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− 長期ビジョン コラム −

[ 横濱★長期展望 ]






 第1回:「あの頃は・・・(旧)基本構想の策定当時を振り返って」
 1960〜70年代 −高度経済成長期、横浜は急速に東京のベッドタウン化の傾向を強めていた。市の人口が毎年9万人増、10年間で138万人から224万人にまで激増する中で、市街地整備が対応しきれず、十分な都市施設整備がないまま無秩序な宅地開発が虫食い状態で拡大する、いわゆるスプロールが進んでいった。

 この人口激増とスプロールは市民生活に深刻な影響を及ぼした。当時の飛鳥田一雄市長は、1.ゴミ、2.道路交通、3.環境破壊(公害)、4.水資源、5.公共用地に関する問題の解決を"5大戦争"と宣言し、重点的な政策課題とした。理想の都市像とそれを実現するための施策の基本方向を示した「(旧)横浜市基本構想」は、このような人口激増とスプロールにより都市問題が先鋭化していた1973(昭和48)年につくられた。

 あれから30年。現在の横浜では、少子高齢化の進行や人口減少社会の到来、グローバル化の進行、そうしたことに伴う家族や就業形態など既存の社会システムの変容など、社会が大きく変化していることを背景に、市民生活を取り巻く課題も当時とは変ってきている。そして、このような時代の転換期を迎えている今、基本構想を見直し、それに代わる新たな長期ビジョンを策定しようとしている。

昭和40年代半ば頃の横浜の風景
ゴミ収集の風景増える不法投棄都心部の交通混雑プレハブ校舎が建つ校庭
ゴミ収集の風景増える不法投棄都心部の交通混雑プレハブ校舎が建つ校庭



 第2回:「変わる市民生活の課題」
 2025年の横浜 −市内の高齢人口(65歳以上)は総人口の26%を占め、一方年少人口(14歳以下)は9%と1割に満たないほど少なくなると予想される。全体の人口も2020年の378万人をピークに緩やかに減少していく。本格的な少子高齢化と人口減少社会の到来は、現役世代の社会保障負担が増大するとともに、労働力不足の深刻化や生産・消費活動の縮小による地域経済と都市活力の低下をもたらすと危惧される。また、その頃には団塊の世代が80歳に近づき、介護等を要する後期高齢者の大幅な増加が見込まれる。

 これは20年後の話である。しかし、果たしてそれほど遠い未来のことだろうか。生産年齢人口(15−64歳)は今年をピークに減少していく。2007年からは市内に20数万人いる団塊世代労働者が退職し、職場から家庭や地域に帰っていくが、彼らは"第二の人生"をどう過ごすことになるだろうか。さらに、少子化問題で言えば、今後5年間程度が第二次ベビーブーム世代を中心に20代後半から30代前半までの人口が多く、出生数や出生率の回復にとって重要な時期だ。そう、もう直近の課題なのである。

 私の周りを見ても、団塊世代の職員2千人が今後退職していく。厳しい財政状況ともあわせて考えれば、これまでどおりの市役所の姿と行政サービスのあり方で対応していくことは極めて困難だろうと思う。これまでの横浜の都市づくりは、高度経済成長を背景とした急激な人口増加とスプロールに起因する、いわゆる"5大戦争"(前回参照)に象徴される深刻な都市問題に向き合うかたちで進められてきた。それぞれの時代において市民社会が抱える課題は変っていく。我々はこれからも時代の変化を捉えて、その時々で相応しいやり方で課題を克服していかなければならない。
団塊の世代
「団塊の世代」誕生(S35 生麦中校庭)
S22年生まれの中1生がダントツ



親子
果たして少子化は止まるのだろうか



 第3回:「まだら模様で訪れる横浜の人口減少社会」
 変わる街の様相 −これまでの横浜市は、圧倒的な開発圧力による内陸郊外部でのスプロール的な人口流入を抑制しながら、既成市街地での職住分離を進めるという都市空間の機能分担を進めてきた。しかし、成長期の都市・横浜の“常識”であった「都心の人口空洞化と郊外の膨張拡大」というテーゼは既に崩れ始めている。

