第18回(平成11年4月号掲載)
「河津掛け」に敗れた俣野五郎と観音堂(俣野町)
「曾我物語」は、平安末期、源頼朝が流されていた頃の伊豆を舞台に、領地をめぐる親族間の争いの果てに父・河津三郎を打たれた幼い曾我兄弟が、成長して仇討ちを果たすまでを描いたものです。
登場人物のひとり、俣野五郎景久は、日本一の相撲の名手として知られていました。 |
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物語によれば俣野五郎は「いかり肩で、あご骨が突き出、太い首に小さい頭、下半身が太く、腰骨のがっしりとした」身長六尺二分(約182センチ)の、金剛力士のような大男だったそうだ
俣野五郎は、頼朝を囲む武士団の宴会の席上行われた相撲で、二十一番勝ち続けましたが、最後に曾我兄弟の父、河津三郎に敗れてしまいます。
その時の河津の「右腕で前みつをつかみ、むずと引き寄せ、目より高く差し上げ、横向きに片手を放して、打ちやる」技は、後に「河津掛け」と呼ばれる相撲技のもととなります。 |
「河津掛け」はプロレスラーの故ジャイアント馬場選手の得意技としても知られている
俣野の観音堂には、俣野五郎の守護仏という十一面観音菩薩が納められています。 |
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十一面観音菩薩 |
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[ドリームハイツから湘南台駅東口行きバス「観音堂前」下車]
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