、この一里塚も払い下げられ、稲荷社のある片方だけが残っています。 地図へ

No63 専念寺

 
 浄土宗。はじめは観音堂でしたが、のちに京都知恩院大僧正によって一寺となったといわれます。今も本堂に定朝作、紫式部の念持仏と伝える千手観音が祀られています。什物に富士浅間宮のご神体で、開創の由来となっている夜光石があります。 地図へ

No64 熊野神社(市場)

 
 当社は、弘仁年中紀州熊野の別当尊厳の勧請と伝えられています。社殿は火災、鶴見川・多摩川の氾濫の度に再建され、明治5年新橋横浜間の鉄道開設の際に社地がその敷地にあったため現在地に遷座し、明治6年村社となり、熊野神社と改称しています。境内には鶴見橋を詠んだ句碑があります。 地図へ

No65 箱根駅伝記念像

 
 平成9年(1997)に鶴見区制70周年を記念して作られました。タイトルは『明日へ走る』。作者は垣内治雄(1931~)で、日本丸メモリアルパークにもブロンズ像があります。往路の1区と2区、復路の9区と10区の中継ポイントが鶴見市場の「鶴見中継所」。駅伝のためにあるような側道の歩道橋付近でリレーします。 地図へ

No66 潮田神社・潮田公園・庚申塔

 
 潮田神社が現在地に遷座する以前は、東潮田が杉山社、西潮田が御嶽社を祀っていましたが、大正8年両社合併し、大正9年潮田神社と改称しました。昭和62年戦災後再建した社殿を改築しています。境内には大田南畝の「調布日記」に記されている「海翁石」があります。境内西側には潮田公園、北側には庚申塔があります。 地図へ

No67 東漸寺(故大川常吉氏乃碑)

 
 真言宗智山派。寛治元年(1087)、醍醐寺三宝院の勝覚法印により建立。ご本尊は大日如来で江戸初期の作です。境内には故大川常吉氏の石碑があります。関東大震災の時、朝鮮人暴動のデマが流れ、一般市民が大挙して朝鮮人を殺害するという事件が起きました。鶴見警察署長の大川常吉氏は身を挺して住民の暴挙を押さえ、多くの朝鮮人を救いました。 地図へ

N068 おきなわ物産センター

 
 仲通商店街にあり、沖縄で根づいた物、作られた物を各種販売しています。3階には沖縄出身者のための会館があり、会合や沖縄民謡・舞踊の練習などがおこなわれ、地域の人達との交流の場としています。仲通商店街には沖縄の食堂や食材・食品を売る店が多くあります。 地図へ

No69 日東緑地・日東浜公園

 
 第1次大戦による経済界の活況から、町田村潮田海岸から川崎町八丁畷付近の間に運河を開き船航運輸の便を計画し、工場用地事業の推進をしました。その後、工業界が不振となり工場用地は住宅地に変更され、運河は埋め立てられました。埋立の跡地を、「日東緑地」「日東浜公園」として地域住民の憩いの場としました。緑地・公園は散歩等の人達で賑わいます。 地図へ

No70 汐入公園

 
潮田地区の区画整理事業によって生まれた緑の多い公園です。近くの汐入小学校脇の歩道にドイツ・ハンブルグ市の「桜の女王」が来訪したときに記念植樹した「ソメイヨシノ」があります。かっては、多くの桜の樹も見られましたが、産業道路・高速道路の騒音の激しさのみが目立ち、少なくなりました。春の花見の宴も淋しくなったようです。 地図へ

No71 末広水際線プロムナード

 

 横浜サイエンスフロンティア、環境エネルギー館等の建物が建ち並ぶ末広町の突端にある遊歩道です。目の前につばさ橋、大黒ふ頭、遠くにベイブリッジ等の眺望が素晴らしい。 地図へ

No72 理化学研究所「横浜研究所」・横浜市立大学連携大学院

 
〈理化学研究所横浜研究所〉ゲノム・遺伝子・免疫など、ヒトや動植物の様々な生命現象を、世界最先端の科学技術により解明する、ライフサイエンスの総合研究所です。
〈横浜市立大学連携大学院〉理化学研究所との連携大学院として、分子・原子レベルから様々な生命現象を明らかにする研究に基づき、将来を担う若手研究者の育成を行っています。要電話予約503-9111 地図へ