 90年代後半から、都心臨海部では大規模なマンション開発と相まった「都心回帰現象」というかたちで、局地的に人口が社会増に転じている。また、内陸郊外部では、工場移転跡地の大規模マンション開発などによって局地的に人口が増加しているケースが見られるのに対して、70〜80年代初頭にかけて開発された住宅地域では、中高層、戸建てにかかわらず、急速かつ同時的に住民の少子高齢化が進み、人口も減少し始めているケースも見られる。さらに、このような地域では、若年層の流出による世帯の縮小だけでなく、子どもが巣立った高齢夫婦が世帯ごと移転するなどのケースも出てきており、空き家・空室も増えてきている。

 横浜における人口減少社会は、当面の間は、全市域一律に訪れるのではなく、局地的に人口が急増する地域もあれば、減少する地域もあるという「まだら模様」で進行すると言える。その中にあっては、各地域の人口動態や構造によって、市民の生活課題が大きく異なることが予想されることから、公的サービスのあり方や政策フレームも全市あるいは区内均一のものではなく、各地域の状況に応じた多様で重層的なものへと転換していく必要があるだろう。しかし同時に、非「成長・拡大」の時代であり、財政状況も非常に厳しい中で、かつての「成長・拡大」の時代のように、多様化が進む市民ニーズの全てに応えていくことは困難である。

 非「成長・拡大」の時代において、個別地域レベルで異なる政策を展開していくにあたっては、地域の合意形成と協働により進めていくなど、住民自治のあり方について考える必要があるのではないか。「成長・拡大」の時代−内陸郊外部の人口爆発期−に確立された横浜の都市政策のパラダイムを根本的に見直し、新たなパラダイムに基づくシステムを模索していく時期に来ている。
かつてのニュータウン
かつてのニュータウンは今・・・(S53頃)


都心臨海部の超高層マンション群
近年目立ち始めた
都心臨海部の超高層マンション群



 第4回:「巨大都市・横浜の住民自治」
 3,575,515人 −8月1日現在の横浜市の人口である。横浜市の人口規模は、市としては全国一であり、都道府県を入れても静岡県に次ぐ11番目で、最も少ない鳥取県(約61万人)の6倍近いという巨大な基礎自治体である。この巨大さのため、「住民自治の観点から適切な人口規模に分割すべき」という意見がしばしば聞かれる。確かに、住民が自治を行う単位としては巨大であるし、小さな市町村に比べれば、住民にとっては市役所が遠くに感じるかもしれない。一方で、横浜市は、首都圏の中核を成す大都市でもある。社会経済がグローバル化する中で、成長するアジアの諸都市との競争を勝ち抜くためにも、圏域全体の発展のためにも、その規模のメリットを活かしながら、多様な機能が集積する大都市の経営を一体的かつ効率的に進めることもやはり求められる。

 これまで横浜市は、“大区役所主義”の下、区への庁内分権や区役所機能の強化、広聴機能の充実、区予算の拡大など、現行制度の枠内での工夫により、市政をより市民に近づけ、区単位で住民ニーズに応える行政運営を昭和40年代から一貫して目指してきた。その結果、身近な市民サービス拠点として地域ニーズに迅速に応えられるようになってきている。しかし、区を市民参加の単位とするこの擬似的な都市内分権は、「区政」における固有の民主的政治参加システムを持てない限界から、行政主導で個別の声を拾い上げる限定的な参加であることは否めない。また、市民参加が担保されたとしても、コミュニティ行政の最小単位を平均20万人弱の区とするのは、やはり大きすぎるかもしれない。と言ってもまた、行政内部に中継的な組織を増やし拡大させることは、運営の非効率やコストの増大を招くおそれもある。効率を考えれば、逆に規模のメリットを活かした集約の方向もあるだろう。

 今、地域では公共を担う多様な主体が生まれている。地域レベルの住民自治を充実させるために、例えばいっそのこと規模・能力・意欲に応じて地域レベルの団体(自治会・町内会、テーマコミュニティなど)へ「分権」してはどうか。非「成長・拡大」の時代であり、まだら模様で人口減少が訪れようとしている。それぞれの特性に合わせた地域の自己決定と自らの課題解決の取組が重要になってくる。一方で、ICT(※)など新しいコミュニケーション技術の進歩は、規模のデメリットを解消するかもしれない。我々は、20年後の長期ビジョンを描こうとしている。現在の制度や枠組み、技術などにとらわれず、「新しい横浜の住民自治のデザイン」を模索してみても良いのではないか。あと20年もあるのだから。

※「ICT」:Information and Communication(s) Technology の略称。従来、"IT" が企業や行政の経営戦略や事務効率化を促進するための情報通信技術の略称として主に使われてきたのに対して、"ICT" は、多様で異なる主体のコミュニケーションを活発にすることに力点をおいた情報通信技術の略称として使われるようになってきている。
多様な機能が集積する大都市・横浜
多様な機能が集積する大都市・横浜


