横浜水道の歴史

英国人技師
H.S.パーマー氏
横浜市の水道はわが国最初の近代水道として、明治20年(1887)10月17日に給水が開始されました。
戸数わずか87戸ほどの一寒村であった横浜の人口は日増しに増加し市街は急激に発展しました。
当時住民は水を求めて井戸を掘りましたが、横浜は海を埋め立てて拡張してきたので良質な水に恵まれず、ほとんどの井戸水は塩分を含み、飲み水には適しませんでした。
このため、神奈川県知事は英国人技師H.S.パーマー氏を顧問として、相模川の上流に水源を求め、明治18年(1885)近代水道の建設に着手し、明治20年(1887)9月に完成しました。
明治23年(1890)の水道条例制定に伴い、水道事業は市町村が経営することとなり、同年4月から横浜市に移管され市営として運営されるようになりました。
以来120余年、横浜市水道は発展をつづける市勢の水需要に対応して、8次にわたる拡張工事を行ってきました。
横浜が発祥の地となった近代水道とは、川などから取り入れた水をろ過して、鉄管などを用いて有圧で給水し、いつでも使うことのできる水道のことです。
近代水道百選
昭和60年、厚生省の企画により歴史的価値の高い水道施設を後世に伝えるため選定したもので、横浜市の水道施設では相模原市緑区青山の「旧三井用水取入口」「旧青山取入口と沈でん池」「城山ずい道」、横浜市保土ケ谷区川島町の横浜水道記念館構内にある「水道創設記念噴水塔」の4か所が選ばれています。
旧三井用水取入口
旧青山取入口と沈でん池
城山ずい道
水道創設記念噴水塔
沿革〜横浜市と近代水道の歩み〜
| 年 | 事柄 |
| 1859(安政6)年 |
横浜開港 |
| 1866(慶応2)年 |
大火発生(関内の大半が消失) |
| 1877(明治10)年 |
コレラ大流行(明治12年、15年、19年も同様)〜衛生的な近代水道の必要性高まる〜 |
1887(明治20)年
10月17日給水開始 |
横浜に日本初の近代水道完成(三井取水所、野毛山浄水場)
※人口10万人(計画給水人口7万人) |
| 1889(明治22)年 |
横浜市誕生(4月1日) ※人口12万人 |
1901(明治34)年〜
1915(大正 4)年 |
第1回〜第2回拡張工事完成
(野毛山浄水場増強、川井・西谷浄水場、鮑子取水所、青山沈殿池) |
| 1923(大正12)年 |
関東大震災 |
1937(昭和12)年〜
1941(昭和16)年 |
第3回拡張第1期・第2期工事完成
(西谷浄水場増強、青山沈殿池増強、鮑子取水口改造) |
| 1942(昭和17)年 |
人口100万人を超える |
| 1945(昭和20)年 |
第2次世界大戦 終戦 |
1954(昭和29)年〜
1965(昭和40)年 |
第4回〜第6回拡張工事(西谷浄水場増強、相模原沈殿池、鶴ヶ峰・小雀浄水場、寒川取水施設の整備) |
| 1968(昭和43)年 |
人口200万人を超える |
1971(昭和46)年〜
1980(昭和55)年 |
第7回〜第8回拡張工事完成(小雀・西谷浄水場及び導水管増強、港南台他各配水池築造) |
| 1986(昭和61)年 |
人口300万人を超える |
| 1987(昭和62)年 |
近代水道創設100周年 |
| 2001(平成13)年 |
宮ヶ瀬ダム稼動開始 |
| 2003(平成15)年 |
「はまっ子どうし」発売開始 |
| 2007(平成19)年 |
近代水道創設120周年
“次世代に引き継ぐヨコハマのおいしい水” |
| 2009(平成21)年 |
横浜開港150周年 |
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