No73 環境エネルギー館ワンダーシップ(東京ガス)(平成26年3月閉館)

 
  “天空に浮かぶ方舟”をイメージして作られています。平成10年完成。環境・エネルギー・都市をテーマとした環境学習施設です。触って動かす展示物、実験・工作などのプログラムを体験しながら、自然の循環や私たちの生活に身近な環境問題について考えます。野原や池のある屋上ビオトープでは、トンボなどの生き物や草花の観察も楽しめます。月曜休み(祝日の場合は翌日) 地図へ
※環境エネルギー館ワンダーシップは2014年3月16日(日)をもちまして完全閉館いたしました。

No74 ふれーゆ

 
 資源循環局の余熱を有効利用した、温水プール及び大浴場を中心に大広間、ホール、レストラン、熱帯植物園などを備えた施設です。平成8年(1996)に横浜市初の高齢者保養研修施設(若年者も利用できる)として開館しました。ふれーゆの名は、“ふれあいと温かさと湯”を連想させる言葉としてつけられました。第2火曜休み(521-1010) 地図へ

No75 海芝公園

 
 鶴見線支線終点駅「海芝浦駅」に隣接した小さな公園です。企業の好意によって設けられており、このウォーターフロントから見る鶴見つばさ橋の眺めは絶景です。公園は平成1 8 年(2006)に拡大新装が行わました。海芝浦駅は企業敷地内駅のため、一般旅客はホームから外に出ることができない海の上にある珍しい駅でもあります。 地図へ

No76 トゥイニー・ヨコハマ(東京電力横浜火力発電所)(平成23年3月閉鎖)

 
 横浜火力発電所は、地域と調和した都市型発電所であり、地域の方々のコミュニケーションの場としてトゥイニ-・ヨコハマを平成9年に開館し、電気の仕組みや不思議、エネルギーについて遊びながら楽しく学べます。シンボルのツインタワー(排気塔)は地上200mの高さがあり、展望室からは、東京湾や横浜港などが一望できます。
月曜休み(祝日の場合は翌日)
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※トゥイニー・ヨコハマ(東京電力横浜火力発電所)は平成23年3月末をもちまして完全閉鎖いたしました。

No77 大黒大橋(富士の眺望)

 
 大黒町と大黒ふ頭を結ぶ斜張橋で、昭和49年に竣工しました。ここからは横浜港を一望することができ、客船と大さん橋、みなとみらい地区、その背後に丹沢山系と富士山を望む様は正に絶景です。そして、ダイヤモンド富士も見ることができます。平成16年に「関東の富士見百景」の「鶴見川からの富士」の一つに選定されました。さらに、この橋の両側には鶴見つばさ橋と横浜ベイブリッジが眺められます。 地図へ

No78 横浜ベイブリッジ・スカイウォーク (平成22年9月閉鎖)

 

〈横浜ベイブリッジ〉平成元年に首都高速湾岸線の一環として開通。上下2層構造で下段道路は平成16年に開通し一般に開放されています。
〈スカイウォーク〉海上55mの上空にある片道320mの海上遊歩道。先端は360度の眺望が楽しめる空中展望台、そこから眺める風景の美しさは格別のおもむきがあります。 地図へ
※横浜ベイブリッジスカイウォークは2010年9月26日(日)をもちまして完全閉鎖いたしました。

No79 鶴見つばさ橋

 
 翼を広げて鶴が舞い立つような美しい形をした橋は平成6年(1994)大黒ふ頭と扇島の間に完成しました。鶴見航路を横断する全長1020m、海面からの路面の高さ57m、主塔の高さは183mです。逆Y字型の世界最大級の一面吊り斜張橋として、鶴見の新しいシンボルとなりました。鶴見つばさ橋を通して、初日の出が見られます。 地図へ

No80 大黒海づり公園

 
 対岸の房総の景色や海ほたるが眺められ、そして、東京湾を行き交う大型船舶など雄大な景色が楽しめます。公園には季節の花や魚をモチーフにしたモニュメント群などがあり、自然の風での鈴の音やライトアップなども楽しい。遊具や池、噴水もあり釣りだけでなく、海の見える広い公園を家族で散策することもできます。休みは要問合せ506-3539 地図へ