都活発化する地域の主体的な取組・プレイパーク
活発化する地域の主体的な取組
プレイパーク



 第5回:「国際港都・横浜の国際化?」
 57.1% −今年の市民意識調査で「横浜を最もよくあらわすイメージは」の設問に、「異国情緒・国際都市」と答えた市民の割合である。第1位である「海と港」の85.8%には及ばないが、3位を大きく引き離した不動の第2位となっている。確かに、横浜は150年前の開港以来、港を中心として内外の人々が行き交い異国情緒漂う国際的な都市として発展してきた。しかし、今や日常生活の中で外国人に出会うことは、東京や京都、大阪の方が圧倒的に多いし、横浜港についても日本を代表する国際貿易港に成長したものの、太平洋航路を行き来した華やかな客船文化は過去の栄光となった。住んでいる市民でさえも、そのイメージと実態との乖離が大きいようだ。

 現在、市内に住む外国人は約6万9千人(人口比約2%)で、国籍はおよそ150か国と多彩である。最も多いのが中国で2万4千人。次いで韓国・朝鮮の1万6千人であるが、フィリピン、ブラジル、米国、ペルー、タイ、ベトナムと続く。欧米諸国よりもアジア・南米系が圧倒的に多い。そして、中区に中国籍の26%が、鶴見区にブラジル籍の39%とペルー籍の30%が、そして泉区にベトナム籍の34%とカンボジア籍の39%が住んでいるなど、市域において偏在し、そこでは多様な文化が共生するコミュニティが形成されている。同じ国際的と言っても、赤い靴を履いた少女が何処かへ連れられて行った頃とは随分様変わりしている。

 話は変わるが、本格的な少子高齢化と人口減少社会が到来する。社会の担い手が今後減少していくのは明らかであり、外国人労働力は次代の日本社会の有望な担い手と考えられている。持続可能な社会を築くために外国人と共生していくことは、横浜においても大きな政策課題となるだろう。イメージではなく実態として進んでいる“内なる国際化”に対し、外国人が住みやすいまちをつくるための具体的な施策が必要である。そして、多様な地域それぞれの実情に合った施策を展開していくにあたっては、そこに住む「外国人市民」とも協働しながら進めていくことも必要であろう。

 2002年に大さん橋国際客船ターミナルが大きくリニューアルした。2009年には羽田空港の再国際化、「空の開港」がある。社会経済が急速にグローバル化し、世界標準化が進む中で、都市の個性を活かしながら激化する都市間競争を勝ち抜き、世界の人々との交流も深め、横浜の再発展を目指す。「国際性」を都市の優位性として掲げ続けてきた横浜であるが、内にも外にも真に高い国際性を持った都市となれるかどうか・・・、試される時である。
氷川丸の引退(S35)客船時代の終焉とコンテナ時代の到来
(写真:氷川丸マリンタワー(株)提供)
氷川丸の引退(S35)
客船時代の終焉とコンテナ時代の到来
(写真:氷川丸マリンタワー(株)提供)


地域で広がる多文化理解の取組 鶴見区・国際交流まつり
地域で広がる多文化理解の取組
鶴見区・国際交流まつり


02年にリニューアルした大桟橋 横浜港の再発展
02年にリニューアルした大桟橋 
横浜港の再発展



 第6回:「都市の中の緑の予感」
 31.2% −2001年9月時点の横浜の緑被率※、市の総面積435k平方メートルに占める緑の割合である。横浜では、高度経済成長を背景に、1960年代から東京のベッドタウン化が急速に進んだ。10万人/年増という怒涛のごとく流入する人口の受け皿として、その激増する住宅需要に対応すべく、市内各地において大規模団地の造成・宅地化が進行した。その結果、今や350数万人を抱える巨大都市にまで成長・発展したが、その代償として広大な緑地を失った。しかし、今度は人口減少社会が到来する。日本の総人口は今年をピークに減少し始める。横浜は全体的にはまだ増加傾向ではあるが、既にいくつかの地域では人口減少の兆しが見え始めており、空き家・空き地なども目立ってきている。都市の中に生まれるこれらの空白地は、これまで来た道を引き返すようにおのずと緑に還っていくだろうか、また市民は緑にすることを選択するだろうか。

