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タイムトンネル

 
 

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第9回(平成10年7月号掲載)

宿場町へのエントランス/吉田大橋と「こめや」(吉田町)


東海道伍拾三次之内戸塚の図
初代歌川広重画「東海道伍拾三次之内戸塚」(県立博物館所蔵)
 江戸からの旅人を、戸塚宿の目抜き通りへといざなう、吉田大橋。

ゆったりと弧を描く美しい木橋と、たもとの「こめや」は、この作品以外にもいくつかの浮世絵で描かれています。
「かまくらみち」の道標
妙秀寺の境内にある「かまくらみち」の道標。広重の絵では「かまくら」と描かれているため異説もあるが、この道標が移されたものとも言われている。







 

 「こめや」は米の商いのほか、東海道と鎌倉道(現在の県道大船停車場・吉田線)の分岐点という地の利を活かし、旅人に軽食などを出す茶屋を営んでいました。



 

 

 

 

大正時代の吉田大橋付近の写真
浮世絵に描かれた付近の大正時代の様子。橋は木の橋から土橋に変わっている。「こめや」の看板は明治初期の火災で焼失してしまった、とのこと(泉区岡津町・大橋俊雄氏所蔵)



 

 

 「大山講中」「百味講」などと書かれた数々の木札が、東海道だけでなく大山(丹沢)や江ノ島などへの旅人でにぎわっていた様子をうかがわせます。

柏尾川の改修や道路の拡幅で、橋の姿も変わり、「こめや」は今や跡形もなくなってしまいましたが、子孫の方々は現在も近くに住んでおられるそうです。

地図はこちら

[戸塚駅東口から徒歩10分]
 
 
 
 
 

現在の吉田大橋の写真

昭和61年(1986年)に完成した現在の吉田大橋。大名行列で槍持ちが持つ「毛槍」をイメージした照明灯など、江戸時代の戸塚宿をしのばせるデザイン
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