 緑の喪失は、良好な住環境が失われるということだけでなく、市街化の進行と相まって、近年はヒートアイランド現象や土地の浸透・保水能力低下による都市型浸水被害の発生など、市民の生活や生命・財産を脅かす危機の要因ともなる。また、地球規模では、二酸化炭素を吸収する緑が減少し温暖化が進み、気候変動や海面上昇など、人間の暮らしだけではなく生態系などにも深刻な影響を及ぼすことが予想される。緑を大切だと思わない人はいないだろう。

 しかし、利用できる建物や土地があるのに、直接に経済的な価値や福祉など生活の安心につながらない緑を、自らが負担してまで選択しようという人がどれだけいるだろうか。可能性に期待しているだけでは、緑は増えそうもない。逆に、いくら緑に還ると言っても、放ったらかしで草木がボウボウ、治安や防火、美観に問題が出るようでも困る。今残っている大切な緑を保全するとともに、都市の中で潤いや憩い、安らぎを感じられる質の高い緑を創造する取組が必要である。

 G30の実績をもつ横浜市民であるが、都市のあるべき姿として緑を選択し、そのための行動をするだろうか。2004年の市民意識調査では、「身近な自然環境を守り育てるための行動は誰がすべきか」という設問に、実に半数以上の55.7%の市民が「主体は『行政』」と答えている。果たして環境行動都市・横浜の新たな挑戦は…。

※「緑被率」:緑の総量を把握する方法の一つで、航空写真によって上空から見たときの緑に覆われている土地の割合。樹林地の他、草地や農地も緑被として集計している。
横浜の緑消失−40年の変遷

1960年
1980年
2000年

図は、「小学校環境副読本
(平成16年度)」から



 第7回:「横浜経済の再発展」
 グローバル化 −東西冷戦構造の崩壊、貿易自由化の進展、交通手段の発達や情報通信技術の著しい進歩などにより、人、モノ、金、情報の移動が時間と空間の制約を超えて地球規模で急速に拡大している。社会経済のグローバル化の進行は、マーケットの拡大によりビジネスチャンスを増大させるとともに、国内産業が厳しい国際競争に晒されることを意味する。横浜経済を取り巻く状況が大きく変化している中で、都市の活力を維持し、さらに発展させていけるだろうか。

 横浜は、戦前から工業製品生産の一大拠点・京浜工業地帯の一角を占めてきた工業都市である。戦後から70年代にかけても、磯子から金沢地先までの埋立てを進めながら、製造業の集積地を臨海部に形成し、驚異的な成長を遂げた日本経済を牽引してきた。しかし、成長と拡大を続けてきた日本経済も、90年代にはバブル経済の崩壊そして長引く不況により大打撃を受け、倒産やリストラなど社会不安が広がった。また、アジア諸国の急速な成長も相俟って、生産コスト削減のための工場の海外移転や低価格な海外製品の輸入増大、工業製品国際シェアの減少など、国内産業の空洞化が進んだ。

 現在、景気の回復傾向や工場の国内回帰が伝えられるなど、明るい兆しが見え始めている。横浜がグローバル化する世界の中でも埋没することなく、活力ある市内経済を築いていくためにも、また日本経済を再び牽引していくためにも、既存産業の技術革新による生産性向上や他に負けない高付加価値製品の開発などとともに、活力ある新産業の創出・集積などを積極的に図っていくことが求められるのではないか。

 横浜には、進取の気風溢れる市民の力や個性的な都市空間、高いブランド力など、他の都市に負けない魅力がある。国内外から様々な人や活力ある企業が集まり交流する中で、新たな技術や産業そして価値を創造し、さらなる魅力を世界に向けて発信していく。集い、創造し、世界に発信する都市・横浜。かつて日本の高度成長を支えてきた臨海部では、産・学連携によるIT、バイオなどの新技術の研究開発やデジタル・コンテンツなどの新たな産業の集積が進んでいる。グローバル化の荒波にも負けない“横浜らしさ”を動力にし、今新たな航海に就こうとしている。

発展する京浜工業地帯(1970年代)大黒ふ頭の整備
発展する京浜工業地帯(1970年代)
大黒ふ頭の整備


国際的な研究開発拠点として産・学の集積が進む横浜サイエンスフロンティア
国際的な研究開発拠点として
産・学の集積が進む
横浜サイエンスフロンティア
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政策局政策部政策課 - 2005年7月15日作成 - 2006年6月12日更新
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